00:49
なんか、それの代表例で思いつくのは、花束みたいな恋をしたとか。
あれはいろんなライフステージの変化とかもあると思うんだけど。
何が好きかって結構、関係を近づける強固な要素になりうるんだけど、
意外となんか、そこの土台がゆるいときがあるなって思うんだよね。
なんか、友達でもあるか。恋愛だとそういうのは結構発生しやすい。
恋愛だと特にある感じするんだよね。これなんでなんだろうと思って。
大事なことを見逃しちゃうのかな。
なんか、共通点が嬉しいみたいな。目が向きすぎて。
なんか、そうだね。共通点が多くて遊ぶの楽しいっていうのは良いことだけど、
それによって楽しいに誤魔化されて、大事なことを見落とすのかもしれない。
やっぱり同じものに興味を持てるっていうことだけで、ある種、時間を過ごせる活躍になるわけじゃん。
例えば、このライブ一緒に行こうって言えるかもしれないし、
同じ熱量で同じものに向かえるっていうのはすごい楽しい。
同じような時間を過ごせるからっていう意味で。
だから、それは良いことなんだけど、本質は過ごした時間、
高揚感だけじゃなくて、好きなものに向かっている時の高揚感はそこでちょっと麻痺しちゃうっていうか、
一緒にいることによる嫌な面は麻痺しちゃう。見えなくなる。なりかねないというか。
好きなものが一緒だとさ、結構その人の好きなものに対する信頼感はあるじゃん。
03:06
その人自身への信頼感ってまた別の、全く別のもので。
そうだね、分かる分かる。
何て言うんだろう、分かんないけど、
例えばさ、趣味が同じ人が家族を大切にしてるかとか、
自分のこと、私のことを大切にする、大切な仕方がどんな感じかとか、
友達を大切にしてるかとか、
その人の根本への信頼。
趣味とはまたちょっと別のものじゃない。
楽しい時間が、趣味が一緒で楽しい話がたくさんできると、
謝ってその人の全てを信頼しそうになってしまうみたいな。
本当にそう。
大事なことを話さなくても楽しい時間があるから。
あとなんかさ、やっぱ好きなものが似ていると、
その対象から自分に取り込んでるものとか受け取ってるものが近しいからこそ、
近しいだろうっていう勝手な想定をしちゃうんだけど、
意外とそれって全然違ったりするなと。
そうだね、確かに確かに。
似ている映画のジャンルが近い人がいて、
一緒に映画じゃん見に行こうってだって見に行って、
なんか受け取ってるもの全然違うとか、
あんま考えてないみたいな人とかもいたりして、
なんとなく好きって言うだけみたいな。
結局そのものをどう楽しんでるかとか、
どう見てるかとか、何を受け取ってるかが本当は大事なんだけど、
そこを語るのって結構さ、深まってからだから、
そこに行く手前の線引きを勝手に本手にするだけでしちゃうみたいな感じなのかなって。
一番最初に言ったディスタンクションみたいな例で言うと、
やっぱり趣味そのもの、本当に抽象的な趣味の単語を聞いただけで、
勝手にみんな社会回想とかそのバックグラウンドも勝手に想定しちゃってるように、
その人の思考とか、そういうのまでもう想定しそうになってるっていうか常に。
っていうのは本当はあるんだろうな。
映画の作品一つ撮っても趣味一つ撮っても、
ゴルフやってる人はこうなんだろうみたいなこともあるだろうし、
ランニングやってる人はこうなんだろうとかさ。
その趣味とか、好きな作品とか音楽で、
その先まで勝手に知ったつもりになるっていう。
今の話をして、確かにこの作品を見てる人はきついとかさ、
06:05
この作品好きなんかよみたいなってあってもさ、
確かにそれがその人の本質とは全く違うっていうのは当然なんだけど、
それは、なんか、うっかり忘れちゃう瞬間があるかもしれない。
なんて言うんだろう、その、
あんまり良くないことを言いそうに。
例を挙げるときにその良くないことを言いそうに。
偏見が私の中の妥協しそうで。
最近、ゆーくんが言いたいことをちょっと自分なりに、
自分の言いたいことでちょっとアレしてきたんだけど、
なんかさ、近年やっぱりメッセージみたいなもの、
メッセージかハウツーみたいなものがすごいいっぱい、
特にSNS上でルーフしてて、
メッセージかハウツー。
その校舎のハウツーで言えば安易なハウツーで、
みんなコピペで、例えばその走り方、
こうやったら足が痛くないみたいな走り方もあるし、
これを使えば風呂が簡単にきれいになるみたいな、
もうすでに見たことあるような焼き直しみたいなものを、
ただひたすらPRとか、
セマーじゃないかもしれないけど、
そういうインプ稼ぎでやってるみたいな投稿いっぱいある。
どんどん投稿を一つ一つがチープ化してる。
たくさんある以上にさらにチープ化してる
ハウツーみたいなのがいっぱいあると思うんだけど、
プラスで、
主張するというのもある種のトレンドだと思ってて、
その一つが多分男磨きみたいなところだと思うんだけど、
でも全ての作品はある種の主張が混ざっていると思う。
