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さて、毎月最終金曜日はこの歌詞がすごいということなんですが、今年最後のこの歌詞がすごいということになります。
今日はレクイエム、今年なくなったミュージシャンや文化人の方々を歌で振り返るということらしいです。
おはようございます、潟永さん。
おはようございます。
おはようございます。このコーナー、10月は谷村真嗣さん、11月はカンさん、押忍でそれぞれ代表曲を取り上げましたけれども、
今年は本当に多くの著名なミュージシャンが亡くなった年でもありました。
それはある意味、70年代、80年代にどれだけ優れたミュージシャン、それからいい曲が生まれたかという証でもあるんですけれども、
あれからほぼ半世紀を経て、今日は歌詞の解説というよりも、当時を振り返りながら歌を聞き継ぐことで、その方々を忍ぼうと思います。
それでは記録に新しいところから遡っていきます。
まずはこの曲です。
銀ギラ銀にさりげなく。
これ、作詞が藝術院静香さんなんですね。
藝術院静香さんね。
今年は11月24日に73歳で亡くなりました。
せっかとして有名ですけれども、伊達歩見のペンネームで、近藤正彦さんにはこの曲とか、87年のレコード大賞を受賞した愚か者など25曲も提供されていて、
他にもピンクレディや中森明菜さん、薬師丸、ひろこさんらに多くの詩を提供した作詞家でもあったんですね。
ちなみに私が出版業界に身を置いた当時に聞いた異獣印象っていうのは、ギャンブルにビル一等分くらい使ってですね。
一節には数十億と言われてますけれども、良い腰の金を持たず、とにかく女性にモテたという伝説の数々でした。
夏目雅子さんとね、結婚してらしたんですもんね。
そうなんですよ。
それでまた結婚した相手が篠ひろこさんですからね。
ギヨンで一晩で1000万くらい使ったとかですね。
それで生活が果たしなかったのは、それを補ってあまりある才能のなせる技でしてですね。
同性の一人って一人として羨ましい限りというかですね。
いやいやいや。
同性から見てもかっこいいですよね、やっぱ。
そうなんです。さっき女性にモテたと言いましたけど、男にもモテたんですよ。
もうこんなね、ブライ派の作家は現れないだろうという意味でも、一つの時代の終わりを感じた不法でした。
今日はどんどんいきます。
次はこの曲です。
夏女ソニア。
作詞は悪友さんですけれども、歌は大橋潤子さんとモンタヨシノリさんのデュエットなんですね。
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10月18日にモンタさんが72歳で、11月9日に大橋潤子さんが73歳で、相次いで亡くなりましたよね。
この歌は83年にリリースされて、厚生化粧品の夏のキャンペーンソングになってヒットしています。
80年代って化粧品のコマーシャルソングが売れたんですね。
大橋さんはこの他の、黄昏前ラブとかシルエットロマンスとかヒット曲がありましたし、
モンタさんは1980年にご存知のダンシング・オールナイトが大ヒットしましたよね。
ちなみに83年の西条秀樹さんのヒット曲、ギャランドゥはモンタさんの作品で、
モンタさんが西条さんの家に遊びに行った時に一晩で作ったという曲だと言われています。
すごい才能。
さて、次はこの曲です。青い珊瑚礁ですね。
作詞の三浦よし子さんが11月6日に亡くなりました。75歳でした。
三浦さんは政子さんのデビュー曲、裸足の季節から手がけて、2作目のこの曲で政子ちゃんのヒット路線を築きました。
生みの親とも言えますね、アイドル政子ちゃんのですね。
1980年代を代表する作詞家の一人で、オリコンの1980年代の作詞家総売上前数によると、
松本隆さん、売り野正男さん、秋元康さんについで4位。
実に1314万枚を売り上げて、女性では1位ですね。
風は秋色、チェリーブラッサムなど、政子さんのヒット曲の他に、
八神純子さんの水色の雨とか、工藤静香さんの嵐の素顔、郷ひろみさんのお嫁さん場などですね。
まさに一時代を築いた作詞家。全部歌が浮かんでくる有名な曲ばかりですよね。
私個人的には浜田翔子さんの風を感じてが思い出深い曲なんですけども。
それもこの方なんですか?
