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IN YOU RADIO
引用ラジオ
小説や映画、ドラマや絵本など、日常で出会った言葉たち
心に残った言葉に、その人だけの経験や、普段考えていることが透けて見えてくる
引用する言葉から、あなたの中にもきあがる何かが、垣間見えたら
メンバーたちが持ち寄った言葉を取り上げながら、社会の生活を考え、雑談するポッドキャストです。
はい、こんばんは、こんにちは。
こんにちは。
ヒカルでーす。
渡部です。
えー、塚田です。
久しぶりー。
そうですね、久しぶりかつ、僕は初めてのリモート。
そうだね。
リモートサウンドですね。
もう僕らはスムーズに。
はい、これやって、あれやってって言ってるけど。
塚田くんは、え?何?みたいな。
それ何?ってなってる。
普通にちょっとね、緊張してるっていうのがありますね。
なんかね、対面で喋ってたら、変数がないじゃん。
はいはいはい。
もうね、機材とか、なんか、サイトとか噛んだ瞬間にね、
ちゃんと手を離れている感じがしますね。
いいね。
そういうの大事だよね。
慣れから離れるって。
いや、そうそうそうそう。
はい、でもちょっと久々ですごい楽しみです。
早速いっちゃいますか。
早速いっちゃいましょうか、はい。
いっちゃいますか。
えっとですね、今日はですね、
芥川賞作家西村健太さんっていう、
呉駅列車っていうので受賞されて、
すごく、いわゆるブライ派というか、
自由奔放にやってる人で、
ご自身もたぶん本当に40歳くらいまでずっと中学卒業してから、
肉体労働、ヒアトル労働をしてた人で、
全部小説も基本、詩小説なんですよね。
だからもう自分の経験を、
本当、セキララに書いているっていう人なんですけど、
今日ちょっと紹介したいのは、
西村健太さんの1、
私小説書き、詩小説書きの日常っていう本で、
本当に日記です。
西村健太さんの日記を、
そのまま出版したものになっています。
西村健太さん自身は、
自体はもう3、4年前に奇跡に、
急に亡くなられちゃって、
本当そこまでに書いていた日記とかも、
全部、一応今年のちょうど春とかに出版されていて、
で、ちょっとその、
03:00
急に読みたいなって思って、
呉駅列車も初めてなんですけど、
呉駅列車を読んで、
面白かったから、
ちょっとその日記に入っていたという感じでございます。
で、日記が、
僕が今日持ってきたのは第1巻みたいなやつなんですけど、
2011年の6月くらいから、
2012年の1月くらいまでを、
本当に紹介していってみたいな感じで、
例えば、
1月9日、月曜日、
11時起床、ニューヨーク。
夜までに藤沢製造短編集の本文と語注のゲラをすべて整える。
また、花風みたいなの繰り返し、
石も出てくるみたいな、
そういうのがどんどん続いていて、
本当に別に脈絡はないんですけど、
これが面白い理由の前提でいうと、
西村健太さんって、
ずっと日当ロードとかをしていて、
芥川賞を取った時は、
3回目くらいのノミネートだったので、
本である程度食えるようになっていたんだけど、
芥川賞を取った時って、
めちゃめちゃテレビに出てたんですよ。
ネプリとか、
いいともみたいなのに出てたりとか。
だから、ちょくちょく収録の話があったりとか、
すごいお金の使い方がちょっとずつ変わっていくとか、
人生の起点になった瞬間とか、
人生が本当に変わりつつある人の、
本当にその群像劇みたいなものを図らずとも書かれているし、
それをセキュラーに、
西村健太さんが書いているという点で、
すごく面白いんですけど、
ちょっと僕が、
日記文学というのは、
2箇所すごく面白かったなというところを出します。
西村健太さんはですね、
めっちゃキレるんですよ、
すごいアタマチで怒って怒るんですけど、
本当にやたら編集者と喧嘩したり、
飲み会で出てきた人と喧嘩したり、
その喧嘩したゆえんとかも、
すごくセキュラーに書いているんですけど、
その喧嘩した後の、
ちょっと喧嘩した後の、
だいぶ経った後の日記を読みたいと思います。
2月17日金曜日。
一旦王子の寺室に帰った後、
7時に改めて東京会館に向かい、
第146回芥川賞、直樹賞のパーティーの方に参加する。
その後、新庁舎出版部の斉藤桜井氏、
文庫の駅小浦氏、
小説新庁舎の堀口氏と、
あと田畑氏で近くの居酒屋に行く。
ここしばらく同社とは、
同社多分小説新庁舎の社ですね、
とは自分の瀬戸際外交的な態度がゆえんで、
決別寸前の状態になっていたが、
この席を見て一応の和解成立。
自分も火をあげる。
明日の予定が早いため、自分は10時半に駐座。
11時過ぎに帰宅し、入浴して就寝。
以上なんですけど。
なんか大人の喧嘩ってあんだなっていうと、
06:00
大人和解してんなみたいな。
和解してんのもちゃんと書いてんのも面白いし、
自分も火を浴びるみたいなことを、
なんか日記に書いてるのも素敵だし、
もっと一般的に大人の喧嘩ってあんま見ないし、
それを乗せると他人の喧嘩くびつかないから、
ちょっと僕はすごい印象的で、
他にも結構喧嘩して、
1週間とか経った後に、
手打ち式をするとかがあったりするんですよ。
手打ち式?
