1. いやー、かどちゃんさ
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#13 「冬でも半ソデ・半ズボン」のリベラルアーツ
2025-12-11 19:51

#13 「冬でも半ソデ・半ズボン」のリベラルアーツ

棒読みだとサ・ン・セ・キ…../もりもとのモヤモヤ史1〜9/でもそれ以上に話したいこと/冬でも半袖半ズボン、なんで?/単に平気だから?代謝がいいから?/そうだ、かどちゃんもその族だった…/周囲からの評価に気をよくした/実は寒さが身に沁みていたことも…/中学校の制服にほっとした/周囲はどうしたらいい?/ひとのアイデンティティとして尊重すべし/転じて、小中学生にとっての変化とはとても大きいもの/変わることでメリットを見出せる成長の機会となる/新しい視座を獲得するための自己啓発…?/節約にもなるよw/コミュニケーションツールとしてのコート/かどちゃんが大雑把になったのは世間のせいだ(おいw byもりもと)/周囲の意向の逆を行きたいかどちゃん/もりもと、責任が重い….


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先輩のもりもっさんが、後輩のかどちゃんにいろいろ質問して
普段の生活の中にあるヨロコビを言葉にしていくよ!
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00:10
かどちゃんに話したいことがね、山積みなんですよ。 山積みですね。山積してるわけですね。
山積してるんですね。 音読みで言うと。 音読み山積ですね。 棒読みだと、山積なんですけど。
はい。 なんで、富士山じゃの、飛び箱じゃの、いう下りがあったと思うんですけど。
整理してみまして、一つ、いろんなものを山積している中で、グループ化が一部できた。
グループ化までできたんですね。すごいですね。
ありがとう。そのグループ化できたのが、森本のモヤモヤシリーズっていうのができた。
いいです。モヤモヤシリーズ。
そうですね。初学生の頃からずっとモヤモヤしてるとか、最近に至るまで、モヤモヤシをまとめてみることができたんですよ。
なるほど。
それが9つ、9テーマあるんですね。
はいはいはいはい。すごい。すごいすごい。
ありがとう。1から9まで目次をいられつしてみて、かどちゃんに議論して、
行きたいものを選んでもらって、私が話して、組んだら組んだらしようかなと思ってたんですけど、
やっぱそれよりも話したいことが今日1個あって、せっかくまとめたけど、聞いてみていいですか。
ちょっと遠慮しときます。
遠慮しときます?やっぱり。
遠慮し、遠慮し、遠慮し。面白いですよ。何ですか。
この季節でもさ、今12月でもさ、半袖半ズボンのコールやん。
はいはいはい。
あれなんで?
あれは、
っていう。
平気だからじゃないですか。
平気だからか。
はい。
私の家の前は、すごい学区が入り組んどって、2つの小学校と2つの中学校の子が、
中学生のお兄さんお姉さんも左に行ったり右に行ったり、
小学生も左に行ったり右に行ったり、通学路になってるんですけど、
やっぱね、どの学校にもどの学年にも一人はおって未だに。
いますよね。
ここ東京の23区、例は何年ですけど、中学生でもおって半袖半ズボンが。
そうですね。それで言うと、代謝がいいんじゃないですかね、小さい子は。割と。
03:05
で、先日僕もユニバーサルスタジオに行った時に、行ったんですよ、11月。
それなりに気温も多分12、3度ぐらいになってたのかな。
寒っ。
で、僕は半袖でした。半ズボンではないですけど。
マジで?なんで半袖?
