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ホモソに縁がないということで、たびたび話題にしている、仲良くもさせてもらっている柿内さん、柿内翔吾さんとあとシャークさんですね。
あともう一人の方、お三方で何か今度トークライブをするということで、そのトークライブのタイトルがホモソを見つめ直すという形で、なんかホモソーシャルなね。
いわゆるホモソについてね、しゃべるというイベントを8月の7日にやるということで、私も配信のチケットをね、まぁちょっとドイツにいるので現地参加は難しいので、配信でちょっと楽しみにしているので何かそれに先駆けて自分のね、なんかこれまでのそのホモソについての本当に縁がないので、
縁がないというか縁がないように仕向けてきたみたいところもあるので、それについてちょっと今日は話そうかなというふうに思います。
なんかね、こうイベントに先駆けて、まあ自己開示というかなんか開陳するとともに、なんかこう自分の中にあるなんかこうすごく遠ざけてしまっている男らしさみたいなものを考えていきたいなと思っています。
実は僕がメインでやってる勝手にドキュメント72時間をしゃべるラジオというポッドキャストの方にシャークさんにね、ゲストでついに出ていただいて、後半のところは結構雑談でね、いろいろお話をしたんですが、その時にもやっぱりシャークさんがこう自分のやっぱり中にある男みたいなものと向き合わざるを得ないみたいなことがあるっていうふうにおっしゃっていて、
まあ本当にそれはそうだなぁと思うし、自分自身もね、やっぱりこの現代社会において男であることについて、やっぱりその下駄を履いてきたという部分はかなりあるし、自分の生まれで言えば九州というところもあって、どうしてもね、やっぱりそういう過不調的な社会の中で育ってきているっていうところはあるものの、
なんかね、このそこの男と向き合うという部分と、やっぱりなんか穂もそみたいなものって、なんかこう似てるようで自分の中ではちょっとしっくりこないというか、
単的に言うと、九州男児的なものと穂もそって、なんか似てるようで似てないみたいなところがなんとなくあるかなというところがあるんですよね。
僕は別に自分自身が九州で生まれ育っておりますけど、九州男児的なもののイメージから疎外されまくっているので、そこともあまりかみ合ってないという話ではあるんですけど、
ただ今言ったように男であることの社会的なね、やっぱりこれまで受けてきた多分なんか恩恵とか過不調的な価値観でやっぱりこうプッシュされてきたものっていうものはもちろんあるよねっていうところの上で、
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穂もそについても考えたいなというふうに思っています。とにかくなんかこう穂もそ的なものをもちろん自分はけぎらいしているし、これまでの自分の環境、生まれ育った環境とかを考えていくとやっぱりあんまり縁がある方ではなかったなと思うんですよね。
これからちょっと詳しく話していくんですけど、多分明確に穂もそ社会にどっぷりというか疲らざるを得なくて、日々の生活のかなり大半の時間をこう穂もその社会で生きたのって多分高校のね、高校1年から2年生までぐらいですね。
多分唯一その2年間が多分穂もそ的なものが多く取り巻いていた時期で、それ以前それ以降は本当にそこから縁遠かったなーなんていうふうに思います。
とりあえずその自分が生まれ育った町があんまりなんか都会じゃないっていうこともあって、そのあんまりね自分が通っている学校の校区とかもそんなに人数多くなかったんですよ。なので小学校から中学校までの9年間は正直ほぼ同じ面積で、しかもその学年もマックスどう足掻いても2クラスまでしか作れない。
言ったら60人くらいですかね、男女合わせて60人70人ぐらいの中で9年間過ごしてきたので、もちろん多少のね引っ越して行った人とか入ってきた人、転校してきた人っていうのはありましたけど、とはいえほぼほぼ変わらずにその1クラスと2クラスだけの、しかも小6の時最終的に1クラスとかだったんだよな。
