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2026-03-11 24:53

深い思考は「非効率」の中から生まれる


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サマリー

この放送では、AIの進化がもたらす「思考の非効率性」と、それが深い思考を生み出すメカニズムについて考察しています。まず、健康診断における医師の仕事がAIに代替される可能性に触れ、ウェアラブルデバイスとAIによる健康管理の未来像を描きます。次に、アウトプットの気軽さの序列をメモ書き、日記、会話、SNS、ブログ、作品と定義し、AIがこの序列にどのように食い込んでくるかを分析します。AIは批判されず、いつでも利用できる「気軽な話し相手」として、思考の整理を助ける一方で、本来、深い思考は「非効率」や「摩擦」の中から生まれると指摘します。子供たちの仲直りが下手になっている現状を例に挙げ、AIとの対話で摩擦が減ることで、試行錯誤や自己解決能力が低下する可能性を懸念しています。最終的に、深い思考には非効率なプロセスや試行錯誤が不可欠であり、AI時代においてもその重要性を再認識すべきだと結論づけています。

健康診断とAIによる仕事の代替
こんにちは、いわみです。 3月10日の火曜日、いかがお過ごしでしょうか。
さっき外から帰ってきたんですけど、 最近外から帰ってすぐにね、仕事をする気にならないというか、
最近というか前からかもしれませんけど、 ちょっと
気が乗らないので、音声配信でもしてみようかなと思ったっていうね。
最近の僕の音声配信の使い方はこうやって、 なんかね、本当に
ガス抜き…ガス抜きじゃないな、息抜きみたいなね、 感じになってしまっていますが、
いくつか話題というか話したいことはあるんですが、 何を話そうかなとまだ全然考えて決めずに話し始めてしまったんですが、
じゃあ軽いところから言うと、 この間ね、先週1,2週間くらい前ですけど、
健康診断に行ったんですよ。 毎年行ってるんですけど、僕は今会社員じゃないので、
国民健康保険の自治体というか、 町がやってる健康診断があって、
病院は選べるんですけど、僕はいつも行くのは近くにある、 結構でかい病院ですね。
でもね、僕は病院についてあまり詳しくないんですけど、 僕の住んでる高地のでかい病院はね、
結構ガラガラなんですよね。 これ大丈夫かなって。
多分施設とかはすごいしっかりしてるし、 多分人もそれなりにいるんでしょうけど、
働いてる人はね、来てる人が少ないっていうか、 広いだけに余計に目立つなと。
高地って確かね、僕が何かで聞いた情報だと、 人口一人当たりの病院の数が日本一多い県らしいんですよね。
確かに町を歩いていると、そこらじゅうに病院があって、 車に乗っていても病院があって、
その割に高地って人口がすごい少ないですから、 みんなそんな病院に行くのかって。
町の大きな病院に健康診断に行って、 僕が思ったことがあって、
健康診断をやってくれるお医者さんというか、 多分あのお医者さんですよね。
この人の仕事なくなるよなって思ったんですよ。 失礼な話ですけど、
ここのラジオだから好き勝手言っちゃいますけど、
何かというと、完全にAIに置き換えられる仕事だなって思ったんですよ。
都心というかね、僕は前に会社員やっているときは、 新宿のどこかの大きな病院で健康診断を受けたことがありましたけど、
それは本当にシステマティックなふうに、 本当にもう次から次へと、
はい次はこっちこっちって整頓されて、 どんどん流れ作業的に回されていって、
あんまりその人間の、自分が人間じゃなくなってしまったような気になったことはありますけど、
それは別の話で。
僕が受けた健康診断の内容を言ってみると、 かなり簡易的なやつですよね。
最初何やったかな。
普通に身長体重とか測ったりとか、 おしっこを取ったりとか、
顕面を前の日に出して持って行って、
あと採血とかね。
心電図はなかったな。
結構本当に簡易的な感じで、 無料のやつだから別に文句はないんですけど、
それで最後に問診があるわけですね。
そこに先生がいて、
医者の割にはやたら太っている医者だったんですけど、 それはいいんですが、
その人は多分健康診断専門のお医者さんというか先生だと思うんですが、
その人まず何やるかというと、
問診表みたいなのと、あれを普通に手入力でパチパチ入れていくんですよ。
しかも人差し指で何とかとか書いたり、
タバコ吸わないとか何年とかね、
そういうのをパチパチやってて、
聴診器当てて、
これは田舎ならではなのか、
日本全国にこういうシステムはまだ残っているのか分からないけど、
これ別にこの人はやることないだろうって思っちゃったし、
過労死で医者がやる意味があるかなって思う仕事でも、
肺のレントゲンを取ったんですよ。
肺と胸部レントゲンを取って、
それを見ながら、これが何とかですねとか解説してくれるんですよ。
この影は別に問題ないですねとか、
もし問題があったらそれを指摘してくれて、
