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皆さん、こんにちは。Nature Healing Projectの森下マキです。
いつもお聞きいただきありがとうございます。
今回はね、タイトルの通り、ブログの朗読になります。
山内一豊の妻・見性院としての過去世から学んだこと
今、女性性カルマの解放の時というね、テーマのブログになります。
先日ね、高知省で収録した動画を、過去世に気づいた直後の、リアルな、ちょっと泣きながら撮ったものを公開したんですけれども、
その後、山内一豊のこととか見性院のことを調べて、さらに深い気づきにつながって、カルマの解放とかにもなったんですよね。
今回はそのあたりについてね、お話をしていきたいと思います。
では、読んでいきますね。
10月初旬に訪れた高知の旅で、私は思いもかけず、自分の過去世の一つが土佐藩初代藩主、山内一豊の妻・見性院、俗名は千代、であったことを思い出しました。
もともとこの旅は、高知の自然やおいしいものを楽しむ旅として計画していました。
特に旬の鰹のたたきを味わうことが一番の楽しみでした。
ところが旅の計画を立てているうちに、パートナーの正則さん共々も、どうやら高知城には行ったほうがいいと感じるようになっていました。
高知城で感じた自由と風の時代のエネルギー。
高知城は天守と本丸御殿が共に現存する全国で唯一のお城です。
かつては国宝にも指定されていて、法改正後の現在も本丸御殿など建造物の多くが重要文化財として大切に保存されています。
城内はどこも手入れが行き届いており、木々からも健やかな生命力が感じられました。
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御殿をくぐり石段を登って行くと、石垣や樹木の間から天守閣を望むことができます。
そこには同時に抜けるような青空と白い雲が視界に広がっていて、南国特有の空気感と相まって、風の時代の自由さや自由を求めるエネルギーを強く感じました。
この石段をかつての時代の天環記には、坂本龍馬や板垣大輔も登ったであろうことに思いを馳せると考え深いものがありました。
そして、井戸跡が見えてきた時、私の心臓がドキドキしてきたのです。
心臓の強い鼓動は、魂からの大切なお知らせ。
そう、私の魂はここが過去世で深い縁がある場所だと教えてきたのです。
過去世県松陰としての学び、高知城の大丸御殿や天守閣を見学後、石段を降りながら先ほどの場所で足を止めました。
すると、そこには和人世の妻県松陰の銅像がありました。
手を合わせると、その瞬間、私の内側からありがとうという感謝の気持ちが湧き上がり、
家臣や代々この土地で生きてきた人々への深い感謝の念が広がりました。
帰宅後、山内和夫や県松陰について調べたことで、私は県松陰だったことを確信しました。
伝承には誇張された部分もありますが、本質をたどると、彼女の性質や生き方、人生が私自身と驚くほど重なっていたのです。
ちょっとここで補足なんですけれども、私はヒーラーで、とても周りのエネルギー体と共鳴しやすいんですよね。
その点で、実はお城でリアルタイムで収録していた動画の時は、
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そこを検証しないと、歴史上に残っている情報として消耗していかないと、私自身と重ねて共通点をしっかり見ないと危ないなというか、
確定するのはちょっと早いかなという感覚があったんですよね。
なので、動画の時には、誰ということはまだ言っていない段階でした。
今回の体験から得た学びは、大きく分けて3つです。
1つ目、霊的な道への革新。
治療の人生を端的に知りたいと思い、まず確認したのは解明。
検証因伝回収相乗留代史。
これ読み方はGPTで調べたので、もしかしたら違うかもしれないんですけれども、そういう解明でした。
この最初の因号検証は、自分自身の仏性に気づく、悟りを開くという意味なのだそうです。
私は本性も天と地をつなぐ、風の領域を担当する魂です。
いつも霊的な道にありたいと願いながらも、現実的な側面からも社会の変革を担う一人でもあります。
けれど、後世に名を残す治療の解明から、魂の成長や霊的探求を感じられたことで、
やはり私の魂はどの人生も霊的な成長を大切にしてきたのだと確認することができ、
今の自分と重ね合わせ、心からの安らぎを思いました。
ちょっと大きな音が入っているかもしれないんですけど、ごめんなさい。
続けます。
2番目、社会的責任からの解放。
1605年のカズトヨの死後、半年ほどで千代は京に住まいを移し、その生涯を終えたのは1617年。
高地上の全城郭が整ったのが1611年頃。
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おそらくその生涯において城の完成を見ることはなかったでしょう。
カズトヨと共に築いた土佐の国が、今こうして豊かに栄えているのを見て、私は心から安心し、誇りを感じました。
