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快適さって割と後回しにしがちじゃない?
2026-06-17 09:41

快適さって割と後回しにしがちじゃない?

快適さって割と後回しにしてるなぁ…って思った
目が悪い人は一度検討してみても…👀

#ワクワクの連鎖
#ワクワクの連鎖で地球温暖化を緩和する
#あわい


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00:05
こんにちは、色葉やです。
自分の快適さって割と気づかずに、
この快適な状態を見つけることってなかなかしなくないですかね?って思ったんですよ。
私のパソコンの話なんですけど、マックを使っていて、多分13インチくらいかな。
ノートパソコンで、高さを変える台みたいなのがあるんですよ。
それでいつも自分の位置を目の高さくらいにして持ち上げて作業してるんですけど、
13インチってやっぱり小さいんですよね。
で、私の目がもともと炎死なんですよ。
小さい時から炎死で、黒板が近かったんです。
なので、眼鏡かけないと黒板は見えなかったんですね。
ただ遠くは見えるんですよ、もっと遠くは。
で、今はそこに老眼と卵子が入っちゃってるんですね。
で、ついでに私が眼鏡痙攣っていう病気で、一度目が全く開かなくなってしまったことがあって、
その後、目のまぶたの筋肉を取る手術をして10年くらい空いてたんですけど、
また右目が閉じ始めちゃってるんですね。
で、そういうのがあって、プラス眼鏡痙攣って余計眩しく感じたり、
痒くないのに痒かったり、痛くないのに痛かったり、
結局無意識でやってることとかが無意識でできなくなってるんですよ。
なので瞬きって多分無意識でやってると思うんですけど、
瞬きすると閉じたまま戻ってこないとか、
力入れてるつもりないのにギューって閉じちゃってるっていう感じなんですね。
そのせいで色々見えないんですよ。
画面が13インチで小さいので音声入力とかすることもあるんですけど、
なかなかうまくいかないなと思っていて、
あるときね、催眠の勉強会に参加していたときに、
そこの主催者の教えてくださる先生と、
あともう一人別の参加している方が、なんか目の動きが面白かったんですよ。
そしたらモニターをもう一個持っていて、その両方で作業してたんですね、お二人とも。
03:07
そういうことできるんだなって思いながら、そのときは聞き流したというか見流していったんです。
なんですけど、だんだんどんどん目が疲れてくるようになって、
もしかしてモニターもう一個つけたら見えるのかなって思ったんですよ。
そのとき27インチって言ってたのを聞いたので、
27インチかって思ったら、ちょうどうちのテレビが壁にくっついてるんですけど、
角度を変えられるんですね。壁にアームみたいなのをつけていて、
変えられるんですけど、もしかしてパソコンをこれに接続したら見えるかもしれないと思って、
今日やってみたんです。
そうしたら、テレビってパソコンも文字を見るようにできてないので、
PCっていう設定で少し見えるようになったんですけど、文字がぼやっとしちゃうんですよね。
多分解像度とかそういうのが違うのかな、ちょっと私専門的じゃないのでもしかしたら違うんですけど、
とにかく文字がはっきり見えるような設定ではなかったので、ちょっとぼやけてしまっているのと、
あと2枚使い、デュアルスクリーンっていうのかな、
Macの画面と大きい画面を行ったり来たりするのは、私の場合は目の調整力がないんですよ。
そのために遠くを見たと近くを見てまた遠くを見て、いちいち全部ぼけてるんですね。
だからこの使い方はできないんだなっていうのが分かって、
結局27インチのモニターを別に買って、高さが変えられるもので、かつ角度も変えられて、
少し画面を暗くできるとか、そういう機能のついたものとかにしたらいいのかなってなんとなく分かって、
しかもMacの画面は見ないで、27インチだったらそれだけを見るみたいな作業の仕方をするのがいいんだろうなっていう結論に達して、
まだ買ってないんですけど、そこに行くまで何年かかったのかな、結構かかってるんですよね。
不便だな、見えないな、字がちっちゃいな、まぶしいなとかいろいろあったんですけど、
あんまりそれを快適にしようと思ってなくて、実は私ダイニングテーブルでダイニングの椅子で作業してるんですよ、1日8時間とか。
06:02
そもそも椅子も机も良くないんですけど、そこも快適にしようと自分ではしていないっていうか、
なのに疲れるんですよね、腰が痛いとか、高さが合ってないんでしょうね。
いろんなものの自分を快適にしてあげようっていうことがいろいろできてないんだなって思って、
いろんなところを我慢していて、しなくていい我慢だったり、気づいてない我慢。
例えばモニターがもう一個あるっていうのを知らないじゃないですか、私の場合はね。
知らなかったので、それを知ろうともしなかったんだけど、その人の動きを見てああいうことできるんだって思ったり、
自分の快適さってそれによってちょっと楽になるじゃないですか、自分が。
何かいい例ないかな。
例えば外を靴を履かないで歩いてるみたいな感じで痛いじゃないですか。
なんだけど靴の存在を知らないで歩いてるから我慢するんですよね。
ある時靴の存在を知ってこんなに楽だったんだって思うみたいな感じ。
生きてるといろんなところをもしかして我慢してるんじゃないかなって思ったんですよ、それで突然。
自分では気づいてないけれども、それが快適だって知ったときに初めて、
こんなことできるんだ、なんて楽なんだろうっていう経験って、そういえば過去にもいろいろあったなって思ったんですよね。
そうなので、もしかしたら自分にとっての常識を疑ってみるっていうのはいいんじゃないかなと思いました。
本当にこの状態で一番最適なのかっていうのを疑ってみる。
例えば自分の料理をしながら今使っている道具を見て、本当にこれで最適なのか。
もしかしてなんかもうちょっと楽にできるものがあるんじゃないかとかっていうのを疑う癖をつけてもいいのかなってちょっと思ったんですよね。
あんまりいっぱいあると逆に探して疲れちゃうから、なんかここは動きにくいなとか、ここはなんかやりにくいなって思っているところで、
もしかしてなんかもっといいものがあるのかもしれないって見つけてみて、それを手に入れることができたら不要なものはそこで手放す。
09:07
なんかどうせあるなら1個入ったら1個出したいなって思って今。
なので、もしそのモニターを買った場合、何に手放そうかなってちょっと考えてるんですけど、これが自分の最適なのかなっていうのをちょっと疑ってもいいのかなっていうお話でした。
はい、今日も聞いていただきましてありがとうございました。
良い日をお過ごしください。バイバイ。
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