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はい、みなさん、おはようございま〜す。 おはようございま〜す。
は〜い、やってまいりました。13日の金曜日ですね。 あ、そうか。そうですね、13日の金曜日ですね。
ねえ、13日の金曜日やってまいりましたよ。 はいはいはいはい。
じゃあ、JSONネタですか、また。 あ、そうですね。そうか、そうでもよかったですね。
あ、今日JSONネタじゃない。 JSONネタじゃないですね、今日はね。
もう、てっきりそれかと思いました。 本当ですね。13日の金曜日か、そうだったですね。
そうですね、今日はね。
はい、じゃあね、今日も13日の金曜日、張り切っていきましょう。
はい。
名古屋の兄さんことひろ兄さんです。よろしくお願いします。
そして。
はい、若干花粉症が治ったり治ったり、引き続き花粉症のAちゃんです。よろしくお願いします。
はい。
そして。
はい、朝は鼻詰まり、昼間はくしゃみ、夕方頃から目が痒くなるヒロノブです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
もうすっかりと花粉が猛威を振るっているんでね。
猛威を振るってますね、本当に。
本当に大変な季節です。
はい。
はい、じゃあちょっとすいません、私も花粉で咳がちょっと出てしまうので、すいません。途中で出たらすいません。
えっとですね、今日のテーマはJSONじゃなくて、卒業式の思い出ですね。
はい、卒業シーズンですね。
卒業シーズンですのでね、いろんな思い出があるかと思いますので、ぜひ親父さん、親父さんの卒業式のお話を聞いてください。
聞いてください。
はい、じゃあまずはAちゃんからお願いします。
はい、ありがとうございます。これはですね、僕が中学校の時にね、たかなぼると思うんですけど、
あのね、まあなんかね、地元の中学校から次、まあ高校に行くじゃないですか。
で、僕はね、大阪の市内だったんですけど、中学校はね。
けどね、その次行く時の高校っていうのが、隣の森口市というところだったんですよ。
まあまあね、自転車でどうだろう、20分からもうか30分くらいかけて、ちょっと離れたところに行くことになったんですね。
で、まあこれがね、卒業式の日に友達と、まあ今日で最後までバイバイするじゃないですか。
でね、その、まあ自分だけがね、その高校に行くことが、まあになったんで、その中学校の中ではね、その同級生。
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だからですね、寂しくて寂しくて、あのね、ちょっと泣いちゃいました。
なんかね、そんな感じでね、ちょっとほろ苦い、こう、なんて言うんだろうな、青春とまだ違う、本当にあの時はね、
あ、俺今日から、明日から一人なんだっていう風にはね、感覚になりましたね。
まあね、これでもね、次のとこ行けば新しい友達ができるんですけどね。
そうそうそうそう。
これはね、一つの楽しみではあるんですけどね。
まあそんな形でね、ちょっとこう、その当時は、でもそれが逆にすごくいい思い出になりましたね。
やっぱり新しい友達がいっぱいできたんでね。
みなさんね、一人、なんか珍しいですね。結構みんな一緒に行く子が多かったんですけど、私は高校の時から。
なんかね、工業系だったんで、なかなかみなさんね、そっちに行く子は少なかったというか、多分いなかったと思いますね。
大阪って結構ね、いろんな高校があるじゃないですか。逆に選べちゃうんですよね。こう散らばって。
そうかそうかそうか。
そういうことね。
そうそう。私立高校だったからね。
中学から高校はそうなりますよね。
はい。ありがとうございます。
はい。
ひろのぶさんお願いします。
いきましょうか。
僕も遡ることも、40何年って感じで、小学校の時の話なんですけど、
小学校の児童会ってありますよね。そこでその話もしたことあると思うんですけど、
僕、小学校6年生の時に児童会長をやってたんですよ。
これで卒業式の時には、だから当時っていうのかな、要するに卒業生代表みたいなんで、
話してくれっていうふうに言われたんですよね。
だから小学校の時に話さないといけなかったんです。
だけど普通は喜ばしいことじゃないですか、卒業式にお話ができるなんていうのはね。
喜ばしいことだなと思って、親に自慢をしたいなと思っていたんですけど、
ある時その関係で、単人の先生が安倍先生っていう女の先生だったんですよ、その時はね。
家に電話が入ったって言うんですよね。
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きっとその話だからうちのお袋も喜んでくれるかなと思ったら、
もう結束会って怒っててですね、うちのお袋が。
なんだろうと思って、なんでそんなに怒るんだろうと。
卒業式あんた話すことになったみたいだねとか言って、
そうだよーって言って、そういうことをやらせてもらえるんだって言ったら、
本当に恥かいた恥かいたって言うんですよ。
何のことかはじめはわからなくて、何のことかって聞いたら、
自動会長になったのもそういった意味で目立ってたんですけど、
変わった小学生で、学校に一人ぐらい、僕らの時代いたと思うんですけど、
冬でも半袖半ズボンで学校に行ってる子っていませんでしたか?
