なんか自分のやってきたことが残るっていうか、
木に刻み込まれてるではないけど、
枝見ると自分のやってきたことが見えるっていうのは。
ほんといいよね。なんかすごい豊かな感じがする。
そうですね。なんか言われてみると、
その感触の得方ってすごい豊かだなって思いました。
なかなかなくないか、そういう気づきが。
自分の成長の気づきみたいなのがある仕事って、
なかなかなさそうだな。
今思ったのは、
大山田さんデザインとかするじゃないですか。
なんかまたデザインしたものが残っていくっていうのと、
デザインしたものが生きてるかどうかっていうのは、
なんとも言えないんですけど、
厚木くんが切ってる木は生きてるじゃないですか。
切ってまた成長してっていう、
デザインってなんかわかんないですけど、
俺の感覚的には作ったら成長していくとかっていう感じがないから、
どうなんだろう、大山田さんどう思うかなと思って今。
いや、どうかな。
自分が作ったものは恥ずかしいと思うことはあるよ。
もうやめてとか思うときはあるし、
それがなんかウェブサイトとかでさ、
どっかの、例えばロゴとかさ、
ああ、マジでまた使ってんだみたいな時があるっていう。
いやいや、似てますね。
わかる。
いいね、最近どうかな、
もうちょっと話深めていきたいような話になってて、
とてもいいけどね。
始めていきますかね、振り返り。
前回の石岡が2月4日に配信してるんですよね、19回目。
その後に、さっき触れたように2月6日の日に
素振りスタジオのインサイドアウトのジーンを
全く新しく2冊出してて、
1冊目の松沢さんの回ですね、
これをまた編集し直したっていうのがあって、
3冊新しく印刷して作っちゃったんですけど、
これは会社に受け取った人の気持ちとしてはどうですか?
ちゃんと中身見てなくて、実は。
田地さんとかにも渡して、
こんなボリュームになってんだっていうのに驚いてましたけど。
そんぐらい?
俺もその確認で読んだりとかして、
田地さんのやつ。
言ってることってそんなブレてないんだなっていうのが、やっぱり。
田地さんが。
あの中で話していたこともそうだし、今、
会社のメンバーでミーティングを月に2回ぐらいするんですけど、
その中でもやっぱり、
いつもというか、同じ考え方ですよね。
悪い意味じゃなくて、
芯となる部分はやっぱり売れずに、
それを10年ずっと、今10年目なんですけどね、
だからそれを売れずにやってきてる。
なのが今、ちょっとずつ成果として身を結びつつあるというか、
っていうところで、
10年、苦しい時も多分すごいあっただろうし、
今もまあ、多少、ようやく黒字になったって言ってたんで会社に。
だから時代だったりとか、やってることは多分変わらないんですけど、
反響、周りの反響だったりとか、
時代というかそういうものが追いついてきたのか、
そこに目が向くようになってきたのか、
なんかそこ、それに、
周りはまた違う動きをしてるからより、
なんていうんですかね、キッコリーズのやってる林業みたいなのが目立つというか、
俺らしかやってないことっていうので、
やっぱり、目を見つけてもらいやすくなってきたりしてるなっていうのを、
今感じてるところですね。
たびしさんのやつもそうだけど、松浦さんのやつとかさ、
3冊目が松本さんのやつとか、
やっぱり作る、一応ね、飽きるぐらい読み返すわけじゃない。
その中で、いろいろこうした方がいいんじゃないかみたいな考えたりして、
編集していくわけだけど、でも松浦さんの話もたじさんの話も、
今回の松本さんの話も、なんかいちいち感動してたね。
本当に。全然お世辞とかじゃなくて、
この3冊まとめられたのはすごいなと思ってたね、自分でも。
こうやって残して後から見れるっていうか、
状態にしたっていうのは、いやー、我ながらすごいなっていう。
足が受け取ってどうだった?
