自己分析:水平思考のプレイヤー
こんにちは、いわみです。 3月22日の日曜日。
今、朝の8時ぐらいなんですけど、珍しくというか、朝、収録をしています。
寝起きではないんですけど、なんかヘッドホンから聞こえる自分の声はかなり眠そうに聞こえますが、
起きて、頭働いているんですが、そもそもなんでこんな収録をしようかって思ったかというと、
いろいろ考えているうちに、ふと言語化しておきたいことが出てきて、
本当はそれをメモにしようと思ったんだけど、ちょっとまとまりきれなかったので、
話してみようかなと思って、久しぶりに音声配信をね。
これね、ちょっと久しぶりだからセッティングとかに手間取って、その間にさっきのみずみずシーンでそのアイディアがちょっと失われてしまった気がするんですけど、
えーっとね、順番に誰だと喋ってみます。
まず、自分が昔ね、5年ぐらい前に書いたメモをね、ちょっと見つけたんですよ。
日付はね、2021年の12月になってたから、ほぼ5年前。
何を書いてあったかっていうと、そのまま読み上げるのはちょっと恥ずかしすぎるので、なんかちょっとぼやかして言うとね、
まあ割となんかこう難しいことというか、自分のね、そのタイプの分析について多分ね、これは書こうと思ったんだと思うんですよ。
端的に言うと、自分はね、水平方向に考えるプレイヤーだっていうことをね、自分自己分析していたんですよ。
垂直と水平ってね、捉えた時に、まあよくそのレイヤーの移動とかね、言うと思うんですが、
物事を考えたりとか、さらにそこからね、なんか自分で仕事をしたりとか作業をしたりする時に、
どんな特性を持っているかっていうことで、まあそこでね、僕はその水平と垂直、横の展開か縦の展開、どっちのタイプかっていうことを自分で考えた時に、
自分は明らかにね、横方向の、水平方向のプレイヤーだなって思ったんですよ。
具体的に何かと言うと、基本的にやっていることはね、同じっていうことですね。
やっていることは同じで、その細部をね、毎回変えているって、この言い方が僕にとっては一番わかりやすいというか、そのね、端的に表しているんですけど、
僕のことを知らない人にこれを説明するのは、これだけだと足りないと思うんで、
例えばの例を出してみますけど、毎日カレーを作っている人なんですよ。
例えるならってことですけど、別に本当に毎日カレーを食べてたらね、死んじゃいますから、そんなことはしないんだけど、カレーを毎日作って、
よそから見ると僕はね、毎日同じことをやっている人に見えるんですよ。
確かにそういう観点はあるんだけど、僕の中でそうではなくて、やっていることはカレーを作っているんだけど、頭の中で考えていることは、毎回違うことを考えているんですよ。
今日はちょっとここをね、なんだろう、野菜の切り方を変えてみたりなのか、煮込む時間を変えてみたりなのか、材料を変えてみたりとかね、いろんなことをやってて、
同じことをやっているように見えるかもしれないけど、逆にね、僕はね、自分のこと、同じことをやるのは苦手な人間だとね、自己理解をしているんですよ。
僕は同じことを2回やるのがすごく苦痛に感じるんで、でも面白いのは、よそから見ると僕はずっと同じことをやっている人間に多分見えるんですよね。
カレーは例えだけど、例えばなんだろうな、最近はね、僕は趣味でギターを弾くんですけど、同じ曲をね、多分1年ぐらいで弾いたりします。もっと弾くかな。
で、今ね、その、夕食後にリビングで弾くんで、多分妻と子供はもうね、聞こえてるから、聞こえてるんだけど、1年前とね、今の演奏を聞き比べたら、そんなに上達しているようには多分見えないと思うんですよ。聞こえないと思うんですよ。
でもやってる本人からすると、まるで違うことをやっているみたいなね、感覚があって、僕ね、昔はね、このギターに関してはこれができなかったんですよ。ギターの演奏に関しては。
違う曲をどんどんね、弾いたりとか、新しい曲をどんどん覚えていくのが楽しかったんだけど、ついね、多分ね、2、3年の時にね、ちょっと問わることがあって、同じ曲をずっとやり続けるってことがね、すごい楽しいなって思う瞬間があって、それ以来、僕はそれを続けているんですけど、
同じ曲をずっとね、弾き続ける、歌い続けるみたいなことをすると、何が起こるのかっていうと、まずね、自転車に乗るみたいにその細部のね、一番重要なところがオートパイロットでできるようになるんですよ。