周り見渡すと、稀に外国人の人が半袖の人がいたっていう。
ずっとその格好ではないですけど、あるタイミングにおいてはみたいな。
移動とか、家内に入ったりとか、いろんなのあるじゃないですか。
そういうタイミングで半袖だったことはあります。
なので、私も幼少期の頃は常に半袖半ズボンのタイプだったので。
そうだった。そのタイプだった。
その経験から言うとですね。
ぜひぜひ。
きっかけは全く覚えてないんですけど。
はいはいはい。
きっかけは覚えてないんですけど、ある友達の説では、
ある寒い日に、僕は半袖半ズボンで幼稚園に行きましたと。
そしたら、先生とか周りの人が、こんなに寒いのに、すごいね、強いね、みたいに言われるわけです。
言われるね。
それに気を良くして、半袖半ズボンを繰り返していったと。
親がトレーナーとか持たせるわけです。着させるわけです。
でも家出た瞬間脱ぐんです。
その記憶だけなんかあって、小学校の頃とかも。
そうなんですね。一回着て脱ぐみたいな動作もあったんや。
そうです。
記憶の中ではですね、3年生4年生ぐらいから、冬の寒さが身に染み出すんです。
寒いなって思う。
それまであんまり思ってなかったんですけど、思い出したものの、ある時、長袖を着て行きました。
着て行った。
そうすると、クラスの人たちが、え、大丈夫?みたいな。
風邪引いてない?みたいな。先生とかもすごい心配するんです。
逆に?
過剰な心配をする。
だから、小学校の時って、例えば髪を切ったりするとか、そういうのって恥ずかしかったりしません?
恥ずかしかった。
髪を切ってた翌日とか。
翌日ね。
小学生ってそういう小さい変化が、友達に過剰に捉えられたりとか。
そこに自分も過剰に捉えてしまって恥ずかしさを感じたりとかするじゃないですか。
それと同じ現象で、冬に長袖を着るというのが、僕にとってはその髪を切るレベルぐらい。
毎日髪を切ってるぐらいのレベルになってしまい。
で、その恥ずかしめを受けるならば、半袖のままいた方が心が平穏だということで、
小学校6年生まで半袖半ズボンで、中学生になって制服になるものが生まれ、
ホッとしたっていう、そういう経歴があります。
ホッとしたんや、やっぱり。
ホッとしましたね。
ようやくこの呪縛から逃れられると。
でも、今ね、加田ちゃんの1サンプルでしたけど、
06:03
もうほぼ全てこのパターンなんですかね。
そんな気がしますか。
かもしれないですね。
だから森本さんの家の近所で元気に半袖半ズボンで登校している子も、
ものすごい心の中で葛藤を抱えている可能性はあります。
あーそう、葛藤しとるんや。
葛藤しとるんです。
そのご本人のためには、じゃあ周りは何も言ってあげる方がいいんかな。
半袖寒くないの?とかチヤホヤすると気を良くするし、
長袖着いとったら長袖大丈夫?とかって言うと、
なんだろう気恥かしさのようなものが逆に生まれるから。
かもしれないですね。
ただそれはその子の性格にもよるかもしれないので、
その言われるために着ていってる可能性もあるわけですよね。
個性の一部っていうんですかね。
俺は足が速いぜみたいな感じで、
俺は冬でも半袖半ズボン出せ。
で、みんなにすごいねって言われるのが快感みたいな可能性もあるということですね。
あーそっちパターンがおるわけやな。
そうですね。
で、そういう子にとっては、もしそれが中学校になって制服になってしまったら、
そのアイデンティティが奪われるという事態になってしまう。
なるほど。
だから今のうちから別のアイデンティティを育んでおく必要があるかもしれないですね。
あーなるほどですね。
その二パターン、今出てきたんですけど、
その二種類の人種の見分け方なんかありますかね。
どうやって見分ければいいんですかね。
まあ、半袖すごいねって素直に伝えて、
どのような表情をするかとか、そういうことなんじゃないですかね。
あーそうだね。
我が家の前を通る半袖単パン族の中の一人に、
中学生のお兄さんが、半袖半ズボンの子がおるんやけど、
明らかに寒そうなんよね。
なんかポケットに手突っ込んで、
背中丸めて、うつむき加減にしながら歩いて行ってて、
それ寒いやろって思って、着させてあげたくなるぐらい寒そうにしてる子がおるんよ。
たぶんあれやな、ほんま着たいけど何かの呪縛によって、
一歩踏み出せないでいる族ということでいいんですかね。
そうですね、可能性はありますね。
