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前回からの鈴木
この前、僕電車乗っとって、隣の席が1個空いたんよ。
で、おばさん2人が楽しくお話ししながら乗ってこられて、1個空いとったけん片っこのおばさんが、まあまあ座れ座れって1人座ったから、2人楽しそうに話してたから
僕立ち上がって、もう1人のおばさんに、まあどうぞ座って、ゆっくり話ししてくださいよみたいな感じで、席を譲ったことがあったんですよね。
そのおばさんも、いやいやもうお兄さん座っとって、座っとって、みたいな感じだったけど、まあまあどうぞゆっくり座って、僕すっとまあよそいったんやけどね。
はい。
この話関連しますかね?そんなことがあったら。
関連します。だから言葉にする勇気を森本さんはお持ちなわけですよ。
いずれにしてもね、そういうことか。
そっちの方が世の中良くなるなって思った時に言葉にする勇気を持っている。
なのに、方や私は、その輪ゴムをつけることにずっと違和感を持ちながら、ずっと輪ゴムをつけられ続けていたわけですよ。
森本さんと私の差は、それを言葉にしてるか、していないかの違いなので。
世の中にはびこる、いろんな謎のサービスがもし仮にあるとしたら、それは必要なのか必要じゃないか、よくわかんないサービスがあるとしたら、それは言葉にしていない消費者側の責任ということですね。
過剰にやっちゃうのはね。
しさ深いですね、今のお話。
タクシーの運転手さんが外に出て出てきたのは、おそらく誰かが言葉にしたんですよね。こういう時は外に出て開けるもんや、みたいな。
その社内なのかお客さん側なのかわからんけど、開けた方がええんちゃうかと言った人がおるわけですよね。
常に言葉にする側が過半数を取るっていうことなのかなと。
サービス。
言葉にする側の意見が有力になってしまうということなんですね。
サービスしてっていう場合も、サービスいらんよっていう場合も、過半数とか多くの人が言えば、なるほど、現実となっていくんですかね。
そうですね。というのでいかがでしょうか。
よろしいんじゃないですか。
よろしいですか。
なるほどね。サービスを断るのも、もうちょっと話してしまうけど、
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その動機となるのが、申し訳ないからあなた楽にしててくださいとか、あなたの手を煩わせたくはない、あなたに安らかでいてほしいみたいなのもあるし、
ちょっと極端に逆側はもうほっといてくれみたいなのもあろうかと思うし、
なんか私の場合は結構物を手放したい、物何も持ちたくないから、ゴミも自分で出すのも手間だから、その物だけもらいたいみたいなね、とか。
でもなんか自分がサービスを提供する側だと過剰にやっちゃう、すごい。
朝の子供を見送るんとかも、僕が中高生の時、うちの母ちゃん結構、すごい言い方悪い方すると結構粘着質なので、
もう18も迎えようとする代の若者が出かけるのを、もう見えなくなるまでずっと見送ってくれてるんです。
すごいですね。
うん。当時はすっごいやだったんだよね。今思えばまあありがたいなと思うけど。
やっぱりすごいやだなと思っとったけど、今は自分、我が子が小2で朝出かけていくけど、やっぱりもう角見えなくなるまで、曲がるまで見てしまうんですよね。
とか、おかわりは?とか、おかわりいらんって言っとんのに、いやあるんよ、あるよって。
じゃあおにぎりにしようかみたいな、相手が5回ぐらい断るまでバリエーション変えていろいろやってしまおうとするっていう気持ちはやっぱあるんですよね。
うんうんうん。
仕事でもやっぱ営業先には、求められてないかもしれないけど、なんかこうホヤホヤ、チヤホヤして、結局自分の勤務時間が超長くなるみたいな。
普通にワード過剰書きでよかったのに、一生懸命綺麗なパープを作ってとか、やってたなあっていうのは思いますよね。
でも、その過剰とも思えるサービスとか、その気遣いとか、そういうものがハマらない人もいればハマる人もいるわけですよね。
ハマる人のためにはなってる、つまりそれはちょっと世の中を良くしていることで。
ハマらない人は別にハマらなかっただけで、そんなマイナスなことはないと。
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多少時間が取られるとかあるかもしれないけど。
つまりですよ。
つまりそういうものを否定してしまうと、気遣いというものがどんどんなくなってしまう可能性があると。
これもいらないんじゃないかなと。
世の中にそういう意見があったら、こんなことまでしなくていいんじゃないかなと。
例えば、飲み会で神座みたいなのをちゃんと考えなきゃいけないとか。
いらないとも思いつつも、それで幸せになる人物とかがいるわけですよね。
そういうものを一切否定してしまったら、そういう人の幸せは確実に奪われていくわけです。
だから、僕がその和ゴムについて、うざくないですか?みたいな言うこと自体が間違ってるっていうこと。
おやおやなんすか。
間違ってる。
間違ってないかもしれない。
間違ってないですか。
一石ぶっていい?
はい。
これね、一石二鳥って言ったじゃん。
はい。
物なのか、叩くなのか、垂らすなのかっていろいろ変わるよねっていう話もまた藤井さんの中にちょっと入ってたよね。
入ってた。
日本の文化って否定の文化っていう、聞いたことありますかね。
つまらないものですがって自分の行動を否定して、受け取ってくれる側が、いやいやそんなもんわざわざあるって否定に否定を繰り返してお互い確認し合うっていうのがあるじゃない。
だから一回過剰にやってみて、相手に否定されてお互いの期待値を調整し合うみたいな。
だからカロちゃんが今言ったように、この上司は神座に座ることを喜ぶのかどうかって、直接聞けないじゃん日本文化って。
神座座りたいですかとか。
だから、あ、じゃあ神座どうぞどうぞとか言って、上司が、いやいいよいいよもうどこでもいいよ、俺トイレ近いからこっちねとか。
っていう、ちょっとこう否定、ポジティブにこっちがいいですか神座がいいですかって聞かずに、否定してもらうことでやっぱこうお互いの心地よい、やっぱ期待値って言葉になっちゃうのかな。
その落とし所を見出していくようなところがあるので、だからカロちゃんは顎もいらないですっていうのは、その否定は必要なものかもしれないですね。
そうですね、それはその場で言うべきで、こんなところで叫ぶ。
そういうことかそういうことか。
こういうところで叫ぶ、YouTubeのコメント欄とかで文句を言ってるようなもんですよ。
その場ではなく、安全な場所で後から、共感してくれるであろう人に対して安全な場所でただ叫んでるだけっていう。
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そんなそんな。
これはもう世の中を良くしてないっていう。
今森本さんの話を聞いて思ったのは、その神座の話あったじゃないですか。
その人はこういいですよって言うけれども、その場にいる周りの人がそれを良しとしないみたいなパターンあるじゃないですか。
っていう話を次回したい。
次回しましょう。すごい気になる。
その人はいいよいいよって言ってるのに、こっちの人はおい、なんであの人を神座に寄らせねえんだよみたいな。
例えば次回その人が、じゃあトイレ側だよみたいな。一番偉い人をね、例えば。
トイレ側がいいって言ってたからこっちにしますって。
そしたらその別の人間が、この席の配置おかしくねみたいな。
そういうもので生まれてしまっているものもあるかもしれない。
そのテープとか輪ゴムもひょっとしたらそうなのかもしれない。
本人は違うと思ってるけれども、なんで今も輪ゴムつけなかったの?みたいな。
次のお客さんとかがね。
っていうテーマをちょっと次回話したい。
承知しました。すごく楽しみですね。
いろんな角度から切り替えるかもしれない。