で中学校の時に別のもう一つの小学校と合流して、それでようやく2クラスは普通っていう感じになったんですけど、小学校の時は多分35人ぐらいまでしかいなくて、3,4,5年生ぐらいまで2クラスできてたんですけど、6年生の時に1クラスになったとかね。
いずれにせよですね、それぐらいやっぱり人数が少ないと、結構田舎系の学校ってどこもそうだと思うんですけど、そんなにホモソーシャルな社会を作れないんですよね。そもそも希望感的に。
いやもちろんありますよ、その中でも仲良かった友達で男子何人みたいなので、日々なんかサッカーをするとかね、なんか家に集まってゲームをするとかってあったんですけど、なんかそれってなんかホモソともまたちょっと似てる部分はあるけどなんか違うのかなぁと思いますね。
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あまりなんかここでホモソの類型なんかを色々と整理するっていうことは、まああえてやらないんですけど、でもねやっぱりね、自分中学校の時も部活に入ってなかったり、部活動は結構やっぱり大きなホモソの社会を構成するものの一つかなぁなんていうのを思いますね。
やっぱり部活でやっぱり先輩後輩ができるっていうこと、この縦社会みたいなものができ始めることっていうのはなんか結構大きいのかなと思いますね。
あとはそのいくつかの男性同士のグループみたいなものが一つ大きな輪になった時にホモソみたいになるのかなみたいな感じなので、なんか4,5人で友達で仲良いみたいな最小単位は、それも厳密には多分ホモソ社会なんだろうけれども、
あんまりなんか色々言われているようなその有害性みたいなものとか、性的暴力みたいなものはなんとなく発生しづらいのかなっていうのは思いますね。
なんでとにかく小学校中学校まではなんかあんまりなんか男女の境が全然ないかって言われるとそうでもないんですけど、ただかなり薄い感覚で育ったかなぁというのは思いますね。
別にね、中学校の時絶対遊ぶのが男だけで絶対遊ぶかってそうじゃなかったし、なんかカラオケとかみんなで行ったような記憶もあるし、でなんだかんだ卒業した後になんか集まる時とかに結局なんか男女ミックスでバラバラでね集まること多かったので、
そこも含めるとやっぱり全然その男だけで固まって、そこの中だけで社会があるっていう感じではやっぱり全然なかったなぁという感覚ですね。しかも中学校の時に一番覚えているのは、まあなんかそれこそ今よく浅井良先生のせいでね、おかげでなのかわかんないですけど、
男性同士のケアみたいな、なんかお茶に行けない問題っていうのがもう延々と取り去ったされていて、ちょっと僕は結構ヘキヘキしてるんですけど、なんでヘキヘキしてるかというと僕にその実感がなさすぎるんですよね。なんかお茶に普通に行きすぎているっていうのが昔からあって、
いまだになんか一番仲いい友達とかとは、なんかこう喫茶店巡りしたりとか、なんか二人で美術館行ったりとか、なんかそういうことをしたりしているので、本当に実感がわからなくて、で思い返すとやっぱ中学校の時も、なんかお茶に行くっていうか、なんかその1対1でなんかこう弱さを開示し合うみたいなやつって結局なんかやってたなぁと思うんですよね。
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あの瀬戸うつみってあるじゃないですか、あの瀬戸うつみ河原で二人で放課後喋るみたいなあの何気ない日常のという漫画があるんですけど、またあれは結構なんか二人ずっとなんかふざけあったりしているムーブもあるんですけど、あれよりももっとね、なんか結構真剣に話をお互い悩みを相談してたりとか、放課後にある場所にねいつも座ってねやってたんですよね。
そう記憶としてはもちろんたわいない話とかもするんだけど、結構ね恋愛の悩みとかなんか人間関係の悩みとかそういうのを含めてなんかいつも二人でやってたなぁという記憶があるので、その感覚がそれ以降もずっとそういうことをやってきたので、本当にあのお茶できない問題についてピンとこなさすぎるっていうのがあるんですよね。
