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わーままのみなさん、おつかれさまです。 40代のわーままが着たい洋服をかっこよく着るためのファッションかけるワークアウトトレーナー、知花いずみです。
今日は、私にしては、だいぶ珍しく、ちょっと多分、陰謀のお話っぽく聞こえちゃうと思うんですけど、
でも私はそういうつもりはなくて、メンターに関するお話をしようかなって思ってて、タイトルは、「なんで人はメンターを求めるのか?」
メンターの光と闇、みたいな感じのタイトルにしようかなって思ってます。
メンターって、皆さんいますか?
メンターっていうのは、一番肝心なメンターの経歴について、ここで目線を合わせておこうと思うんですけど、
今、ネットで調べたら、メンターとは他社の成長やキャリア形成を支援する指導者、助言者のことですっていうふうに書いてあるので、
会社だとメンターの制度とかがあったりするから分かりやすいと思うんですけど、
別に同じ会社にいる上司とかそういう人じゃなくても、自分の中に思っている何かを判断するときに、
この人の価値観を参考にしているとか、そんな感じになるんじゃないですかね。
そういう人って、そういう存在って、皆さんにはいますか?
私は、今はもしかしたらいないかもしれないけど、
20代の頃、20代から30代にかけてはずっと一人の人を自分の中のメンターとして心の中に置いてたかなっていうふうに思います。
そのメンターがね、っていうのは、いつでも会える、実在する人じゃなくて、
自分の中に置いてある虚像の人物である方が、自分の成長にはいいんじゃないのかなって思ったことがあるんですよ。
要するに、具体的な何々さんで、いつでも会社の同じフロアにいる人であっても、それもそれですごくいいと思うんですよ。
いいんだけど、それよりも全くの虚像じゃダメなんですよね。
そうじゃなくて、例えばよくあるのが、この上司のことすごい尊敬して憧れてたけど、
その上司がもう辞めちゃったから、今はもう会えなくなっちゃったんだけど、
自分の中ではその人をいつも自分の判断軸の中に置いていって、その人だったらどういうふうに判断をするのかみたいな感じで、
メンター的に自分の心の中で誓っているみたいな存在を虚像っていう表現をしたんですけど、
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そういう関係性、距離感の方がいいんだろうなって思ったっていう話をしようと思います。
で、なんでこういう話をね、急に私ファッション掛けるワークアウトをしてるんですよ。
なんでそういう急にマインドの話をしようかと思ったのかというと、別にマインドの話のつもりもないんですけど、
急にそういう話をしようと思ったのかというと、
昨日、前の職場の元上司と一緒にご飯を食べに行ったんですよ。
3人で行って、私と同じ職員の元社員と私たちの上司があるんですよ。この3人。
3人とももう前の会社辞めてるんですよ。
っていうので、久しぶりに集まって飲みに行ったっていう感じで、そこで思ったんですよね。
で、その上司っていうのは、みんな前の会社辞めてるのに関わらず、いまだに誘い合って飲みに行くほどやっぱり部下から慕われてるんですよね。
で、私が上司と同じフロアで仕事していた時に、私から見えていた上司の景色っていうのは、部下から当然慕われていて、
やっぱり会社からも信頼されてるから、そして人手不足だったので、職員を2個ぐらい兼任されてたんですよね。
うちの社内での職員の名前は課長、部長っていう名前じゃないけど、分かりやすく言うと部長と課長を兼任してるみたいな感じですね。
そんな感じで職員を2つ兼任してるから、仕事は当然たくさんあっていつも忙しい。
そこに加えて部下から慕われてるから、たくさんの部下がその上司に相談を持ちかけるんですよね。
その相談っていうのが具体的な業務の相談がほとんどだけど、それ以外にも職場の人間関係とか、
あとその人個人のキャリアに関する存在相談とか、あとは全然関係ないプライベートの相談とか
っていうのをいろんな人が持ちかけてるなっていうふうに見えていて、
私は外から見てて、大変そうだなって思って見てたんですよ。
ただでさえ忙しいのに、そうやって人から話しかけられる度に仕事が止まるから全然仕事が終わらなくて、
残業はもちろんしてたし、休みの日も家で仕事してるっていうのをすごくよく聞いてたので、大変そうだなって思いながら見てたんですよ。
で、昨日その話をしてみたんですよ。
同じフロアで働いた時に、みんなが上司に相談しに行くから忙しいだろうなっていうふうに見えてたし、
多分だけど相談の内容って直接業務に関わる相談ばっかりじゃないじゃないですか。
あるのって業務に関わる相談だったら相談に乗らなきゃいけないからそれは仕事のうちだと思うけど、
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そうじゃない、関係ない人間関係の話とか、私だったら面倒くせえなって思っちゃうんですけど、