小中学生の変化っていうのは、我々の変化よりも大きな変化。
なので、服を変えるっていうのは相当な勇気。
我々だってそうですよね。
例えば、今までスーツとかにそんな興味を持ってなくて、
ちょっとダボッとしたのを着てて、
それが急にビシッとしたジャストサイズの、
09:03
ちょっと品質のいいものを着てったら、
あれ、みんなどうしたの?みたいにみんなから言われるわけですよ。
その気恥ずかしさって変わるタイミングでは必ずあるわけじゃないですか。
でもそれはポジティブな変化なわけですよね。
だから、その少年にとっても、
そういう変わることで自分がメリットを得られることを実感できる成長の機会なのかもしれないですね。
何かしら変化を足してみることで、
ああっと気づくとかね、何かがあるかもしれないということですね。
自分が変わっても、周りっていうのは一瞬は反応するけど、
そんなに世界は変わらないんだっていうことに気づけるかもしれないです。
ああ、一瞬の反応が過ぎ去れば、また元の日常が来ると。
ええ、どうしたの?みたいになるけど、3日ぐらい経ったら、もうそれが普通になってるわけです。
それが将来的に何かチャレンジしようってなった時に、
ちょっと人の目があってなった時に、
いや、でも俺は中学校の頃、半袖短パンから長袖になって、
最初は何か言われたけど、みんなすぐ忘れるし、
周りの目なんて関係ないっていう経験の一つになるかもしれない。
ああ、すごい。
ということなんじゃないですかね。
語り切りましたね、カノちゃん。
そういう新しいシーザーを獲得するという経験なわけですね。
半袖短パンというのは。
そうです。
すごい、じゃあもう俺は明日の朝から彼らを見る目が変わる。
そういうすごいな、すごいな、
セルフイメージと戦ったりする、周りからの自分へのイメージと戦ったり、
自分の枠を広げるとかいう、
自己啓発の一環として彼らを見てしまうから、
すごい応援の気持ちが湧いてきますね。
そうですね。
いや、すごいな。
と思いますよ。
理解すると、
同じことは神を斬るとか、
そういうことにも言えるっていうことですね。
我々大人は、子供が髪型を変えたぐらい、
我々大人にとってはさっぱりしたねぐらいで済むことでも、
子供にとってはそれがいかに大きな出来事かっていう。
そうですね。
そこの受け止め方次第では、将来何か一歩踏み出す時に、
障壁を与えるのか、それともそのハードルを下げるなり、経験になるのか、
我々の一言で変わるのかもしれないですね。
そうですね。
我々保護者としては、
普段の日常生活の中で、
やっぱり些細なことでも子供たちの心のつまずきとか、
あるいは心の支えとかになっているということに、
12:00
時には敏感であることというのが必要なのかもしれないですね。
はい。
へえ。
かねちゃんはどうですか?中学校になって制服があって、
ホッとしたということでしたけど、その制服は長袖、長ズボン。
そうですね。冬と夏服、冬服みたいなのがあって、学乱だったんですけど。
冬になると、上着的なものを自動的に着ることになるという感じでしたね。
その時はやはりホッとした感じだったんですね。
あったかい。
ホッとした感じでしたね。
そうですね。
一般の方々は、たぶんそれだけ着ても寒いんですよ。
はいはいはい。
基準がもともと長袖だから、それだけ着ても寒いから、
プラスアルファでPコートとか、学校してるやつがあって、それを変えるんですね。
でも私にとってはもうそんなもの必要なくて、
あの一枚、学乱一枚さえあれば、世界が変わっていたので、
そういう意味では小学校の経験が節約につながったっていうか。
そうよね。川ちゃん今でもね、身だし並みすごいきちんとされてるけど、
基本薄着というか、
ふわふわもこもこしたような上着を着てない印象がいつもありますね。
上着のコート類。
今でいうと、コートなんてものはもう必要ないんですよ、僕にとっては。
ただ世間を歩いたりとか、人が関わるものなので、
あまりにも寒々しい人間を見ると、ちょっと印象が悪い可能性がある。
そのためにコートを持ってるみたいな感じです。
一種のアイコンとしてね。なるほど。
そうですね。それも幼少期につながるのか。
コートを持ってないと、コートなしですか寒くないですか、みたいな下りがあるっていう。
その下りを欲しい状況の場合は、コートを持っていかないっていう選択を取るし、
