この歌詞が凄い!
2026-08-28 16:01

この歌詞が凄い!

元サンデー毎日編集長・潟永秀一郎と毎日新聞出版代表取締役社長・山本修司、2人のジャーナリストによるラジオコラム。毎月第四金曜日には、元作詞家志望だったという経歴も生かして、潟永秀一郎がヒット曲の歌詞を読み解く「この歌詞がすごい」をお送りします。

※RKBラジオで毎週金曜日に放送している『立川生志金サイト』内のコーナーです。

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サマリー

元サンデー毎日編集長の潟永秀一郎が、戦前生まれのレジェンド、小倉圭さんの楽曲を紐解く。井上陽水との関わりや、エリート銀行員でありながらソングライターとしても才能を発揮した小倉さんの代表曲「さらば青春」「シクラメンのかおり」「揺れるまなざし」「俺たちの旅」の歌詞に込められた深いメッセージを解説する。

はじめに:小倉圭さんの紹介
さて、熊本の地震から今日で1ヶ月ですし、千葉の豪雨災害、昨日の北陸の洪水や、ネパールや中国の国境菌の土石流、いろいろてんぺん地位が相次いでおります。
8月の今日で最終金曜日ということで、最終金曜日はこの大きいサイトでは、この歌詞が凄いお届けしているということで、今年は戦後の音楽界レジェンドたちの歩みを通じてJ-POPの歴史をたどってもらっているんですが、
今日はですね、これまでで最高齢、唯一戦前生まれの方なんだそうです。どなたなんでございましょうかね。元サンデー毎日編集長、ガタナガシュイチロウさんです。ガタナガさん、おはようございます。
はい、おはようございます。前回は福岡が生んだレジェンド井上陽水さんを取り上げさせていただきましたが、今日取り上げる方は実は、陽水さんのデビューにも関わる不思議な縁で繋がった方なんですね。
という話は後でするとして、まずはお聞きください。年配の方ならきっと懐かしいこの曲からです。はい、今日のレジェンドは1944年生まれ、御年82歳の小倉圭さん。歌はさらば青春です。
1971年、小倉さんのファーストシングル、潮騒の歌のB面でしたけれども、この歌の方が人気が出て、後にA面扱いになりました。さっきの話の続きなんですが、ご存知の通り小倉さんは東大法学部を卒業して、当時の日本官業銀行、今の水穂銀行に入校したエリートサラリーマンでした。
アメリカの大学に会社から派遣されるなど、本当に社長候補の一人だったそうです。なので歌はあくまで趣味。ところが歌を聴いたレコード会社の若きプロデューサー、田賀秀典さんが小倉さんにどうしても会いたいと面会を申し込んで、その場で聴いた自作曲の完成度に驚いて、
君自身はいらないんだけどさ、この曲、私が何とかするから私にくれと叫んだとかいう伝説が残ってますけど、見た目は歌手向きじゃないけど、ソングライターの才能は一級品だからって、失礼な話ですよね。
田賀さんがその歌い手を探していて見つけたのが、まだアンドレ・カンドレの名前で活動していた頃の井上陽水さんでした。でも陽水さんの自作曲を聴いた小倉さんは、この人自分の歌でデビューさせればいいんじゃないって推して、陽水さんのデビューにつながったと。
だから才能は才能を見抜くし、またこの二人を見出した田賀さんもすごいプロデューサーで、奇跡のトライアングルだったんですね。では歌詞です。この歌の一読すると、まるで夢も希望もない歌なんですね。でも実はその先があります。解説します。
「さらば青春」の歌詞解説
一番と二番の号頭、「僕は呼びかけはしない。遠く過ぎ去る者に僕は呼びかけはしない。傍らを行く者さえ。」というのは、僕は去っていく者は追わないし、身近な人に耐えることもしないという覚悟ですね。
同じく一番二番と繰り返される黒いものですが、黒い水が抱き込むように流れていくというのは、僕の思いなんか無関係に移り変わる時代や抗いようのない運命なんでしょうか。黒い犬が獲物探して駆けていくっていうのはおそらく弱肉強食の社会のことでしょう。
