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いりかみね
いりかみね
抱きしめて
いつだって
いられて
いられて
いりかみね
三菱電機
はい、今年2025年は、昭和で言うと昭和100年ということになるんですよね。
今年の学ぼう社会のカギ、潟永秀一郎さん、元サンデー毎日編集長ですが、
登場の回の時に、この100年を様々な角度から切り取って振り返ってみようということを、今年やってくださるそうです。
今日が初回ということで、初回のテーマが団塊の世代ということで、どんな切り口で教えていただけるんでしょうか。
おはようございます。がたなかさんです。
おはようございます。
その前に、本題に入る前にごめんなさい。
今日、1月17日は阪神淡路大震災から30年ですね。
あの朝、小倉からヘリで現場に入って、余りの惨状に空腹も時間の感覚も忘れて、ただただ伝えなきゃって取材に歩いたことを、今も昨日のことのように思い出すんですけれども、
被災地は復興しましたけれども、南海トラフ巨大地震の発生確率が30年以内に80%に引き上げられる中ですね、改めて記憶の継承の大切さということを思います。
犠牲になられた方々のことを考えてもですね、今私たちも備えましょうということを一言お伝えしたくて、
最初にこの話をさせていただきました。すみません。
ということで、ここから本題なんですけれども、この歌詞がすごいじゃないんですけれども、まずはこの曲を聴きください。
年配の方はご存知だと思うんですけれども、ジローズの戦争を知らない子供たち。
作詞は北山オサムさん、作曲は杉田二郎さん、お二人も戦後生まれなんですけれども、
今から半世紀以上前、1971年のヒット曲です。なぜこの歌で始めたかというとですね、
昭和を前期と後期に分けると、その分岐点は間違いなく昭和20年、1945年の敗戦でした。
今に続く日本社会の源流はまさに、戦争を知らない子供たち。
終戦直後の昭和22年から24年に生まれて、800万人もの塊となって日本を変えていった段階の世代であることはそうだなと思うからなんですね。
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ちなみに1970年頃まで、戦争を知る世代と知らない世代の間では対立と呼べるほどの世代間ギャップがあってですね、
この歌も発表当初、戦中派の方々からは何を甘えたことをとかですね、政治者を侮辱するのかとか批判が起きてですね、
昭和21年生まれの杉田さんはもう歌いたくないと思ったほどだったと言います。
余談ついでにその気持ちが変わったのは1975年、日本返還からまだ3年しか経っていない沖縄でのコンサートで、
あえてこの歌を歌わずに終わったコンサートのアンコールです。
ステージに戻った杉田さんたちを迎えたのが、観客が歌う戦争を知らない子供たちの大合唱だったそうです。
杉田さんは平和を願う思いが届いたと感激して泣いたと言います。
で世代論なんですけれども、じゃあ団塊の世代が社会をどう変えたのかここからキーワードで振り返ります。
そもそも団塊の世代という言葉は作家で元経済企画長長官だった坂井家大地さんが通算省の官僚当時に書いた近未来小説のタイトルでした。
この小説はまさに予言の書と言えるほど後の社会変化を言い当てていて、
例えばコンビニの普及とか就寝雇用の崩壊とか、高齢化による社会保障制度の行き詰まりとか、
これを半世紀近く前に予見していた坂井家さんの傾眼には驚くんですけれども。
この世代なんですけれども、大学進学率はまだ1割台で大半が中学や高校出たら就職でした。
働き口の少ない農村部では都会に出るしかなくて、
ふるさとを一斉に旅立つ集団就職という言葉や、貴重な働き手として奪い合いになる金の卵といった言葉が生まれました。
その結果が今に連なる東京など大都市一極集中の始まりです。
経済白書の序文にもはや戦後ではないと書かれたのが1956年、昭和31年でした。
この頃から昭和40年代まで続く高度経済成長期を10代から20代の労働力として支えたのもこの世代だったんですね。
一方でその1割大学に進んだ若者はインテリと呼ばれて、
戦中派との世代間対立もあって反戦意識が強くて、
折市も70年の安保改定とかですね、世界的なベトナム戦争への反戦運動とも相まって、
学生運動に身を投じる人が少なくありませんでした。