だから三島由紀夫の金閣寺にはある種の主張がおそらくあるし、
それは別に明確には書かれてないんだけど、
物語と手を取って三島由紀夫が伝えたかったことがあるかもしれない。
それ何かわかんないけど。
夏目漱石だってあるかもしれないし、
紫四季部も何かあるかもしれない。
あれを切り取るっていうのは何かあるかもしれないみたいなのがあるじゃん。
でもそれがもっとお前ら痩せろみたいな強力なコンテンツに
どんどんなってきてるような気がしてて、
だから今まで例えば1970年の80年代とかに
こういう作品が好きですっていうのによって区切られてた。
あの作品見てる奴はこうだよね。
以上に男磨き界隈を熱心に見てる奴は
メッセージをひたすら浴びてるわけじゃん。
作品にお返ししてじゃなくてメッセージを浴びてるわけだから。
その当時例えば小説家を読んで何かを得ようとしてたのが、
お前ら歯を磨け、風呂に入れみたいなさ、
09:01
チーズ牛丼食わねーでこれ食えみたいなテストステロームみたいな
そういうメッセージをひとつのコンテンツとして得ているっていうのって
よりおいおい大丈夫かみたいな気持ちになっちゃうっていうか
男磨き界隈っていうのが今流行ってるのは知らないけど
ある種のモテみたいな
モテないと自分の価値が上がらないって信奉して
それをある種の自分の主張にしてる人のコンテンツを見てるっていうのは
なんかちょっと合わないだろうなっていうのは思う。
現役でこう接種してるというか
そこにコンテクストとかがあんまりない
まさにそうだねコンテクストもないし物語も別になくて
でも別にその
もうキープウォッチングというか
見てて見続けてもらえたらと思うけど
お前らのことは無視して
そのまま続けてもらえたら
いいというのはもちろん前提のモトだけどね
どうでもいい
やっぱさなんかどっかで
これ俺だけかもしれないけど
社会が良くなるものを見るべきみたいなのちょっとうっすらあってさ
自分の中に
社会の良くなる時代はどこか
それは別に分かんないんだけど
人を意図的に傷つけないとかさ
もちろん戦争をしてないとかさ
社会が良くなる方向のものを
考えたいって思ってて
そうなると本当に世の中には
社会をあえて意図的に悪くしようとしてるとか
むしろそこにも無自覚的な
闇バイトみたいなことやってる人いっぱいあるわけじゃん
自分がチェファレされたりとか儲けたいから
悪質なことを繰り返すみたいなパターンもあるから
どうぞやってくださいとも言えない
みたいな気持ちも正直あるかな
村上春樹を読んでる奴はこう
エクに代わる読んでる奴はちょっときつい
みたいな言い方はすごい悪質だとやっぱ思う
なあなんか俺は
別に自由なんだけど
それを言うことは
でもなんか悪質だなって
すごい無邪気な悪質さというか
すごい平凡な悪っていうか
奴はきつい
奴はきついみたいなロジックを結構よく見るじゃん
12:03
こういう奴はダメだみたいな
とかなんかあるでしょ
みんなそう言ってるみたいなさ
エクに代わりきつかったは
でも一意見でしょ
エクに代わりのこれきつかったは
わかんないけどね
それはでもさ
それをさ受け入れなくなったらもう
そうだよね
エクに代わりを自分が実際に読んで
エクに代わりのこういう作風とか
こういう作品の裏にある
こういう思想がきつかった
は一個の批判的な感想
まあ感想ですよ
って取れるけどやっぱその
エクに代わりを読んでる奴っていう
ワンバウンドさせてるのがやばい
それは確かに若干悪意はある
悪意というか
悪意というか
トゲ?チクチクがあるよね
チクチク言葉だよね
そうだね不必要だもんね
不必要だよね
なんか笛のなんかさ見てる奴はちょっときついわー
ではなくて
俺なんかちょっときつかったんだよなー
だもんね我々が言ってたの
これを読んでるような奴とかって
人を噛ませることによって
その対象を
深く分析したりしていないのに
本当はあんまりよく分かってないことを
カモフラージュできちゃうっていうのはあるのか
そうだよね
なんかなんだろうな
例えばさ吉本バナナ
吉本バナナはなんか
すごいライトな文体だと思う
そのアクター合唱
キッチンで
キッチンでアクター合唱撮ったんだよね
確認しておくわ一応
アクター合唱じゃないんだ
作家デビュー
失礼いたしました
お詫びして訂正いたします
なんであんなキッチンが
開演新人文学賞
キッチンってすごい
ある種の
現代文学の金字塔みたいなところあるなと思ってて
すごいライトな文体で
書かれててさ
15:00
言い方難しいけど
吉本バナナのキッチン読むやつっていうのも
ある種の一つの文学としてあると思うんだよね
こういうやつ
吉本バナナ好きな人はこういうタイプみたいな
言い方あると思うんだけど
それ以前に一つの文学の流れで
例えば俺去年
自分の誕生日国語ビンラン買ったんだけど
懐かしい
今そんなかっこいい感じになってんの
国語ビンランの認定体は懐かしいんだけど
