前回はバッチャンが10年間ぐらいシフトス教育を任されているみたいな話で結構盛り上がってました。
あれからどうですか? あれからゴンゴンにも言われたように
自分がやっている内容をちょっと整理しようかな
引き続くためにもあるし、自分の行動の言語化というのをちょっと考えながら考えている
考えました。どんな人が教えるのがうまく伝えているのかなっていうところで自分と照らし合わせながら
自分やったらこうやってるなぁこれってうまいのかどうかみたいなところがちょっと気になったのでその整理した内容についてちょっとゴンゴンにも確かめてもらいながらちょっと話させてもらおうかなと
まず自分がこう気になるのはやっぱりこうちゃんと伝わってるかどうかっていうのを確認しながらやってるっていうところで
自分の言葉では伝えてるけども相手がそれがちゃんと受け止めているか
これも前回というか前の時にもミスとか言うような話の中でちょっと出てきたと思うんですけども
やっぱりそういった分かりましたを信用しすぎないことが大切なのかなっていうところで
あー確かにとりあえず相槌みたいな感じで分かりましたっていうパターンもありますもんね
はい分かりました大丈夫ですみたいな何が大丈夫やねんっていう
聞くタイミングとかやっぱりその伝えた言葉をオウム返しじゃなくてやっぱり自分の言葉で言い返してもらう
そういうのが大切なのかなとかあと実際にやらせてみるとかちゃんと説明できるか一遍やってみてみたいな
簡単でええからこれ俺が言うたことをオウム返しちゃんと絵に描くとかコードをちょっと動かしてみてみたいな
そういうことがちょっと大切なのかなと思ったりしてる
それこそあれですよ何かじゃあ次何するみたいな聞き方とかしますよね
これこれこうやってこうやってこうやってやったらいいんだよって言って分かりましたみたいな感じで
okokじゃあ次ってじゃあ最初何するっていう感じで聞くと割と何か最初はってその時点で結構ね
またまたするケースとかもあるじゃないですかあれお前聞いてたみたいな
順番がぐちゃぐちゃになったりとかあんまり多すぎたらそういうことになったりしてるなと思ったら
メモ取れよとかこれ書いとったらそれ見たらちゃんとやらなあかん順番がわかるよねみたいな
そういった落とし込みも大切かなっていうことでわかりましたをあんまり信用しすぎないことが大切かなっていう
ところがまず一つ目かなと
であとやっぱりこうその時にもこう話しとったら表情でなんとなくわかるじゃないですか
こいつちゃんとわかったのかどうかなんかこう不安そうな顔してるとかなんか変やなっていう
いつもと違う表情やなとかなんかあのやっぱり間違えへんようにプレッシャーも感じてるやろうし
そういったのをちょっと汲み取ってあげるっていうこともちょっと大切かなというところで
なんかそういったちょっとした表情とか見てこう感じることもちょっとアンテナを立てるというか
そういったところも気をつけてるところには入ってるかなと
上手いなバッチャンが客観的に誰か教えてる人を見て
この人結構その教えてる側の人の表情とかを結構見てやるなやってるなーっていうのをバッチャンが見て思ってたってことですか
うーんそうやねやっぱり自分も
例えば上の人が説明してくれた時あっても分からへんかった時になんとなく
疑問に思うってなったらやっぱり顔に出てるし
それで顔見てなかったらこうなんかバーッと打ちながらこうやる時もあったり忙しすぎたらね上の人とかも
やっぱりそういう時にはあのちゃんと聞ける人やったらいいとかそういった人の個性というかもあると思うんで
僕やったらまだ上の人とかにパッと聞ける
ここは絶対ミスしたらあかんところ落としたらあかんところちゃんと聞かなあかんところっていうのがわかるけど
やっぱりそういった経験がない子やったらそのままスッと言ってもたりとかするので
そういうのはちゃんと拾ってあげる
なんかちょっと話が変わってるね
そうですね
実際なんか結構今回聞いてるのが特徴というかコツ
上手くするためのコツみたいな感じの話を聞いてるとね
実際確かに教える側として相手の表情とか相手の反応をしっかり見るっていうのはもちろん大事だなと思う一方で
自分が逆に受け手側説明される側の心得としても
それこそ露骨に顔に出すはめちゃくちゃ自分も意識してます逆に
分かんない時は分かんない顔をする分かんない表情を露骨にするっていうのは
自分が教えられる側の方の立場に立ってる時に気をつけてるところではありますね