しかもなんかこれ、世代なのか自分が住んでた地域とか地区特有のやつなのか全然わかんないんですけど、大学生以降その地元から離れて一切言わなくなった語彙として、なんか語るっていうのがあったんですよね、当時。
これ別にでも男女関係なくすごいみんな言ってたんですけど、近い言葉で言うとなんか食べるとかだと思うんですけど、何か明確にじゃあボーリングに行こうよとかカラオケに行こうよとかそういう明確な目的の遊びではなく、どっちかというと多分なんかお茶しようよとか食べろよみたいな意味合いでめっちゃ語るって言ってたんですよね、当時。
特に中学校高校ぐらいの時、これ僕の地域、九州?長崎?わかんない。それかその世代だけで流行ってた言葉なのか全然わかんないんですけど、そういうたわいないこともたくさん話すんだけど、なんかとはいえお互いにこういろいろ開示し合うみたいな、より友達として仲を深めるための時間みたいなものを総称してなんか語るって言ってたんですよ。
なんかあれですよ、九州弁的に言うと語ろうでみたいなね、なんかすごい方言畜の言い方なんですけど、一緒に語ろうっていうのを語ろうでみたいな感じで言って、なんかめっちゃ語るっていう言葉を使い方として合ってるのか合ってないのかも今となってはよくわからないんですけど、ただめちゃめちゃ対応してましたね。
だからその中学校の時は仲の良かった友達と二人で月光の時に、いつも帰り道一緒だったんで、でその最後別れるところに二人で座って語ってたっていうのがめちゃめちゃ一番ある思い出なんですよ。
なので、いわゆるお茶できない問題っていうのがね、なんかその時から僕にはあまりピンときてないというか、以降ずっと語るっていうことを、わざわざ語るっていう表現はその後しなくなったもののずっとやってるっていうのはなんかありますね。
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で、しかもそれは別に男女関係なくというか、友達と語るっていうことを、二人ない三人というか、そういう単位でやってるっていうのはずっとそれ以降やってますね。
で、その後高校に進学した時に、最初に冒頭言った通り、いわゆるホモソみたいなものにどっぷり使ったのがこの2年、高1、高2だったんですね。
なんで、未だに僕多分人生の中でこの高1、高2の時がほんと一番楽しくなかった時期として記憶にありますし、何か思い出しても何かいいことはほとんどないっていうのが高校2年間なんですけど、やっぱりね、高校に入ったら地元でずっと9年間一緒だった友達のほぼほとんどと別れて多分同じ中学出身っていうのが多分5人から7人ぐらいしかいなかったんじゃないかなと思うんですけど、
そこに、えっとね、学年で多分8クラスぐらいあったんですよね。
で、やっぱり8クラスになると本当に社会というか、なんか全然別のクラスの人ってなんか別のコミュニティの人でみたいな感覚がものすごいあって、とにかくあんまり大きな街じゃなかった僕からすると結構圧倒された8組、同じ学年だけでも8組いるっていう人数規模に、
結構圧倒されて、で、その中でもやっぱクラスの中でなんかこう男子と女子できっぱり別れるっていうことを初めて経験したんですよね。
もう完全に思春期なんですけど、高校1年生の時のクラスが一番ひどくって謎の不分率で女子と会話してはいけないっていうのがあったんですよ。
で、僕は意味がわからなすぎて、そのね、だって9年間あまり男女のそんなに大きな意識なく、まあもちろんね、中学校1年生2年生ぐらいはやっぱちょっと思春期みたいなのもあったんですけど、
それでも別になんかその必要以上になんか意識する存在っていう感じではなかったところから、なんか一気に意識しまくりの、なんかクラスの女子と喋ってはいけないという謎の、なんかその当時クラスを仕切っていた、牛耳っていた男子たちのなんか不分率の圧っていうのがあったんですよね。
で、僕自身もなんかそれをなんか破ってまで、なんかこう、女子と喋るぜみたいな、そんななんかイケイケな人間でもなかったし、僕だってこのやっぱり9年間ずっとほぼ同じ友達と過ごしてきた中で、いきなりなんか新しいクラスですって言われても、結構やっぱりそんな簡単に軽々しくなったんですよね。