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ただ安保条約の児童延長や浅間産総事件などの過激派の暴走で運動は一気に絞んで、
大半は夢から覚めたように就職していきます。
当時を歌った名曲が一語白書よもう一度で、
就職が決まって髪を切ってきた時、もう若くないさと君に言い訳したねという名フレーズを覚えていらっしゃる方も少なくないんじゃないでしょうか。
ここで今歌われた男性の挑発、長い髪をはじめとしてですね、
当時の学生運動はファッションや文化も変えました。
ジーンズを一般化させたのは段階世代で、
音楽ではフォークスソングブームを起こしてですね、シンガーソングライターという言葉が生まれたのも、
このフォークソングブーム、1971年と言われています。
ビートルズの原体験世代でもある彼らはですね、
グループサウンズやロックの地平も開きました。
ちなみにジュリー・坂田賢治さんも段階の世代ですね。
さらに言うと段階世代のミュージシャンには、
井上陽水さんや南光雪さん、武田哲也さん、財津和夫さんや谷村真嗣さんらがいて、
一つで昭和21年生まれに吉田卓郎さんがいます。
早々たる面々なんですけれども、
共通点が一つあって、それは皆さん首都圏以外の出身、地方出身なんですね。
少し下の世代の松山千春さんや佐田雅志さんらも含めて、
70年代のフォークソングブームを牽引したのは主に地方出身者でした。
それが80年代になると一変してですね、
山下達郎さんや佐々野久和太さん、佐野本春さん、南吉田賀さん、
イエロー・マジック・オーケストラの3人も含めていて、
それから70年代から活躍してはいたんですけれども、
ユウミンや小田和正さん、小田さんも段階世代なんですけどね、
も含めて首都圏出身者が音楽シーンを設計して、
ニューミュージックとかシティポップと呼ばれるようになります。
時代背景なんですけど、集団就職が姿を消したのが70年代の後半で、
東京の大学生のうち地方出身者が占める割合が半分を切ったのもこの頃だったんですね。
で都会の片隅で肩を寄せ合う四畳半フォークの世界や、
貧しさの美学とか、社会へのメッセージ性とかは、
音楽の中で影を潜めてですね、
若者もレジャーやドライブを楽しめる時代の訪れが音楽も変えたんですね。
ただ段階世代が開いた音楽の地平は間違いなく今に続くJポップの源流になったと思いますし、
ちなみに四畳半フォークっていう言葉の名付け親はユウミンだと本人が語っています。
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さて段階世代は日本の家族感も変えました。
先ほど言ったようにこの世代の若者の多くが都会に出たので必然的に親と同居しない各家族化が進んで、
その住宅対策で団地とかそれからニュータウンと呼ばれるような宅地開発が進んで都市圏が広がるんですね。
見合い結婚と恋愛結婚が逆転したのもこの世代です。
昭和30年代まではお見合いが多数派でしたが、段階世代が当時の結婚適例期に達した昭和40年代に逆転したんですね。
もう今や全然圧倒的に違うんですけれども。
ちなみに当時の平均初婚年齢、初めて結婚する年齢は男性が27歳、女性が24歳で、
女性は就職しても25歳までに結婚して家庭に入るのが一般的でした。
クリスマスケーキって言われてましたね。
そうなんです。クリスマスケーキって言ったら大変なことになりますからね。
今はおよそ31歳と30歳で、友場だらけ世代がおよそ7割を占めます。
こうして恋愛結婚で結ばれて夫婦と子供だけで郊外に暮らす世代はニューファミリーって呼ばれて消費文化もリードします。
特にワンションや子建てなどの住宅とそれに付随する家電や車なんかなんですね。
1983年の大ヒットドラマ金曜日の妻たちがまさに東京郊外のニューファミリー夫婦の人間模様を描いて話題になりました。
車で言うとニューファミリーっていうのは家族旅行とかアウトドア需要があってそれで売れたのがミニバンで
業界では段階ならぬ番階世代とも言われたんですね。
白宝堂の調査では段階はファッション消費額も高くて
50代になっていた2005年の調査でも上や下の世代に比べて男性で1割くらい女性では3割くらい洋服への支出額が多いという結果が出ています。
仕事で言うと1986年から91年のバブル経済期を40代で迎えて
まさに24時間戦えますかとCMで歌われた企業戦士の中核でした。
だからこれ実体験で言うとこの世代の先輩たちはですね部下にも当然のように猛烈な働き方を求めがちでして