厳しい現実をこれでもかと突きつけながら小倉さんは少女よ、泣くのはおやめと呼びかけます。風も木も川も土も空も海も月も星も美しい自然も宇宙も戯れの口笛を吹く虚ろな輝きだ。
胃のままにはならず寄り添ってもくれないよと、まるで突き放しているように聞こえますよね。が違うんですね。この世界はそんなところだと知ってほしい。そうすれば誰かや何かに期待をして裏切られたり傷ついたりすることもないと語りかけている。
小倉さん、20代で書かれた詩なんですけれども、年を重ねるごとに私も胸にしみる深い歌詞だなぁと思います。では次は小倉圭というシンガーソングライターの存在、ソングライターとしての存在を一気に世に知らしめたこの曲です。
「シクラメンのかおり」の歌詞解説
はい、ご存知、シクラメンとカホリ。1975年に伏瀬彰さんが歌って大ヒットして、この年のレコード大賞など主だった音楽賞を壮大な目にしました。先ほども言いましたが小倉さんにとって当時歌はあくまで副業で、この歌も依頼されて書いたものの、その後アメリカのメリル・リンチ賞券に派遣されたので、歌がヒットしているとは全然知らなくてですね。
知らせを聞いて一番驚いたのは本人だったそうですけれども、そもそもは別の曲を提供してそのB面用に書いた曲だったからっていうのもあったんですけれども、天才プロデューサーと言われた渡辺プロダクションの創設者、渡辺真さんらが、こちらをA面にすべきだっていう判断をしたそうで、これもすごい眼力ですね。
結果知る人と知る存在だった小倉圭さんは東大卒、エリート銀行員と二足のわらじ、今で言うと二刀流ですね。という話題性でも注目されて、翌年帰国するとついにNHKコンサートという形でテレビにも引っ張り出されました。
その意味では提供曲ではあるんですが、第二のデビュー曲とも言えるかもしれません。では歌詞です。一言で言うと、これはシクラメンの色に時間の経過と心の移ろいをかけて、一つの恋の始まりから終わりまでを描いた曲なんですね。
真綿色は清しい白で、まだ何物にも染まっていない二人の出会い。薄紅色は木漏れ日浴びた君を抱きしめた時の彼女の頬の色なんでしょうか。美しく眩しくて恋が燃え上がる時ですね。
そして薄紫は後姿の君のように寂しく恋という季節は知らん顔をして通り過ぎていく別れですね。時は残酷で幸せな日々。今ここで泊まってほしいってどんなに願っても疲れを知らない子供のように二人を追い越していきます。
もしあの日々を呼び戻すことができるなら、僕は他の何を失ってもいいのにっていう思いですね。
ちなみにこの大ヒットでひっそり続けていた歌詞活動が注目を浴びた時ですね。さすがに銀行内第一関係の中でも問題になったそうなんですが。
時の上司がですね。彼は最後まで残業して一生懸命仕事しているじゃないかと。何が問題なんだと。かばってくれたそうで。本当にね理解のあるいい上司ですよね。
この方は後に遠鳥まで登り詰めたそうですけれども、差もありなんと思わせるエピソードですね。
でも小倉さんって本当にね、周りに恵まれてますよね。
「揺れるまなざし」の歌詞解説
では駆け足で、次は一つの時代を開いたこの曲です。
揺れるまなざし。1976年7月にリリースされた16枚目のシングルにして、資生堂初のキャンペーンソングでした。
まずはこの経緯からお話しします。あくまで本業銀行員だった小倉さんですが、しくらめん以前からシンガーソングライターであることも取引先の一部はもちろんご存知でした。
そんな中に資生堂さんがあって、個人的にも親しかった宣伝部長にCMソング作ってくれないかって頼まれて、宣伝のための歌は作らないって決めていた小倉さんも、さすがに男ってさ。断りきれずに作ったのがこの歌だったそうです。
断りきれない。
やっぱり弱みにつけ込んだみたいですね。