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話しかけられるほど、やっぱりまだ人に慣れてなかったって、知らない人に慣れてなかったっていうところもあって、本当に丸1年間、そのクラスの女子とその会話できないというか、なんか必要以上の本当に会話をしないっていう、その謎の時期があったんですよね。
で、しかもなんかやっぱり男子の中ではなんか、初めてなんかそういうちょっと序列みたいなものがあったり、あんまりね、なんかスクールカーストっていう言い方あんまり好きじゃないし、そんなになんか明確なものってあんまり僕がいた学校の中であった、そのグラデーションだったとは思うんですけど、どっちかっていうと、その昔はなんかそういう一軍二軍みたいな言い方っていうより、
なんかね、それぞれのキャラみたいなものがあって、なんかそのキャラを逸脱してはいけないっていう圧っていう感じだったと思うんですよね。
だからなんか、頭いいキャラの人は頭いいキャラでこうなんか振る舞わねばならないっていうのはあったし、なんかお調子者はお調子者のキャラだし、
なんかそうじゃない人間がなんかおちゃらけてはいけないとか、そうじゃない、じゃあモテモテっぽい人じゃなければ女子と気軽に会話してはいけないとか、でもなんかそういうキャラみたいなものの縛りがすごくあったんですよね。
で、僕自身がなんかその最初の、やっぱね、高校に入っていきなりのところで振り分けられるキャラみたいなものに、その馴染めなさすぎて、それ以外の行動をとるとお前はそのキャラではないっていう意味合いでの罵りが結構多かった記憶がありますね。
なんか一番印象的なやつでいくと、僕当時クラスでとか学年で成績別全然良くなかったんですよ。毎回定期テストとかが、なんか学年の普通に下から数えた方が早いとまでは言わないまでも、本当に何にもうだつの上がらない、本当に真ん中のちょい下ぐらいの順位をずっと行き来するみたいな感じで、クラスの中でも全然その頭いいキャラとして見られてはいなかったんですけど、
ある時実力テストで学年順位10番くらいを取った時に、それを見た他の同級生というか周りの男子たちが、ホンダのくせに生意気なみたいな感じで、頭いいキャラじゃないのにみたいな形ですごいなじりを受けたんですよね。
それも僕なんかちょっと意味がわからなかったけど、でもやっぱりなんか怖くって、自分はガリベンというキャラにこれからコンバートさせられてしまうのかみたいな、そういう怖さがあったのを覚えてますね。
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なんかやっぱりどことなくガリベンはダサいみたいな、頭いい奴はオタクでそれはダサいみたいな雰囲気はなんとなくやっぱり全体にあって、うちの学校自称新学校みたいな感じだったんで、一クラスだけ特診クラスみたいなのがあったんですよね。
1年生の時は特診クラスに入るか入らないかというのはなんか手挙げ制みたいな感じで決まっていて、もちろん僕はそんな頭いい認識がなかったんで手も挙げずに、他の人たちもやっぱりうっすらその特診クラスのことをやっぱ馬鹿にしてたんですよね。
例えばなんか運動会とかそういうののリレーみたいなのでやっぱりそういう人たち勝てないとかありますからね。なんかそういう感じで結構その馬鹿にする風潮があって、そのクラスにいるわけでもない自分がなんか学年多分10番ぐらいを取ったっていうのが本当に周りの中で、やっぱりそのキャラを逸脱している行為ということでなんかすごくなじられて、
ホンダのくせに生意気ってなんかそのジャイアンのさ、なんか伸びたのくせに生意気だじゃないんだから、なんだよそのなじりって今で言えばそうなんですけど、当時は僕もそこに深く傷ついてというか、今の記憶としてもあるぐらいにはやっぱりなんかちょっとトラウマみたいな感じで残っている言葉ですね。
とにかくそのクラスの中でおちゃらけた存在でもなければ頭も良くないし、ほぼ無個性みたいなお前にはなんかクラスの中で注目を浴びるようなことは絶対にないのだっていうことで、当時同じクラスだったある一人のやっぱりかなりねそのクラスを牛耳りたいとしていろいろ放送していた男の子からは何か必要に下げすまれたことを覚えてますね。