手打ち式。
この飲み会を手打ち式とするみたいなことで、
仲直りしたりとか、
それで火を浴びるとか、
これをもって和解とすみたいな、
結構随所に現れてきて、
喧嘩もそうなんだけど、
そこで謝れるとか仲直りできることって、
すごい素敵だなみたいなことをちょっと思い、
日記文学って基本的にはほんとに淡々としてるから、
ずっと割と同じことがサイクルって繰り広げてくるんですけど、
その中に時々スパイスのように喧嘩して、
和解式をするとか、
これをもって手打ちとすみたいなのが出てくるのが、
すごく僕はアクセントになってて面白いなと思って、
今日紹介をしたという感じです、まず。
しかもこれをもって仲直り、
なんだっけ?
手打ちとす。
これをもって手打ちとするみたいなのってさ、
式次第で卒業式とかで、
俺にて卒業式を見たらさ、
宣言、わざわざしないと終わらないものってさ、
この世の中にたまにあるじゃん。
開会式しないと運動会始まらないみたいな。
そういう別にいらないんだけど、
それしないとダメだよねみたいな、
社会の通例みたいなやつを、
プライベートとかにも持ち込んでるのが面白いなと思って。
だってその辺ってさ、
もう仲直りしたよねみたいなこととかってさ、
あんま確認しないじゃん。
まあ当たり前だけど。
あの人許してくれたなっていうのってさ、
なんとなく察してさ、
ちょっとそこへ、
ちょっとこっちに非があることをやっちゃって、
向こうは許してくれたなっていう時ってさ、
ちょっとしばらくこっちを大人しくしたりするじゃん。
そういうのしかないから、生活には。
なんかめっちゃ面白いで。
しかも仕事の場でないよね。
喧嘩ってあんまり。
ないないないない。
それがなんかおもろいなと。
僕はね、仕事の場で喧嘩あるんですよね。
あ、そうなんだ。
なんかお前、先輩とか他社の人には?
パワハラされたり、
すごい失礼なことを言われることは多々あるんだけど、
09:02
基本なんか笑顔で、
笑顔で許してるんだけど。
そういうのは。
他の人に危害が加わった場合は、
改善するためにいろいろやったりするけど、
自分の場合はまあ、
そんなに過酷なのは今まであんまりなかった。
一回だけあったけど。
ないから基本笑顔で流してるんだけど、
一回ね、
なんか先輩が撮ってきた素材がもうダメすぎて、
めっちゃストレス溜まって、
僕が編集しなきゃいけなくて、
その人が撮ってきて、
僕が編集しなきゃいけなくて、
それでおもしろいかどうかが図られるみたいなときに、
素材がひどすぎて、
もうめっちゃストレス溜まってるときに、
その人がなんかどんな感じ?みたいなの見に来て。
で、一応結構20個ぐらい上の人だから、
一応見せた。
20個ぐらい。
20個ぐらい。
15個ぐらい上の人。
一応まあ、ツルッと見せて全部。
今編集こんな感じですみたいな。
そしたらなんかめっちゃダメ出ししてきて。
で、なんかもうダメ出しされきったときに、
もうめっちゃムカついて。
めっちゃムカついて、
お前が撮ってる素材、
みんな使えないって言ってるからな、
みたいなこと言っちゃう。
そこまで強くなかったかもしれないけど、
みんな言ってますよ、みたいなこと言っちゃった。
これみんな言ってますってあんまり言わないほうがいいじゃん。
ずるいじゃん。
そうだね。
事実はみんな言ってたんだけど、
事実みんなあいつの素材使えないって、
他の先輩も言ってたんだけど、
つい口をついて言ってしまって、
確認がしようもないかつ、
あまり的確じゃない、改善できない文句みたいなのを言っちゃったことがあって、
それでもう向こうもめっちゃキレて、
なんか言い合いになっちゃって。
こっちがやっぱ日があるから、
プロデューサーにチクられて、すぐ。
プロデューサーに言うみたいな感じで、
その人こうやって出て行っちゃって。
面白いけど。
出て行っちゃった時に急に冷静になって、
やばい、だいぶ傷つけること言っちゃったなと思って。
プロデューサーに怒られる云々よりは、