逆に
もちろん表情を見るのも前提大前提その上教える側が表情を見るの大前提なんだけども
逆にその受け手側教えられる側の地で立った時も
めちゃくちゃ露骨にもちろん質問できたら質問するの大事なんだけれども
どういうことっていう顔をちゃんと出すっていうのがいわゆる言葉のキャッチボールを超えて
顔でのキャッチボールじゃないけど表情でちゃんと伝えるもちろんその後手を挙げて質問するとかもちろんもっと大事なんですけど
それをしないまでもこの人わかってるのかなっていうのがちゃんとわかるように表情を出すっていうのは
自分が教えられる側としてのマナーとしてやってるとある気がします
それはやっぱり会話を遮らないっていう意味でもすごく上手い表現の仕方やなって俺は今思ってるけど
そうですね毎回毎回わからなかったら質問してねって言っても
本当に話遮って質問するやつってマジでこいつ今言うなよ
なるなるなる
ぶった切るなよそこで
でも最後まで言っちゃうとわからなくなっちゃうとか忘れちゃうこともあるじゃないですか
受け手側もちろんメモっておくのはいいんですけど
でもそれこそそれは正直どっちもの話ではあるんですけど
教える側としてもちろん表情を見て逆に言ったタイミング
なんかこれをこれがこれこれこれはこうしてねって教えたやつに対して
相手の表情を見てっていう感じの伝わってないような顔をした時に
最後まで走り切ったとしても
なんかさっきこの辺りちょっとわからなそうな顔したけど大丈夫?っていうのをちゃんとこう
汲み取って
汲み取って聞き返す
誰かわからない人いるって言って手を挙げたかったらじゃあオッケーで以上でするんじゃなく
ちゃんとこっちから逆質問するみたいなのは教える側としての自分としては意識しているところがあるかもしれません
それ一ついい勉強になったな
うまい感じに聞けるというか
表情を汲み取ってくれたらできるから
相互のコミュニケーション大事なコミュニケーションも結局ビジネスコミュニケーションなんで
どっちの立場にも自分はなることもあるし
どっちの立場で立った時にもなんかやっぱ嬉しいコミュニケーションした方がいいと思っているので
その自分が受け手側の時はしっかりと表情に出すし質問とかもする
逆に自分が教える側だったら表情を見ながらなんか刺さってなそうなって思ったら
ちゃんとそこに説明中だったらフォローを入れる
分かってなそうですねとかじゃなくて
今自分が伝わってなさそうなって思ったら
例えばこうですけどっていう具体例とかを後に予定しなくても入れるとか
追加でフォローを入れるとかっていうのは結構やっているところではあるので
それがやっぱできているとどちらの立場でも結構効くというか
いいんだろうなっていうのは思っていますね
一つ勉強になったいいわそれ聞く側としてもね
教える側としてもそういう風にしてもらったらいいから
顔に表情を出してね先に言うとくのもいいかも分からへんね
教える側も分からない方は分からないような顔してって
それもありですねそう言ってもらえたら全然
気楽に聞けるし聞いてる側も分かんない顔したら
こいつ話聞いてないんちゃうかって思われるって思いそうじゃないですか
自分が聞く側としてもお前さっき分かんないような顔してたな
ちゃんと話聞いてるんじゃないかとかって言われるんじゃないかと思って
なるほど分かりましたっていう
言わなあかんような空気出してるかも分からへんもんね
そういう顔しちゃう後輩もいると思うんですよ
そんなよく分かんない顔したら
なんだ俺の説明が分かんねえってのかみたいな感じになる
上司もいる可能性いるじゃないですか
って考えたら自分は全然言っていいよ
逆に分かんないとかあったら補足するから
分かんない時は分かんない顔してくれてもいいし
全然質問もちろんしてくれていいからねっていうのを
言うっていうのは結構いいかもしれないですね
いい感じいい感じ
なんかそうやね
気になることじゃないねけども
答えよりもなぜを伝えるっていうのも大切かなっていうところで
これをなんでせなあかんかとか
そこが分かっとったらそのために行動できる
間飛ばしても順番間違えとっても
ゴールが行けるじゃないですか
だから何のためにするとか
どこに危険があるかっていう
その危険を避けるために道を回るのか
安全なものをつけるのかどうするのかっていう
自分の中での思考ができて
これやったら今やったら
ここにちゃんとした道を作った方が経済的というか