まあいじめと言ってもまあいいのかもしれないけれども、結局その頃のなんかやっぱり思春期の子ってあのファジーなので、結局その人もなんかあんまり思ったようにそのクラスや学年を牛耳ることができなかったのと意外と2年生とか3年生になるうちに僕もたくさんいろんな友達ができたりとかそういう繋がりの中で、
なんかその多分その下げすむキャラとするものではないのだなって気づいたのか、なんか必要以上の下げみたいなのはその頃その子からは2年生以降はなかったですけど1年生の時はとにかくすごくそのお前はキャラじゃないっていうこととかその女子と喋ってはいけないみたいなことを非常に突きつけられてましたね。
だから1年生がきつくて、でも実は2年生もすごく辛くて、実力テストで変に10番取ったせいで2年生から強制的にあの進学クラスに入れられてしまったんですよ。
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これによって他のクラスも含めた全員から一気に僕がそのガリベンキャラというか頭がいいガリベンキャラとしてなんか認知されてしまったんですよね。
でその当時それがちょっと下げすまれるような存在というかダサいものという風潮があったので、僕はなんかそのダサいものみたいなものに組み入られたことがやっぱり一番すごく恥ずかしいっていうふうに思っていたし、
それで頭良ければいいんですけど、実際本当にそんなに頭が良くなかったのでクラスでずっとドベだったんですよ。
何をやっても毎回なんかクラス再開で、さすがにゆとり世代なんで学年に全部の順位が張り出されるみたいなことはなかったけれども、
なんか自分の点数とクラスの平均点とか、あと先生がなんかこう僕を名指してお前だけ頑張れみたいなことを結構言われたりして、一応特診クラスみたいな感じなんで勉強は頑張りましょうっていう雰囲気が教室の中であった中で明らかにその成績が劣っているので、
結構先生からも目をつけられたりとか、あとクラスの中からもあれなんでこの人いるんだっけみたいな感じで、ちょっと冷たい目を向けられたっていうことはありましたね。
なので高校2年生の時がそのクラスの外ではなんかすごいガリ弁扱いされて、なんかそういういじりをすごくされるけれども、クラスの中ではあれなんでこの人ここにいるんだっけっていう目を向けられて、
いる気がしてすごく居づらい、クラスに居づらいっていう、そして自分はなんかこのクラスの一員ではないんだっていうやっぱ変なプライド、それこそそういう多分そのホモソの呪いみたいなものに自家中毒みたいになってたんでしょうね。
あまりにも周りの環境がそれすぎて、本当に適応できなくてつらいみたいなのが高1、高2だったなという感じですね。
で、高校の時は部活にも入ってたんで、部活の中もまた部活の社会みたいなのがあって、それもすごいホモソーシャルだったなとは思うんですけど、
とはいえそんなに野球部とかサッカー部みたいに大きな組織の中で非常に強力な優劣の差があるみたいな社会じゃなくて、
ハンドボールっていう高校からほぼ全員が初心者のような中で、同級生が7人とか8人ぐらいしかいない中でやってたので、
あんまりそれはさっきの小中の時の仲良い友達みたいなのとあんまり大きく変わらない感じで、変ないじりとかノリみたいなものはなかったですね。
だからある意味部活には助けられて、とにかく高校の日々の生活が嫌すぎて、とにかく部活に行こう。
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でも部活に行けば行っても、部活は部活でしごかれて大変みたいなものもありながら、高校本当に丸2年間は辛いっていう感じでしたね。
3年生になると、特診クラスが文系と理系で2つのクラスそれぞれで分けられて、僕文系だったんですけど、
ある意味特診クラスが2クラスになることですごい薄まるんですよね。
1クラスだけっていう感じではなくて、分離どっちにもあるし、文系は文系の中でもこれまで全然そういう特診クラスにカウントされなかった普通の人たちも入ってくるんで、