しかるべき次の検査とかあればそこに回してくれるんですけど、
そんなのも今多分画像認識で、
多分人間以上に完璧にAIの方が判断できるじゃないですか。
だからこの先生がやってる仕事は本当にもういらなくなるよなって、
もう既に僕は見ると完全に医者である必要はないって思っちゃいましたね。
むしろ看護師さんとかの案内してくれたりとか、
いろいろ案内してくれる人の方が、
これ人間のやるべき仕事だなって思ったし、
よく言われますけどね、
医者の仕事も結構AIに代替されやすいっていうのはね、
こと健康診断に関してはね、
もう完璧に当てはまってるなって思っちゃいました。
それとつながって思ったのは、
これだから健康診断ってわざわざ出向いてやる必要もあんまりないよなって思って、
これどういうことかというと、
レントゲンはさすがにね、
多分専用の機械がないとできないでしょうけど、
今だからその指輪型とか、僕はApple Watch使ってますけど、
そういうので常にモニタリングをしといて、
それをだからAIから解析して問題があればすぐ出るっていうね。
今ほとんどのことは、
ウェアラブルの身につけるデバイスでデータが取れるわけだから、
心拍数とかもね、たぶん血圧はどうなんだろう、
たぶんやろうと思ったら取れますよね。
そういうふうにやっていくと、
それを常にだから機械にクラウドに送っておいて、
それで何か問題とかありそうだったらアラートというか知らせてくれて、
さらに問題ありそうだったらそのしかるべき病院とかにつないでくれるみたいなね、
サービス、たぶんもうね、
探せばありそうな気もしますけど、
これはたぶん、
そう遠くない未来に、
全人口にね、
全人類まではわかんないかもしれませんけど、
日本とかで行ったらね、
かなりのところに浸透するだろうなっていうのはね、
技術的には多分可能だと思いますから、
健康診断にもう医者は不要だってね、
いうことを思ったという話でした。
アウトプットの気軽さとAIの介入
もう一個別の話をしてみると、
アウトプットのね、気軽さの順序に変化が起きたなっていう話なんですが、
アウトプットって自分の考えていることをね、
僕がここで音声でしゃべっているのも一つのアウトプットだし、
メモ、日記を書いたりとかね、
他に記事を書いたりとかいうのもアウトプットなんですけど、
アウトプットにはその気軽さのね、
大小序列みたいなのがあるなっていうことを思ったんですよ。
ことアウトプットの中で一番気軽なものは何かってね、
これ気軽さの定義にもよるし、
人にもよってもちょっと変わると思うんですけど、
僕の場合はで言うと、
僕が一番気軽なアウトプットは、
ただのメモ書きなんですよね、本当に。
ノートとかでもなく、
メモに何かちょっと思いついたことを忘れないようにメモしておく。
それもね、小さいアウトプットと言えると思うんですよ。
それでそこからもうちょっと気軽さが少なくなって、
気軽の反対を何と言うかですけど、
慎重さというか緊張感というか、
上の方に行くとね、緊張感が出てくると思うんですけど、
気軽でなくなっていく方向には何があるかというと、
メモの1個上は書くんだったら日記だと思うんですよ。
その後に話したり、知り合いと話したりとか、
もしかすると家族とか友達とか、
気のおけない人に何か思ったことを伝えるってね、
これも気楽ですよね。
人によってはメモよりもそっちの方が気楽だって人もいるかもしれないですけど、
僕の場合はメモ、日記、
それから家族とかの会話っていう順番でね、
だんだん上がっていくわけですよ。
その次に僕はね、SNSがあるかなと思いました。
Xとかね、この音声配信も一つのSNSに僕は、
僕の中でも入れてますけど、
スタンドFなんかね。
もう一回言いますけど、だから一番気軽なのはメモ書きで、
次日記で家族との会話、
友人も入る、その次ぐらいに来るかもしれませんけど、
その次にSNSの発信みたいなのがあって、
音声もあって、
その次ぐらいに何があるかなっていうと、
ブログとかね、もうちょっとSNSとかよりは
体裁を整えて、
別に緊張感があるってわけじゃないけど、
でも一応作品という形態を取るからには時間をかけるしね。
気軽ではない。
慣れちゃえば気軽ですけど、
その直線上で最上位というかあるのは、
作品とかね、本を書く人だったら本を書いたりとか、
多くの人の目に触れるメディアに発信したりとか、
そういうね、テレビとかもそうかもしれませんけど、
そういう順番でね、アウトプットっていうのは、
自分の考えを外に出すっていうのを全部総合してアウトプットって言ってますけど、
アウトプットの序列は並んでいると思うんですよ。
アウトプットの序列に変化が起きたって話ですけど、
それがね、答えは分かってるかもしれませんけど、
AIによって序列が変わったっていう話なんですよ。
変わったというか、
AIが食い込んできたっていう意味ですけど、
皆さんは、今僕は言った、多分5個か6個ね、
今言ったメモ書きとか言って、
AIにアウトプットするのは、どこに割り込むと思いますか?