ずっと通るところやからそっちの方がいいよね
1回だけやったら遠回りしてもいいやんみたいなことの判断とか
自分でできるのかなっていうことで
答えを言うよりもなんでこういうことをせなあかんのかっていうのを
うまいこと伝えれたらなっていうところでは
そういうのをちょっと意識させてる
そこは確かにめっちゃ大事ですね
それこそワットじゃなくてホワイオンサイロンみたいな
よく言うと思うんですけど
やっぱそこが分かってなかったら
そもそもなんで家やるのかっていうところにもなるし
よくネット上とかで見る例えであるじゃないですか
レンガを積んでいる人に聞きましたみたいなやつで
君はなんでレンガを積んでるんだお金がもらえるからだよとか
なんで積んでるんだここにでっかい壁を作るんだ
もう一人に聞いたらなんで積んでるのって言ったら
ここにでっかい大聖堂を作ってそこに街の人たちがいっぱい集まるから
そういうでっかい大聖堂を俺は作ってるんだみたいな
感じのことを言う同じ作業をしてても全然違う
結局それもホワイがちゃんと最終的に大聖堂を作るためのレンガを
組み立てているっていうところを意識してやったら
例えばここは根本の部分だから土台に当たる部分だから
すごいしっかりとちゃんと寸分の狂いもなくやらなきゃいけない
丁寧な作業をするかもしれないけど
逆に金もらえるからレンガ積んだら金もらえるんだよねって思ってる人だったら
本当にただ見た目だけと思ってるかもしれないけど
レンガの間の土が甘いやとか若干ずれてるとか
ちょっとひび割れてるレンガでもいいかって使うとか
っていう可能性が出てくるとか
やっぱりそういう最終目的地最終目標がなぜゆえやってるのかっていうのを
ちゃんと伝えるっていうことを教える側がしとかないと
やっぱりそこはずれてくるというか
そもそもやりたいからそれをお願いしてるはずのに
それすら達成できないことになりかねないからこそ
なぜゆえやるのかっていうのを
しっかりと教える側として
教える側ときに伝えることが大事だなっていうのは自分も思います
現場でもよくあるけどここ掃除しといてって言うと
そこしか掃除してないっていうパターン
いやもっと汚れたところがあるやんみたいな
そういうこともあるから
ちゃんとゴールを示すことによってやっぱり人の動き方も変わるし
ちゃんと動いてほしいって思う成長してほしいって思うんやったら
そういうところをちゃんと伝えてこれは何のためにせなあかん
っていうことを日々言うことによってそのゴールを意識して
他のことでも感じ取ってくれたらなっていうところでは教えてる
大事ですね
それこそあれじゃないですか
ホワイトを知るからこそ
その先のやった方が良いことがわかると思うんですよ
例えば自分ちょっとイメージだけで話しますけど
現場みたいなところだったらそこを掃除しとってっていうのがあったときに
なぜ掃除するのか
例えば作業をした後汚れたままじゃ良くないから掃除しといて
なのかもしくはそこの部分に後々使う資材を置くから
そこの資材を置くところが汚れていたらその資材が汚れてしまうから
綺麗にしといてだったら多分全然違うと思うんですよ
普通にさっさっさーって終わればいい話なのか
ちゃんと土ぼこりがつかないように丁寧にするのか
っていう一個掃除しとっても質が変わるっていうのがありそうだし
そうなったときに例えばここに資材を置くから綺麗にしとって
だった場合は
資材が来るということはそこの部分をもちろん綺麗にするだけじゃなくて
例えばその周りに落ちてた機材系とかがあったりしたときに
それを壁岩で寄せとくとか
っていうのが多分プラスアルファで想像つくわけですよね
作業としてやった方がいいこと
逆にその掃除しとってだけだったら
逆にそのなぜゆえ掃除するのかわかんないから
もし逆にその機材を勝手に片付けてしまったら
これすぐ使えるようにそこに置いてたのに
なんでお前が片付けてるんだってなる可能性もあるわけですよね
そうなると教える側伝える側の方も
ちゃんとなぜゆえするのかっていうのを伝えることができるっていうのは
やっぱりそのできる上司というかできる先輩とか
っていうところの条件にも入るんだろうなっていうのは
ちょっと展示で思いましたね
そうやな
あるよね
やっといてっていう
やっとうんだけどもちょっとずれてるっていうのは
やっぱり伝え方が悪い時もあったりするから
それはやっぱり落とすというか
自分の頭の中ではこういう風なイメージやけど