ある意味すごい薄まって、僕も別にすごいクラスの中でできないっていうわけでもないし、
なんならスパルタ教育を1年間受けることによって、一応それなりに学力も向上するみたいなものもあって、
なんかあんまりそこについて大きく戸惑うこともなかったし、
なんか周囲の目線も結局みんな部活が終わって受験と向き合わなくなったら勉強しないといけなくなっちゃうので、
そこで一気にガリベンの人たちへのダサさが失われるっていうんですかね。
結局自分もガリベンにならないとそれなりに受験センスを勝てないみたいなのに気づき始めて、
なんかなあなあに特診クラスへの下げ隅みたいなのがほぼ少なくなってくるというか、
ほぼ感じなくなってくるっていうのもあったし、結局2年、丸2年ぐらいをかけて、
なんとか話し合う友達みたいなものが作れたことで、自分はそこから脱せたかなと思いますね。
あと多分外から見てて、2年生ぐらいの時から確かできてたんですけど、
分離で別れるせいで、力のところに男性が多くなってしまったせいで、
男子クラスっていうのが作られたんですよね。基本的に男女の偏りのせいで仕方なくですね。
その男子クラスみたいなのが、ある意味多分その有害なホモソーシャル社会っていうのをかなり色濃く出していって、
学年の中で多分そのクラスだけがすごくホモソ社会みたいなことになってたんだと思います。
なんか男子校みたいなノリをそのクラスの子たちは多分すごい謳歌してたと思うし、
そのクラスの中だけでそれを強めていったので、逆に言うと相対的に他のクラス、
その男子クラスじゃない人たちはそのホモソ社会みたいなものではなく、
普通に男女の関わりの中で普通にやっていくでしょっていう驚愕っぽいノリがより強まったっていうのが2年生からあったので、
3年生の時とかは特に本当にそういうことなく、単純になんか甘酸っぱい青春物語みたいなのをみんな謳歌してたかな、
なんか僕も含めてかなというのがありますね。
で、その高校卒業して以降、大学生活と社会人に至るまで自分は本当にホモソっぽい社会の中にはいなかったなっていうのは、
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高校の時はやっぱりなかなかそこから離脱するのって難しかったんですけど、大学になってくるとそれ自分で選べるようになってくるので、
で、会社の中とかでも同じですよね。
なんかほとんどそんなに、ある意味わかんないですけど、営業所とかで男性しかいないみたいなところの環境だったら同じようなことがあったのかもしれないですけど、
一応僕はそういうこともなかったので、常にホモソ的なコミュニティにあんまり近づかないようにしてきてその後生きてたなという感じですね。
特に大学生の時なんて、自分は1年生の夏に1回全員の友達を切るっていう結構最悪なことをやっているんですけれども、
理由は明確にホモソっぽい有害が肩にかかり始めたからっていうのが一番の理由ですね。
なので同じ学部の友達っていうのはその1年生の夏に全員切って、以降僕が通ってた大学は総合大学だったのでキャンパスは本当に広いのでね、
いろんな学部の他の学部の友達とか先輩とか後輩とかができて楽しくそれ以降過ごしていたし、
当時は留学生ともたくさん友達ができていたので、日本に関わらずその海外の人とも知り合うことで本当にいわゆるそのホモソーシャルなプレッシャーっていうのをすべてキャンセルあえてしてきたっていう感じで大学を過ごしましたね。
大学、本当1年生の時って結構良くないコミュニティが作られるっていうところもあって、僕が嫌だったのは、いまだに高校生みたいなノリ引きずってる人多いなっていうのも思ったし、
授業サボってサッカーするとかバレーするとか一見大学生っぽい聞こえちゃうんですけど、
僕はこの授業に出たいのに、お前がサボりたいとか知らねえよみたいな、でもそのサボろうっていうのを僕にすごく消しかけてくるんですよね。
結局一人で何かできないっていうのがあって、大学って自由であればあるほどそれ以上にすごく縛ってくる、相手を縛ってくるっていうコミュニケーションが多くて、それがめちゃめちゃ嫌でしたね。