あれは浜田翔子さんと三浦芳子さんの共同での詩になってますね。
政子ちゃんから浜田翔子まで。
お嫁さん場なんて歌詞書けないですけどね。
一二三、バンバン。大喜利勝つかね。
じゃあここでですね、このコーナーとしては初めて、外国の歌を続けて2曲お届けします。
まずはこの曲からです。
ある愛の歌、1970年に公開された同名の映画主題歌です。
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主弁のライアン・オニール氏が12月8日、ついこの間82歳で亡くなりました。
年配の方ならこの映画で泣いた方が少なくないんじゃないでしょうか。
私も号泣しましたけれども。
歌詞じゃないんですけれども、この映画で一番有名なセリフは
Love means never having to say you are sorry.
でして、直訳すると、愛ってごめんなさいっていう必要がないことなんですが、
日本語版では愛とは決して後悔しないことと訳されました。
名訳ですし、本当にそうだなとそうあろうと、今も胸に刻む言葉です。
ちなみにうちの奥さんは少し後悔してる。
そんなことないでしょ。
親の言うことは聞いとけばよかったんですけど。
本当に名作映画で、正月休みにまた見直してみていこうというのはあるかもしれません。
もう一曲の外国曲はこちらです。
イギリスのバンド、プロコルハルムの青い影です。
1967年のデビュー曲にして最大のヒット曲なんですけれども、
メンバーで作詞を手掛けたキースリードさんが、3月23日、76歳で亡くなりました。
この曲はですね、ユーミンが13歳の時に聴いて衝撃を受けて、
歌を作り始めるきっかけになったという意味で、
日本の音楽界も変えた曲と言えるんですね。
そう言えますよね。
そうなんです。ユーミンがもし日本で歌を作っていなかったらと思うとですね、
この曲の大きさを感じるんですけれども。
実際ユーミンは2012年に、私はこの歌で歌を作り始めましたという旨をですね、
手紙に書いてプロコルハルムに送ってですね、
共演コンサートを実現します。
デビュー40周年の記念アルバム、日本の恋とユーミンと、
これもっといらっしゃる方多いと思うんですが、
一緒に共演した時の青い影を収録しています。
ちなみにタイトルの青い影っていうのはとても詩的な表現、
ポエティックな表現ですけれども、
これね直訳するとむしろですね、真っ青になったというような意味でですね、
なんで真っ青になったかというとですね、
ダンスを踊っていた彼女にですね、
君浮気したんじゃね?って聞いたからですね。
で彼女は真っ青になった。
ヤベバレたみたいなところなんですか?
というある意味怖い歌でしてですね、
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このコーナーよく申し上げますけれども、
是非ね、歌詞読んで聴いていただくとですね、
また見える風景変わってきますんで、
是非英語詩を翻訳、今Google翻訳とかで簡単に翻訳できますんで、
是非正月休み読んでみられると、歌のイメージもまた変わるかもしれませんね。
いいように変わればいいんですけどね。
ちょっと今の衝撃的でした。
私も以前これ役を読んだ時にびっくりしました。
さてでは舞台を日本に戻して、いよいよ残り2曲、
この歌からです。
はい。
イエローマジックオーケストラ、YMOの君に胸キュンです。
メンバー3人のうち高橋幸寛さんが1月11日に70歳で、
それから間もない3月28日に坂本隆一さんが71歳で、それぞれ亡くなりました。
この曲、作詞は松本隆さんなんですが、
1983年に金棒化粧品のCMソングにもなってヒットしました。
ただ、実はこの曲もYMOが解散を決めた中で、
世間を驚かせようと、それまでのイメージと違うアイドリチックな曲を作った。
というのがこれでして。
このミュージックビデオをご覧になったことあります?
