頼む!来てくれ!!徳島の医師爆増予定ラジオ。
こんにちは、頼む!来てくれ!!徳島の医師爆増予定ラジオパーソナリティ
徳島県病院局の井内修介です。
同じくパーソナリティ徳島県立海部病院医療ソーシャルワーカーの
あらの夏実です。
この番組では、徳島で働く医師や看護師のリアルな声を通じて
徳島という土地の魅力と、そこで医療に携わることのやりがいを掘り下げていきます。
都市部のように行き着く間もない忙しさとは違い、
仕事とプライベートのバランスを大切にしながら、
自分のペースで成長できる環境が整っているのも徳島の大きな魅力です。
地域に根差した医療の現場で感じる手応えや、働く人たちの思いに触れることで、
自分もこんな場所で医療をしてみたいと感じてもらえるきっかけをお届けしていきます。
遊びも仕事もどちらも諦めたくない。
そんなあなたにこそ、ぜひお聞きいただきたい番組です。
それでは本日のゲストをご紹介します。
徳島県立海部病院内科総合診療科の川人恵介先生です。
先生、本日はよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
川人先生は徳島大学の地域枠2期生として地域医療の道を歩み、
現在は海部病院の内科総合診療科で勤務されています。
今回は川人先生に地域医療を志したきっかけや、徳島大学地域枠での歩み、
そして現在も海部病院で働き続けている理由について伺っていきます。
それでは本編スタートです。
まずは川人先生が地域医療を志したきっかけについて伺っていきます。
川人先生は徳島県三好市池田町のご出身で、ご実家も県立三好病院のすぐ近くだったそうですね。
はい、そうなんです。今は海部病院で働いてるんですけど。
三好から海部まで、県西部から南部まで。
そうなんです。出身自体は三好市の池田町で、三好病院のすぐそばというか、
池田高校とか上野が丘っていうのがあるんですけど、そのすぐそばで育って。
じゃあもう幼少期から高校を卒業まで池田町ですか?
そうです。池田小学校、中学校、高校で卒業して、
1年大阪で余分な時間を過ごしてしまいました。
先生、お医者さんになろうと思ったきっかけというか、いつ頃ぐらいからお医者さんを志したようになるんですか?
医者になろうと思ったのは、あんまり小さい頃からなりたいという感じはなくて、
高校生、もう終盤になってからかもしれないですね。
そうなんですね。
何かきっかけがあったりとかは?
何になりたいかっていろいろありますけど、人と関われる仕事でしたいなというのがずっとあって、
両親教員だったんで、きっと教員になるんだろうなと思って育ってたんですけど、
その中で病院との関わり、自分が病気になったらすぐかかる、安心できる病院がそこにあったりとか、
そんな中で、なかなか地域医療がこれから存続が難しくなるんじゃないかみたいなのがテレビで結構出てきてた時期だって、
そこに使命感というか、かっこよく言えば使命感ですけど、そんなのを感じて志したというのが表向きの理由でしょうか。
身近にあった県立の三好病院をきっかけの一つということで。
そうですね。
表向きじゃない方の理由。
いやいやいやいやいや、それはもういろんな理由がもうね、モテるとかね、カットで。
そうですね、ご実家の近くの三好病院みたいな、地方でも近くに病院があるっていうことは安心感にもつながりますし、
先生が自身も近くに病院があってよかったなって感じたご経験とかありますか。
それは、ただの風邪とかでも三好病院にかかってましたし、ちっちゃいときは。
ずっとおられた小児科の先生がいつも見てくれてましたし、もちろん地域の先生方もいらっしゃったんですけど、
ある程度の機関病院で安心して、自分のこともそうですし、自分の家族もそうですし、たくさんお世話になる中で、こういう機関病院がある安心感とかいうのをすごく感じてましたね。
病院に夜間とか救急で行って、三好病院も今あるかわからないですけど、大塚製薬の自販機に5ミニが売ってて、それを飲んで帰るっていうのが病院に行きたい理由だった。
それを飲んだら元気になって帰るというですね。
幼い頃からの思い出が病院にもあるということで。
先生、小さいときは病院にかかるのが多いタイプだったんですか?
