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④人生の決断はいつだってジャーナリングが助けてくれた
2023-03-31 09:44

④人生の決断はいつだってジャーナリングが助けてくれた

シリーズの続きです〜
前回は学生時代にジャーナリングで救われた話でしたが、
そこから社会に出るってなってたくさんの決断が待ってました。

そんな時もわたしはジャーナリングに
助けてもらった話ですね。

#ジャーナリング #書く瞑想 #マインドフルネス
#フリーランス #生き方

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こんにちは、ジャーナリングアドバイザーのKanaです。
今日はですね、いつものシリーズでお話ししていました、
私とジャーナリングの物語の続編をお話ししていこうかなと思います。
前回までのこのシリーズのお話では、
学生時代のジャーナリングをどうやってやってたかっていうところをお伝えしていたんですけれども、
そこから社会に出て、私はどうやってジャーナリングに助けられてきたかっていう話をしようかなって思うんですけど、
人生ってやっぱり決断の連続じゃないですか、
いろんなことを選択して決断していかなきゃいけなくて、
学生の頃ってあんまり選択肢がなかったように思うんですけど、
社会に出てからは本当に選択肢が多くなったし、決断しなきゃいけないことが増えたなって思うんですよ。
その時に私は常にジャーナリングをしてたなっていうふうに思ったので、
今日はどんな時に私はジャーナリングを使って決断してたかっていう話をしたいなというふうに思います。
学生時代は確かに決断するときに使ってはいたんですけれども、
大学を卒業するときですね、
私はドイツに1年間留学していたので、
ドイツから帰ってきたのが4年生の夏だったんですよね。
周りはもう就活してて、就活終わってる人もいるような状況で、
私も就活をするのかってやっぱり思ったんですよね。
大学を卒業して進路どうするってなった時に、
日本って大体ね、普通に就職するじゃないですか。
だからどうしようかなって思ってた時に、私はすごく嫌だったんですよ。
なんでみんなと同じようにスーツを着て、
まだやりたいこともよくわかんないのに就職しなきゃいけないんだろうってすごい思ってて、
ドイツにいたのもあって、ドイツって全然その就活っていう概念がないので、
アウスビルディングって言って、職業訓練みたいなのをしてから決めることができるんですよね。
だから日本で言うとインターンみたいな感じかな。
インターンにいろんなとこに行ってから、どこに就職するか決められるみたいな感じなんですよ。
だから日本に帰ってきて、すぐどこかの企業に就職しなきゃいけないっていうのがすごい嫌で、
でも周りはみんな就職してて、どうするみたいな。
そういう時とかジャーナリングして、自分は本当はどうしたいのかなって。
周りはこうしてるけど、自分は本当はどうしたいの?みたいな感じですごい書いて、
で、やっぱり自己分析とかもやっぱりやるじゃないですか。
自分の強みはとか言って履歴書完成させたりするのにも、
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いろいろ書いてみるんだけど、もうジャーナリングの癖がついていたので、
自己分析もジャーナリング的に私はやっていたんですよね。
で、スラスラ書いてきたことを履歴書風に書き換えるんですけど、
何かなと思って、なんか私の本音全然書いてないのに、
企業に受けるように書いて何かな?みたいな。
すごい思ってたんですよ。
で、結局私は就職はしないで卒業して、
ドイツ語の講師をフリーランスでやるっていう風に選んだんですよね。
で、もう一個アルバイトをして、アルバイトとドイツ語の講師をフリーでやるっていう進路を選んだんですよ。
それを本当にジャーナリングしてて、いろいろ自分のどうしたいの?とか、
そういう違和感っていうのを大事にしたからこそ選んだ結果かなって思っていて、
一つ決断するときにジャーナリングを活用したっていうエピソードだなって思っています。
あとは、次にすごいジャーナリングが役に立ったなって思うのは、
結婚するかどうかを悩んだ時ですね。
私は今の旦那さんと付き合ったのが20歳の時で、
ドイツにそれこそ行くちょっと前に付き合ったんですよね。
