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はい、さて、毎月最終金曜日はこの歌詞がすごいというのをお届けするこのコーナーですが、今日はですね、今月8日に亡くなった谷村新司さんの名曲ということですね。
まあ、谷村さんはアリス時代から僕らの世代はもう、ほんといろんなヒット曲をね、聴かせてもらいましたが、今日はどんな曲なんでしょうか。おはようございます、潟永さん。
おはようございます。
おはようございます。そうですよね、思いは皆さん同じようで、10月25日発表のオリコン週刊デジタルシングルランキングによるとですね、
亡くなったことが公表された16日以降、谷村さんの楽曲のダウンロードが急増してですね、前の週まで圏外だった7曲がトップ100に入ったそうです。
このコーナーでも何度も言いますけれども、やっぱり名曲っていうのは時代を経ても古びない時を越えて人の胸に響く普遍性を持っているんですよね。
ということでまずはダウンロード数トップ100に入った7曲のうちトップだったこの曲からです。
谷村さんが亡くなってから毎日のように聴きました世界で歌い継がれる名曲スバルですね。
本題の歌詞に入る前にまず星のスバルについて少しご説明しますね。
スバルはプレアデス星団の和名日本名で大石座にあるんですね。
三階星団という若くてまだ青白い星の集団です。
どれくらい若いかというと太陽が誕生からおよそ46億年なのに対して、
16年ほどと言いますからまだ赤ちゃん。
星の周りに輝いて見えるのはセイカンガスと呼ばれる星を生む材料になる水素などの雲で、
スバルの星々はこのガスから生まれたいわば兄弟みたいなものですね。
その数はおよそ1000個もあるそうなんですけれども、
肉眼で澄んだ夜空に見えるのは通常6個です。
日本で見えるのは冬とその前後で、
オリオン座の三つ星、真ん中の三つ星を結んだ線を右斜め上に上がっていくと見えますから、
探してみてください。
では歌詞です。
冒頭の目を閉じて何も見えずのところは、
よくお笑いなんかで当たり前じゃんとか言われますけども、
もちろんそんな浅い意味ではなくてですね、
実は石川卓博の著書にそのヒントがあって、
卓博の死後に刊行された第二歌集、悲しき顔具です。
病を患って貧しく家庭不安が続く境遇で余れたこの歌集は哀愁に満ちていて、
その中にですね、目とずれど心に浮かぶ何もなし、
寂しくもまた目を開けるかな、という歌があるんですね。
目を閉じて生涯を振り返っても何の業績もない、
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寂しくて目を開けるといった意味で、谷村さんの胸に刻まれてたんでしょうね。
ただスバルは絶望の歌ではありません。
歌詞がこう続きますよね。
悲しくて目を開ければ荒野に向かう道より他に見えるものはなし。
今はまだ何も成し遂げていないけれど、目の前には荒野。
厳しいけれども未開の地平があると。
つまり若者が未来へ向けて進む覚悟です。
一人ぼっちでも荒野には満天の星空が広がります。
永遠に輝くと思えるその星々も、人と同じくやがては消える運命です。
だから砕け散る定めの星たちよ、せめて密やかにこの身を照らせよ。
というのは、険しい道を進む私を照らし続けてくれと願って、
続くサビは決意ですね。我は行く青白き頬の窓まで。
我は行くさらばスバルよ、という決意ですね。
ちなみに2番の冒頭の
息をすれば胸の中小枯らしは泣き続ける。
これもですね、悲しき顔具に源流があって、
こちらはですね、息すれば胸の内にて鳴る音あり、
小枯らしよりも寂しきその音、という歌でして、
あの卓木は晩年血覚を患っていましたから、
あるいは肺に溜まった血の音なのか、
死が近いことを悟る辛い思いの歌です。
けれどこれもですね、スバルでの意味は違います。
続く歌詞は、されど我が胸は熱く、夢を追い続けるなり。
ですから、どんなに今が寂しくても情熱は消えないし、
夢を追い続けるんだっていう、自らに言い聞かせるような決意ですね。
続く、ああさんざめく名もなき星たちよ、
せめて鮮やかにその身を追われよ、は、
同じように夢を追う多くの名もなき若者たちに、
たとえ叶わなくても悔いのない人生を贈ろう、というふうに声をかけて、
我もよく私もそうするよと、心の命ずるままにと。
さらに続く、ああいつの日か誰かがこの道を、は、
そういうふうに進んでいくのはですね、今を生きる者たちだけじゃなくて、
これまでも若者たちはそうやって未来を切り開いてきたんだと。
そうして繰り返されるサビの歌詞、さらばすばるよについて、
谷村さん自身がその著書の谷村真嗣の不思議すぎる話とかですね、
いろんなインタビューなんかで、おおよそこう語ってらっしゃいます。
すばるという歌が浮かんだのは、引っ越しの真っ最中なんかダンボールの中だったらしくて囲まれた。
まるで空から降ってきたように、さらばすばるよっていうフレーズが降りてきたらしいですね。
後にすばるは古代中国では宝の星、豊かさの象徴だったことを知り、
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これは物質文明に別れを告げよう、さらばすばるよという意味だったんだと。
お金や物なんかよりもっと大事な何か、心や精神の豊かさを求めていこう
っていう意味だったんじゃないかということに思い立ったと。
私は後に谷村さんがそう思い立ったということについてですね、