実体験なんですけど。
でまたこちらの方は無縁でしたけれどもバブルを知る元広告代理店の幹部に聞くとですね
当時は連日連夜の接待営業で東京の盛り場では本当に1万円札を掲げてタクシーを止める人が結構いたそうでですね
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まさに歌方の夢ですね
さらに突出して人口が多い世代なので定年で一度に抜けると影響が大きいんでですね
法律まで改定されました。2006年施行の改正高齢者雇用安定法で企業に65歳までの定年の引上げか継続雇用この制度の導入が義務付けられたんですね
今は一般化してますけどこれを変えたのも段階だったんですね
こうしてある意味戦後の一番いい時期を駆け抜けて日本の個人金融資産これおよそ1400兆円と言われるんですがこのうち1割近い130兆円を持つとされてですね
サラリーマン世代では生涯の年金納付額と受け取り額がほぼ同じというこの世代は勝ち逃げ世代とも言われるわけです
もちろん皆さん全員がそうだっていうことじゃないんですけどもデータ上はあくまでそうなんですね
うちは違うぞっていう方はごめんなさい
そして実はここから本題です
今もですね500数十万人の塊であるこの世代が全員75歳以上の後期高齢者になるのがことし
2025年
今後あの人的にも予算的にも社会保障が逼迫する恐れがあるというのが2025年問題です
聞いたことありますよね
日本の高齢化率65歳以上人口の割合は昨年9月15日時点で29.3%もほぼ3割に達して
これ世界200角で一番なんですね
75歳以上の後期高齢者に限っても16.7%数で言うと2000万人超えました
この結果例えば医療費は昨年度過去最高の47兆円に達しました
このうちですね75歳以上の医療費が4割を占めて
一人当たりで言うと年平均96万5000円
これ75歳未満の方の平均のおよそ4倍なんですね
介護もそうです高齢者のうち標介護と判定された人の割合を年代別に見ると
60代65歳以上ですねでは2.8%70代も前半は5.5%なんですが
後半で12.4%と2倍以上に跳ね上がってここから5歳刻みでほぼ倍増していきます
深刻なのは介護人材の不足で厚生労働省は来年度240万人必要だとしてるんですが
現状はおよそ213万27万人足りません
それどころか昨年度初めて介護職員の数が減少に転じました
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人手不足の中で全産業の平均より低い給与など待遇の問題が大きくて
政府は介護報酬の引上げとかそれから外国人材の受入れ要件の緩和を進めていますけれども
このままでは近い将来数十万規模の介護難民が発生しかねずですね
親御さんの介護のために現役世代の受食が急増するという本末転退の事態も現実味を帯びてます
一方で少子化も進んで一人の高齢者を支える現役世代の人数は
1980年当時7.4人だったのが今は2人です
手遅れとも言われますけれども少子化対策も急務で今後年間3兆円規模の予算が投じられますけれども
結果としてその額も含んで年金医療福祉を合わせた社会保障給付費用は膨らみ続けて
今年度およそ138兆円うち4割が公費負担で
さらにその財源の4割は国債などの借金ですから
若者や子どもたちの世代にはさらに大きな負担が回ることになります
それでいいのかなって私も後2年で高齢者の仲間入りですけれども思いますね
戦後日本を切り開いた先輩世代にはもう敬意を表しつつなんですけれども
2025年問題を機にこういった問題をですね
じゃあ誰が負担して予算はどこにつけるのかといったことを
大の負担といったようなことも含めて我がこととして考え始めなきゃいけないなと思っています
少子高齢化ってもっと前から分かっていたのになぜ
政治家や官僚は施策を打ってこなかったのかっていうのは今言ってもしょうがないですけどね
でも高齢者の投票率が高くてシルバー民主主義って言われるような面もありましたから
若い人も選挙行かないと無視されちゃうんですね
そういうことですよね
はいということで今日は段階の世代について教えていただきました
元さんで毎日編集長が田中修一郎さんでしたありがとうございました
ありがとうございました
ありがとうございました
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