いや、全然骨も折ったことのない。
丈夫な。
すごい慎重な慎重な幼少期だったので、風邪とかそっちがメインでしたね。骨折して手術してもらったとかは一切ないです。
高校生の時に地域医療を支えたいという思いがあったということで、徳島大学に進学されたそうなんですけども、徳島大学の地域枠を選ばれた理由っていうのは何かありますか?
地域枠を選んだきっかけっていうのは、詳細が出てこないんですけど、徳島県が募集を始めた2年目。正式で言うと2期生なんですけど、2年目だったんですね。
そこに地域の医療のリーダーを育てるみたいな内容があって、これは自分しかないだろうというので、地域枠に応募した。
もう率先して。
先生、地域枠って簡単に説明してもらうと、どんな枠というか。
地域枠っていうのは、さっきも言った地域医療がどんどん崩壊するかもしれない。田舎で働く医者が少なくなっているというのを解消するために、徳島大学の学生に就学資金を1年間、6年間対応して。
その後卒業9年間、徳島県で働いて、そのうちの3年間は田舎で働くという枠でして。
高校3年生、あるいは浪人までかな、浪人の一期までなので、が入試を出願するにあたり、あらかじめ県と面接があったりとかした状態で臨むというような、ざっくりとしたら地域医療に携わる医者を育てていこうという、長い目で見てですけど、育てていこうというシステムと思います。
ありがとうございます。ちなみに地域枠で入学されてから、カリクラムとかも他の一般で入った方と違かったりとかはするんですか?
大きくはないです。大きくはなくて、同じように徳島大学の医学部生としてあれするんですけども、
夏の地域医療実習とか、地域枠だけでの、僕も上勝の方に行ったりとか1年生の時にしましたけど、そういうのを計画していただいて、早期からの地域医療の体験というのは地域枠だからこそやったというのはあります。
学生の時点で、決まりのある3年間田舎の病院に勤めてって縛りがあるっていうところを選んだところで、ちょっと緊張というか、どこの壁地の病院に行くことになるんだろうみたいな不安というかドキドキというか、そんなのはなかったんです。
これは僕に聞いても難しいかもしれないですね。徳島市内の出身の子たちに聞くとドキドキがありそうです。僕は三好池田町なんで、全然めっちゃ都会なんで池田町は。西松野都が今もあるんで。
なので、あんまり僕自身はそんな抵抗はなかったかなと。確かに市内の子たちだとどういう感情でいるのか知らない土地に行くっていうのであったのかもしれないですけどね。
ありがとうございます。その地方、地元の地方の方で働きたいという先生にぴったりの枠だったということですか。
もうその通りですね。それです。
ありがとうございます。ご自身が育った町に病院があるという安心感を知っていたからこそ地域医療を志すきっかけにつながっていることだったんですね。
続いては、総合診療院としての歩みについても伺いたいと思います。
川人先生は徳島大学の総合診療医学分野を選ばれて、その後海部病院に赴任されました。
総合診療を選んだ理由や海部病院に来られた経緯について教えていただけますか。
総合診療を選んだ理由は、高校生の時はまだもちろん決めていなかったです。大学入ってからも決めてはなかったですけど。
入ってから地域医学での関わりであったりとか、地域医療研究会というサークルがあったんですけど。
そこでの顧問をしてくれていた東洋病院長の谷健二先生というのがおられて、
その先生が徳島大学の総合診療部の教授をされていた時に関わりを持って、総合診療、地域医療についてかなり教えていただいて、
自分自身もそっちの道に進みたいなというのがきっかけですかね。
恩師の導きと言いますか。
恩師の導きですね。
先生、総合診療科と何か他に迷ってたとかっていうのはなく、総合診療科1本。
そうですね。入ってからは悩んでましたかね。
それが多分悩みがいろいろあったんで、決められんかったっていうのも多分一つだと思うんですけど、大学卒業して研修医ってみんなしますね、2年間します。
いろんな科は回ったり、全部の科は回るんですけども、どれも魅力的な科ですので、最終的に決めたのはもちろん研修医の最後の方ですけど、決められなかったからこそ総合診療にしたという。
全部に合わせて。