1年間遠距離恋愛をして、ちゃんと待っててくれたので、
私としてはすごい信頼が増して、
この人だったら結婚できるなっていう風に思っていた相手だったんですよね。
だけど、大学を卒業するときに旦那さんは教員を目指していたんですけど、
教員採用試験に受からなくて、臨時採用っていう形だったので、
教員の試験は受かってないけど、臨時で働けるっていう形だったんですよね。
私はさっきお話ししたように、フリーのドイツ語の講師っていう形だったので、
向こうのお母さんにすごくよく思われてなかったんですよね。
この話するとすごい長くなっちゃうのであれなんですけど、
すごい色々あって、旦那さんのお母さんに私は認められていなかったんですよね。
そんなフリーターみたいな女とは結婚させないっていう風に言われていて、
いろいろ結婚するための条件みたいなのをすごい出されてたんですよ。
私も相手の親の言うことだから、一生懸命叶えようとしていたんですけど、
なかなかやっぱり要求がちょっとおかしいなっていうのがあって、
多分今の表現で言うと、毒親っていうのになるんじゃないかなっていう、
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息子が大好きすぎて、鳥籠から出したくない、自分の手元に置いておきたいみたいな感じなのに、
全然それが息子に愛として伝わってないっていう形だったんですよ。
すごい割愛しちゃったので、これだけ聞くと誤解を生まないかちょっと心配なんですけど、
そういう状況だったので、私はすごい彼が好きだったし、結婚したいと思ってたけど、
親に反対されてる結婚はしても幸せじゃないと思ってたので、
すごいやっぱり悩んだんですよね。一回別れたりもしたんですけど、
でも本当に彼と結婚したいってなった時に、
やっぱりすごくジャーナリングしてて、私は中学校の時からジャーナリングしていたので、
中学校の時のジャーナリングに、本当に大好きな人、本当に愛し合える人と結婚して、
幸せな結婚生活を送ることが夢だって書いていたんですよね。
で、今目の前にそうやって本当に愛し合える人が見つかって、夢が叶いそうなのに、
この手を離していいのか、みたいなことをすごくその時ジャーナリングしてて、
じゃあこの人と結婚しなかったら私はどうするのかなとか、後悔しないとか、
本当に結婚したいとか、親とのことがあっても結婚したいのとかをすごくノートに書いて、
最終的にすごい反対があっても結婚したいという結論に至ったんですよね。
で、彼に私を取るのか、親を取るのか決めてって言って、
彼が私を取るって言ってくれたので、結婚することになったんですよね。
このエピソードは今度詳しくお話しすることがあればしたいなと思いますけど、
なのでそういう本当に大きな決断をする時にもジャーナリングして、
本当は自分どうしたいのかな、これが本当に後悔のない決断かなっていうのをするのに助けてくれたなっていうふうに思います。
結構時間経っちゃったやっぱり。
本当はもう一個、結婚するかしないかっていう騒動があった時に、
私は結局その向こうのお母さんの要求で、
フリーターみたいな女とは結婚させないって言われたから、
正社員になったんですよね。
で、そこで働いてたんだけど、
私はやっぱりもともと組織で働くっていうことがすごく苦手だったんだっていうのを分かって、
で、なんていうのかな、
本当にやりたい仕事っていうか、仕事の内容自体は楽しかったんだけど、
やっぱり人間関係がうまくいかなくて、
すごい悩んで、結局適応障害になっちゃったんですよね。
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その時の話とかもしようかなって思ったんですけど、
それちょっと次回にしましょうかね。長くなっちゃったので。
はい、では今日も最後まで聞いてくださってありがとうございました。
あなたも何か大きな決断をする時ですね、
ぜひ書いてみて、自分はどうしたいの?
自分はその答えに納得してる?
人の意見に流されてない?
自分は本当はどうしたいんだっけ?って聞いてあげると、
後悔のない決断ができるかなと思いますので、
ぜひ参考にしてみてください。
ではまた次回の放送でお会いしましょう。
かなでした。
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