それがちゃんと伝わってないっていうところのずれやから
そのずれを俺の場合だったらどうやって解消しとこうかって言ったら
やっぱりある程度ちょっと進んだ時に
その場所を見に行ったりとか
自分のイメージとずれてたら
言い忘れとったけどこのものはここに置いておいてとか
これはこのためにやらなあかんからなっていう補足ができたりとかするから
そうやってやっぱり間でちゃんとできてるかどうか
チェッカーフラグじゃないけど
ポイントポイントで押さえとかないと
それがちゃんとできたかどうか
伝え方によってはずれてる場合があるから
そういうのは意識してる
それで言うとホワイっていう
なぜゆえにやるのかっていうのもそうだと思うんですけど
もしいくつかの作業が組み合わさって
最終的に工事が終わるっていうのができてるとしたら
工事が終わるまでの大まかな流れっていうところを
ちゃんと共有していくっていうのはやっぱり
全体図を把握させるっていうのは
結構大事だなっていう感じがしますね
次のやつでちょっと話したいねんけども
どうしても僕時間に追われてるのもあるし
次の業務急がなあかんっていうのがあった時に
すぐに助けてしまうんですけども
教え方が上手い人はそういったのを自分でできるように
時間をとってちゃんとやってるなっていうのをすごく感じるなと思って
そこが俺ちょっと足りひんな
もうちょっとここ上手いことやりたいなっていうところがあって
ゴンゴンやったらなんか上手いことやってそうな気がすんねんけど
でも多分いわゆるOJTだと思うんですけど
現場で実際学びながらやってねみたいな感じだと思うんですけど
なかなか多分自分はあくまでソフトウェアエンジニアなんで
もちろんそういう一定締め切りとかもあるものはあるんですけど
基本的にあんまり締め切りがないようなやつとかを取っておくんですよ
新卒の新しい人に向けて
自分たちのプロダクトの中でもあんまり危なくないよ
ところのちょっとした修正とか回収みたいなやつを
ちょっとそういうチケットというか作業のやつを取っておいて
それで来た時にこれとこれとこれをやってみてくださいねっていう風にやって
大体その配属されてからそこまで最初の1ヶ月間ぐらいは
全然戦力としてそこまでカウントしないようにして
研修期間みたいな感じだね
研修期間とかも馴染んでもらうために
いろいろ触ってみてくださいねっていう感じにしてるっていうのがあって
なんで多分その時間に追われてないんですよ
追われないように会社もしてくれている
そういう前提で動いてるみたいなところがあって
そうなるとバッチャンの環境はそんなに詳しく知らないですけど
それを工事とかだったらやっぱりどっかしらを封鎖して
ここからこの間の期間で終わらせなきゃとかあると思うんですよ
手立ってくると多分我々よりもはるかに時間的制約がきついと思うんで
正直物にもよると思うんですけどしょうがないんだろうなっていうのは思っちゃいますね
でもその中でもやっぱり今さっきゴンゴンが言ってくれたように
時間に余裕がある仕事をそういう子らに振ってあげて
できたら褒めてあげるとか
こんな感じでそうそうみたいな感じでできたらいい感じやね
やっぱりそうやって何か物事を一つ任せて達成させた方が
できたとか褒めてもらえたとかっていうのがあるので
できるだけそういうのを増やしてあげた方が
やっぱり教えるのが上手い人はそうやって自己効力感を高めるというか
そういうのを一つずつ積み重ねたら自分の自信にもなって
次に動けたりとかこれを助けようとか思ったりするのかもわからないね
やっぱり挑戦することでやっぱり失敗するとかあると思うんだけど
失敗したら立て直しの仕方を教えるっていうのも一つの方法かな
なるほど
だからほんまに失敗したらあかんことは失敗したらあかんねんけど
経験としてまぁええかみたいなところは
一点失敗させてもいいのかなっていうところで
例えば手戻りが大きな傷にはならない
でもこれ間違えると後々大きくなるよみたいなことを
ちょっと自分の考えの中で
なのでやっぱり人って失敗することで大きいことを学べるんじゃないのっていう
やっぱりそこを言うたら傷になるわけやん
それをちゃんと埋めようと思ったらその失敗
恐怖訴求じゃないけど
そういうので今度からあの時失敗したからちゃんとやらなあかんみたいな
感じに思う
だから失敗はさせなあかんなとは思うね
そうですね
僕の経験なんですけども
やっぱり僕の先輩というか