じゃあ今ここでみんなで遊んでるから来いよとか、そういうのがより来ないとノリが悪いみたいなことになったりっていうのは、ある意味大学っていう自由な場所だったはずなのに、
よりその結束を深めていくっていうコミュニティが本当に嫌気をさして、1年生の夏でそのコミュニティを抜けましたね。
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大学生っぽいことみたいなのは、もう1年生の春と夏休みまでで全部謳歌したので、あんまりもう遊ばなくていいかなって思ったのも結構大きな理由だったんですけど、
そこも含めて大変潔くコミュニティを抜け出していきましたね。
女性も多い学部ではあったんですけど、その分男性だけで逆に固まるみたいな雰囲気もあって、とにかく嫌でしたね。
以降ゼミとかに入った時は僕以外全員女性だったんで、あんまりそこにも僕に変に干渉することもなく楽しくゼミを終えられたので、
そういう意味でももう男性とは1ミリも関わりなく同じ学部のですよ。同じ学部の別のゼミというか別の専攻をしている、
同じ学部内の別研究をしている男の人とはその後はほぼ関わりなく大学生活を終えました。
あんまりこの話、友達を切ったっていうとね、友達を切っただけじゃなくて、実はその時付き合ってた同じ学部の本当に同じコミュニティの中だけで付き合った、
すごくドメドメの社会の中の彼女を含めて全て切ったっていうので、めちゃめちゃ本当は印象悪い話ではあるんですけど、僕から見た景色っていうのは本当にそうでしたね。
多分彼らからすれば、あいつ急に目覚めたみたいに全ての関わりを断ち切ってきた、何だったんだろうって思われたと思うんですけど、
最低なやつというかね、彼女まで捨ててみたいなことは思ったと思うんですけど、僕からすると全て非常にきついしがらみに感じたというのがあって、
以降ですね、全く別の友達たちと楽しいキャンパスライフをエンジョイしましたね。
はい、ということで、いかに自分がホモソを憎んでるかっていうね、体験談というか、嫌な記憶みたいなものでどんどんヘイトみたいになってきて、
多分企画としてはとはいえもうちょっとフラットにホモソみたいなものを振り返ってみようみたいな、しっかり見つめ直してみよう、
あんまり良くないものだと断罪するだけで終わってしまっていいのかっていうところが立脚点だとは思うので、
あんまり僕のヘイトみたいな話はちょっと意味をなさないのかもしれないんですけど、
結局のところホモソみたいなコミュニティの中で、僕はあんまり上手く立ち振る舞えないんだなっていうふうに思いますね。
多分ずっとこれを通して言ってる通り、結構コミュニティ内って役割が固定化して、その役割を演じなきゃいけない。
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その役割から外れるようなことがあまり歓迎されないとか許されないっていうことがやっぱりかなりあるかなと思うんですよね。
より固定化されていくからこそ、ハイコンテクストになって、それがそのコミュニティの中では面白くなっていくっていうものだと思うんですよね。
だからそれがより専用化していくっていうのがホモソかなと思っていて、その役割固定みたいなものに僕は上手く立ち振る舞えなかったし、
そこにやっぱり不自由さをすっごい感じてしまったっていうのがかなり大きくありますね。
あとなんかそのホモソの中であるよくある事例としては、なんか自分の得にもならない、
むしろその周りの誰の得にもならないけれども、何かを浪費することをお互いに見せ合うという文化があり、
よく言われてるね、服を脱ぎ出すみたいな話と近いと思うんですけど、
そういう分かりやすいものだけじゃないにしても、コミュニティの中でいかに浪費し合うかみたいなのがよくあるんですよね。
よく文化人類学とかであるじゃないですか、隣の村と競い合うように、
見継ぎ物みたいなものを売買返しでお互いに送り合って、逆にその与えた方が余裕というか富の象徴とかだったりするから、
競ってお互いにその見継ぎ物を与え合うみたいな話とか、
あとそれが行き過ぎるとその村の富を逆に燃やすみたいな、誰の得にもならない、