慣れない曲の時はコードとか抑えたりとか、ちゃんと弾いたりっていうことを念頭に置いてやるんだけど、それずっとやっていると、その部分はね、別にあまり考えなくても、調子悪いとはミスったりね、今でもそんなに上手ではないのでミスったりはするんですけど、
土台の部分はあまり考えなくてできるようになって、で、頭の中で何を考えているのかっていうと、それ以外の部分をね、考えてここはこうかなどうかなって、試しながらね、同じ曲を弾いていたりするんですよ。
たぶん録音して聞くとね、いや、録音して聞いてもたぶんね、違いはわからないかもしれないけど、同じことを同じような動作で弾いても、やっている本人からすると違く思えるってね、僕はそういうタイプなんだっていう話をまずしたかったんですね。
で、これが自己認識なんですけど、その時の5年前のメモでは僕はそうやって自己認識してて、それはね、すごく正しいし、今でも変わってないんだけど、で、同時にその時のメモで言っているのは、このままじゃダメだよなっていうことをね、僕は言いたかったと思うんですよ。
つまりフリーランスやってたりとか、何か一つのね、個人事業として仕事をね、受注してなのか自分で作っているのか、お金を稼ぐときに、水平方向、同じことをずっとやっているのは限界があるな、たぶんこの時点ですでに限界があったんでしょうね。
僕5年前って多分フリーランス成り立ての頃だと思うんですけど、たぶんそうですね、フリーランスじゃない、まだ会社員やってるときですね。その時に僕はそれをすでに気づいていたんだっていうのが、まずね、一つの驚きというか発見だったんですよね。
こんなに早くから問題意識持ってたんだなって思うんですけど、すっかりそんなこと書いたことを忘れていて、5年経過してるわけですけど、もう2026年の今、3月ですから。
メモをもう一回紹介してみると、アドリブと整合性みたいなことが書いてあったんですよ。自分で書いたんですけど、アドリブと整合性っていうのはどういうことかっていうと、アドリブってね、音楽で言うとわかりやすいですけど、インプロバイゼーションってね、その場の感覚で音楽、メロディというか旋律を作り出すというか、
アドリブで弾くって言いますけど、でね、このアドリブで弾くっていうのは、さっきの話で出た同じことを繰り返すってことはね、まさにこれなんですよね。
僕音楽やってる時も、アドリブ演奏って好きだったんですけど、聴くほうもね、ジャズとか、レッチリとかね、ジョン・フルシャンテとかフリーとかね、それは本当にもうアドリブの塊みたいなことね、でっかいスタジアムとかライブでやって、僕はその映像に魅了されている20代を送ってきた人間なんですけど、
それってね、アドリブっていうのは基本的にはその同じことの繰り返しの中でその細部のところを変えているっていう。だから音楽のことに全く興味がない人が、アドリブの演奏を聴いたら、同じことをやってるって多分思うんですよね。
ジャズだったらジャズで、同じような音色と同じようなメロディーで同じことをずっとやってるっていう。よっぽどね、その音色とかそのリズムとかを変えない限り、違う音楽をやってるっていうのは大抵の人には気づかれないんだけど、でもそのやってる本人とか、音楽のことを深く理解している人だと、「あ、そこでそうきたか。」とか、「あ、そこでそんな展開に進むんだ。」っていうのは驚きがあって、
これはすごい興奮するんですよ。僕はまたもしかしたらその音楽を好きだったことが影響してるのかもしれないけど、同じことの繰り返しの中でアドリブを重ねていって、そこで変化していくっていうところに、そこに喜びを感じる人間なんです。
スタート地点に戻ってきましたけど、それで次の段階として、それはその仕事として何かをするにはそれだけじゃダメなんだっていうことがまず一つの課題意識です。
それで考えるというのは壁打ちとして、5年前にはなかったAIが今ありますから、いろいろ投げてみたんですよ。
今喋ったことの半分ぐらいAIと壁打ちしている中で気づいたことではあるんですけど、気づいたことの一つとして、僕はどっちかというと自分が水平方向で動いているとはあんまり思ってなかったんですよね。