いました。
いましたよね、いたじゃないですか。
校服っていうのが一応あったんですけど、
冬でも半袖で学校に行ってたんですよ、6年生まで。
なので安倍先生が、うちが校服が買えない家なのかなと思って、
その卒業式の日に挨拶しなきゃいけないからっていうことで、
小学校にある落とし物の校服があるから、
それを卒業式の日はもしよかったら着てきてほしいと、
半袖で出るのはいくらなんでもあれだからって言って、
親に言ってきたんだそうです。
で、うちのお袋は馬鹿にされた気分なわけですよ。
うちには全然嫌いピンピンの校服があったんですよね。
だからすごい賢悪で、うちのお袋は先生に怒って、
うちにはそのお袋はちゃんとありますって怒ったって話なんですけどね。
そういう変な感じになって、新品の校服を着て、
卒業式の日にお話をしたっていうね。
そういう思い出が卒業式にあります。
はい、以上です。
なかなかこれね、配信でも話したことがないんですけど。
だいたい学生が僕に一輪の花を持ってきてくれた卒業式の話と、
卒業生の親が学長に対して手紙を出したっていう話があるんですけど、卒業式の話では。
その話はよく配信で言ってるので、またいつか配信でお話をします。
いっぱいありそうですね。
僕ね、毎年卒業式やってるから。
そうなんですよ。
仕事を始めてからの卒業式の話はいっぱいあるんですけどね。
自分の小学生の時のお話でした。
そうか。毎年卒業式をされてるんですもんね。
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そうなんです。今度もまた卒業式があるし、4月1日には入学式があるんですよ。
そうですよね。
だからね、僕本当に卒業式の日がすごく楽しみで。
卒業式って午前中で終わっちゃうんですよね。
そうすると彼らは語学友達と写真を撮ったりとか、大学の写真撮ったりとか、
午後は好き勝手に学域を持ちながらみんなで写真撮り合ってるんですよね。
その中に僕のいる学生支援センターに顔を出してくれる学生は必ずいるんです、毎年。
それが結構たくさんいて、こんな僕なのに一緒に写真撮りましょうとか、
中にはLINEの交換できませんかとか、そういうことを言ってくれるんですよね。
なので毎年卒業式は楽しみなんです。
そうですよね。
職員も先生も楽しみじゃないですか?