懐かしいけど
表紙は想定がね
ここにさ
作家の色んな人が載ってるわけ
欲しいなビンラン
めっちゃ面白いよ
1000円で買えるからぜひ買ってほしいんだけど
今ねカメラオンで録音してるから
渡るのこの
国語ビンランのページを見せてくれるのがカメラに映ってたけど
全部モザイクかって
渡るの背景にモザイクかけてるから
今広げて見せてくれた中に全部モザイクかって
いかがわしい
いかがわしい感じになってた
犯罪者が映り込んじゃった時みたいになってた
バラエティー
名だたる作家の顔にモザイクがかかってた
ここにさ
タイムラインがあって
誰と誰がどういう関係だったかとか
この作家がこういう作品を発表したことで
文学がこういう風に変わってきたみたいな
美術展みたいな
歴史のタイムラインみたいなのがあって
それがめっちゃ面白くて
吉本バラナーとか村上春樹とかタワラマチーみたいな
1985年90年代みたいな
潮流があって
めっちゃ面白い
こうやって俯瞰で見るとすごく面白くて
村上春樹好きなやつこういうやつだよねとか
ちょっときついなって思ってる人って
特定のさ
誰かが嫌いなだけであってさ
この文学における村上春樹を読んできた人を
言ってるわけじゃないじゃん
でもなんか
もっと深く語って欲しいよね
本当はね
その心をもっと語って欲しい
なるほどみたいなのが欲しい
誰か特定の顔が浮かんではいるんだろうな
それをさ
読んでるやつきついって
18:02
10万人ぐらいに向けて言っちゃうのが
極めて間違いではあるじゃん
でも村上春樹読んでたやつきつかったな
もうやだけど
でもなんかそれさ
特定の誰かに2人3人ぐらい嫌いなやつ
いたとしてさ
結構意地悪だね確かに
急に自分事として下ろしてきた
あいつきつかったな
みたいなのを言ってるでしょ
村上春樹読んでるやつきつかった
って結構意地悪だよね
めっちゃ意地悪だよね
性格悪いよ
その人にさ
村上春樹読んでるからってかっこいいと思ってるのか
って言うのは仲いいじゃん
その目の前でね
かっこいいとこじゃなくてこういうとこがいいんだよって会話になるかもしれないけどさ
いつもいなくてさ
うんち入った袋を道端で叩きつけてるようなもんじゃん
みんなうがくさ!みたいになってるような感じじゃん
なんか結構
意地悪だな
冷静になったら
噛めば噛むほど苦味が出てくる
苦味出るよね
あいつきつかったなーって思い出してるけど
あんまね
趣味と結びついてこないな
やっぱ意地悪かもそれ結構
きつかったなって謎だしな
なんか嫌だったなーみたいなコミュニティはあるけど
そうね
ちょっと意地悪だね
厳しいか
厳しいってなんだろうね
厳しいはでも最近ねやばいぐらい流行ってるからね
厳しい
それこそ男めぐり界隈とか
厳しいってみたいな
なんかいろんな厳しいが最近
すごいみたいな感じになってきた厳しいが
厳しいにもいろんな厳しいがある
厳しいの中にもいろんな厳しいが
発生するようになって
昔はそんなことなかった厳しいは厳しいだけど
うんちの袋を
叩きつけた人なんだよね
その例えあんまりピンときてないよ
渡るよく言う
うんち袋の日
私結構ピンときてる
うんち好きだから
ヒカルうんち好きだから
21:00
中身が分かってないでしょ
そいつがおそらく下うんちなんだよ
まずね
自分も嫌なのずっと持ってんのがそいつが
うんちしちゃってこの袋が
それを
うんちってそれ自体も嫌だし匂いもするじゃん
うん
ベチャっとかついたりするとずっとこびりついてるよ匂いが
靴の裏とかについてずっと臭いなみたいな
うん
後を大きく嫌さみたいな
うん
手軽に投げられてしまうようなビニールに入ったうんちって
入ってんだね
みたいな感じ
でもさ今渡るがさ
そのうんちって自分が下うんちなんだよって言ったことによって
ちょっと一個また解像度上がった気がする
要はさ
誰かに対して嫌悪とかを抱くときって
その対象が
絶対的に悪いこともあるかもしれないんだけど
それよりはもうちょっと
自分の中にそれを
そこを刺激される何かがあると思うのよ
肛門刺激される何かがね
そうそう
嫌いだなとか苦手だなって言うときって
大事なことがボトルにぶれるからやめて
でもそうだよね
何かの表紙に
別にそのコマで溜まってた何かが
出ちゃうみたいなことだもんね
これさ
これうんち袋を叩きつけたみたいなことでしょっていうのは
2階から目薬くらいハイコンテキストじゃん
ありものみたいに言ってるけど
全然ないよ
説明が必要だよ
でもそれを忘れちゃいけないなって思った今
うんちしてるのは自分だってこと
自分発信ってことね
相手が悪いんじゃなくて
ってこともあるかもしんないけど
自分が食べたものができてるしね
自分の体調もそこから読み取れるし
本当にそうだよ
自分のコンディションが悪いときに
言葉沙汰
言葉沙汰みたい
うんちってすごいよ
来た来た来た
すごいな
うんち袋を投げつけるような
かんようく
今回のタイトルそれでいく?