高卒で入って21、22って言ったらちょうど言われたことはできる
けどその先のことができないような状態っていうのが長くつついとって
上の人からはもうちょっとやってくれよみたいな感じのことは言われながらも
その人が教えてくれたのは
ばちゃんなんでできひんかわかるかみたいな話の中で
よくわからないですみたいな
毎日言われたことだけちゃんとやってるんですけども
もしそれ以上やりたいんやったら
ちゃんと毎日自分が何をやったかっていうのをノートちゃんと書いて
あかんかったことも書いて
そういうことをやったら
できたことはいい
それは自分のできたことで
あかんかったことはなんであかんかったかっていうことを考えると
今度は失敗せえへんようになるよね
それを書いていったらみたいな話の中で
ずっと書いていってあかんかったこと
例えばやり方が悪かったとか
時間がなかったとか
やり方悪かったらやり方変えなあかんよねっていう振り替えができる
例えば時間なかったらそれを早いこと考えなあかんとか
っていうことの蓄積がどんどんできてきたっていうのと
あと業務が要素になってきたときに
たくさんなってきたときの整理もできるようになってきたりとか
やっぱりどれを先にやらなあかんとか
っていうのもできてきたりとか
時間がなかったやつをいつまでにやらなあかんとか
時間管理というか
っていうのもちょっと整理できるようになって
その人が教えてくれたことがすごく経験になっている
日々のやっとうことって
毎日のルーティンやねんけども
ルーティンの中でやっぱり日々改善していったら
少しずつでもよくなるっていうのが実感できたし
そのノートに書いてるっていうことで
見返せるし厚みとか出てくるし
こんだけ頑張っとってるなっていう
自己効力感を上げてもらったっていうのが
すごくためになったなっていう感じ
そうですね
確かに最初のうち
それこそ自分はやってるつもり
今やれているつもりみたいな感じに思っていても
そこを振り返るみたいなことをしなかったら
結局同じことを繰り返してる
自分自身は同じことを繰り返すつもりはないんだけれども
実際その広い目というか
もうちょっと抽象的に広げてみると
結局似たような失敗をしちゃってるみたいな
ケースもあると思うんですよね
確かにノート見とったら同じような失敗が続いてたら
これなんでやったんやろみたいなことにも気付いた
なんでそういうところってそういうふうに記録して
眺めてみて
あれ?俺って同じような失敗やってるじゃん
なんで同じような失敗してるんだろうって調べてみたら
例えばやり方で毎回同じようなやり方をしちゃってて
そのやり方自体があんまり良くなかったみたいな
例えばもうちょっと全体を可視化してやればよかったのに
いきなり最初から手をつけるみたいなことをついついしちゃってたみたいな
そういう時は毎回後で手戻りが発生したみたいなやつも
結局そういう記録することをしないとわからないんですよね
そうなんですよ
やっぱりノートに書くことによって気づきがあって
それからやっぱりその気づきからどういうふうに
課題を見つけて改善するか
その改善したことによってまた成長がする
そういった流れの中でやっぱりこの経験が
10年以上の新卒の教育に携わってきたことが
役に立てるのかなっていう
このPCAをぐるぐる回してる
やっぱり新卒が入ってきて悪かったところを見つけて
そこを直してあげて
さらなる成長
次に取り組めるっていう流れの中で
そういうことにつながってるのかなっていうところで
今回の言語化して振り返りをすることによって
自分の良い面でさらなる自分の中でも
今後もっとこういうふうに回さなあかんな
とかっていうところも気がつけたなっていうところで
バッチャン自身も新卒の子たちにも
PDCAを回して改善するっていうのをちゃんと教えてるし
バッチャン自身も10年間新卒の子たちが教える中で
どんどんより良い教え方みたいなやつを振り返って
どんどん改善していったっていうところが
たぶん今バッチャンのところに新卒をとりあえず
渡しといたらいい感じに鍛えてくれるわって
たぶんそういうふうに思ってくれてそうな
ところにつながってるかもしれないですね
ということで今回の一歩先への行動会議はここまでです
感想や話してほしいテーマがあれば
お便りホームから送っていただけると嬉しいです
それではまた次回の行動会議で
ありがとうございました
ありがとうございました