だいぶ傷つけること言ってしまったことが結構ショックで、自分で。
冷静になったら。
すぐ謝りに行ったの。
ごめんなさい、さっきのこれは言い過ぎましたって言いに行ったら、
いや、もう言うから、みたいな。
もう言うもんね、みたいな。
言っていただいて構わないですけど、
ごめんなさい、みたいな。
言ったけど、ごめんなさいって受け取ってくれなくて、
ただ怒りを沈めに来たのかと思われて、
もう言うもんねって言って。
言うもんね。
20個上の人の言うもんね。
それ仲直りできたの?
手打ち式したの、手打ち式。
12:00
してない、もうずっと気まずい。
そうなんだ。
まだいるから会社に。
まだいるから。
だいぶ人間関係のこじれってもう終わるよね、そこで。
結構不可欠にさ、終わって。
っていうか、お前の仕事をみんなダメだって言ってるぞって言うのって、
もう嫌いな人にしか言わないから。
たぶんもともとちょっとこいつもうダメだな、
ちょっとね、仕事をすごい手抜く人だったから、
それがまず許せなかった、ずっと。
そういう人とはもう仲直りできないんだろうね、きっとね。
もう余地がない。
というのはちょっとすごい反省してるんだけど、
みんながあなたの仕事ダメって言ってますわ、もう二度と言わないようにしたと思って。
そうだね。
ヒカル先生はどうですか?喧嘩とかする?
私はもう何年も喧嘩してない。
社会人になってからたぶん一回も喧嘩してないかも、誰とも。
家族とももはやしてないね。
でももともとめっちゃ喧嘩大好きという。
家族喧嘩ほんと耐えなかった。
兄弟喧嘩もすごいしてたし、親子喧嘩もほんとにしてたし、
両親の夫婦喧嘩もほぼ毎日みたいな感じだったから、
昔はほんとに喧嘩してたし、
この間ふと思い出したんだけど、
子供の時とかって親とかと喧嘩した時に、
怒りを自分の中に、もちろんわーって言ったりもするんだけど、
その言った後も自分のイライラが収まらなくて、
リビング一階で喧嘩して二階の部屋に戻る時に、
すごい階段をどんどん踏み鳴らしたりとか、
ドアバーンって閉めたりとかすごいしてたなと思って、
ああいう怒りってもう沸くことがないというか、
腹立つことある。日常生活でもちろん腹立つことあるし、
なんだいって思うけど、
行動としてあんまり出ないというか、
怒ってる自分をすごい俯瞰しちゃう。
物には当たらないよな。
物に当たらなくなったな。
俺でもスマホとか布団に投げてたわ。
え、最近?
割と最近。
え、それどういう時に?
それは仕事の思い通りがない時みたいな感じだから、
喧嘩ではないかも。
自分の心のやり場がなかったみたいな感じとか。
でも確かに独り言とかめっちゃ言うかも。
15:01
なんだこいつとか言いながら。
意味もなく叫んだりとか言ってる。
部屋の中で。
確かに叫ぶと気持ちいいもんな。
叫ぶと気持ちいいのは一つの心理ではある。
やっぱさ、
ストレスが溜まると息が浅くなるじゃん。
だから叫んで吐き切った方がいいんだよね、息をね。
新しい空気吸って、
そうするとちょっとスッキリする。
それはめっちゃわかる。
物系とかは自分で解消できるけど、
人間関係はさっき渡辺が言ってたみたいに、
相手との関係性があるから。
でもそこを仲直りできる人間でありたいし、
逆に喧嘩っていうのはさ、
後から振り返ってみれば仲直りをしたから言えるようなことというか。
つまり仲直りがなかったらその場で絶縁というかさ、
人間関係リセットというかなくなったらそれでいい。
世の中で仲直りをするって、
実は尊いというか今大事なのかなってちょっと思ったんだよね。
手打ち式とか仲直り会をわざわざしている精神性は
俺は忘れたくないなって思った。
もし仲直りしようと思ってさ、
呼び呼んで、
お茶しながらやりましょうみたいなのがわかんないけど、
ご飯食べながらって呼んでさ、
まずこっちも悪かったから謝らせてくださいって言って。
こういうとこが今本当に良くなかったなと思ってますって言ったら、
そうだよねーみたいになっちゃったらどうする?
