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③学生時代ジャーナリングで救われてきた話
2023-03-18 09:08

③学生時代ジャーナリングで救われてきた話


ノートに書いてる自分はもう1人の自分だと思うと
仲良くしてあげられるから
助けてくれてたなって思います。

自己肯定感が低くて
どんなに悲しいときも
ノートに書き出した自分には優しくできたんですよね。

#ジャーナリング #書く瞑想 #マインドフルネス
#生き方 #ノート術
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00:06
こんにちは、ジャーナリングアドバイザーのKanaです。
今日は、私とジャーナリングの物語のシリーズの第3話目という収録をしていこうと思っています。
第3話は、ジャーナリングで学生時代にすごい助けられた経験、
というか、変わったっていうか、そういう経験をお話ししたいなというふうに思っています。
前回は学生時代、どんなふうにジャーナリングしてたかっていう話をしたんですけれども、
今日は実際の変化の事例だったりとか、経験談っていうところをお話ししたいなと思っています。
前回書いたノートに、私ジャーナリングしてなかったら死んでたと思うって書いたんですけど、
それがまさにジャーナリングのおかげで私は生きてきたっていう感じなんですけど、
とにかく私にとって書くっていうノートに自分の思いを吐き出せるっていうことは支えだったんですよね。
例えば、私が学生の頃に母方のおばあちゃんがアルツハイマーで、
母が面倒を見てたことがあったんですね。
介護して。
その母がもうおばあちゃんの介護に疲れてノイローゼになって、
だんだんこう鬱になって、ずっと寝てるみたいな時があったんですよ。
その時に私はちょうど学校でいじめられてたので、
それを誰かに言いたかったんですけど、
お母さんはもう鬱だったし、
その時はお父さんとも仲が悪くて、別居状態だったので、
誰にも相談できる場所がなかったんですよね。
で、学校の先生にも言えなくて、
もうただただ一人で耐えてるみたいな時期があったんですけど、
そういう時に、もうずーっと、
なんで私はこんなことになってるの?とか、
もう死んでしまいたい、消えてしまいたいとか、
なんで私のことを誰も周りは助けてくれないんだろう?とか、
ずっと書いていたんですよね。
で、助けて助けて、みたいなことを書いていた時に、
助けてって書いていると、
なんかノートを書いている自分が、
もう一人の自分みたいになってきて、
どうにか助けたい、みたいな感じになってくるんですよね。
で、どうしたらちょっとでも気持ちが楽になるかな、みたいな感じで、
だんだんそこでおしゃべりが始まるんですよ。
で、学校でどんなことが一番嫌だったの?とか、
いうのを、どんどんどんどん自分が自分に聞いてあげて、
03:01
自分で自分に聞いてあげるっていうのが、
すごく上手になっていったなっていうふうに思うんですよね。
あとは高校生の時に、私DVの彼氏と付き合ってたんですけど、
暴力的なDVではなくて、言葉の暴力の方だったので、
私の人格はかなりボロボロに否定されてたんですよ。
マジでお前はクソだ、みたいな感じだったので。
それもノートに書いても、
私は結局ダメだ、みたいな、もうダメって言われているから、
私がいけないんだ、私がダメなんだ、みたいなのを書くんですけど、
でもだんだん、え、そんなにダメかな、みたいな。
私ってこんなに言われなきゃいけないほどダメ?みたいな、
なってくるんですよ。
ノートに書いていると、冷静なもう一人の自分が出てきて、
え、そんなに私ってダメじゃないよね、みたいな。
じゃあなんでこんなふうに言われているんだろう、とか。
言い返したらまたちょっとめんどくさいことになるから、
どうやって受け流していったらいいんだろう、みたいな感じで、
結構考えられたりして、
だからなかなかそのDVの彼氏と離れることはできなかったんですけど、
でもなんか、そのままじゃあ自分ダメなんだと思って、
なんかこう命を絶つことを考えたりしないで済んだ、
ギリギリなんかこう人格を保つことができたのって、
書いてたからなんだなって思うんですよね。
ギリギリこう踏みとどまれたというか、
っていうのがあったり、
あとは大学中にドイツに留学してた時に、
やっぱすごい孤独だったんですよ。
ホームシックっていうか、
年末はホームステイ先のお家で過ごしたので、
クリスマスはそのファミリーと過ごせたので寂しくなかったんですけど、
年明けの瞬間はその寮に帰ってきちゃってたので、
寮で一人で年を越したんですよ。
で、その午後からは友達とニューイヤーパーティーみたいのしようって言ってたんですけど、
年明けの瞬間一人でいるっていうことがすごい悲しくなっちゃって、
日本帰りたいみたいな。
日本に帰ったら家族も彼氏もいるのに、
なんで私こんなところで一人ぽつんと年越してんだろうみたいな、
すごいホームシックになっちゃって、
その時もノートに、
何しに私はドイツに来たんだろうみたいな書いてて、
すっごい悲しくなっちゃったんだけど、
でもそれまでの半年間ぐらいにやってたこととか、
それから帰国までの半年間にやりたいこととかを書いて、
大丈夫だよね、私ちゃんとここに来て、
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いろんなこと経験できてるし、
大丈夫だよね、みたいな。
これから先のこと、予定を書いて、
まだこういうこともするし、
今この瞬間はすごく寂しかったけど、
その寂しかった気持ちに寄り添ってあげて、
今は悲しいけど、
でもこれは絶対必要な経験だよね、みたいな感じで、
うんうん、みたいな納得して、
乗り越えたみたいなこともあったりして、
そういうことあるごとに私はいろいろ書いて、
もう一人の冷静な自分に出てきてもらって、
その冷静な自分に寄り添ってもらって、
あまり判断することなく、
今こんな悲しんじゃいけないとか思わずに、
そうだよねそうだよねって言ってあげてたことで、
すごく自分と仲良くなったんだろうなって思って。
なかなか書いているだけで、
自分と仲良くなっている感覚がわからない人とかにおすすめなのが、
とにかくもう一人の自分を登場させて、
仲良くしてあげるっていう感覚なんですよね。
一人おしゃべりノートっていう本を出している方がいらっしゃって、
私もざっと内容を読ませていただいたんですけど、
同じようなことをおっしゃってて、
これってジャーナリングだよなって思いながら読んでたんですけど、
やっぱり自分の中で一人でおしゃべりをするみたいに、
どんどんどんどん自分に寄り添ってあげるっていうのができると、
すごい自分に優しくなれるし、
あまりジャッジもしなくなるなと思って。
そんな感じで私は自分と仲良くできてたから、
あんまり自分のことは大好きじゃなかったんですけど、
学生時代はなんかしょっちゅうこんな風にボロボロ泣いて、
ダメだなーみたいなのはあったので、
好きじゃなかったんだけど、
ノートを書いている時だけは割と優しく寄り添ってあげれたっていうか、
普段は割とひどいことを言ったり、
自分のことを認めてあげれなかったりするのに、
ノートに書かれた文字はもう一人の自分の文字みたいな感じで、
すごく客観的に見れたので、
やっぱりそういう練習にもなるんじゃないかなっていう風に思いました。
はい、じゃあ今日はこんなところで終わろうかなと思います。
今日の話も本当に自分がただただ書いてたよっていうお話でしたけれども、
そんな風に自分と仲良くなったり、
そんな風にどん底を救ってくれる手段として、
ジャーナリングがあるんだなっていうのが伝わっていたら嬉しいなと思います。
では今日も最後まで聞いてくださってありがとうございました。
また次回の放送でお会いしましょう。
09:01
かなでした。
09:08

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