質問というかクイズも何でもないんですけど、
僕の場合はですね、日記の次だなって思ったんですよ。
つまりさっき言ったのは、
メモ書き、日記、会話、SNS、
で、ノートとか作品ね、
その中のだから、今5個言いましたっけ?
そのうちのだから、真ん中に入ってくるなっていう。
全部で6個に、5は全部で6個になって、
今までの2と3の間にね、
入ってくるなって、AIがね、入ってくるなと思って。
これはね、結構ね、人のその考えごとに対して、
かたく言うとね、人の思考の方法に関してね、
思考形態に関して、結構ね、
大きな変化なんじゃないかなって思うんですよ。
なぜかというと、
今までね、言葉に出しておきたいなっていうときに、
文字で書いたりとか、
スマホとかにね、メモで入力するのは、
慣れてる人はそんなに手間じゃないかもしれないけど、
慣れてない人はね、結構めんどくさいし、
それだったら人にしゃべっちゃえばっていう人もね、
多かったと思うんですけど、
でもその、しゃべるにしろ、書くにしろ、
やっぱりね、AIってね、めっちゃ気軽なんですよね。
なぜかというと、
まあ、批判されないし、
その入力の仕方もね、
まあいろいろ簡単だし、
その前にだから、気軽とは何かっていうね、
話を簡単にちょっとだけしてみると、
さっき僕が言った序列で、
上に行くほど何が変わるのかっていうと、
あんまりその気軽じゃなくなってくるっていうのは、
まあね、緊張感があるみたいのは何かっていうと、
多分ちょっと批判されたりとか、
それはその意見は違うよって言われたりとか、
もしくはね、SNSとかで炎上とか可能性もありますけど、
だから、炎上もね、批判のでかい形だと捉えてみると、
自分の思ったこと、考えたことが、
その他者に否定されるっていうのが、
そんなん誰でも嫌ですから、
それを避けるためにあまりアウトプットしないっていうね、
現象が基本的には起きていると思うんですよ。
メモとか日記だったら別に誰にも見られないから、
気軽にできて、
気のおけない人と喋るのでも、
批判基本的にはそんなにされないと、
だから気軽っていうのはあるんですけど、
さっき言ったようにその前にAIが入ってくることによって、
何が起こるかっていうと、
もっと気軽だね、
もっと批判されない話し相手みたいなのがそこに誕生したっていうね、
しかもめっちゃ優秀で、
整理がめちゃくちゃ上手で、
24時間いつでも回答してくれるっていうね、
最強の会話パートナーみたいなのがね、
ここに爆誕したわけですよね。
大げさに言うとちょっと革命だなって思ったんですよ。
今ね、まだ日本の人たちはAIをそんなに活用していない人が多いって言うけど、
これね、割合は少ないけれど、
どのくらい言ってたかな、日本でちゃんとAIを使ってる人たぶん、
1割もいないみたいな話をどっかで聞いたことありますけど、
僕の肌感覚でもね、そんな感じなのかなって思うけど、
でも使ってる人はね、めっちゃ使ってるなっていうのはね、
Xとか見ててもね、思いますよね。
僕もそれなりに使っている方だと思いますけど、
でもまあね、MOSAどもに比べたらですね、
全然ライトな使い方ですけど、
ここまでAIと壁打ちというか会話みたいなことをすることによって、
アウトプットの気軽さが極端に下がったっていう話、
何年後かは分からないけど、
例えばね、僕の親世代みたいなね、おじいちゃんおばあちゃんとかね、
本当に7,80歳の人までがAIと会話してね、
それでなんか楽しむというか寂しさを紛らわすみたいな、
そういうことも起きてくるなと思って、
別にそれがね、いいとか悪いとか僕はここで言いたいわけではないんですけど、
まあでもね、いいとか悪いとか言いたいわけではないんだけど、
でも僕は正確的にですけど、
そこにマイナスの面を探してしまうんですよね。
マイナスの面というか、ネガティブな側面をね、
AIはすごく便利だけど、
気軽なアウトプットの相手として、
AIが生まれて、
AIがそこにいて、
アウトプットの量は増えたりすることのネガティブな面は何か考えたんですよ。
いろいろあると思うんだけど、