ちょっとそれめんどくせえなって思った時は、コートを手に持ってるみたいな。
なるほどね。
そうか。いずれにせよ自分が寒い寒くない防寒防温の目的もあるし、
目的というか目的とかその状況もあるし、
なるほど。それがそのコミュニケーションのツールとして機能しているというのもあるんだな。
そうですね。
結局は幼少期の経験が人間を作っている。
のではないかなと。
15:03
幼少期に周りに言われたこと、周りの反応、そういうものが作ってるんじゃないかなと思いますね。
森本さんに僕が、こういう大雑把な性格というか、
部屋を散らかしたり机を散らかしたりする理由っていうのは以前たぶん話したと思うんですけど。
森本さんに話しましたよね。
あれだっけ、それで私がカドちゃん悪くないよ、構造のせいだよみたいな話したやつだっけ。
そうそうそう、構造のせいで、なぜ僕がそういう鍵をちゃんと決められた場所に置けなくなったのかっていうのは、
世間のせいだっていうことを論じたことがあって。
論じて論じてもう1回。
それは小学校の何年生か忘れましたけど、小学校の1、低学年の頃ですよ。
その頃に時代的に血液型で人を判断するみたいな友達がいたわけですね。
A型はなんちゃらみたいな、例えばA型は貴重名。
B型はなんちゃらとか、O型は大雑把とか、あったじゃないですか。
あったあったあった。
それをもう画一的に判断して、で、どちらかというと世間の風潮的には僕は感じた。
なんかO型は大雑把なんだけど、なんかその、ある意味ちょっと豪快さというか、
なんかポジティブに見えたんですよ、僕の中では。
で、A型はその友達の言い方はなんか、僕が何かするたびに生理整頓とかされて、
うわ貴重名みたいな、はじめだねみたいな、言われるわけですよ。
それに、僕は多分天の弱的な性格だったから、いや俺は違うぞ、普通のA型じゃねえぞ、
なんで、たとえばそのプリントとか配られるじゃないですか。
たぶん一年生の頃は綺麗に角を揃えて折ってたんですよ。
でもそういうふうに、なんかそのA型が云々みたいな世間の風潮が重なり出してから、
ちょっとずらして折ってみたりとか。
貴重名なんだけど貴重名にずらして折ってたんですよ。
なるほどね、なるほどね。
本当は正しく折りたいけどずらして折って。
で、机の中とかもなんかちょっと乱してたりとか。
机の上とかに置くときもピチッと揃えないでちょっと乱してたり。
してるうちにそれが本当の性格になっちゃったっていう。
今、たとえばプリントとか折るときは、
意図して斜めに折ってるのか、自然に無意識に斜めに折るようになったということ?
そうですね、もう気にしなくなったということです。
角が揃ってなくても。
そういうことですよね。
だから鍵がいつもの場所に置いてなくても気にしなくなっちゃったんですよ。
もともとは気にしているはずだったり、気にしてるというかちゃんとある場所にかけたりとか、
丁寧な性格を根源的には持ってたのかもしれないけれども、
18:05
外的な圧力によって性格をねじ曲げられ、今苦しんでいるっていうことを、
森本さんに訴えたいっていうことですね。
受け止めました。
なんか苦しんでたよね、その鍵が見つからなくて。
見つからないから探し回ってるときに、
もうなんでないんだよって言って他のものをバーンってやっちゃったり。
スーパースみたいなことを聞いた記憶がありますね。
そうですね。
それらは全て僕のせいではなく、世間が悪いというお話ですね。
そうだね。
世間が悪い。
カロちゃん何にも悪くないよ。
大丈夫よ。
もうぽいって急いでね。
行くからいつでもね、探しの鍵ね。
おそらくそういう何かテレビで見たこととか、
友達が言ったこと、先生が言ったこと、親が言ったことっていうのは、
なんとなく言った言葉でも子供には深くそういうのが残って、
そういうところから大人になったときの何かが作られるっていう可能性はあるのかもしれない。
だから森本さんがその半袖の子に対して、
どのような言葉、どのような接し方をするかによって、
その子の将来が一部決まってくるのかもしれない。
ここ5人ぐらい居るから家の前。
5人ぐらい背負っていくな。
多いんじゃないかなここ5人ぐらいってコロ2が来る。やめてよ。
19:51

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