もはやあげすらも知らないのに、燃やして浪費することによって権力性を保持するみたいなのが、
よく文化人類学とかで民族のそういったコミュニケーションがあるみたいな話って例えに出てくると思うんですけど、
めっちゃあれに近いものを感じるんですよね、ほぼその中にいると。
結局これって誰の得にもならないんだけど、もはやその人のためにもその相手のためにすらならないんだけれども、
いかにその身を投げ打って不合理とか理不尽とか生産性がないとされるものに、
すべての財力や時間やパワーをかけていくっていうことが推奨されるということのコミュニケーションがすごくよくあると思っていて、
それも僕はあまりできないタイプなんですよね。
ともかくそういう求められる振る舞いみたいなものが本当にすごくいくつかあって、
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それにお答えできないし、自分がそれを快適に感じないっていう形で、
その本物の社会から抜け出すとか遠ざけるっていうことが本当にこれまで多くあったかなというのが僕の実感です。
あと、よくこのホモソ系で言われている、それこそシャークさんの心のすなじの回でもあったホモソが好きって初めて聞いたっていう回でもよくある話があったんですけど、
とはいえそういういわゆるの有害なホモソだけじゃなくて、男性同士のわちゃわちゃとしたコミュニティとか、いわゆる文化系のサークルですよね。
オタクのサークルっていうところとかも近いのかもしれないけれども、そういう有害な男性性みたいなものをぶつけ合わずにキャッキャしている男性同士のホモソっていうのもあるんじゃないかっていう話もあるんですけど、
個人的な感覚としては別にそれを言うのもあるかなと思うんですけど、ホモソである必要なくないっていうふうに思いますね。
別にカルチャーの中である特定のものが好きな仲間たちで集まってわちゃわちゃするとか、コミュニケーション取り合うっていうのはあるだろうなと思うんですけど、
それが男性同士である必要は全然ないなっていうふうには僕は思いますね。
これまでもそういうコミュニティとか、いわゆる文化的な集まりみたいなもの、カルチャーで好き同士で集まるみたいなことってあったんですけど、
個人的な感覚の中では絶対その中に女性いたし、そのなじみの文化によっては圧倒的に男性が多いとかあるのかもしれないですけど、
個人的な感覚としてはそういうコミュニティが別にホモソである必要はないのかなって思っちゃうんですけどね。
何ですよ、やっぱり自分は小中ぐらいまでの時の人間関係っていうのがちょっと大きいのかなと思いましたね。
ちょっと今日もう長くなっちゃうので話せないですけど、小中の時にやっぱりいろんな大人とか全然地域を超えた友達との繋がりみたいなのもあったし、
そこも別に年齢もそうだし性別とかも含めて結構ミックスしたコミュニティみたいなところで結構育ってきて、
今日説明した通りほとんど持ち上がりみたいな小中であんまり男女については大きな隔たりがあるっていうわけではなかったのが多分一番大きく影響してるんだと思うんですけど、
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いずれにせよ男性同士で固まるみたいなことに全く慣れてないというかナチュラルな感情を持ってないという感じです。
そうある必要性がなさすぎるってやっぱり思っちゃうっていうのがすごく大きいのかなっていうふうに思います。
最後だいぶ知り切れだしちょっと整理されてない部分はあるんですけど、今日は普通に自分の自己開示というか、ライフログとして思想に関わる自分の履歴を紹介したいなと思って収録しました。
はい以上です。あのトークライフ楽しみにしてますので気になった方はぜひまだ多分配信チケットとか売ってると思うので、なんか席はもうほぼ埋まってるとか言ってたかな。
当日現地で聞きに行くっていうのはもしかしたら難しいかもしれないですけれども、配信で見れるっていうことだったので、僕も買ってますので気になる方はそれをぜひ見てみてはいかがでしょうかという感じです。
以上です。