まぁそうでしょ?みたいな。
まぁわかったらいいよ、許すよみたいな。
向こうにもさ、やっぱりちょっとこっちも悪かったんだけどって
言ってほしいみたいな気持ちあるよね?
ある。
あるなぁ。
どうだろう。
100こっちが悪いパターンもあるけどもちろんね。
それはもうさ、ネクタイ締めていくしかないけど、
でもさ、もしそのお互い様ぐらいの時に、
でもなんかどっちも言い出さないけど
解消しときたいなみたいなパターンで、
こっちから言い出したら向こうが謝ってくれなかったみたいなこともあるだろうなと。
あるね。
それリスクだよね。
リスクだ。
リスクだけど、
でもなんかその疑念がある人には謝りに行かないんじゃないかなって。
まあそうかもね。
確かに。
その信頼あっての。
この人とならまだやり直せるだろうっていうのがあるから。
あるから手打ち式やるって。
だから結構手打ち式は、
18:02
関門が狭いっていうか。
そうだよね。
手打ち式流行った方がいいと思うんだよね。
確かに一個の儀式としてね。
最初に渡るが言ってたさ、
開会式みたいなさ、
仕事でいう区切りみたいな、
そのピリオドないしは、
最初の大文字をちゃんとわざと作ることを、
ないがしろにせずやる。
なんかさ、
そういうサービスやってみたら、
レンタルスーツとかもあるし、
当たり障りないんだけど、
疾走でもないっていうか、
ちょっと落ち着く。
ラベンダーの香りが漂ったりとか。
ファンシーすぎない場を用意し、
レンタルサービスとして。
甘いものも出てくる。
それは新しいマナーとかだと、
マナーじゃないけど、
例えば、
喧嘩してる友人の共通の友達が、
それをやったら、
その日のご飯はタダになるみたいなさ。
ご主義みたいな。
そうするとみんな、
こことこ喧嘩してるんだったら、
自分がやらなきゃみたいな。
放課犯出てきそうな気がした。
こことこ喧嘩させてみたいな。
死の承認みたいな。
あいつらこの二人会ったら絶対喧嘩するぞ、
みたいな奴らをさ、
集合させて。
邪悪すぎるな、そいつ。
自分の飯代飲み代のために。
人の人をかなりと喧嘩させる。
かなり邪悪だね。
そういうのがね、
日記だと、
ドラマがそういうことにしかなくなく起きない
っていうのもあるのかもしれないけど、
いいなとか、
思ってたりもしてますね。
なんかね、
他の日もあって、
これはむしろ飲み会後なんだけど、
忘年会かな、
さっきの手打ち式をした新庁舎との
忘年会があってですね、
昨年もこの日に、
矢野田畑氏らと忘年会を行っていた。
が、その時の自分が、
不遇意識の塊みたいになっており、
随分と彼らに抗議めいた、
それにしても、
今年は本当に新庁舎には
お世話になったものだ。
やはり、
作家は不敵されながらでも
書き続けることが肝心であると、
改めた瞬間。
素朴な気づきがいいね。
午前2時に解散、
帰宅。
心に残る一夜。
心に残る一夜。
あんなにブチギレてたのに。
21:00
他のところには、
田畑氏って人がいつも担当ヘッドホンにいるんですけど、
今まだ怒っているので、
いないものとするとか書いてある。
かわいいな。
いないものとしている人とかと、
こういう風に、
まさに素朴な気づきがあって、
日記に心に残る一夜って、
作家が書いても結構、
そんなに軽いことじゃない気がするんですよ。
心に残る一夜って、
一行書くのって。
そういう、
人間生活しているの、
いいなと思って。
物語って、
いかに、
奇跡が起きるわけじゃん。
物語。
奇跡が起きたり、
すごい辛い思いをしたりとか、
そこからV字回復したり、
いろんな谷山があるんだけど、
日常の中で言って、
谷とか山は別にないんだけど、
でもさ、やっぱ、
ヒカリがだいぶ前に、
結構序盤に言ってたけど、
陰陽ラジオの序盤に言ってたけど、
やっぱ、
素朴な気づき、
誰にとってもそれはそうでしょっていうことに対して、
自分だけが、
これって改めてこうだな、
