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2026-03-06 12:26

声日記とブログと「後世への最大遺物」

2026/3/6

LISTEN NEWSで「話すだけでブログが書けるAIはてなブログ連携機能」の近藤さんの話しを聴いてから、内村鑑三氏の「後世への最大遺物」を読みましたら、内村鑑三さんが明治時代にすでに声日記とブログを奨励されていることを発見いたしました。

青空文庫「後世への最大遺物」図書カード

https://www.aozora.gr.jp/cards/000034/card519.html

#声日記

 

サマリー

スピーカーは、Listen Newsで紹介された「話すだけでブログが書けるAIはてなブログ連携機能」に触発され、ブログと声日記の重要性を強調します。偶然、内村鑑三の「後世への最大遺物」を読み、明治時代にすでに「勇ましい高尚なる生涯」を遺すことの価値が説かれていたことに感銘を受けます。日々の記録が後世への最大の遺物となり得ると考え、ListenのAI要約機能を使って内村鑑三の作品を紹介するブログ記事を作成する意向を示します。

ブログと声日記の勧め
おはようございます。 3月6日金曜日朝の10時半です。
今日の声日記、というか、そうですね、リッスンニュース、 感想、
でもあります。 最新の
リッスンニュース、 どれかな、これか。
あれ、これじゃないな。 最新のリッスンニュース、今朝、はい、聞きました。
はい、えっと、土田さん、 単位取得、卒業、
認定、どうもおめでとうございます。
えーと、 そこの中で、
いろんな 機能を紹介をなさっているんですけど、そのうちの一個、
このハテナブログ、自動生成投稿機能ですね。 それについて、
はい、あの、聞きながら、 改めて、
近藤さんが、ブログやった方がいいですよって、 あの、すごく、
いったさんに勧めてたんですけど、 はい、私も本当にブログ、
やった方がいいと思います。 そしてブログ文化を、ぜひ、ブログをみんながやるという、
文化というか時代を再び、何かこう、 そのムーブメントを起こしたいという気持ちにすごくなっておりますね。
はい、その思いを、あの、そうですね、近藤さんのね、 その、
土田さんに、その、いやブログ本当にやったらいいですよって言っている時の、 その声の感じで、
これ私も、なんか私の感じていることとすごく共鳴することがあるな。 なんでこんなにそのブログをやった方がいいと思っているのか、今。
はい、いくつか私のちょっと、そうですね、 最近のライブ配信、声日記の中でもすでに、はい、
言っているんですけど、今こんな感じの世の中になりつつあるからこそ、 本当にブログをやった方がいいと思います。
あの、そうですね、あの、
普通の人が、普通の人が、そんなに文章を書くのがうまくないとか、そんなことは言わずに、 自分の生活なんて何も面白いことはないとか、そんなことは言わずに、
そうですね、声日記とブログをやった方がいいと思う。 そして声日記とブログをやるには、この機能を使ったら簡単に両方できるわけですよ。
リッスンを使って声日記をして、そこからブログを作る。 それをみんなでやりましょう。
あの、若い人こそ、自分はまだ何者でもないと思っている人こそ、それをやって、こう習慣をつけていくうちに、
最初は何のためにこんなことやっているのかなと思うかもしれないけど、やっているうちにだんだん、なんかこう、
味わいが出てくるというか、価値が自分でもわかってくるみたいなことがあるんじゃないかなというふうに思いまして、
何か、本当そうですね、すごく感傷的になっているぐらいに、皆さんブログをやりましょうって私も思っております。
内村鑑三「後世への最大遺物」との出会い
それに関連して、偶然、ちょっと本当に偶然、どこで今朝見たか忘れたんですけれども、
内村鑑三「後世への最大遺物」という本を聞いたことがありますか?
拍子もないぶっ飛んでる話のように今聞こえていると思うんですけれども、
内村鑑三、1930年に亡くなったキリスト教者、
司策家、何て言ったらいいんでしょうね、内村鑑三さんという、明治時代の、
内村鑑三を紹介するとき、普通はどういうのかな。
内村鑑三、1861年から1930年、無教会派キリスト教伝導者評論家、江戸の生まれ、
その内村鑑三さんが残した、「後世への最大遺物」という講演記録があります。
青空文庫によれば、死後七十年が経過しておりますので、
パブリックドメインになっております。青空文庫に載っております。