その瞬間、今世、私の女性性のカルマ、課題ですね、となっていた社会的な成果や社会に対する責任感が完成に解放されたことを感じました。
そして、過去世に思いを馳せると、夫婦でゆっくり過ごす時間を持つことは最後まで叶わなかった千代。
しかし、今の私は穏やかで静かな暮らしを送れることに、魂が深く満たされています。
この穏やかな時間こそ、私がずっと望んでいたことだった、と素直に受け入れ、今ある日々を心から楽しみ、感謝して過ごせるようになりました。
3つ目、魂のつながりとソウルグループ。
県松陰には、カズトヨウとの間に幼くして亡くなった娘、ヨネとその後に迎えた養子で、妙心寺、大通院の十字になったショナンソウ家がいました。
ショナンソウ家は、県松陰が旅立つまで高校し、死後は大通院に県松角、三玉屋を構えたそうです。
一方、後世の私も30歳で迎えた2匹の猫、コタロウとシンノスケがいましたが、性病となって間もなくコタロウを亡くし、長いベトロスを経験しました。
そして、シンノスケは婚下、21歳で亡くなるまで使命に生きる私を支え続け、どのような時も心の支えとなってくれたのです。
シンノスケが多戒する前後には、真のシンノスケの姿を知ることになったり、別の過去生では言い名付けだったことも知りました。
そして今回、新たにショナンソウ家としての存在に気づいたことで、改めてグループソウルとしてのご縁の深さ、尊さについて思いを深くしたのです。
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ここで補足なんですけれども、シンノスケが亡くなる直前にリュウナって気づいたことは、何ヶ月か前のブログに書いて読んでいますので、もしよかったらそちらもぜひお聞きいただければと思います。
一般的には、動物は、ペットちゃんとかは、動物界から人間界に上がらないと上がるものですって言われてるんですけれども、中にはそうではない子もいるというのが私の体感です。
シンノスケは亡くなった後、翌日には私が浄化して、魂レベルの浄化を改めてして、あげたのでマスターソウルの方に戻っています。
続きを読んでいきたいと思います。
この体験によって私が使命を遂行するために封印した女性性におけるカルマともいえるブラックムーンリリスが解放されたのです。
このブラックムーンリリスというのは、先世術における無意識の痛みや抑圧された女性性を象徴する概念のことになります。
皆さんもこれまでの人生の中で旅行をしたり、引っ越した先で懐かしいと感じた経験がある方も多いと思います。
それはきっと過去性で応援の深い場所。
そうした場所のエネルギーを丁寧に感じ、自らの心の声を受け入れることは、過去性のカルマの解消やブラックムーンリリスの解放にもつながります。
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不要なエネルギーを解放して、魂のままの純粋な自分に戻っていくには、日々の感覚や直感を大切にすること、
自分が惹かれている場所や体験に素直に意識を向けることで、魂の学びを自然に深めることができます。
今回の私のコーチへの旅も、その大切なプロセスの一つとなりました。
はい、以上がブログの内容になります。
最後の方で出てきたブラックムーンリリスというのが、
今回の過去性に気づいたことによってリリスの解放につながったんですけれども、
これがね、なんと、ゆかりさんとね、
よくここでお伝えしているゆかりさん、一緒に活動しているゆかりさんと、
Nature Healing Projectという名前で一緒に活動してきたんですけれども、
この名前から、Nature Healing Project自体の名前を残しておくんですけれども、
ここからさらに特化したみたいな感じで、
リリスの目覚めというプロジェクト名に変えて、
この女性性の解放というのをしていくという流れに、ここから入ることになりました。
はい、それで、早速なんですけれども、
明日の夜、19時からYouTubeで毎月行っているライブ配信を行います。
そこではね、ブラックムーンリリスについて、改めてご紹介していきたいと思いますので、
ご興味のある方はぜひご覧いただければと思います。
加古生のカルマの解消というのは、
馴染みのない方にはね、何それ?みたいな感じになると思うんですけれども、
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私たちは今世、生まれてから経験してきたことだけでできているわけでは決してなくて、
私たちの魂というのは、加古生の情報も持ってここにやってきているんですよね。
なので、古い魂さんであればあるほど、この加古生の影響というのが、実は地球だけではなくて、
宇宙からの加古生というのの影響も受けて、私たちここでいろんな学びをしているんですよね。
なのでね、そうしたことに関心のある方は、ぜひYouTubeの方もご覧いただければと思います。
詳細は概要欄に貼っておきます。
それでは、そろそろ今回もね、終わりにしたいと思います。
ご覧いただきじゃなくて、お聞きいただきありがとうございました。さよなら。