一つね、やっぱ思うのが、
考えが深まらないっていうのはね、あるなと思ったんですよ。
考えてみるとちょっと不思議な話で、
アウトプットの量は増えて、
自分の思ったことを何でもその言葉にしてぶつけることはできるんだけど、
でもそれによってね、
考えが深まらないっていう現象が起きているなと思って、
だったらね、考えを深めるためには逆に何をすればいいんだろうって、
アウトプットすればするほどね、
考えが深まるんじゃないのかなって、
僕はなんとなく思っていたんですけど、
どうやらそうじゃないらしいぞと、
最近そんなことを思っているんですよ。
で、いきなりその結論というか、
僕が考えた末で、
いったん出た結論を言ってしまうと、
思考をね、深める、
考えが深まるのはね、
何かっていうと、
非効率さだと思ったんですよ。
非効率、効率的じゃないこと。
深い思考は非効率の中から生まれる
じゃあなんで、
非効率な状況に人は置かれると、
考えが深まるのかっていうと、
うまく説明できないんですけど、
人はね、なんかその、
ストレスのある、ストレスというか摩擦のある状態の方が、
一生懸命ね、考えるっていうね、
多分そういうことなんじゃないかなと思ったんです。
AIのね、その答えっていうのは、
摩擦がほぼないわけですよ。
すごい整頓されてね、
自分がどんなにバラバラ喋っても、
まとまらない話をしても、
それをちゃんとまとめて、完璧にまとめて、
完成品としてね、
完成品っていうのはちょっと違うかもしれないけど、
まとめてきれいな形で、
一瞬でね、それを返してくれるわけですけど、
そのね、
コミュニケーションというか、
対話みたいのをしていると、
人は多分ほとんど、
摩擦を感じなくなってしまうわけですよね。
なんか思ったのあって、
ちょっとまとまらないから、
AIに投げちゃおって言って、
バッて投げると、
それが返ってきて、
それによってね、
そこからもう一回質問とか、
さらに掘り下げるね、
言葉が自分の中に出てくることもあって、
それで対話みたいのは生まれるんですけど、
それをやっている自分の中で、
思考がね、深まっているなっていう感じはね、
全然ないんですよね。
深まっているというかは、
どんどん整頓されていくっていう、
散らばっているのがどんどんね、
然るべき場所に収まっていくっていう感じで、
広がり、
まあ広がりは多少あるかもしれないけど、
深まっている感じはね、
全くないって2回言いましたけど、
まあそういうことを思ったわけですよ。
それでだから深めるためには何が必要かというと、
摩擦がね、ないとダメなんだと。
そこで1個ね、
思い出したことっていうか、
つい最近人と喋って出てきたことをね、
思い出して、
チャーチスクールっていうね、
教会の学校の先生だったんですけど、
その人とちょっと話す機会があって、
うちね、すぐ近所に教会があって、
僕は別にクリスチャンではないんですけど、
たまに日曜日とか出ててね、
みんなで一緒にご飯食べたりする会があったりとか、
子供がね、いっぱい集まるんで、
うちの子が毎週ね、
ほぼ遊びに行っている状態なんですけど、
それに付き合う形で行ったりするんですけど、
そこに、
チャーチスクールっていう、
山口県から来てたんですよ。
高知と山口ってね、
地図で見ると近いみたいですけど、
車で6時間かかったって言ってましたね。
たまたまね、
ご飯食べてる時に正面にいたから
いろいろ話をしたんですが、
その人が言ってたのは、
最近の子供はね、
仲直りがね、下手だって言ってたんですよ。
仲直りができないって言ってたかな。
学校の子供、
同級生とか子供同士で、
喧嘩ってするじゃないですか。
僕らの時もね、
普通に喧嘩してましたし、
今の子供も変わらずに喧嘩するわけですけど、
その先生からすると、
今の子供たちは、
喧嘩した後に、
仲直りができないんだっていう話をしてたんですよ。
僕はそんなに子供のことをね、
自分の子供ぐらいしか、
周辺しか知らないけど、
でもなんとなくね、
その感覚は分かったというか、
確かにそういうのありそうだなって思ったんですよ。