個人的にも宣伝部長さんは親しかったかもしれない。
CMキャラクターは当時まだ16歳だった新行寺君枝さん。歌もCMも評判を呼んで、ここからなんです。
資生堂と金棒を中心に季節ごとにキャンペーン展開する化粧品CMの時代が幕を開けるんですね。
この化粧品のキャンペーン、歌でいうと竹内マリアさんの不思議なピーチパイとか、今野清郎さんと坂本隆一さんのイケナイルージュマジック。
サーカスのミスターサマータイムなど。
キャラクターの方でいうと、夏目雅子さんとか、ピカピカに光っていた宮崎よしさん、中山美穂さんなど。
CMタイアップによるヒット曲作りという手法も含めて、後に与えた影響は小さくありませんでした。
ということで歌詞ですが、出色なのはキャッチコピーでもある揺れる眼差しという言葉の魔力ですね。
揺れるって言っても目眩を起こしてるわけじゃないですよ。
大きくて黒目がちでうるんで、どこか夏目雅子。太目があっただけなのに心を独り占めにして、一瞬にして恋に落ちて、物語が限りなく綴られる。他のことを何も考えられなくなってしまう。
2番の冒頭に出てくる、孤独としても紅茶の歌に色合いを添えて、秋のキャンペーンソングにふさわしい、ちょっと安入意で小悪魔的な女性の魅力を今も伝えてくれます。
では最後は小倉さんが歌っていらっしゃるんじゃないんですが、この歌です。
「俺たちの旅」の歌詞解説
はい。俺たちの旅。小倉圭さんの作詞作曲で、歌は中村雅俊さん。1975年10月に始まった同じ名前、タイトルのドラマの主題歌で、中村さんはその主人公でもありましたよね。
はい。河瀬ね。
河瀬。はい。我々の世代は河瀬とか尾目田とかを浮かびますけれども。先ほどのしくらめんの香りもそうですけれども、小倉さんは多くの歌手に楽曲を提供してきた旗大のソングライターでもあります。
歌手さんの代表作曲になっているものも少なくなくて、美空ひばりさんのアイサンサンや梅澤富雄さんの夢芝居からケンナオコさんの泣かせてなどもそうですね。
では歌詞です。歌は1番から3番まで全て夢という言葉で始まりますが、ここで言う夢は未来に向かっていくものというよりむしろ通り過ぎていく青春への追憶とノスタルジーに聞こえます。
解説します。夢の坂道は美しいけれどたどり着けないというのは夢を追う厳しさを言っているとどれますけれども通り過ぎた日々はどんなに美しくてももうそこには戻れないとも読めます。
夢の夕日も同じく夢は現実に追い立てられていつか諦める日が来ると読める一方で温かく輝く記憶は現実の中に埋もれていくものだとも読めます。
そして3番、夢の傾いは小麦色した帰り道。ウォーターメロン、スイカですね。の花ですからこれは遠い夏の思い出でしょうか。その風景の中にはこれまでの長い年月が静かにうたためをしているように今ものどかな安らぎをくれると自分にくれると。
そして繰り返される錆ですね。背中の夢ですからこれは過去の夢や通り過ぎた青春、背中の夢ですからね。
時の川を流されていく小舟で流されていく私にあなたが手を振るっていうのは思い出の中では今も愛した人やあるいは家族だったのかな仲間たちも含めてが笑顔をくれるっていう風に読めるんですね。
ということで初期の4曲を駆け足で振り返りましたけれども小倉さんがフォークソングの歌詞に取り込んだ文学的な助長性や哲学性はその後ですね。
中島みゆきさんや佐田まさしさんから森田道次さんや高本ひろとさん、令和で言うと藤井和さんらへと連なる系譜の起点とも言えます。この系譜についてはまた改めてお話しするとして今日はここまでで終わります。
まとめ:小倉圭さんの功績
また改めて楽しみですね。これからね。ぜひお願いしたいと思います。今日はですね、がたなかさんにこの歌詞がすごい小倉圭さんについてお話を伺いました。
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