テンション上がりました。
その3冊あって、こんなにやっぱり熱いんだって思って。
で、まだちゃんとは読めてないんですけど、
ワークショップ語の歴史みたいなものじゃないですか。
僕が知らない時代の松浦さんの時だったり、
また僕が一位参加者として参加してた時のたじさんのことだったり、
今回内側の人間として参加した、
さっきのやつだったりとか、
嬉しかったです。受け取って。
単純な読者みたいな立ち位置での受け取り方ではないかもしれないですけど、
大切なことだよなって思いました。
こうやって形に残って、
気づいた時に手に取って読み返せるっていうことは、
必要なことだよなっていうことを思いました。
はい、そうっすよね。
なかなか手作りなので、
冊数も作れないし、
ガンガン販売して、宣伝して販売していこうという気持ちもあまりないから、
これに気づいた人はぜひ読んでくれたら嬉しいですね。
本当にすごい内容なので。
じゃあ次いきますかね。
次がですね、
メールレターを同じ日に発行してて、
その後が19日がギキヨクが読まさるやってますね。
2月19日のギキヨクが読まさるグループVの第12回目を行いました。
誤動を待ちながら白水ユーブックス版の読みを、
今回20名だったので、
最初の7ページから20ページまで行いました。
その後もシェアの時間の時に感想が出たんですけど、
ゆっくり読むのが難しいみたいな話が個人的に面白かったなと思って、
1巡目の1回目の時は7ページから23ページまでだったんですけど、
2巡目の1回目は7ページから20ページまでっていうページ数で、
全体的に多分ペースが一定になってゆっくりになったんだと思うんですけど、
その話から何かをゆっくりやるって難しいよねみたいな話になったと思うんですよね。
ダンスとか、あとバイクに乗るっていうことでも、
ゆっくり何かをするっていうのは、
早くやるっていうことよりも独特の難しさみたいなのがあるみたいな話が面白かったなと思って。
確かに。
ゆっくりの話って赤井さんが話し出したんじゃなかったっけ?
そうですね。
面白かったね。
そうですね。
最初なんでその話しだったのかはもう忘れちゃったんですけど、
ダンスもゆっくり踊るっていうのはやっぱすごい難しいよなっていう話でしたよね。
確かに。
ゆっくり、今思いましたけど、ゆっくり動くってやっぱ、
何ですかね、
ダンスでまた例えるとですけど、
右足の軸に乗ってるとこから左足の軸に乗せ替えるとかってすごく本当は難しくて、
右足で支えながら徐々に左に乗っていくっていう、やってみるとわかりますけど、
すぐ動きたくなっちゃうっていうか、すぐ左に乗っちゃいたくなるっていうところとか、
ゆっくり歩くとかも結構難しいと思うんですよね。
足の裏を全部使って体支えながら次の足出してっていうところに行ったりとか、
だからより体の使い方とか体の方に集中していくっていうか、
細かい筋肉とかそういうところに多分集中していくようになるから、
読むときもやっぱりゆっくり読んでると、
間だったりとか、呼吸っていうか、
そういうところに集中していきますよね。
結局息を出してるっていうか、喋るとき、だからゆっくり出すとかって難しいし、
とか、より集中力が必要ですよね。
だなって思いました。
確かに。
あのウォーキングメディテーションってあってさ、
それを足の裏に意識集中してゆっくり歩くっていうやつで、
それはとにかく難しいんでね、やっぱり。
いちいち足の裏に意識集中してさ、今かかとつきましたとかっていう感じで意識集中してて、
それが今言ったアパシさんみたいに体に意識向けるとか、
それがだんだん心に意識向いていくっていうか、
そういうところがあったなと思ったりして。
ゆっくり言って、そうだね、だから声をゆっくり出すっていうのは、
これも体の話なのかな、呼吸の話?
そうですよね、だから普段どうしても早くやらなきゃいけないし、
いろんなこと、アツいことないけど、
リンゴの剪定とか、あと何本やらなきゃいけないんだ、
お昼の出にみたいな、自然の、
自然がどんどん移り変わっていくから、
そういうことに合わせてやっていかなきゃいけないことがあったりすると、
どうしてもゆっくりやりたくてもゆっくりできない。
お金稼ぐとかっていうところが、稼ぐっていうか、
お金なしに今は生きていけないから、
そういうところも重なってくるから、どうしても、
放っときゃ別にいいのかもしれないけど、リンゴの木を。
でもやっぱり、
早くやんなきゃいけないっていうのは、
そういうところと結びついたりとかも、
いるよなって今思って。
いつも早く動かなきゃいけないところを、
ギキョクの時間は、
極限までゆっくり、
普段そんなスピードでしゃべんないよなっていうところで、
やれるっていうのは、
特別な時間だなって思います。
時間として。
そうですね。
確かにゆっくりの話はすごく面白かったなって記憶がある。
松下さんあとありますか?
そうですね。また来月も引き続きやっていきますということで。
じゃあ、議学が終わって、次2月23日ですけど、
うちのお寺で骨を折る男の日本語字幕版の上映会がありましたね。
これはですね。
あちくんいく?
はい。
感想?
感想でいいですか。
シェアの時間って何の話だっけ?
