地下鉄サリン事件から今年で30年
2025-03-07 14:48

地下鉄サリン事件から今年で30年

毎日新聞出版社長 山本修司
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1995年3月20日の朝、東京霞ヶ関に向かう地下鉄5系電車の事故が起きました。
地下鉄5路線の電車内で、オウム真理教の信者がサリンを撒き、12人が死亡、約5,500人が病院で手当を受けたという地下鉄サリン事件から、今年で30年になります。
新聞やテレビでも盛んに、地下鉄サリン事件から30年という企画を組んでいますが、この未曾有の大事件を含めて、毎日新聞出版の山本修司社長が当時、オウム真理教の取材に明け暮れていたということなんですね。
今日は、地下鉄サリン事件を含めて、オウム真理教の事件について教えていただきたいと思います。山本さん、お願いいたします。
おはようございます。
実は、オウム真理教という名前がメディアに出たのは、1989年の秋のことなんですが、
これは毎日新聞出版が発行します週刊誌の3年毎日が始めていたということなんですね。
当時、編集部には子どもを取られてしまったとか、高額のお布施を取られたという訴えが殺到しててですね。
また、社会では、血を飲んだら超能力を得られるんだ、血のイニシエーションなんて言われてましたが、こういうのを信じてる若者がいたりということで、
当時、牧太郎という編集長が相当な覚悟を決めまして、彼は命を狙われたということもあったんですね、実際に。
ポアされる、ポアなんて呼ばれてましたけど。
それで、オウム真理教の狂気、狂った気ですね、狂気という追求キャンペーンを始めたんですね。
この記事をめぐって毎日新聞社の提訴、オウムに提訴されまして、
毎日新聞は提訴されたんだよという記事が毎日新聞には初めて出たというのが、1989年10月なんですが、
実はこの数日後に坂本罪弁護士が殺されていたという経緯があるんですね。
こういった提訴みたいな動きは先方発力のつもりなんでしょうけども、
ジャーナリズムに携わる人間はこういうことに出られると、
萎縮するどころか、逆に燃えてしまうというのがありまして、キャンペーンはますます熱を帯びていったということなんですね。
私は当時入社3年目ということで千葉市局というところにいたんですが、
90年に衆議院選挙があって、この時に浅原商工代表なんかが立候補した、
商工、商工なんて変な歌が話題になりましたけども、
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地元私がいた千葉では厚生省の大臣だった遠藤誠一という人が立候補して落選したんですが、
この人はサリンを実際生成した人で、4つの殺人罪で問われて死刑が判決が確定して、
もう既に執行されたんですが、随分小さい人だなという印象だったんですが、
まさかこの人がそんな重大犯罪を犯すとか、また自分がその取材にかかるというのは当時、
想像もできなかったということなんですね。
私自身も直接の危害を食われたわけではないんですが、ちょっと怖いことがありまして、
ある夜酒飲んでですね、夜遅く、酒飲んだかどうでもいいんですが、
都内の12階建ての団地にそのとき住んでたんですね。
それで1階に集合ポストがありますんで、
指持ちあったら取ろうかなと思ったら、オームのビラが入ってたんですね。
なんだビラかと思ったらですね、私の部屋が2,3,3号室って当時言われてたんです。
そこが高点というかですね、10文字にビラが入られてて、
要するに見ると十字架みたいな形に見えるんですね。
十字架のお墓みたいに見えると。
これはまずいなと。
すぐ家に戻ったらみんなすやすや寝てたので安心したんですけども、
向こうとして見ればお前の住所知ってるぞという脅しだと思うんですね。
ただそんなことがあっても、
先ほど申し上げたとおり、こんなことがあると萎縮するどこか燃えるのです。
その後オーム取材にも力が入ったということなんですね。
オーム事件というと、地下鉄サリン事件とか松本サリン事件とか、
先ほどちょっと触れた坂本努弁弁護士一家3人ですね。
辰彦ちゃんという小さい子どもも入ってて大変無残な事件でしたが、
その他にサリンのプラント建設とか自動焼充の製造とか、
さまざまな事件があるんですけど、
無差別テロですね。
地下鉄サリンを含めて日本社会を根底から揺るがしたような大事件だったわけですね。
これ今いろいろと当時のことを検証するような企画がありますけど、
これやってるともう1日中喋っても終わりませんので、
30年たって今この事件がどう影響してるのかということをお話しできればと思います。
はい、お願いします。
まず触れなきゃいけないのが、
実は当時、破壊活動防止法という、破防法と言いますが、
これを適用しようとした動きがあったということに触れざるを得ないんですね。
これは公共の安全確保をするための、
暴力主義的な破壊活動を防止してですね。
そういう法令なんですけども、
これは結社の自由とか基本的人権を侵害する危険性が極めて高い事件で、
治安維持法の再来難と言われてたんですね。
この治安維持法というのは、先日韓国の話をしたときにちょっと触れたんですが、
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韓国で国家保安法といって、赤のレッテルを貼ってですね、
大量の人たちを抹殺した法律がありましたけども、
この下地になったのが大日本帝国下であった治安維持法なんですが、
この流れを組むような形とも言われた法律ですので、
非常に反対も強かったんですが、存在している。
ただ、そういった法律などで団体に適用したことはなかったということなんですね。
ところが当時の雰囲気としては、地下鉄サリン事件というこんな大きな事件が起きて、
いろんな施設には仕様が制限されたり、ゴミ箱が一斉に撤去されたり、
警察官が配置されたりという、非常に閉塞感を感じる状況でですね、
一般の人もこれも破防法ぐらいいいんじゃないのぐらいの感じに考えてて、
