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2026-10-06 18:14

私の好きなおもろい人の定義

おもろさは個人の観点によるという話と初対面の人にどうおもろさを伝えるかという話。

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私が好きなおもろい人の定義です。
おもしろい、おもろい、みたいなところの 価値観は、当たり前ですが、人によって かなり違います。
ある程度の類型、ジャンル分け、分け方が できると思います。
今日は、面白い人と話したりしていて、 この人おもろいなぁとか、もうちょっと話し聞きたいなぁ みたいな人というのは、
結構、一つの型みたいなのがあって、そういう人に、 最近なんかも、そういう面白い人を見つけて、
方法を、すごいもっと知りたいなぁ、 みたいに思ったりしたので、ちょうどいいなぁというところで、 まとめてみようかなというふうに思いました。
そもそも、どうなんですかね。 一般的に、おもろい人っていうことを話されているときに、
みんな思い浮かべるのって、やっぱり、 お笑い芸人的な人になるんですかね。
もちろん、お笑い芸人の中にも、たくさんいろんな種類というか、 類型もあって、そこでまた分かれていくので、
これも本当に無限の可能性みたいな話ではあるんですけど、 一般社会で生きてて、おもろいみたいになってくると、
やっぱり、どうしても一番は、 端的に陽気な人とか、ちょっと分かりやすいボケみたいなところを、 会話の中にすごい挟んでくる人とかになるんですかね。
あとは、やっぱり、マ、突っ込みですね。 これ結構関西の人とかってあるなぁと思うんですけれども、
マが上手いなぁとか、突っ込み。人の挙動に対して、 損はならんやろ的な感じで突っ込むのが、
しかもそれが、ワードセンスもそうだし、 一番絶妙なタイミングでそれを入れる人っていうのが、やっぱり面白いなぁとかっていうのって、
ありますよね、というところなんですけど、 もちろん別に、そういう人と会話してて、僕も面白いなぁとか思うんですけど、
すごい前のめりにどうしても自分がなるっていうのは、 そういう人ではなくて、
ズバリ言うんですけど、
絶対にそこじゃないだろうっていうところに、 命かけてる人が、やっぱり好きなんですよね。
これも、いろんな意味も含まれてしまうと思うんですけれども、
単的に言うと、変なところにのめり込んで、 熱狂してる人っていう感じですかね。
こういう言い方もよくはないと思うんですけど、 いわゆるみんな、そういうのに熱狂するよね、みたいなこと?
例えば別に自分とかもそうなんですけど、 例えば漫画が好きですとか、アニメが好きですとか、
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もしくは他にスポーツに、サッカー、野球に ものすごくハマってます、みたいな人って、
別にそれを否定するとかそういうことではなくて、 それに面白いとは思わないんだけれども、
やっぱり、なんでそれそんな好きなんですか? みたいなことを聞くと、
けっこうググッとのめり込んでしまうな、 ということはやっぱり多いですね。
別にそれ、趣味とかだけの話じゃなくって、 なんか謎のポリシーがある人みたいなところに引かれるんですよ。
けっこうルーティーンとか、 もしくは常にこうするようにしているっていうことを心に決めているみたいなのが、
意外とふとした時に教えてもらって、 なんでそんなところを気にしながら生きてるんですか?みたいなことを思うと、
途端に面白いなというふうに思うことがありますね。