大丈夫かな
うんち袋を投げつけないっていうタイトル
うんち袋を投げつけるのはやめましょう
24:01
クソ袋お願い
クソ袋
クソ袋ってなんかいいね
ギュッとしてるね
凝縮してる
かんようく
クソ袋を投げつける
という感じですか
なんかね
ヒカルの友人もね
クソ袋がぶちゃって飛び散っちゃった
と思えばさ
その人のうんちの解説
その人もなんかきっとあったんだろうな
別にそこに想像を働かせる
義務はないんだけど
あと袋の中入ってるからね
そこも大事なんだ
受け取る必要もないっていうか
嫌だなって一瞬思うんだけど
別に害は受けなくていいというか
受けてない実はみたいなね
っていう意味でもうんち袋って思っておくのが
いいのではないでしょうか
そうですねこれは
確かに嫌だっていうことは
最初はねどうでもいいんじゃないか
嫌でした
確かに嫌だった
簡単にやるんだけど
確かに人の好きな
俺らも今ここまででさ
人の好きなものを聞いたことによって
そういう行為が加速しちゃうってこともあるし
逆になんかちょっと合わないだろうな
って思っちゃうこともあるんだけど
その人がなぜそれを好きなのかを聞くと
全然違った景色が見えてくるじゃん
広がりが見えるじゃん本当に
それは希望だなと思ってて
多から少なかで自分が好きなものを言うと
相手は勝手に判断というか
印象を抱くんだけど最初は
でもその後何度でも
何でもあるからその後に
何が好きなのかを別に言うチャンスをもらえばいいんだろうし
相手が何か好きでって言ってきて
ん?って思っても何が好きなの?って聞いてみたらいいんじゃないかなと思うし
そうだね
あとなんか個人的にこういう話を
何が好きみたいな話をするときに
なんか気をつけようって思ってるのは
自分が好きなものを主張するときに
それと相反する何かを
否定する必要は実はないっていう
なんか否定しちゃいがちなんだけど
っていうのを結構なんか意識したりするかも
自分が好きなものをあげるために他を詐欺しちゃうっていうの
そうそうそう
犬が好きというのを強調するために
猫が可愛くないみたいなこと言うとかさ
27:01
なんかめっちゃ平易な例で言うと
あとちょっとごめんこれどんどん話が盛り上がっちゃうんだけど
今あなたがいかに好きかを言うために
過去の恋人を出しちゃう時あるじゃん
出しちゃう人いるじゃん
なんか今までで一番最高みたいなさ
過去最高とか言う必要ないんだよなって
順位で説明しちゃう人
そうそうそうなんかランキングがフワンって出てきちゃうみたいなさ
それも良くないなって思うんだよね
別に不必要だなっていう
同じ物差しで比較したくないしね
そうなんだよね本当に
はい
ちょっと長かったからこれ2回
2回目に分けましょう
前編後編で
お便りをくれた私の友達ありがとうございました
本当にありがとうございました
ぜひ皆さんもトークテーマ
こういう風にね
確かに今行き場のない話を募集していますが
全然それ以外にも
これどう思いますかとかね
俺らは別に大したこと言えないけど
一人でもやもやした時に
言ってくれれば
なんか一人プラス僕らで
話せるような感じになると思うし
聞いてくれればね
そういう話し相手になれますよっていう
はい
というわけでじゃあ今日は
ここまでにしますか
ありがとうございました
また次回もお聴きください