上司はそういうふうに思っているようには見えなかった。
なんなら気持ちよく相談に乗っているように見えたんですけどって。
なんでそんなことができるんですかって聞いてみたんですよ。
そしたら上司が言っていたのが、相談に確かにみんな来てたよって。
相談されるといちいち仕事が止まるから仕事が溜まって仕方なかったって言われていて、
でもその話を聞いてあげることでその方のモチベーションが上がって前向きに働いてくれるんだったらそれでいいと思ったって言ってたんですよ。
上司が目指していたのは、私は名古屋に住んでいて、前に言った最初の名古屋の事業所で働いてたから、
名古屋の事業所が大きくなればそれでいいと、そこにつながる活動なんだったらいいと思ってたからやってたし、
それが楽しかったって言われてたんですよね。
その話を聞いて、だからみんなから慕われるんだなって思ったんですよね。
その上司はもう退職してるんですよ。
だから前の会社の上司がいたポジションが抜けたから、そこには別の新しい誰かが公認で入ってるから、
組織の体制としては今は新しい体制で動いてるんだけど、
そこに前からいる部下がいるじゃないですか。
そこの部下たちが未だに退職した上司に相談を持ちかけてくるんですよ。
それってすげーなって思ったんですよ。
その退職した上司に、本来であれば今自分のところにいる直の上司に相談すべきことを、
そこを通り越えてすでに退職している前の上司に相談を持ちかけるって、
そんだけ信頼されて、慕われているのがすごいなって思ったんですよ。
でもね、これこそが、さっきまで喋ってたのがメンターの光の部分ですね。
ここからがメンターの闇の部分になっていくんですけど、
誰も悪くないんですよ。誰も悪くないんだけど、
そうやって慕われている上司はただただすごいなって思うし、
相談する側がそんな上司だから、相談したいって思うのもすごくわかるし、
あの人に話を聞いてみたいってそれは思うだろうなって思うんだけど、
だからその人にとって、前の上司はメンターになっているわけじゃないですか。
その時にどの頻度で相談しに行ってるかわかんないんですよ。
なんかメンターがいるっていうのはすごくいいけど、
何か意思決定を迫られた時とか迷った時に、
メンターに相談に行くっていう習慣がついてしまうのって、
あんまりいいことじゃないのかもしれないなって。
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それは上司に相談に行けば、的確なアドバイスがもらえるし、
自分には持っていない膝で意見をしてくれるから、
自分が見えてないところが見えるようになるんですよね。
それで正しい選択ができるようになるっていうのはすごくいいことなんだけど、
それが習慣にならなきゃいいと思うんですよ。
でも習慣になると、意思決定をメンターに依存するみたいな構図になっちゃうんじゃないのかなって思って。
だから最初に言った、メンターっていうのはいつでも会える実在の人物じゃなくて、
その人を自分の中で再構築した巨像のメンターである方が、
自分の成長にはいいんだろうなって思ったんですよね。
で、私は今までそういう人がいたなって思うんですよ。
20代の頃は自分の中にメンターって思ってる人がいたんですよ。
その人はアパレルを始めて、一番最初に配属した店舗の店長だったんですよね。
見た目が可愛くて、仕事もできて、売り上げもめちゃくちゃとる店長だったから、
自分より2、3、4歳上の女性だったんですけど、
見た目も可愛いから、可愛い人って好きじゃないですか。
それだけで最初から好きだったし、
なんかよくわからないけど、私のことをすごい評価してくれたんですよね。
それもあって余計好きじゃないですか。
だから自然とその上司の仕事を真似するようになっていったんですよね。
そうこうしてる間に、その上司がやっぱり仕事ができるから、
都会の大きな店に引き抜かれて行っちゃったんですよ。
だから私がいたお店からは、その上司はいなくなって新しい店長が来たんですけど、
でも自分の中にはやっぱりもともと大好きだった店長が自分の中にメンターって存在するんですよ。
でもその店長は移動しただけだから、別に会いに行こうと思ったらすぐに会いに行けるんですよ。
だからたまに会いに行ったりしてたかもしれないけど、
自分の中にどんどん巨像のメンター、店長が出来上がっていって、
その店長と実際の距離が空いて空いてからも、
私は前の最初にいたアパレルの会社を辞めて、
もう一回別のアパレルの会社に行ったりとかしたから、
今度は会社が分かれてるんですよね。
距離が離れてからも、自分の中ではやっぱりその大好きだった店長がベースにいるんですよね。
あの人だったらこういう場面でどういう判断をするんだろうとか、
この商品をどういう風に並べるんだろうとか、
このお客さんに対してはどういう風な接客をあの店長だったらするんだろう、
っていうのがいつも自分の中で判断軸としてあったんですよ。
でもね、自分の中に巨像として存在するだけだから、
その巨像の店長、メンターは助言をしてくれないんですよ。