あんまり覚えてないんですよね。
なんかすごい大切な話はたくさん出たと思うんですけど、
人を痛むとかお葬式のやり方が、
今すごい変わってきてるみたいな話を山田さんされてたのが、
すごい面白かったなって思いました。
何だったっけな。
何の話したんだっけな。
そうそうそうそう。
主役の串堅さんがこの映画の中で、
慰霊っていうのは、その人になるべく近づいていこうとしていく行為というか気持ちっていうか、
そういう話を、そういうのを慰霊って言うんだっていうような言葉があったんだよね。
言ってましたね。
それと今のお葬式っていうのを比較してみると、
つまり誰かに近づきたいって思うから、
慰霊が必要になってくる。
うまく言えないな。
とにかく誰かに近づきたいって思う気持ちが一番で、
それをこの串堅さんは骨を掘るっていう行為で、
近づこう近づこうっていうことをしてるわけだけれども、
この一方で、
今のお葬式のあり方とか、お葬式とか全くやらない人もいるし、
観測派っていうのは、つまり、
関係性の希薄なんじゃないかっていうところをお話したのかな。
その話ですね。
そもそもその人に別に近づきたくもないしみたいな思ってたら、
別に葬式とか何もいらないわけだからだけでっていう話をしたのか。
全部任せちゃうみたいな話をしてましたよね。
お寺とか葬式屋さんに全部丸投げしてみたいな。
そうだよね。
あの場では話してなかったことなんですけど、
改めていただいたパンフレットとか読みながら、
気になったっていうか印象に残ってたところが、
我慢に入って串堅さんが金属探知機を使って、
骨をというよりかは亡くなった方が身につけていたものに、
手がかりにするために金属探知機を使って、
遺骨の場所を検討つけて掘るっていうことをされてるんですけど、
その音がしなくなるまで同じ場所をずっと掘り続けるっていうことをおっしゃっていて、
骨が見つかったら、
埋もれてた誰かの遺骨がまた火の光を浴びて、
もしかしたら家族の元に帰れるかもしれないっていうことで、
やっぱりそれはいいことで、
でも骨が見つからなかったっていう場合でも、
やっぱりそれはいいことなんだって。
なぜかっていうと、ここでは死んだ人がいなかったっていうことが、
確認できたから、
やはりそれはそれでいいことなんだっていうことを、
具志堅さんがおっしゃっていたのがすごい印象に残ってたんですよね。
見たときにやっぱり遺骨が見つかるっていうのが、
具志堅さんにとっても一番の喜びというか、目的を達成したということで、
いいことなのかなって思ってたんですけど、
そこになかったっていうことも、
やはり具志堅さんにとってはとてもいいことというか、
自分が骨を掘るっていう行動的異例の行為の意味があったっていうことを確認するものなんだなっていうのが、
その考え方というかはなかったなっていう驚きがありました。
本当だよね。
そこもいいシーンだな。
そうだよね。
なんか全然違う話が今ぽっと思いっかけちゃったんですけど、
何かなくてよかったなとか、
会ったら会ったで異例になるっていう話とか、
病院の先生とかも、
患者さんはいたらそれは治したりだとか、
回復させたりだとかっていう行為とかは、
それはそれとして、
いいっていうのか、いい悪いで言ったらいいっていうふうなこととして捉えるけど、
本当だったら患者さんが来ないこともいいことだなって今一瞬思ったんですよね。
なんかお医者さんはいるけど、
でもお医者さんの目的ってみんなが健康でいることとか、
それ人それぞれかもしれないですけど、
だからそこに来ないってこともいいっていうか、
みんな元気で暮らしてるんだろうなっていう、
そういうふうに捉えられるんだろうなとか今一瞬思った。
そうだね。
確かに。
ないことがいいっていう。
いいっていうね。
昔竹中尚とかの映画があってさ、
消防署の話なんだけどさ、
暇なんだよね。
それがすごいよくて、設定が。
暇な消防署みたいなやつで。
ですよね本当は。
そうそう本当にいい設定。
そうだね、思い出したんだけどさっき、
骨を折る男の配給会社の東風っていうところからメールが来てて、
感想シェア会につきましても大変嬉しいご報告をありがとうございます。
映画館の上映ではなかなか個々に感想を共有するような場を作れないのですが、
対話の時間を作ってくださることで、
それぞれ映画を見て持ち帰るものがより特別なものになると思います。
素敵な試みを続けてくださり、改めて感謝申し上げます。
こちらの力が及ばないところもあり、
映画館での上映機会がない地域も多い中で、
上映会を企画してくださる皆様には、
いつも頭の下がる思いです。
っていう感じで。
メールいただいてますね。
続けていきましょう。
地味に。
ということで、このぐらいにしておきますかね。
骨を掘るわと。
次が2月26日の素振りスタジオですね。