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こんにちは、いわみです。1月8日の月曜日、いかがお過ごしでしょうか。
今日は、あれですね、月曜日だけど、祝日。成人の日ですね。
僕は見てないけど、昨日、僕らの街でも、振袖を着た人がいたって家族が言ってました。
もう成人式って随分前です。もうすっかり覚えてないですけど。
僕の仲のいい友達で、成人式にパーカーを着てきた伊沢くんがいたなと思って、懐かしく思い出してますが、そんな話はいいとして。
音声配信、すごく久しぶりになると思うんですけど、たぶん1週間ぶりぐらいかな。
確か年内最終が12月30日ぐらいに配信した記憶があるので、1週間ぶりぐらいですけど。
こうやってブランクが開いたときは、僕のジンクスとして、ブランク開けの放送はなるべく適当にやるというジンクスがあります。
これは立ち上がりに無理をすると後が続かないという意味なんですけど。
だからなるべく軽い話題を話したいんですけど、僕ね、自分の持ち手の中にあまり軽い話題っていうのはないんですよね。
別に休み中に何をしたとかでもいいんですけど、聞いてる方も多分あんまり面白くないし、
喋ってるこっちも全然乗らないというか、僕そういうこと喋るのがあんまり好きじゃないらしいんですね、自分で思うに。
そこから何かね、抽象的に浮かび上がらせられるものがあると何かガゼンやる気になるんですけど、
ただ別にね、どこに行って何を食べたみたいな話をしても、特にあれですね、燃えないっていうか楽しくないんですよね。
こういう気持ちがわかる方がいるのかどうかわかりませんが、それで信念だからというわけではないですけど、
そういう全体の方向性みたいなことでちょっと思ってることがあったので、それについて話してみます。
まずこれ結論みたいなものを一言で言うとですね、大きな方向性みたいなものを持つことはとっても大事だという、
言葉にするとすごいバカみたいな話なんですけど、言いたいのはこういうことなんですよね。
それでそれをどうやって説明するかというか、どうやって開いていくかみたいなことになるんですけど、
この話をするのにちょっと遠回りだけどわかりやすい例みたいなのがあって、
それが働き有りのことなんですけど、この話前にもどこかでしたような記憶がありますけど、もう一度してみますと、
働き有りっていますよね、普通のアリですね、道端というか土とかにいるアリですけど、
アリって甘いものとかエサを見つけるとすごい行列になってエサを普通に持ち帰るじゃないですか。
そういうのを見たことある方はたくさんいると思うんですけど、それで僕は何を言いたいのかというと、
誰がどうやって見つけてエサを見つけるのは、遊んでいるように見えているアリが見つけているという話を何かの本で読んで、
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たぶんこれはの結果というか間違った情報じゃないと思うんですけど、割とちゃんとした本で読んだ記憶があるので、
僕らの子供の頃の認識だと、遊んでいるアリと働いているアリが8人ぐらいの割合でいるみたいな話を聞いたことがあって、
今でもそれは定説なのかもしれないけど、僕が読んだのは、遊んでいるように見えているアリも実は役割を果たしているという話だったんですね。
どんな役割かというと、適当にブラブラ遊んでいって、エサになりそうなものを見つけるという。
見つけたらフェロモンか何かで仲間に知らせるというですね。
それがどんどん知らせられたアリがどんどん周りにも広めていって、そこから行列ができてエサが巣に運び込まれるというですね。
そういう群れの全体の流れのですね、末端みたいなところに遊んでいるように見える、ブラブラしているアリがいるということですね。
これが全体の方向性とどう結びつくのかという話ですけど、
アリの群れ全体を一人の人間の思考みたいなふうに考えたときに、
遊んでいるように見えている、ブラブラしているアリが大事というのは、人の思考に置き換えてみると、別に無目的にやることも大事だよということになると思うんですね。
それだけじゃダメで、何かエサになるような役に立ちそうなものを見つけたときに、
一気に列を作って、巣に運び込むという行動になるためには、何が必要かというと、アリの場合は無意識の統一ができているわけですよね。
種全体のDNAみたいなものに命令みたいなのが刻み込まれていると思うんですけど、
それを人の思考として置き換えてみたときに、それが何に置き換えられるかというと、僕はやっぱり目的だと思うんですよね。
アリでいうと、栄養になりそうな物、物質を見つけたら、みんなに知らせて、それを巣に持ち帰って、
女王アリに食べさせるなり、卵を産むアリに食べさせたりという、そういう全体のビジョンがあるわけですよね。
株式会社アリなのかわからないですけど、全員が共有しているビジョンがあると、遊んでいる人が無駄にならない。
何回も言いますけど、それを人の思考に置き換えてみると、遊びが無駄にならないためには、
奥の奥にある全体を統合するビジョンみたいなものがないと、それが発揮できないということになると思うんですね。
人間も遊びを大事にするためにビジョンを持つという、これは順番が逆なのかもしれませんけど、
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明確なビジョンを持っておくと、普段無駄に思えるようなことが無駄にならないということですね。
これはコネクティングドッツとかも割と同じようなことを言っているのかなと。
これは知らない人のために説明しますと、アップルを作ったスティーブ・ジョブスが残した有名な言葉ですけど、点をつなぐという。
スティーブ・ジョブスの場合は、昔カリギュラフィーというきれいなフォントを書く授業を大学のときに趣味で受けていたのが、