いや…
ミュージックビデオ…
これは見たことあると思うけど覚えてない。
なんかすごいカラフルな感じだったんですけど。
そうなんですよ。
今まだネットで見れますので、見ていただきたいんですけども、
ミュージックビデオで3人は顔を寄せて、
頬に手を当ててキュンって言ってみせたり、
アイドルみたいに踊りながら、
でもね、照れくさそうだったりですね。
水木さんがご覧になったら、きっと可愛いって言いそうな一面を見せてくれます。
本当に今見ると懐かしいし、逆に胸に染みちゃうんですね。
で、この歌を発表した年の暮れ、YMOは武道館でのチャリティー公演を最後に解散しました。
でもその後はね、皆さんご存知の通り、
5、3人それぞれ独自の活動で、けれどもずっと日本のミュージックシーンをリードし続けました。
一度だけ再結成して、ドームでコンサートをしたりしてるんですけれども、
さらに坂本さんについて言うと、坂本隆一さんは後年、
ニューヨークに拠点を移して、そこで遭遇した9.11、
同時多発テロをきっかけに反戦運動、
さらに東日本大震災なんかをきっかけに反原発運動にも取り組まれて、
死去の1ヶ月前には小池裕子、東京都知事に、
明治神宮外縁地区の再開発の見なしを訴える手紙も出しています。
こういう言葉を残してらっしゃいます。
声を上げる。上げ続ける。諦めないで。がっかりしないで。根気よく。
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社会を変えるには結局それしかないのだと思います。
という言葉を残してらっしゃるんですけれども、
本当にその通りだと思って、私も胸に刻んでいます。
では最後はこの曲です。
今年最後の1曲は、シーナー・アン・ザ・ロケッツの有名ドリームです。
1月29日にリーダーの綾川誠さんが亡くなりました。74歳でした。
実はバンドをメジャーな存在にしたきっかけの一つはYMOとの出会いでして、
エルビス・コステロの来日公演に出演したのを高橋幸男さんが見て交流が始まって、
その後綾川さんはYMOのツアーにもギタリストとして参加したりしてるんですね。
この有名ドリームも細野晴海さんがプロデュースで、
曲は綾川さんと細野さんの共作になっています。
1979年に日本航空のCMソングに採用されてヒットしました。
友人で恩人でもある高橋幸男さんのすぐ後に綾川さんも亡くなったっていうのも、
何と言いますかね、感じるところがありますね。
そしてご存知の通り、綾川さんは久留米市の出身ですよね。
明善高校から九州大学に進んで、
でも学生時代から中須のダンスホールで専属バンドのメンバーになってですね、
一度も就職をせず、後に椎名さんと出会って、
椎名アンザロケッツを結成されました。
その押し取り夫婦ぶりは有名でしたよね。
8年前に椎名さんを亡くした後もバンド名はそのままで、
綾川さんは当時スポーツCのインタビューで、
椎名も一緒にツアーしてるとそんな風に思ってます。
いつも一緒やし、音楽の中でいつも椎名がそばにいると語ってました。
半世紀以上大好きなロックンロールのミュージシャンとして駆け抜けた人生は、
まさにこれが私の素敵な夢だったと思います。
今頃天国で椎名さんとまた楽しく歌ってるんじゃないでしょうか。
ということで駆け足で振り返った2023年のレクイエムです。
寂しいけど、残してもらった歌はこれからも私たちの中で生き続けますし、
どうか安らかにと願ってこのコーナーを今年は閉じます。
今年もありがとうございました。
皆さん良いお年をお迎えください。
良いお年をお迎えください。
がたながさんもありがとうございました。
元三千万一編集長がたなが、椎一郎さん、この歌詞がすごい。
今日はレクイエムでお届けいたしました。
落語家の立川翔子です。
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ありがとうございました。