っていうのもあるかもしれませんけどね。
ありがとうございます。
先生は総合診療分野を学んだ後に、卒業後4年目で初めて海部病院の方に赴任されたということなんですけども、ちなみに海部病院の前はどちらに病院経験されましたか。
海部病院の前は県立中央病院で2年間研修をして、吉永医療センターで鴨島にあるJAの病院で3年目を過ごした後に、海部病院の方に4年目で初めて来ました。
海部病院がご希望通りだったというか。
希望通りです。
もともとは徳島大学の総合診療医学分野が、県の寄附講座として海部病院とのつながりがあったので、そのいわゆる玉神寺っていうところもありますけど、なくても選んでたかもしれない。
学生の実習とかも海部病院が今しているので、その時から知ってたので、希望通りで来させていただきました。
中央病院と吉永医療センターと海部病院3つ目で、病院いろいろ回った後のギャップというか、病院ごとの違いで感じることとかって何かありましたか。
まだ4年目の時なんで、そこまで感じる余裕はなかったですけど、研修医は研修医なんで、2年間必死で終えることしか頭にはないので。
吉野川にも行って海部に来てっていう、そんなにいっぱい経験をその時点では積んでいるわけではないですけど、ギャップね。
いい意味でも悪い意味でも、悪い意味はないですね。ごめんなさい。
ギャップ。
患者さんとの距離が近いっていうのはありますね。距離が近いですね。物理的な距離も、精神的な距離も、心理的な。
吉野川医療センターのある鴨島の方と海部の方だと、人口も海部の方が少ないし。
そうですね。
山沿いの人と海沿いの人の雰囲気の違いがあったんですか?
行くときには言われましたけどね。南の人は良い人というと西の人は悪い人。
西もすごい良いんですけど、とても大らかな方々が多いような印象ではありますね。
私のイメージもやっぱり海沿いの方の方が心にゆとりが、ゆったりされてる方のイメージがありますね。
現在は海部病院の方で総合診療されているってことなんですけども、今の海部病院ではどのようなお仕事、ざっくりとでも構わないんですけども。
海部病院はいい意味で、ちょうどいい病院なので、いろんなことをしてます。
多分今の年どうでしょうね。
よく医者の仕事で外来の診療をするとか、病棟で入院患者さんを見る、もちろんその2つはできますけど、なかなか他の病院でできる経験としては、在宅診療、訪問診療をしたりだとか、地域の施設の方々とのつながりを持ったりとか、
訪問診療とか在宅する中で患者さん、家族ともにたくさん関わりを持ったりとかいうのが間違いというか、独特のある仕事の内容なのかなとは思ってます。
いろんなことをしてます。
専門だけに限らず、幅広い分野でお仕事されているということなんですね。
回復病院って内科総合診療科というのがあるのと、あと整形外科、脳神経外科、基本的にこの3つなので、それ以外の診療科、専門診療科については、大学病院とかいろんな病院の先生方に助けに来ていただいて成り立っているので、
脳外科の病気、整形外科の病気、それ以外は全部自分たちで見るというところから成り立っているので、もちろん自分が得意な分野もあれば苦手な分野もありますけど、それぞれの力を伸ばしたりとか、その都度自分たちで勉強したりとか、幅広い守備範囲を持てるようにしているのが日々勉強の毎日です。
なるほど。整形外科、脳神経外科とも連携しながら患者さんを見ていらっしゃるということで。
そうですね。
ありがとうございます。地域医療の現場では専門分野だけに限らず、幅広く患者さんを見る力が求められることがよくわかりました。
では次に、回復病院に残ることを選んだ理由について伺いたいと思います。
川下先生は2025年3月に地域枠の義務勤務期間である9年間を終えられたと伺っています。その後も回復病院で働き続けることを選ばれたのはなぜだったのでしょうか。
回復病院で残った理由は、先ほども言ったようにちょうどいい病院だったからというか、規模的なこともそうですし、自分に求められていることで、すごいざっくりした言い方ですけどね、自分に求められている仕事がやりやすかったっていうのがざっくりとした理由ですけど。
