ソロ活動(ひとり○○)への挑戦と自己分析
ひとり○○、いわゆるソロ活動というやつですね。 このひとり語りのポッドキャストを始めるにあたって、
いや、ひとりでソロポッドキャストって難しいんだよなぁとか、なんか自分からこういう話を作り出すことってできないんですよ、みたいな悩みから実は始めていて、
まあそれがあのだいぶちょっと板につきつつあるんですけど、いまだにまだちょっとしっくりこないというか、やっぱり何話そうと考えている時間が若干まだ憂鬱気味でもあるというところなんですが、
ただね、一般的になんかこうソロ活動とかひとり○○みたいなのができる人できない人みたいな話ってあると思うんですけど、
自分はですね、基本的にはひとり○○ほぼできると思っていて、まあちょっと今日はなんか自分がどこからどこまでできて、どこからできないのか、
そしてそれがなぜソロポッドキャストはもうこんなにもできないという印象にまで至ってしまうのかっていう話をちょっと、
今ふわっと頭にあるところはあるんですけど、話をしながら考えていきたいというふうに思っています。
ソロ活動の具体例:外食と一人焼肉
で、いわゆるソロ活ですよね。
で、特に日本だともうほとんどの人がこれできるっていうか、通常の日常生活でしてるのかなというのは、まあご飯を食べるですよね。
まあ特にその外でお店に入ってご飯を食べる。
たまにそれできないっていう人もいますけど、自分はその辺は完璧にできますね。
やっぱり出張先とかで一人でランチ行くというね、いわゆる孤独のグルメ的なものは元からすごく大好きですし、
その中で行くとね、ひとり焼肉とかね、こういうところまで全然やったことはありますね。
ひとり焼肉はね、やっぱいいですね。
今だとかなりひとり向けの焼肉屋さんって結構あるんですけど、
当時自分が地方で働いてた時はあんまりなかったんですけど、
一人旅の楽しみ方と移動中の過ごし方
若干ちょっと居酒屋チックな焼きながらお酒飲みながら、少人数でわちゃわちゃできるよみたいなところに平日の夜行くと、
意外とみんな一人で黙って焼いていて、
ちょっと一人前セットみたいなのも用意されていて、すごく良かったなという記憶がありますね。
特に仕事終わりに、もう今日はなんか自分やり切ったかもしれないみたいな日に、
自分で自分のご機嫌を取れるっていうのはこういうことだなと、ひとり焼肉の時に一番感じたので、
ひとり焼肉は結構おすすめですかね。
お肉が好きであればというところです。
そういうソロ系で行くと、ひとり旅行ですね。
これも完全にできます。
旅行中、黙々と歩いたり移動したり、観光地の中で一人いるっていうのも全然気にならないなという感じですね。
特に移動中とかは、最近だとやっぱりポッドキャストを聞きながら移動してますね。
そういうのがあると、ほぼ空の時間が一切ないという感じですかね。
昔はなんかね、やっぱり本を持って行ってました。
一人映画館、一人カラオケ、そして外食の壁
特に電子書籍リーダーを買ってからは、とにかくそこに本を詰め込んで、
出張とか旅行とか、そういうひとり旅行みたいな時には必ず持って行ったし、
何なら文庫本とか持って行ってね。
今日は今回の旅にはこいつを持って行こう、みたいなのも結構楽しみにしてました。
観光地先に一人で行くっていうのも、そんなに苦ではなくて、
自分でスマホパシャパシャ撮ったり、美術館とか映画館とかと一緒だと思うんですけど、
その観光地とか建物とか歴史的なものとか、美術館に入って見るとか、
ソロキャンプの自由度と魅力
そういうものを見るのは、結局一人で黙々とそれを授業して考えるみたいなところがあるので、
特に苦ではないかなと思います。
そもそも一人旅行に、映えスポットに行って絶景写真を撮るみたいなのとか、
オシャレ写真を撮るっていうのが、そんなにソロ旅行の目的には入ってこないからこそ、
特に気にしないという感じであります。
とはいえ、結果的に映えスポット的な場所で圧倒されるとか、そういう体験は大好きなので、
ソロ活動の本質:需要側 vs 創造側
全然観光地にも行くし、ちょっとした普段の生活を追体験してみるみたいなこともできるし、
とにかくソロ旅行は自由度が高い。疲れたら帰ってホテルに寝ていい。
この辺でやっぱり自由度が高いということにおいて、ソロ旅行もおすすめですね。
そこから、一人映画館、一人カラオケ、この辺も余裕ですね。
正直、映画なんて結局黙って見るところもあるし、カラオケも含めて、一人でまるまるっていったって、
その2,3時間っていうところもあるので、その辺りも余裕ですね。