5年前にはメモでそうやって水平方向って自分のことを書いているんですけど、でも何となく頭の中では自分は結構同じことを掘り下げているみたいな、そういうイメージがあったんですよ。
水平思考の限界とアドリブの考察
これ言葉の感覚なんですけど、掘り下げているって何となく垂直方向にどんどん行っているように聞こえるじゃないですか。
言葉からイメージする絵はモグラみたいに下に掘っていくみたいな感じがしますから垂直を表す言葉なのかなって思いそうになるんだけど、
でもその掘り下げるっていうのはこの概念の中で言うとこの考え方で言うと水平方向なんですよね。
ちょっとややこしいけど言っていること伝わりますかね。
僕は掘り下げるタイプではあるんだけど、でもその思考のレイヤー的には垂直じゃなくて水平方向の思考を持った人間なんだっていうことですよね。
でもそれじゃあ垂直方向ってのは何なんだっていうことになりますよね。
掘り下げるのが垂直じゃなくて水平なんだったら、本当の垂直っていうのは何が当てはまるんだっていう疑問が自然に生まれるわけですけど、
ここで出てくるのがレイヤーを変えるっていうことだと思うんですよ。
華麗とか音楽でうまい例えが思いつかないんですけど、
例えば自分がずっと同じことをして気づいたことを他の人に伝えるとかね。
1年間ずっと華麗を作ってきた人がそこで気づいたことみたいのをまとめて他人に伝えるみたいなね。
これ多分垂直の動きなんですよね。
なぜこれが垂直なのかというと今までやっているのは自分の中で完結していたものを他の人に理解できる形に置き換えるっていうね。
対象が誰なのかっていうことがその水平と垂直に関係していると、
水平ってのはその同じことを繰り返して自分の中で理解を深めていく。
でも深めていくんだけど、全体的なあれとしては垂直じゃなくて水平なんですね。何回も言ってますけど。
僕はその自分の動きとして、人生の展開として水平だけだとダメだから、
次のレイヤー、垂直方向に進みたいなとずっと思っていたんだけど、それには何をしたらいいのかっていうのは、
他人に伝えることなんですよね。
他人が理解できる形に自分のやってきたことを置き換えることっていうことになるわけですよ。
偶然なのか当たり前なのかわかりませんけど、今それをね、やろうとしているんですよ。
具体的なところはまだうまく言えないし、固まってからいろんなところで発信していこうと思っているんですけど、
でもこのメモを見つける前から、自分の中で自分のタイプを改めて理解する前から、
僕はそれをやろうとしていた。
プレイヤーだけじゃダメだから、他人に伝える、広めていくっていうのはちょっと違うんですよね。
誰か一人でもいいから、自分じゃない人に向かって分かる形にそれを自分の考えを置き換えていくっていうことですね。
これね、自分の考えですらないんですよね。
ちょっとでもその辺を考えていくとどちらかあるんで、
一回ね、自分が考えていることを他の人が理解できる形に置き換えるっていうことを僕はやろうとしていると。
プレイヤーって言いましたけど、僕はまずプレイヤーなわけですけど、
プレイヤーのその次のレイヤーって考えると、一般的に言うとマネージャーとかになるじゃないですか。
管理する人ね、プレイヤーを束ねて管理する人。
明確に僕がなりたいのはそれじゃないんですよね。
マネージャーにはなれないし、なりたくないし、適正がないと思っているんですよ。
もう一つの動き方があると思うんですよ。
プレイヤーはプレイヤーなんだけど、個人の中で完結するプレイヤーじゃなくて、他人を巻き込んでというか、他人に伝えるための媒体というかね、伝える役割。
言ってと思いましたけどね、それが基本的なフリーランスのあり方だなっていうことをね、思いますよね。
考えようによって、僕は5年ぐらい経ってようやく個人事業主、フリーランスのスタート地点に立つことができたということもできるかもしれませんけど、
そういうことですね。
全然話がまとまっていない気がするんですけど、自分の中で思っていることをバラバラと喋ってみました。
喋るとやっぱりね、頭がまとまるし、なんとなく見えてきたので、もう少し時間を置いてから、今喋ったこともノートに書いてみたいと思います。
はい、じゃあ終わりにします。ありがとうございました。良い一日を過ごしてください。さようなら。