今日の話って、なんとなく自分が今まで会ってきた友達で、 面白いなと思った人とか、好きだなと思う人の話に具体的にはなっていくんで、
一応ある程度、抽象度は上げて話はしていこうと思うんですけれども、
やっぱりでも、自分が興味が出るっていうのは、
なんでそんな家の壁とか、街にある壁に興味を持って、 壁を写真撮っちゃうんですか?みたいな、
そういう人が実際にいるんですけど、
そういう人を目の前にすると、やっぱり面白いなというふうに思うんですよね。
これは一人にちょっと、自分があまりそこまでそういうセンスを持ち合わせてない、みたいなところがあって、
その価値観というかね、切り取る視点とか目の付けどころとか、
本当に普段歩いていて、僕結構ぼーっとして、いろいろなものを見落としてると思うんですけど、
そこでふと立ち止まるっていう人が、やっぱり面白いんだなというのが思いますね。
こういうことを思い始めたのも、たぶん20歳過ぎてぐらいからだろうなと、
大学生の1,2年生ぐらいまでは、やっぱりそういうことって思えてなかったと思うんですけど、
例えばみんなで一緒に歩いていても、意外と気づいたら横にいないみたいな、
どっか地面を見つめているとかですね、何かを見つめて写真を仕切りに撮ってるとか、
何かそういうことに、昔は僕ら今友達同士でみんな歩いてるんだから、
急に立ち止まるなよ、みたいなことを思ったりしてたんですけど、
やっぱ大人になればなるほどというか、そういうことに気づけるってやっぱ面白いなみたいな、
世界が変わるなっていうふうに思うので、好きだなというところがありますね。
ちょっとここまでの中で、いくつか僕も含めての問題点みたいな、
この絶対にそこじゃないだろうに命かけてる人たちの悲哀みたいなものがあって、
まず1つは伝わらないんですよね、圧倒的に。
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やっぱり人気がある人とか、クラスの人気者みたいな話じゃないですけれども、
分かりやすいところに価値を出しているみたいなところに、
やっぱり人は賞賛がどうしても多く集まるなというところがあって、
なんでそんなところに命かけてるのっていうところに、
やっぱりそこに対して人面白さとか興味を見出さないことって結構あるよなというのは、
ひしひしと感じますね。
で、そういう人とかって僕の経験上、
大抵結構一見めちゃめちゃ変なこととか、
なんかふざけ倒してるように見えることに命かけてて、
これが本気なの、マジなのかどうなのか分かんないみたいなことって結構往々にしてあると思うんですけど、
意外となんか、やっぱりもちろんそこに命かけてるんで、
なんか突き詰めていろいろ考えていたりとか、
意味を実は見出したりっていうところがあるんですけど、
これがうまくね、いわゆる言語化みたいなのがされてないから伝わらないっていうことも結構多いなというふうに思いますし、
今の言語化ブームみたいなやつで説明されてもやっぱり面白くはないんですよね。
そこは本当に意味が半分も伝わっていないっていうところの面白くなさもあるし、
それを体現して行動してるから面白いのであって、
取扱説明書みたいに説明されても面白くないっていう、
この二重の意味で面白くなさっていうところがあるので、
なんかね、意味が本当はあるのに伝わってないなみたいなことってやっぱありますよね。
なんか僕も別にセンスとかそういうことじゃないんですけど、
今までの経験で、
昔アメリカから来てた留学生の友達にふとした時に、
なんであなたはそんな色んな海外に興味持ったりとか旅行行ったりとか、
留学生の友達とかとたくさん一緒にご飯食べたりとかしてるんですか?