僕1回離れてるんですけど、回復病院でその前4年目で来たって言いましたけど、その後大学病院の総合診療部の方で何年か仕事をして、また戻ってきて、今はまたずっと継続しているんですけど、その1回変わるときによく言われることですけど、先生よく変わると言う言葉は結構外来のですね、スタッフもそうですけど。
よく変わるって、しゃあないんですけど、それぞれの医局のことがあったりとか、人事とかもあるので、ただ患者さんからよく変わるなって言われたときに、ぐさっと来て、残るかどうかを選ぶタイミングが多分2年前3年前ぐらいにあって、このときちょうど自分で選べたので、残らなあかんかなというのが一番の思いですかね。
やっぱりご自身が居心地が良かったっていうのももちろんあると思うんですけども、その患者さんの声と言いますか、周囲の方の声に影響されて残っているという形なんですかね。
そうですね、どれだけ求められているかどうかは知らないですけど、別にみたいな感じで。
先生に追ってほしかったから、そういう声がされたのかもしれないですね。
川人先生は本当に地域の患者さんとか周りのスタッフ、院内でも院外でも川人先生が担当で良かったっていうのがすごく多い。
そうですね、やっぱり今日初めてお会い先生としたんですけども、話しやすい、ほんのしみやすい。
どこかでもしかしたら出会ってたかもしれない。
みんなの信頼の厚い先生なので。
川人先生残ってくださって、病院の人も地域の人も嬉しくて。
届いてないですね、まだ。
これ聞いたお知り合いの方、川人先生残ってくれてありがとうございます。
よろしくお願いします。
9年間の勤務期間を終えられたとも居心地が良いということで、海部の方残ってらっしゃると思うんですけども、
その地域の居心地の良さっていうのは9年間を終えたとも変わらず、今もどのような形ですか?居心地はいいですか?
居心地はそれはもういいですね。生活のことはそうですし、仕事のしやすさとか、
そんなのはすごく本当に働きやすい環境、海部病院はありますので、変わらずいいなとは思ってますし、
長くいればいるほど、やっぱり患者さんのことであったり、病気のことだけじゃない、相互診療は病気のことだけじゃなくて、生活のことを考えていかないといけないので、
その地域全体のことであったりとかいうのも見えてきて、そこらへんまで視点を持って接することができるようになる、とてもいいなと思ってますし、
相互診療って何でもできる医者ってよく勘違いされがちなんですけど、何でもはできませんし、中途半端な、中途半端だとあえて手のひらを返したように言い返しますけど、
中途半端性が強みだと思っているので、ただでも何でもできるようにはなりたいと思いつつも、その地域で育てていただいているという若い時から、
必要なこと、考え方、医者としての姿勢であったり、病気そのものに対してもそうですけど、そういうのを学ばせていただいているなって、
何かしに行こうっていうんじゃなくて、ここで育ってもらっているなっていうのが一番の感覚です。
なるほど。先生ご自身も成長できるという環境ですし、その先生がいてくださるからこそ、海部の病院の方も助かっているしということで。
それはもう僕は何とも言えないですけど、そうやってほしいなとは思いますけど。
ありがとうございます。川人先生ご自身が海部病院で続けたいと思える理由があるということも伝わってきました。
長く地域にいるからこそ、患者さんや住民の方との関係性が見えてきて、地域医療の面白さも深まっていくというお話が印象的でした。
ファイト先生最後に少し気になる噂があるんですけども、海部病院のインスタグラムの方も力を入れて取り組まれるということで、秘密作戦みたいなのがあるっていう風に聞いているんですけども。
僕自身が秘密作戦を持っているわけではないんですけど、担当しているスタッフたちからは、とにかく笑顔で写りなさいと。
写真には笑顔で写るようにというので、カメラを向けられた時には笑顔で、満面のつぐり笑顔で写るようにしてますので、ぜひ海部病院のインスタグラムを見た時にはですね、大体みんな笑ってますので。
そうですね。私も見たことありますが、笑顔の多い投稿だなと思ってます。
すごく打倒権立中央病院で事務局も力を入れておりますので。
まあでもね、ニーズが違いますけどね。
中央病院のフォロワー数を海部病院のインスタグラムで抜こうという作戦ですかね。
現状はどうなんですか?