別に周りの目が気になるとかもほとんどないです。
これ外食もそうですよね。結構周りが人がたくさん家族で来ていたり、カップルで来ていたり、
複数友達と来ていたりっていう中で一人とポツンと食べるのがどうかっていうところは特にはないですね。
ただ、やっぱり地方のロードサイド店って異常に家族連れが多くて、それによってすごい土日とかに混んでたりとか待ってたりして、
やっぱ寿司ローで家族連れ、家族連れ、家族連れ、自分家族連れ、家族連れみたいなところで1時間半待ちみたいなチケットをもらったときは30分ぐらい一応粘ったんですけど、
その後、やっぱ無理だと思って帰りましたね。だから外食でできないのは一人寿司ローみたいなものとか、
ああいうとかファミレスは囲いがあるからギリ大丈夫ではあるんですけど、とにかくロードサイド店の日曜日の夕飯みたいな時間帯は家族連れ多すぎて、
グラデーションとしてのソロ活動:料理とお菓子作り
ちょっと一人外食はできなかったという、そこは若干破れた記憶がいくつかあります。
東京とかはほとんどそのソロ○○に適したサービスがありすぎて、全く困るということは一切なかったですね。
このヨーロッパ、ドイツとかにいると若干気になるかなということはありつつ、とはいえ結構一人で食べてる人もそれなりにいるというのがドイツ感があっていいなと思うポイントですね。
確実に複数で来た方が楽しいんだろうなーみたいなレストランとかはたくさんあるので、そういうところには一人では行かないですけれども、
とはいえ一人で旅行行って、旅行先でレストランに一人で入るというのは結構余裕であるかなというところです。
あとそれから話題というかね人気にもなりましたけど、ソロキャンってやつですね。一人でキャンプをするっていうのも結構やってました。
キャンプが流行り始めた頃くらいかなに、友達みんなで一気にキャンプを始めるブームがあって、その時になんかみんな一人のテント買い始めて、
なんか一人でやるのも楽しいのではというふうに思って、その友達とのキャンプもありつつ、一人でキャンプをやるっていうのも何度か試したことはあります。
これはほぼ一人旅行とほぼ同じ感じで、その好きな時に何をしてもいいし、何を食べてもいいし、ビールをかっくらって寝てもいいというこの自由さにそのソロキャンの良さはつきますので、
あとすごいミニマムにやれるっていうね、思い立ったらやれるみたいなところから含めて本当に超便利というか、キャンプにすぐ行けるような感じで暮らしていたときはもうある週末に思い立ってキャンプにソロキャンに行くとかもやっていたので、
これはこれで楽しかったですね。だからやっぱりソロマルマル、ソロ活のやっぱり一番大事なところは当たり前ですけど、自分で一人で自由にできるっていうところはあるかなと思います。
コツコツ作る系のソロ活動:編み物と模型
で、ここまで来て、なんかその一人マルマルのほぼ全てをできるが、これ考えていて思ったのはこういうね、一人マルマル系って結局なんか需要してるだけなんですよね。
サービスを受けてるだけに近い、もしくは自由に探検してくださいみたいなのに近くって、キャンプとか旅行もほぼそれに類似なんですね。
ある程度こういう型みたいなのがあって、それをなぞるに近いっていう感じがあるので、あとはね、映画とかカラオケとか、あとは外食とかもそうですけど、結構サービスを受ける側みたいなところがあるので、
なんかね、やっぱそういう需要するみたいなものは、もともと当然一人で家の中でも別にNetflix見るしみたいなものと、正直大きく考えないんですね。
あとは周りの目が気になるかどうかだけっていうところなので、はっきり言って周りの目はそんなに気にならないので、余裕で楽しめるというところがありますね。
結局ね、これ一人○○でっていう分類の仕方を初めて気づいたのは、一人ポッドキャストはやっぱ一人で生み出すという黙々とした作業で、外的な環境みたいなものが少ない中でどれぐらい黙々とやれますかみたいな話だと思ったんですよね。
これ、物を書くっていうことも同じだと思うんですよ。自分、文章を書くっていうのもそんなに上手くないというか、好きではないというか、苦手意識があるんですけど、それも近いですよね。
やっぱり一人ポッドキャストと同じで、黙々と自分と考えたものを構成して、一つの読まれるだとか聞かれるっていうことを想定して、でもそのフィードバックはすぐにはないので、それを実際に発信するまではそういったフィードバックはないので、
創造活動におけるプレッシャーと満足感