勝手に自分の中で、あの人だったらどうするだろうかって置き換えて考えるだけだから、
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メンターはいるんだけど、そのメンターは別に助言はしてくれないんですよ。
でも、それが私には合ってたから、結局今でもそうなのかな、
今でも、今自分の中で販売の仕事をしてないから、
その店長がメンターってことはないけど、
実在の人物にメンターを、私が今そんなに求めないのって、
巨像のメンターを自分の中に存在させるっていう習慣がついてたからなのかなって思うんですよね。
人がメンターを求める理由とか背景って、やっぱ不安だからですよね。
なんか重大な決断をするときに、自信がないとか不安だから、
背中を押してほしいとか、そういうことじゃないですか。
そういうときにメンターの存在ってすごくいいと思うんですよ。
なんですけど、多分私はやっぱり自分で決断したいんですよね。
自分で決めたい。誰かに相談して決めるんじゃなくて、
自分で決めて、決めたことを報告するっていうスタイルが私は好きなんですよ。
だから、自分にとってこの実在の…間違えた。
私が今まで実在のメンターをそんなに求めてこなかったので、
自分で決めたいからなんだろうなって思ったんですよ。
それが自己成長につながっているかどうかはちょっとよく分からないけど、
でもなんか自分で決められるようになっているなっていうのはすごい思いますね。
なんか何かにこう…悩む。迷う。
そうだ。迷うことはあるけど、悩むことないんですよ。
なんか大きな選択2つ迫られたときに、最初にもう答えは決まってるんですよ。
そんなに迷わないですね。
最初に答えは決まってるんだけど、AとBの選択肢があって、
Aを選ぶことは分かってるんだけど、
でも選びたくないな、Bの方がいいなって迷うことはある。
けど、答えは最初から決まってるんですよ。
だから最終的にAを、最初から決めてたAの方を選ぶんだけど、
そんな感じで…
メンターっていうのはやっぱりいつでもらえる実在の人物じゃない方が、
個人の成長にはいいんじゃないのかなって私は思ったよって話です。
じゃあね、その大好きな前の会社の上司を、
私は今自分の中にその上司を巨像として、メンターとして置いてるのかって言うと、
置いてないんですよ。
何でかというと、その上司の考えていることが、
ハイレベルすぎてついていけないからです。
なので、元上司と頻繁に会うことはないけど、
会社で働いてる時も、何か相談を持ちかけることはそんなになかったような記憶で、
でも業務上でA、B、Cがあって、
自分はBがいいと思ってるんだけど周りは絶対Aって言うんですけど、どう思いますか?みたいな。
こういう理由で絶対Bがいいと思うんですよ。
でも周りはAって言ってるから、それをねじ伏せる作戦を一緒に考えてくださいとか、
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そういう相談をしたことはありますけど、
何の話だっけな。
その相談をした時も、上司はねじ伏せる作戦を一緒に考えてくれます。
でもそのチームビルディングみたいな考え方も、
構造すぎるからよくわかんないんですよ。
だから言われた通りにしただけって感じなんですけど、
その上司は別に自分のメンターじゃないって言ったら嘘になるけど、
何か重要な決断をする時に相談しに行こうって思う対象ではないし、
別に他の誰にも相談しに行かないんですよね、私は。
その前の会社の上司のことは私だけじゃなくて、
もともと一緒に働いていた私以外の同僚、上司からスタッフが全員上司のことが大好きだし、
みんな慕ってるなっていうのを昨日、最悪にした1日だったなって感じですね。
そういう上司とお互いに会社を辞めてから、もうこういうふうに関係を持てているっていうのは、
すごく恵まれている環境だなっていうのは思いましたね。
で、実は今私YouTubeをやっていて、
このYouTubeの裏側では上司と一緒に試行錯誤して取り組んでるんですよ。
でも、行動、動くのは私だし、最初の一歩を踏み出すのは私が私の判断でやってるみたいな感じなんですよ。
ああした方がいいよ、こうした方がいいよって言われてから動くんじゃなくて、
私が動いてから上司が一方的にこの間のあれは良かったよとか、
上司の気が向いた時にフィードバックがもらえるみたいな感じですよね。
YouTubeに関しては、まだD、D、C、AのうちのDの段階で、まだCの段階に起きてないと思うから、
Cするための、チェックするためのデータを集めているという状況だから、
またそのCのフェーズになったら関係性が変わるのかもしれないですけど、
基本的に何事においても、まず最初の一歩は自分が自分の判断でやりたいと思う必要なんですよね。
だからその最初にやったメンターっていうのは、実在する人物じゃなくて、
実在する人物をトレースした自分の中にいる共存の存在である方がいいと私は思うっていう話を今日はしてみました。
長くなったんですけれども、最後まで聞いていただきありがとうございました。