実際その破防法に非常に反発していた弁護士でさえもですね、
あまりにも共団の犯罪が凶悪なので、
世論が強くてちょっと反対の声を上げづらいんだみたいな、
そんなことを私にこぼしてた状況だったんですね。
実際には適用されなかったんですが、最終的に踏みとどまったという感じ。
先日韓国でユン大統領が非常改憲というのを発令しました。
これ不発に終わりましたけど、同じような直前で踏みとどまったというような状況だったんですね。
これ考えますとですね、先日の、もう今だいぶなんか忘れ去られるようにもなりましたが、
コロナの頃ですね、マスクしろとかいうこともありましたから、
営業してる店にものすごく嫌がらせがあったりとか、ものすごい雰囲気でしたが、
もちろん感染症と集団犯罪ってのは全くレベルも違いますし、
当時の命までが奪われるという犯罪によって状況と一緒にするのはどうかと思うんですが、
ただその社会が包まれた閉塞感とか、
コロナのためなら何でもありみたいなことを許容する雰囲気であるとかですね、
非常にちょっと私は似た空気を感じたんですね。
おかげで当時は破防法さえもOKという形になったんですが、
実際ですね、このときは踏みとどまったわけですね。
そのほかにですね、このときには破防法以外に破産法を適用しようというので、
要するに破産宣言を出してですね、破産させて、
その財産を保全して、これで、
活動ができなくなるような動きだったんですね。
これ非常に有効でですね、こちらは特に人権侵害もないし、
非常に有効な方法だったんですが、
実はその後、福岡では駆動会という暴力団体がありまして、
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壊滅に浮かまれましたけど、
あのときもですね、いわゆるトップに対する浄納金というものに対して課税しようと、
それを財産的に追い込んでいこうじゃないかという動きだったんです。
これは当時の流れを汲むものなんですね。
それから当時、やっぱり組員がどんな微細であってもとにかく捕まえて、
組織を弱体化させようという動きでいたんですが、
オウム事件でもですね、
信者がマンションのトップにビラを配っても住居侵入で献挙したりとか、
微細でも献挙するんだという強い姿勢で臨んだというのも、
駆動会の捜査というのはこの流れを実は組んでいたということで、
非常に当時の事件というのはその後にも影響を与えてるんですね。
それから、教団とは直接関係ないんですけど、
1995年というのはWindows 95が出てですね。
いわゆるネット時代の幕開けという感じですね。
私なんてオフラインのWindows 3.1というのを使ってました。
インターネットとは一体なんだというような状況だったけども、
今その時代も変わってですね、
先日兵庫県の知事選なんかでもSNSでつながってですね、
フェイクニュースなんかも含めた情報を拡散されて、
選挙の結果にも影響を及ぼしたんですが、
こういったネットでつながりを持った人たちが、
一つのコミュニティというか共同体を作って、
そうでない人たちを強く攻撃していくというような構図が見られたんですが、
実は当時ですね、オウム心理教という集団というのは、
中で非常に強いつながりを持って、
自分たちに対する動きを迫害と受け取ってですね、
やっていくという同じような状況だったわけですね。
それで私はSNS時代にも当時の雰囲気をちょっと感じるということがありまして、
実はトランプ大統領が負けたときにですね、
議会議事堂に集結して破壊活動を行いましたけど、
あれなんかもですね、
あの中には工学歴の人なんかも含まれていたわけですけど、
まさにオウム犯罪なんかもですね、
ああいった集団心理というか、
ああいったものが出てきているということで、
つながっているものがあるんだなということを思うわけです。
もし当時オウム心理教に破防法を適用していればですね、
今後継の団体いろいろ問題になっていますが、
そういうこともしかしたらなかったかもしれないんですけども、
先日の韓国も同じですけども、
もし適用していたら社会に大きな汚点が残ったと思うんですね。
実際オウム心理教も2018年にですね、
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朝原代表を含む13人の死刑囚全員がですね、
1ヶ月のうちに死刑が執行されて、
異例だったんですけども、死刑が執行されて、
実際有罪が確定した190人の全員の刑事手続きというのは、
実は終了しているんですね。
ということは、通常の法律でも対応できたということを示しているということなんですね。
一方で、私はあえてオウム的なものという言い方をしますけども、
これ形を変えて、先ほど言ったような状況がたくさんまだあるわけですね。
実際ですからまだオウムの病理というのは、
地下鉄三人事件から30年たってもまだ残っているということなんですね。
ですからやっぱり私としては出版社の社長でもありますし、
ジャーナリズムに身を置く人間としてはですね、
こういったオウム的なものというものに敏感に反応しながらですね、
しっかり対応していかなきゃいけないなということを今感じているわけです。
もう30年という気もしますけど、まだね。
過去のものとも言い切れないみたいな。
でも確かにおっしゃるように、破防法というのは本当に危険な法律なので、
このときよく思い留まったなということと、
調整権と検察権という、この2大権力を使って国が動くとそうなるんだということも、
ちょっとある意味、考えておかなきゃいけないということですかね。
今日は30年前に起きました地下鉄サリン事件からということで、
オウム心理教についてのいろいろな取材をしてこられた、
毎日新聞出版社社長の山本修司さんにお話を伺いました。
山本さんどうもありがとうございました。
どうもありがとうございました。
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