一人でこうじゃないかな、ああじゃないかなっていうふうに組み立てながら、時にはそれを壊して、また自分で作り直してっていうことをやりながら納得したものを出していくっていうことですね。
これはやっぱり会話とかでは本当に外部の新しい視点とかがたくさん入ってくるので、すぐでもこうかもとか、そう言われたらこうかもなっていう微妙なアジャスメントができるんですけど、そういう調整みたいなものができるんですけど、
やっぱりね、ポッドキャストとか、ものを書くとかいうところにはそういう外的な環境からの割り込みみたいなものがないので、かなり難しいなと思ってます。だから結局、一人まるまるって言っても別に一人でやることが寂しいとか、自由があるとかないとか、そういうモチベーションみたいなことというよりは、
一人まるまるにおいて、需要している感じなのか、ものを作っている感じなのかっていうところで違ってくるかなというふうに思いました。
じゃあ、結局一人か二人かとかっていうことではなく、結局あなたが発信側なのか受信側なのかっていういつもの話じゃんというところに戻ってはくるんですけど、
もうちょっとね、一人まるまるで意外とこれ自分はできるとか、やっぱりこれはできないんだなっていうのが、今言ったみたいに分かりやすく需要する側、発信する側っていうものに分かれてないグラデーションのやつをちょっと考えていきたいなっていうふうには思っていますね。
一つは料理とかですかね、あとお菓子作りとかも結構近いんだよなというところがあって、誰かと料理作るっていうよりは圧倒的に一人で料理を作ることが多いし、お菓子作りもそうだし、ケーキ焼いたりとかクッキー焼いたりとかしたことはあるんですけど、
ソロ活動と他者の目、そして自己満足の重要性
あれはね、かなりね、需要というより自分で作っていく作業にはもちろん何かを生み出しているので近いかなと思いました。ただちょっとそこもグラデーションで、ちょっと旅行とかに近い部分があるんですけど、ある程度決まったね、こういうケーキを作ってみたいとか、
ティラミス作ってみたいよねっていうところで分解して、マスカルポーネチーズを買って、それを混ぜてみたいなとか、エスプレッソをクッキーに浸してみたいな、エスプレッソないから普通のドリップコーヒーでいいかなとか、その辺を考えたり試行錯誤したりみたいなことをやっていくっていうことで、
非常に何かを作り出すに近いが、とはいえある程度こういったものをやってみましょうっていう型が用意されていて、なぞっていく行為っていうところなので、これ結構自分の中でグラデーションかなと思いましたし、あんまり苦ではないですね。
結構料理とか作ってみて、フィードバックがあるというか、自分自身にフィードバックもあるし、おいしいとかおいしくないとか、あとは他人に渡したときに喜んでもらえるとか、おいしいって言ってもらえたとかっていうフィードバックもあるので、料理をしたりとかお菓子を作る、それは誰かにあげるとかあげないとかどちらもあるんだけれども、一人でそれを黙々と一旦出し切るまでは作ってみるっていうところはちょっと近いのかなと思いました。
料理はなんでできるんだろう?やっぱりちょっと一つはその型の範囲が、パターンがそんなに広くないからかなぁとは思ってますね。
言っても結局自分が知っている料理の中からとか、作れる範囲からとか、ある基本の焼いて煮て蒸してとかっていうパターンから逆算、逆算というよりは掛け合わせでこういうのいけるかもって思っていく作業なので、ちょっといけるのかなというふうに思いましたね。
だから逆に多分料理の鉄人みたいに、今回のお題は茄子ですみたいな感じで、それでいかにおいしい料理を作れるかみたいな、そういう料理の鉄人みたいな感じだと確かにちょっと無理かもとか思うかもしれないですね。
茄子っていう題材がまだあるならいいんですけど、なんかもっと概念的な、こういうことに合わせて料理を作ってみてくださいみたいな、そういうのはちょっと厳しいかもとか思いました。そんなこと普段の生活ではほぼありえないんですけど。
あとはね、編み物とか模型ですね。僕だったらガンプラというガンダムのプラモデル作るとかそういうのも含めて、ああいうコツコツと作る系っていうのもちょっと需要から少し発信側にグラデーション入っているかなと思っています。
編み物はもう結構なんかその中学校高校ぐらいのミサンガ作りみたいなところからそんなにやってはいないが、ガンプラとかそういう模型はちょっと本当にここ3、4年でちょっとやってみたいと思ってやってみたっていうので、初めて見てわかったこととしては、これもね、やっぱりねコツコツやるっていうところはめちゃめちゃ苦ではないが、
