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メタ音声配信ラジオ、今日もよろしくお願いします。こんにちは、いわみです。 いつもこの収録を僕はだいたい
昼休みに、車の中から
収録してるんですが、いつも車を止めてる向こうの道路を挟んだ向こうにですね、なんか会社がありまして
ちょうど昼休みの時間にですね、筋トレをしている人たちがいるんですよ。
ランビロイを持ってですね、ウンウンってやってる人がいるんで、もしかしたらその声がですね、トークに入るかもしれませんが、あまり
お気になさらずにというか、ご了承ください。それで今日話してみたいことはですね、
フォロワーに向けて話すと、コンテンツがつまらなくなる理由という、そんな話をしてみたいと思います。
僕これ同じような話題というかですね、このテーマを自分の覚えている限りでも過去に2回話したことがあって、
だいたい同じようなタイトルをつけてるんですが、でも喋り足りないというか、これに関してはですね、いくらでも話すことがあると思っているので、今日もですね、
まあ多分パート3みたいな感じで、ターミネーター3みたいな感じでお送りしたいと思います。
反応の良かったものをもう1回擦るとだいたい失敗するっていう、そういうことを僕はですね、1年間以上無線配信ほぼ毎日やって
気づいたというか身に染みてわかったんですよね。 だからまあ最近はそういう同じ鉄を踏まないようにしてるんですけど、初期の頃はよくやってたんですよね、それを。
なんかふとした喋りが思いの外反応が良くて、そういうかこういうものをですね、ここのユーザーたちはラジオトークとかスタンドAFのユーザーはこういう話を求めてるんだと思ってですね、
それの続編みたいなことをやると物の見事にこけるという、そういう苦い思い出がありまして、それを何度か繰り返してですね、僕はようやく学んだわけですよ。
フォロワーに向かって喋ると、失敗すると、言い換えるところは一度受けたものを受けたからといってもう一回繰り返すと大抵はつまらなくなる。
言ってみれば二番煎じっていうことだと思うんですけど、なぜそれが二番煎じがつまらなくなるのかっていうことをですね、いまいち言語ができてなかったなと思って、
今日はそれについてもうちょっと深く考えてみたので、それについて話してみたいと思います。
僕が思うのはですね、一回受けたコンテンツの何が受けたかっていうことを自分では理解できないからっていうことだと思っているんですね。
つまりそれはどういうことかというと、例えば僕の場合だと何ヶ月か前に苦し紛れにですね、
ふとその時思った、自己承認欲求が透けて見える配信は聞く気になれないという配信をしたことがあって、
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その時の自分の体調とかはあんまり良くなかったし、何か話さなきゃと思ってとりあえず出したぐらいのコンテンツだったんですけど、
自分のほかそれの再生数とか伸びていて、再生数が伸びた理由を自分で分析してみると、同じようなことを思っている人がたくさんいたっていうのもあるだろうし、
何かそういう軽い悪口みたいなものが好きな人が多いのかとか、いろんな分析はできるんですけど、
でもその分析だけでじゃあ似たようなものを量産してやろうと思ってですね、
コンテンツを作るとそれはうまくいかないっていうのはよくわかっていまして、
それは言ってみると、最初に出た、ふと出た言葉にはですね、自分では気づかない面白みがあったってことだと思うんですよね。
それはだから言語以外の、何かもっと言語にならないものに多分リスナーというか聞いてくださった方は共感をしてくれたんだと僕は思っています。
メラビアンの法則というのを聞いたことがある方はいらっしゃいますでしょうか。
これが何かというと、人の印象というのはですね、印象における割合というのは言語化の情報は驚くほど少ないっていう、そういう調査結果なんですよね。
1970年頃の学者の人が行った実験に基づくらしいんですけど、
それによると人の印象に影響を与えるのは視覚情報、目から与える情報が55%、聴覚情報、耳からが38%で、言語の情報というのはたった7%しかないという、そういう結論、結果が出たという実験があります。
音声配信の場合は視覚情報がほぼないわけですから、ほとんど聴覚情報と言語情報になるわけですけど、それにしてもテキスト的な内容というのは多分10%、15%ぐらいなもので、残りは全て非言語情報、つまり声の場合だと声の大きさとか抑揚とか声質とかそういうものが大きく影響していると。
ちなみに視覚情報の中には見た目とか様子とか表情とか視線みたいなのが含まれるみたいです。この場合は音声なのでそれは省きますが、苦し紛れに出したコンテンツが思いのほか受けることがあるのは、この非言語情報に何か含まれるものが多かったからなんじゃないかと僕は思っていまして、
それってのは自分で意識できないことがほとんどだし、それをもう一回繰り返そうと思ってもほとんどできないことが多いんじゃないかと思います。
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つまり聴覚的な非言語情報の中には、その頭の中で必死に考えていることとか、今の思いを乗っけている感情とかそういうものが聞いている人に響いたわけで、それってのはよっぽど訓練した役者とかじゃない限り再現はできないと思うんですよね。
それを勘違いしてテキスト的な情報でこの話は受けたんだと思って、その同じ続編を作ってしまうと、それは驚くほどつまらないものになってしまうということですね。
僕はターミネーター2がすごく好きなんですけど、面白いですよね、ターミネーター2は。でもあれ続編がいくつまで出ているのかわからないですけど、たぶん4とか5とかまであった気がするんですけど、それはですね、もう本当に打速というか、とりあえず出したら受けるから作っておけみたいな、そういうノリだと思うんですけど。
ターミネーター2が面白いのは僕の想像ですけど、おそらくですね、最初の段階で1には収まらない思いというか、内容があったんだと思いますよね。それが2になって出せたと。
でもその後3、4と出すには新たにですね、なんかこじつけなきゃいけなかった部分があって、それは見ている人にとっては退屈なものになってしまうかもと。3が好きな人がもし聞いていたら申し訳ないので、これは僕の主観でということですけど。
この話、フォロワーに向けて話すとつまらなくなるというのは、僕は何回も話しているわけですけど、これは別に受けるから話しているわけじゃなくて、ただ僕が何度も何度も同じことを考えていて、別の視点が生まれてくるから喋っているわけですよね。
これが聞いている方にどういう影響、どういう印象を与えるのかわからないですけど、僕は喋りたいから喋っているわけで、こういうのはですね、僕の想像だとそれほど退屈にはならないんじゃないかと思って喋っています。
はい、という話でした。
今日はコメントはないのでそのまま終わりにしたいと思いますが、引き続きメタ音声配信ラジオではコメントを大募集しています。
質問でも構いませんし、配信に対する感想とか、自分の近況報告でもなんでも構いませんので、何かメッセージをいただけるとここで読み上げますので、お待ちしております。
はい、それでは12月ももう後半に突入しようとしていますが、お体に気をつけてお過ごしください。
最後まで聞いていただいてありがとうございました。
さよなら、また明日。
また明日かどうかはわかりませんけど、また。