それがiPhoneを作るときにめちゃめちゃ役に立ったという。
これが何を言いたいのかというと、昔やった無駄なことが後になって点と点がつながれるように役に立つことになるということですけど。
これ役に立ったのは、iPhoneを作るとかiPadなのかiPodなのか分からないですけど、
それを作るという大きな目標があって、その中のパーツとして今までやってきたことがうまくはまったということですよね。
何の話をしていたのかというと、人も大きなビジョンがあると、今までやっていた無駄に思えたようなことも無駄にはならないということですよね。
これ最初から若いうちからビジョンを持つというのは結構難しいし、それができている人というのはほとんどいないと思うんですけど、
でもその年を取るにつれてだんだん自分のビジョンみたいなのができてくると、
昔楽しくてやってたけど辞めちゃったこと、無駄だったなってそのときは思ったけど、
実は20年とか30年経ってまた役に立つみたいなことは結構誰の人生にでもあると思うんですね。
僕の場合はギター弾いたりとか真剣に音楽やってて、それ辞めちゃって何十年も無駄になったなって思ったけど、
でも今になって思ってみるとそのときに得たものは演奏の技術とか音楽の知識だけじゃなくて、
その考え方とかそういう物音の進め方、コンテンツの作り方みたいにも結構役に立っているなって思うことはあるんで、
でもそれが無駄になってない状態になったのは何かその大きな方向性みたいなのがあったからですよね。
あんまりその場合は大きな方向性っていうのとはちょっと違うかもしれないですね。
やりたいことが、やるべきことがあってその中のパーツとしてはまったっていうことですね。
その仕事の進め方とか、それで大きなビジョンを持つにはどうしたらいいのかって結構そこを難しいところだと思うんですよ。
やっぱり明確にするっていうのはやっぱり言語化だと思うんですよね、何にしても。
言葉にしてそれを繰り返し目にしたりとか自分で発信することでだんだん定まっていくっていう。
それが一言で言い表せるっていうのは相当考え抜いた後じゃないとそれが一言で言い表せないっていうことですよね。
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例えば僕の中のキーワードに自発性っていうのがあるんですけど、それは自分で考えて自分主体でやるっていうことですけど。
これ自発性もですね、いろんな範囲があってこの話も前にした記憶がありますけど、
今までだったら例えば独身時代の自発性っていうのは普通に自分だけのことですけど、
家族を持ってこうやってやっていくと自分っていう目的の中に普通に家族とか入ってきますよね。
僕にとって妻と子供っていうのはもう他人は他人だけど目的の中にはやっぱり入ってるわけですよ。
これを抜きにして考えることができないっていうのはあるんで、そうなると自発性の範囲みたいなのが変わっていくんですよね。
自発性の範囲、自発性というか自分っていうその範囲ですね。
その中に自発性っていうのがあって、でも家族ありきで自発性っていうのをやってるとそれがたまに身勝手的な行動になってしまったりとか。
それはですね、今までの自発っていうその自分という範囲とだんだんその自分の範囲が変わってくるときの自発性っていうのはですね、
同じことをやっていてもテリトリーにいる人間が変わると意味が変わってくるっていうですね、なんかどんどん話がややこしくなっていくのでね。
僕が一番最初この話をするときに初っ端というか休み明けはなるべく適当な話をするって言ったのに、
結構最初からフリで飛ばしてしまいましたけど、そういうこともあるかなっていう感じで。
多分10分ぐらい喋ったと思うんですけど、自分の中のタイマーみたいのがあって、こうやって頭を働かせながら喋っていると、
こんぐらいだなっていうのはね、何となくその内容というよりも時間というか、消耗的な体力の消耗みたいなのが何となくわかるようになって、
僕はそこでズバッと切ってしまうところがあるんですけど、だからね、今喋りながら思ったことは、
この音声のコンテンツももう少しその目的みたいなのを持たせておくとボリュームを上げることが、ボリュームを膨らませることができるかなって思ったり、
今僕は大体10分のコンテンツ、長くても20分とかやりますけど、それは編集してね、切っていくと内容的には大体10分ぐらいのもので、
それも文字に直すと結構ね、3000文字とかそれぐらいに収まるようなことをね、大体喋っているわけですけど、
それだと一つのエッセイというか、一つの記事ね、ブログ記事みたいなものですけど、それをいくつか組み合わせて、
20分とか30分とか1時間ぐらいのコンテンツを作るっていうのは、それは長編を作るみたいなことってちょっと近いと思うんですけど、
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全体の構造をやってその中のパーツとして喋るみたいなですね、それを音声でやってみるっていうのもちょっと今年以降挑戦してみたいことかなと、
いつやるかね、結構準備とか要りそうなんで大変なことかもしれませんが、はい、そんなことを思いました。
明日からね、たぶん平日になると思うんですけど、学校もね始まって、僕も日常の生活が始まるんで、そろそろ仕事モードに切り替えていかなきゃっていうか、
いや仕事はしてたんですけど、先週ぐらいにちょっと旅行に行ったんで、その時に仕事が2日ぐらい全くやらない日があったんですよね。
やっぱり2日もやらない日があるとですね、ちょっとボケてくるっていうか、やっぱりエンジンは回し続けとかないとですね、1回止めると立ち上げるのが大変だなと思っていたりします。
はい、それでは終わりにします。最後まで聞いていただきありがとうございました。
今年もよろしくお願いします。良い1年になりますように。さようなら。