とはいえやっぱなんか映画見てる方が楽だなみたいなことはやっぱ思いますね。なんかまあもちろん長見でやるとか、ポッドキャスト聞きながらやるとかはできるでしょうけれども、一つのことにちょっと集中しないといけないとか、まあ手先がそんなに器用ではないので、たぶん映画見ながらやるとかできなくて、
なんかやっぱりちゃんとそこの目の前にあるものと向き合わなきゃいけないっていうところがあった時に、できなくはないがそんなに頻繁にやれるほどのめり込んではいかないっていう感じでしたかね。やっぱりねこのあたりに料理とかとも近いんですけど、こう一つの型があってそこを半自動的にやっていく分にはまだいけるんですけど、
やっぱりものを作る、編み物をするとかプラモデルちょっと組み立てていくっていう時に、やっぱり結構頭を回転させてるかなーっていうところあるんですよね。こう無意識にはやれないみたいなところがあって、そこのがちょっとポッドキャストとかものを書くっていうものにちょっと近いかもしれないですね。やってみてああダメだったか、いやこうかもっていう試行錯誤をやっていくっていうことが得意ではやっぱりない。
かもというところですね。
で正直あのプラモデルに関しては、あの家の近くに昔あのそのプラモデル製作所みたいなのが突然できたんで、なんでそこにあえて行ってみようっていうところで行ってお店の人にこういうふうにある程度作るっていうのを教えてもらえたのでできたみたいなところがあるので。
なんかねやっぱりそういうちょっとひとつその手ほどきみたいなのものはやっぱり必要かなと思いました。今の時代youtubeで見てとかネットで調べてっていうのはあるんだけど、なんかねなんとなくそういう味気ないネットとかっていうよりも人から教えてもらうっていう方がなんか自分は楽しいというふうに感じたのはその時プラモデルの時に感じたことですかね。
はい、なんかここまで考えてきたところでいくとやっぱりなんか一人でこう外のからの異物というかであのいい刺激を受けずに自分の中だけで答えはしながらある程度何かをコツコツと作らなきゃいけない。
そして最終的にはそれを発信してその後のフィードバックはまあなんか楽しいとかなんとなくあるっていうところがちょっとひとつあるのかなというふうに思いました。
その一人でこう黙々として作業をしている時間とか考えるやってみるっていう時間にちょっとその少し苦手意識とかがあったりするのかなというふうには思いますね。
で、これ何でかっていうとやっぱね、なんかお出しした時にやっぱりそれなりのクオリティとか相手に喜んでもらいたいとかすごいと思われたいとかやっぱり多少それが乗っかってるんでしょうね。
それがなんかその映画行くとかカラオケ行くとか旅行行くとかにはないですもんね。
誰かにそれすごいと思われたいとかやっぱないから、なんかただ受容して楽しむっていうことへのこう執着心は結構あるんですけど、なんか何かを作るっていう時にそれで自分で一人で満足できるっていうことが結構大事なんでしょうね。
だから別に一人で黙々とやること自体はそんなに嫌いじゃないんだなっていうのはなんかこれを考えてみてわかりましたね。
例えば料理とかもそうですしね。料理なんて結局自分で食べるとかお菓子も自分で食べるってそれで美味しければいいもんなみたいなところがあって、そんなにクオリティに関して高望みしてない感はあるからだからあんまりそんな苦手意識とかないしっていうところはやっぱりね、確かに誰かにお出しするというか持ち込みパーティーとかあるじゃないですか。
一人一品作っていきましょうみたいな。確かにあれになると若干それなりのものを出さねばみたいなちょっとプレッシャー乗っかってくるから、やっぱりそれはそんな楽しくないなと思うんで、そういう意味ではやっぱり自分で満足できればそれでいいじゃんと思えるかどうかこの辺は書くこともポッドキャストやることも一つそういうふうに思えないと続かないのかなというふうには思いましたね。
ということで、ソロ○○とあんまり関係ないような気もするんですけど、とにかくこの言説でよく言われることであれば外からの目みたいな感じですね。旅行先一人で行って寂しいとか恥ずかしいとかあの辺は一切ないけど、その代わり何かものを作って出すということをそのソロ○○に入れたときに、なぜかクオリティについて一瞬の感覚を持ち込むような感じになってしまいました。
今日はほとんど考えながらほぼ見切り発車でスタートしてしまったんですけれども、こんな感じで今日考えてみたという話でした。以上です。ありがとうございました。