そうだと思いますよ。
教え子たちが。
育っていく。
本当にそうですよ。
それがとても嬉しいですね。大学業界で働いていて、よかったなと思うことの一つですね。
確かに。いいですね。ありがとうございます。
はい、だからひろぎんさんは。
はい、そうですね。実はあまりそんなこれと言ってないんですけど。
あるとか言いながら。
でもなんかね、自分の中学校、高校もそうだったんですけど、
その頃、今もそうですかね、第2ボタンをもらうっていうのがあったじゃないですか。
そうね、そういうのありましたよね。
で、私も一応第2ボタンをあげようかなと思って待ってたら、誰も取りに来ないんですよ。
で、最後卒業式が終わって門のところをうろろしても誰もくださいって言ってこなくて、
そのままおめおめ帰っていったっていう。
中学校と高校とも。
ひろぎんさん結構モテたんじゃなかったですかね。
あのね、中学校はもう全くモテてなかったですね。
もう可愛い中学生でしたから。
そこはね、期待は全くしてなかったんですけど、
高校はなんかあるかなと思って、
高校もね、色々こうやってすぐ帰ればいいものを、
ちょっとね、誰か来るだろうと思って、
うろうろしても誰も来ず。
え、てか、ひろぎんさんすごいモテ期があったんだって話をしたことがありましたよね、前の。
モテ期はね、大学生の時なんですよ。
あ、大学生の時なんですか。
高校はね、ちょっとでもあるのかなって思ったら、
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あれ?あれ?って言って、全く取りに行こず。
あ、そうか。
もうボタン完全にしっかりと閉めて帰ってた。
今でも何ボタンはあるんですかね。
今もありますよ。
そういうのがあるんですね。
ね、あったんですけど。
僕も全然だったですけどね、そんなのね。
中学の時も高校の時も。
そうかね。
いや、やっぱり人気のある子はね、
モテ期ボタンの取り合いなんですけど。
ね、そんな子を見ながらこっちも来るだろうと思ったけど、
何も起こず終わったっていう苦い思い出があるんですよ。
あの小学校でね、ちょっともう一回言ってみると、
小学校って何かの、さっきうろうさん、代表あったのね、当時ですか。
何かその記憶がなくて、
何かみんなでセリフをこう言われれば。
ああ、ありましたね。
あれと同じじゃなかったっけ、よく分かんないですけど。
名残はつきませんが、お別れの言葉といたしますとかね、
みんなで一人ずつ言うやつですよね。
あの、俺はね、一人ずつ誰か言って、
私、記憶があるのは、
花開く4月って私がセリフがあったんですよ。
で、みんなが、
初めてくぐった学校の門とかね、
代表一人であらわれて、
後にみんなでこう、ありがとうございましたって、
みんなでありがとう、何か、そんなかったでしたっけ。
ああ、そういうのありました。
何かあれがすごい何か記憶に残ってて、
何か今私、花開く4月っていう代表で言った覚えが。
言ったんですね。
で、みんなが初めてくぐった学校の門っていう、
ここだけ覚えてるんですよ。
今もやってるんですかね。
あると思いますよ。
あると思いますよ。
何かあれがすごく。
伝統ですよね、それもね。
そうね。あと歌ってね、春のね、
すだちの何とかとかで歌って。
小学校の時って、青木バトーとしてなかったっけ。
青木バトーとしても歌いましたよね。
何だったかな、何かいろいろそういう卒業の歌がありますよね。
娘とか息子の時は何か、
旅立ちの日が知らないみたいな、
歌ってる感じですけど、
何か青木バトーとしてしか思い出がなくて。
ね。
後、こうかとね。
そうですそうです。
懐かしいですね。
僕たちだって小学校の頃があったんですよね。
ありましたよね。
記憶がだいぶ。
記憶はないですけどね。
さっき言ったセリフのあれとかだけは、
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明確に覚えてるんですよ、しっかりと。
そうですね。
何かそんなね。
小学校の卒業式が一番なんか、
うるうる来た感じが僕はありましたね、私はね。
そうか。
小学校はだけど、僕も中学を全員が同じ中学だったから。
これといってあれだな。
やっぱ中学から高校に行く時かな、そういう感じがしたのは。
中学から高校は結構バラバラになるよね。
バラバラになりますもんね。
はい。
なかなかね、それぞれ思い出があるんだなということで。
そうですね。
今ね、親が結構両親出るとかが多いと思うので、
我々の時って父親って来なかった?
来なかったですね。
うちの親なんか来たことないんじゃないかな。
ね。
今はね、父親も行くような時代になってきてるんで。
絶です、もうね。
なんかお子さんがいる方は卒業式に行っていただければいいかなと思います。
ですね。
じゃあ今日は告知はなかったですかね。
大丈夫ですね。
はい、じゃあ今日はこれで終わりたいと思います。
今日も聞いてくださってありがとうございました。
ありがとうございました。
今日も素敵な一日を。行ってらっしゃい。
行ってらっしゃい。
行きますよ。
せーの。
いいじゃん。
すげーじゃん。
ありがとうございました。
失礼します。
失礼します。