歌って作り手の手を離れてからさらに深く意味を帯びていくもんなんだっていうことを知ってですね、
だから国境も時代も越えて歌い継がれて、
たとえばジョン・レノンのイマジンとかもそうだよなとかちょっと思ってしまいました。
すいません、長くなりました。
じゃあもう一曲、この名曲です。
この歌も皆さんご存知だと思います。
いいひたび立ち。
冒頭お話ししたダウンロードランキングですばるの次、2番目に多かった曲これだったんですね。
1978年に山口桃江さんの歌でリリースされて、桃江さんにとっても最大のヒット曲になりました。
JRがまだ国鉄だった当時、旅行ブームを起こしたキャンペーン、ディスカバージャパン。
これの第二弾のテーマソングでもあります。
懐かしいですね。
分割民営化でJRになったのが87年ですから、平成世代はまだ生まれる前の話なんですね。
このキャンペーン当時私はまだ高校生でしたけれども、私よりもう少し上の70代80代の方でですね、
この歌に誘われて旅に出た方が結構いらっしゃったんじゃないでしょうか。
全くの余談ですが、私ですね、この歌と、それから88年のJR東海のシンデレラエクスプレスキャンペーンのCMで使われた山下達郎さんのクリスマスイブ。
それから90年のJR沖縄キャンペーンのテーマソングだったコメコメクラブのロマン飛行。
この3曲がですね、3大旅行キャンペーンソングだと私は勝手に思っていてですね。
いやいや、異論ないですよそれはもう。
そうですか、ありがとうございます。
本当に良い曲、あの頃なぜか旅行キャンペーンで相次いだんですね。
そういう時代だったと。
バブルの最後の頃ですよね。
そうですね。
ごめんなさい、話が逸れました。歌詞に戻ります。
この歌が多くの人の胸を打つ刺さるのは何と言っても、
ああ日本のどこかに私を待っている人がいるっていうサビの歌詞なんじゃないでしょうか。
大切な誰か大切な何かを失った人ほど胸に迫る切ない希望のようなものじゃないかと。
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なので私はその視点でこの歌詞を読み解こうと思います。
歌い出しは雪解け間近の北の空ですから、舞台は遠く山々が連なる早春の北国かなと。
主人公はその冷たく澄んだ空に向かって、若き日のおそらくは叶わなかった夢。
もしかしたら好きだった人の名前かもしれないけど、を叫んだんでしょうか。
すると帰らぬ人たちっていうのは文字通り亡くなった人たちだけじゃなくてですね、
もう会うことが叶わない友達や恋人を含むですね、
ふるさとの思い出そのものだとも読めます。
そして主人公はその思い出たちを胸の奥にしまってふるさとを出発します。
あの懐かしい日々はもう戻らないけれど、
これからの人生できっとまた大切な人に出会えると信じて、
今日をいい旅立ちにしようと願って旅立つわけですね。
亡くなったお母さんに心の中でいい旅立ちにするよって語りかけているのかもしれません。
続く2番の歌い出しは三崎の外れに少年は魚釣りですから、ここからもう旅の世界ですね。
青いススキっていうのは夏の季後なので、
もう出発してから数ヶ月過ぎた日盛りの小道をですね、
主人公は一人で歩いています。
そうしてたどり着いた海岸で砂に枯れ木でさようならと刻みます。
季節も目の前に広がる水平線の風景も、
これふるさととは真逆ですから、ふるさとを出た時とはですね、
さようならの意味するところはおそらくふるさとへの決別ですね。
続く羊雲を探しにの羊雲は秋の季後なので、
思い出を作るために旅を続ける決意も込めたさようならでしょう。
道連れは父が教えてくれた歌ということは、
もうお父さんも亡くなっていると受け取れます。
私もそうですけれども、親を亡くした後のふるさとって、
確かにふるさとなんだけれども帰る家がもうない遠い町になります。
だから読みようによっては主人公は親のために夢を諦めてふるさとに残って、
見取りを終えて自分の人生を歩き始めたのかもしれません。
そう思うのは最後の歌詞が、
幸せを探しに子供の頃に歌った歌を道連れにとあって、
これ初めて自分の願いを語るからです。
あくまで私の勝手な解釈なんですけれども。
なお、いい日旅立ちという曲名はこの曲のプロデューサーを務めた
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坂井正俊さんの考案で、
キャンペーンのスポンサーだった日本旅行とひたちに
ひたちがまさかいい日旅立ちのひたちだとは。
坂井さんは山口まもえさんのほか、
南沙織さんとかキャンディーズとか、
300人以上のアイドルやグループをユニを送り出して、
その売上総額、レコードをその他の売上総額が3000億円を超えるという、
伝説の音楽プロデューサー。
谷村さん、坂井さん、山口まもえさんという奇大の才能が集結して、
国鉄を舞台に生まれた大ヒット曲は、
その意味で昭和の音楽遺産とも言えますし、
私も今改めてこの2曲を聴いて旅に出たいなと、
余剰を書き立てられています。
谷村さんのご冥福を心からお祈りして、
元毎日新聞の記者として申せば、
選抜高校野球の大会下である今有手も含めて、
多くの名曲を残してくださったご功績に感謝をして、
今日のこのコーナーを閉じていきたいと思います。
ありがとうございました。
この歌詞がすごい谷村真嗣さんで語ってくれました。
元3年毎日編集長の片中修一郎さんでした。
ありがとうございました。
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