で、それはなんでなんだろう。
話がちょっと広がったんですよ。
なんでだと思いますか。
これ結局ね、結論みたいなのは出なかったんだけど、
大人がね、そこにいて、
口うるさく言ったりとか、
あれやれこれやれっていうね、
その窮屈さみたいなのは、
昔より比べて、
今の子供たちの方が感じているのは分かるけど、
でもそれがね、
子供同士の喧嘩の仲直りができないことにね、
どう繋がるのかなっていうのが、
僕にはちょっとよく分からなくて、
その話が終わって、
1日か2日して、
ふと思ったことなんですけど、
やっぱりその摩擦が少なくなっているから、
あんまりその、
踏ん張りというか、
自分で解決するってことができなくなっているんじゃないかなっていうのを、
仮説としてね、
思ったんですよ。
だから今の子供たちが、
みんながみんな仲直りができないってわけじゃなくて、
自分でなんか、
喧嘩してなんか、
口も聞かなくなって、
その後でなんとなくね、
いろんなきっかけがあって、
元の、
状況に戻ってくっていうのが、
仲直りだと思うんですけど、
割とできる子供と、
割とできない子供と、
あるいはね、
全然できない子供っていうのが、
いるとしたら、
その割合がだから、
できない方に今増えているってね。
今の時代の子供でも、
仲直りできる子供っていうのは、
多分いると思うんですけど、
でね、
完璧に想像で言ってますけど、
それがどんな子供かっていうと、
多分やっぱね、兄弟がいる子とか、
兄弟が多い子っていうのは、
喧嘩の数も多いし、
それだけ仲直りの数もね、
多いと思うから、
経験というか馬鹿ずの差でもあるんだけど、
あとはそのね、
コミュニケーションの摩擦みたいな、
動画見たりとか、
ゲームやったりっていうのは、
友達とアナログで遊ぶとかね、
なんか話したりね、
公園で遊んだりするとかに比べると、
やっぱり摩擦は少ないから、
泥臭いコミュニケーションみたいなのはだから、
明らかに、
僕らの頃に比べても、
さらに昔に比べても、
数は減っているから、
そのせいなんじゃないかなと思った。
そのコミュニケーションが、
減ったみたいなのが、
摩擦がなくなったっていうのが、
その前の話のAIのね、
アウトプットが気軽になったっていうのと、
繋がってくるなって思ったんですよ。
AIに向かって、
自分の考え事をボンボン出せるようになると、
自分の話をね、
まとめる能力というか、
思ったことをパッと言語化する力は
つくかもしれないけど、
それ以上に深くは、
ならない。
する方法はあるかもしれないけど、
気軽さだけでは思考は深まらない。
整理されたり、広がったりはするけど、
深くならないっていうのと、
遊び方とかね、
環境が変わった子供たちが、
喧嘩した相手と仲直りするのが、
あんまりうまくいかないっていうのはね、
構造が同じだなっていう、
摩擦とか、
ストレスに、
耐性がなくなって、
自分で踏み込んでいったりとか、
ガチャガチャやって、
試行錯誤して、
それを組み立てていくみたいなね、
爆発が減っていくと、
それができなくなって、
僕の中でそのね、
ガチャガチャやって、
なんとかしていくっていうのは、
僕の中での
思考力だなって思ったんですよ。
深い思考ってね、
非効率の中から生まれるっていう話なんですけど、
ガチャガチャやっているのがね、
多分大事なんですよね。
その中でね、
人はいろんなことを考えて、
余計なこともいっぱいあるし、
無駄なこともたくさんあるんですけど、
そういう無駄とか余計なものとかね、
摩擦とかがないと、
掘り下げることはできないんだっていうことを、
そんなことを思いましたという、
話でした。
まとめと今後の展望
なんか久々ぶりに喋ったら、
口が乾いてきたので、
水を飲まずに、
もうここで終わりにしようと思います。
はい、じゃあ、
終わりにします。
ありがとうございました。
良い一日をお過ごしください。
さようなら。
24:53

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