青空文庫「後世への最大遺物」、作品についての紹介によれば、
1894年、明治20年7月、箱根足の古藩で開かれた第6回キリスト教徒夏季学校における講演の記録、
初出は「湖畔論集」、ここから結構重要な概要です。
私に50年の命をくれたこの美しい地球、この美しい国、この楽しい社会、
この我々を育ててくれた山、川、これらに私が何も残さずには死んでしまいたくない。
では何をこの世に残すか。
社会が活用し得る清き金か。
田地に水を引き水害の憂いを除く土木事業か。
書いて思想を残すこと。
教育にあたって未来を担う者の胸に思想の種をまくことか。
これらもまた残すべき価値あるものである。
けれど金や事業や思想を残すことは誰にでも成し得る業ではなく、
またこれらは最大遺物とは言い難い。
では誰でもがこの世に残すことのできる真の最大遺物とは果たして何なのか。
という風に青空文庫の作品紹介には書いてあります。
AIとブログで「最大遺物」を伝える計画
1894年ですよ。明治27年の講演です。
こちらにどうしてみんな声日記をやった方がいいか。
ブログを書いた方がいいか。そこに繋がることがありました。
こちら、フリー版のKindleで読めたりしますし、青空文庫でも読めるし、
丁寧に読まずサーッと読む形であれば、たぶん1時間か2時間ぐらいでも
速読的には読むことができると思うので、もし興味を持った方は読んでみてください。
そして、せっかくパブリックドメインということなので、
私はこのリッスンの要約機能を使うと、こちらをどのように要約してくれるかということに大変興味を持ちましたので、
どこかでこの全文を、朗読を、録音をして、
それをこのリッスンの賢くなったAIに要約を作ってもらって、
それをはてなブログに、こちらの内村鑑三さんの「後世への最大遺物」を紹介するブログポストを作りたいと思っております。
「勇ましい高尚なる生涯」という遺物
とはいえ、今私が今朝それを読んで、一番クライマックスというか印象に残った部分、一部読みますね。
この先ほどの青空文庫の紹介では、では真の最大物とは果たして何なのかというところで終わっていますので、
ネタバレとか言わずにこれを紹介するというのが、今回のこの小絵日記の意図であるので、
「後世への最大遺物」から一部読みます。
『それならば最大遺物とは何であるか。
私が考えてみますに、人間が後世に残すことのできる、
そしてこれは誰にも残すことのできるところの遺物で、利益ばかりあって害のない遺物がある。
それは何であるか。
ならば、勇ましい高尚なる生涯であると思います。
これが本当の遺物ではないかと思う。
他の遺物は誰にも残すことのできる遺物ではないと思います。
しかして、高尚なる勇ましい生涯とは何であるかというと、
私がここで申すまでもなく、諸君も我々も前から承知している生涯であります。
すなわち、この世の中は、これは決して悪魔が支配する世の中にあらずして、
神が支配する世の中であるということを信ずることである。
失望の世の中にあらずして、希望の世の中であることを信ずることである。
この世の中は悲嘆の世の中でなくして、歓喜の世の中であるという考えを我々の生涯に実行して、
その生涯を世の中への贈り物として、この世を去るということであります。
その遺物は、誰にも残すことのできる遺物ではないかと思う。』
はい、ここまで引用でした。
日常の記録が未来へ遺すもの
はい、そういうことで、皆様の毎日の生活の中で、
こんなちょっと面白いことがありましたとか、こんな嫌なことがあったけど、
このように何とか慰められて、明日また歩き出しますみたいな、
そういった日常の日々のお話は、声日記に残し、そしてブログに残すことで、
後世への最大の遺物となるというふうに思ったんですよね。
はい、なので、すいません、なんかちょっと感傷的にもなっているし、
今一つ意味が伝わって、私のこの感動した気持ちが伝わってるか伝わってないか、
よくわからないんですけども、まずは声日記ですので、
お勘弁いただきまして、こちらを、はい、今日の声日記に残したいと思います。
そして、はい、そうですね、内村鑑三さんの「後世への最大遺物」
近々ですね、朗読をいたしまして、
要約を、リッスンのAI要約機能に頼んでみまして、
ブログの紹介記事を記すということを、はい、ぜひやってみたいというふうに思いました。
はい、では以上です。聞いていただきましてどうもありがとうございました。
ではでは。
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