今はだいぶ、海部病院って700、800ぐらいですかね。
中央病院が1000いくらぐらい。
意外と。
ちょっと迫ってきた状況ですね。
チャンスは全然ありますね。
やっぱりインターネットは田舎でも通じますんで。
なるほど。
先日も先生の自撮りの写真がちょっとバズってたっていう話を聞いたんですけど。
川人先生の関係機関訪問の自撮りの写真がプチバズリした。
そうなんですか。
先生ご自身はご存じなかったですか。
知らない知らない知らない。
押してないんで僕は。
いいねみたいなやつですかね。
ハートみたいなお気に入り。
後で先生もご自身の投稿見てみたら、私のいいね多いなとか。
確かに確かに。
僕自分で写ってるわけじゃないですよね。
みんなで写ってるやつの自撮りってことですよね。
ありがとうございます。
SNSの発信からも海部病院の親しみやすさっていうのは見えてきますね。
川人先生本日はありがとうございました。
ありがとうございました。
最後に地域医療に関心のある医学生や若手医師の皆さんに向けて、川人先生から一言メッセージをお願いいたします。
医学生や若手医師の皆さん、とにかく話だけではなかなか伝わらないところもあるので、
ぜひ一度足を運んで遊びに来てくれたらいいのかなと思います。
海部病院は本当にさっきも言ったようにいろんなことができる病院ですので、
何をしたらいいか定まっていない学生も、専門分野が決められない先生も、
どんな需要があるのか分からない先生も、どんな理由でもいいので、
海が好きな人もぜひ来てもらえたらなと思います。
ありがとうございました。
次回も川人先生にお越しいただきます。
次回は職場としての海部病院の働きやすさや、公務員医師としての人事面での安心感、
そして川人先生のプライベートについても伺っていきます。
子育て中の暮らしや通勤、当職の様子など、海部病院で働くことと暮らすことのイメージが
より具体的に見えてくる回になるかと思います。ぜひお聞きください。
最後にお知らせです。
徳島県では、医師・看護師など医療従事者がまだまだ足りていません。
移住して常勤で働くのはもちろん、週1日の非常勤や短期の応援といった関わり方でも大関係です。
少し興味がある、まずは話を聞いてみたいという方は、
番組概要欄の問い合わせ先までお気軽にご連絡ください。
あなたの経験とスキルを、徳島の医療現場で活かしてみませんか。
皆様からのご連絡をお待ちしています。
番組の感想や質問は、
ハッシュタグ、徳島医師爆増ラジオでSNSに投稿していただくか、
番組の概要欄にあるメッセージフォームからお送りください。
皆さんからの声をお待ちしています。
それでは次回のエピソードでお会いしましょう。
お相手は、ゆうちしゅうすけと、
あらのなつみいでした。
さようなら。