ホームパーティーに行ったりとかしてるんですか?みたいなことを聞かれた時に、
僕もその時にやっぱりなんか、
僕の中では結構色々な思いがあっていったことだったんですけど、
結構海外の人の価値観とか、
もちろん文化とか習慣とか物の見方とかって、
結構そのご飯から知れることって多いんですよね。
やっぱりあとその一緒にご飯を囲んで食べる経験とか、
そこで人と人ってつながれる部分があると思っていて、
やっぱ食事の場面を共にすることって結構大事だなって思っていたんですけど、
そういうことを当時、説明をあえてせずに、
海外のご飯食べるのってめっちゃ楽しいじゃん、面白いじゃん、
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みたいなことをアメリカ人の友達に返した時に、
結構相手が呆れた顔をして、
浅い?みたいなことをつぶやかれて、
日本語でですよ、アメリカ人でしたけど、
めちゃめちゃ日本語が流暢な友達だったので、
あっけらかんとして、そんな浅い理由なんだ、みたいなことを言われてしまって、
いやいや、そういうことじゃなくてって、
結構必死に弁明はその時したんだけれども、
結局その時その人には伝わらずに、
お互いしこりが残ったという経験もあったんで、
これは別に僕がそこにすごく変なところに命をかけてる、
僕が好きなおもろさを自分がどれだけ実践できてるかっていうところは一旦置いといても、
これって半分ふざけてるんだけど半分本気でもあるというか、
確かに海外のご飯食うとか、
それはそれでただのエンタメとして楽しいとか面白いとか、
こいつ食い意地張ってんな、みたいなことを思われるのも、
ちょっとギャグっぽいかな、みたいなこともあって、
多分その時あえて深く説明せずに言ってしまったんだけれども、
意外と自分ってわりと突き詰めてそういうこと考えてやってるんだけどなっていうところが、
伝わらなかった時の悲しさってあるよなというふうに思いますね。
そこから半分続いていくんですけど、
そういう相手にどう興味を持ってもらえるかとか説明するかっていう時に、
結構あえて説明しないとかふざけちゃうとかって言うんだけど、
そのふざけもどこまでふざけてるのかが相手に伝わらなくて普通に惹かれるとか、
そういうこともあるんですよね。
そこが結構難しいところだなと思っていて、
僕が好きなおもろい人たちのもったいなさみたいなところは結構あるかなというふうに思ってますね。
テンジって結局自分の話にもなっていくんですけど、
やっぱり自分のことをどう伝えるかっていう時に、
このポッドキャストもそうですし、
普段やってる勝手にドキュメント72時間を喋るラジオというポッドキャストをやっていても、
自分としては今みたいに意外と突き詰めて考えてるけど、
割と多分普段人と接する中ではなんか変なことやってるんですね。
もしくはやっぱり結構僕NHKが好きでとかって話をしていると、
なんか真面目みたいな形で、逆に変靴で真面目な人の類型にとられる時もあって、
それもやっぱり自分の中でむずかゆいというか、
なんかちょっと半分伝わってないなみたいな時もありますよね。
割と自分は自分で逆になんかふざけたいんですけどね。
なんかふざけてなくて、すごい全部真面目に変換されてしまうみたいなところもあって、
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これは今言っているそのおもろい人たちが全員そうとかっていうよりは、
どっちかというと自分が変に真面目に見られてしまって、
え、これ自分は結構ふざけてるつもりなのになとか、
あとふざけたいのにな、ふざけられないなみたいなことっていうのは結構あるから、
僕自身もやっぱりおもろい人とは結構思われてないかなというのはなんかありますね。
だから中にはその絶対そこじゃないだろっていうところがめちゃめちゃ面白いのに、
それがなんかどこまでふざけてるのか、逆になんか真面目っぽく見えすぎてるのかっていうのがわからないっていうのは、
特に初対面の時は難しいよなというふうに思いますね。
逆に自分はそこが、自分もそういう誤解をしてしまいがちだけれども、
わかった時にこの人実はめちゃめちゃ面白いのではということで、
どんどん話を聞いていくっていうところがありますね。
だからやっぱり初対面ではなかなかこういうのって伝わらないかなと思うんですけど、
ある日ふと知った時にその人の発言で、ちょっと待ってどういうことですかみたいなことになってからは、
一気に興味の進路がグッと深まるっていうことは、
これまでも人と接する中でよくあるかなというふうに思いますね。
あと最後になんかとはいえ元も子もないこと言うんですけど、
じゃあそれってなんかおもろいことやりたいんですよねみたいなこと言ってる、
イキってる大学生と何が違うんかみたいなことはやっぱりあると思うんですけど、
これはなんか申し訳ないんですけど、
僕が先ほどから言っている絶対そこじゃないだろっていうところに命かけてる人を判断するときに、
その人が何を言ってようが何をやってようが正直多分18とか20歳ぐらいまでの年齢の人じゃないと、
あんまり話半分には聞いてないかなというふうに思いますね。
どうしても興味関心とかってどんどん他に変わっていくところもあるし、
その目の付けどころがやっぱりさっき言ってたようなイキってる、
自分を変な特別なものだと言い聞かせたいから言ってるのか本当にそうだから言ってるのかっていうのが、
やっぱり20歳ぐらいまであんまり見分けつかないかなとは思うのと、
あとこれ年齢だけじゃなくて、いわゆるこれは精神年齢的なところも含めて、
実際こういうそこじゃないだろっていうところに命かけて、それを主張したりとか行動したりしてると、
絶対に周囲から社会的な圧めちゃめちゃかかってると思うんですよね。
そういう面白いことやりたいとかやっているとかそういうのを話したときに、
絶対に常識とかこうした方がいいとかとはいえこの社会のルールに従え、
みたいな社会的な圧ってめちゃめちゃかかってると思うんですよ。
だからそういう主張する人ほど厳しい厳しい圧みたいなものがかけられていると思っていて、
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それを乗り越えてなおまだそれを主張してる人とかはやっぱりある意味社会を知ってるというかね、
誰よりも大人であるというか、そういうのは感じますね。
そこが結構その生きてる大学生的なものとの違い。
普通これ比喩としての大学生で、別に20歳過ぎても大学生じゃなくてもいい年越えても生きてる人もたくさんいるので、
あまり年齢だけで区切るつもりもないんですけど、やっぱそれ言ってると本当に普段生きてると結構な社会圧ってかかってるので、
それにちゃんと向き合ってるかどうか、それでもいやいやこれが好きなんだとかね、
そういうことを思ってるからこそよりそこに深みが出てくる。
おもろさにやっぱその深みが出てくるかなというふうに思うので、
本人にとってはきついことかもしれないし厳しいことかもしれないけれども、
でもやっぱり一回そういう社会的な圧力みたいなことを受けることでにじみ出る良さみたいなのがあるなと思ってるんで、
そういうイニシエーションみたいなものだと僕は結構思っていますね。
だからそういうことを経てきた人の言う変なことと、やっぱり自分が変だと思われたいから変なこと言ってる人の、
やっぱもう目つきは違いますよね。
だから目つきでやっぱ分かるかなっていうのは思いますね。
目つきっていうのも実際の目というよりは前後に醸し出されている雰囲気みたいなところはあるかなと思います。
ということでなんか僕のこの私の好きなっていうふうに前提を出させてもらっている通り、
別にそれがみんながこれ面白いと思ってるかは分からないと思うんですよね。
しかもそのじゃあ何人命かけてるかによっても全然その面白さって違うだろうっていうのは本当にその通りではあるんですけど、
ただ比較的なんかそういう人に僕はなんか面白いなとか、
惹かれるなとか話聞きたいなというふうによく思うっていうことがあるし、
まあ展示で僕はどうしてもそこになりたいけどなれない自分みたいなことをすごく強くいつも感じてしまうっていうことは、
ここはね鏡のようにあるのかなというふうに思いました。
端的に言うとなんかこういう系が面白いと思うということはやっぱなんか基本的にはなんかこうお笑い芸人的なノリというか、
別にそのお笑い芸人はめちゃめちゃ面白いと思うんですけど、
それをプリインストールした若いノリというか、
そういうのが元からやっぱり苦手だったんだなというのはなんか改めて今日話してても思いますね。
最近年齢なのかなって若干昔のことを忘れて勘違いしてたんですけど、
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結構だいたい19、20ぐらいの時からそのノリ嫌いだったわというのをなんとなく今思い出しましたという回です。
はい、ではありがとうございました。
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