みたいな、
素朴なんだけど、
自分の中で納得感が得られる気づきがたまにあるじゃん。
それは景色を見ているときなのか、
友達となんか、
めちゃくちゃ楽しく、
飲んだ後に解散した夜なのか、
帰りの電車なのかわかんないけど、
その素朴な気づきを、
湧いてきたとき、
残せるのが日記っていうかさ、
いやでもそうだね。
そうだね。
なんか日記文学の、
良さというか、
僕は日記面白いなと思った、
読んだ理由が今すごい言葉になったなと思ってて、
日記を面白くするのって、
外で何かが起きるんじゃなくて、
うちで何かを起こさないといけないというか、
自分の内面として、
内面として起伏を感じられるかどうかが、
多分大事なんだと、
今思いました。
フィクションはね、
外に出来事とか、
きっかけを求めたりするけれど、
なんかさ、でも、
そういうものもあるよね。
だから、
逆になんか、
ただ観察してるんだけど、
観察してる何でもない日常が、
書き残されることによって、
ありありと残される。
だから外側をちゃんと残すっていう日記も、
あるなとは思う。
もちろん。
だから、内面がないタイプの日記も結構あるとは思う。
むしろ。
行動記録みたいなこと?
そうそう。
自分も過去日記をめっちゃ書いてた時期があって、
その中でさ、
夏休み最後の日みたいなタイトルをつけた日記があって、
それは自分の気づきはほぼゼロなんだけど、
24:01
起きたことだけを書いてる日記があって、
タクシーに忘れ物をして、
イヤホンを忘れちゃったんだけど、
ケースごとね。
ワイヤレスイヤホン。
で、
ネットで
タクシー会社を見たら、
利用証もらってたからさ、
タクシー会社を見たら、
取りに来るか送るかで
行けますみたいな。
お宅に送料着払いで送れますみたいな。
せっかくだから取りに行きたいなと思って、
ちょっと翌日時間あったから、
電話で取りに行きますみたいに言ったの。
西早稲田の駅に
タクシーの住所が書いてあって、
そこまで行ったんだけど、
そこの建物がすごい面白くて、
立体駐車場の中に
タクシーの事務所が一番上にあるみたいな。
エレベーターもない建物で
7階くらいあるんだけど。
それを登って行ったり、
タクシーの知らない運転手さんに
事務所まで途中で迷子になっちゃって
案内してもらったみたいな。
そういう
心象風景みたいなのも
日記で残すと、
すごい印象的で
自分で書いたんだけど、
起きたことを残しておいてよかったみたいな。
特に気づきも
何もないんだけど。
あの人がいたことみたいな。
あの運転手さんが
最後まで案内してくれたりとか、
ちょっとお喋りしたりとか、
運転手始めた時のことを
話してもらえたみたいな。
外部で起きたことしか
書いてないけど、
気づきはないんだけど、
ちょっと自分の中で大切な
記憶になってるみたいな。
確かに。
本当そうだよね。
世の中に起きていることも、
自分の心に沸き起こったことも、
人類史の
99%以上は
消えてなくなっていくというかさ、
無ではないけど、
ほぼ無になるわけじゃないですか。
日記ってすごいよ。
それを書くことによって
それが残るって。
いやー、そうだよね。
確かに。
そんなすごいことを思っていても、
全然僕は続かないんだよな。
うーん。
いやー、そうなんだよね。
日記続かないんだ。
なんか、
僕がある一時期、
すごいこう、
残さなきゃみたいな。
全部残したいみたいになっちゃう。
一回日記書き始めて連続すると、
もう全部残したいみたいになっちゃって、
どんどん文量が毎日増えていくみたいな。
それは分かるね。
それはそれで結構しんどくて。
ある程度もうなんかさ、諦めないとさ。
うん。
残すの諦めないといけない。
だからちょっと軽くでもいいから
続けたほうがいいような気がするんだよね。
1行でも。
なんか日記やろうかな。
27:00
ついにこれが。
やりたい気になってきた。
いやなんかさ、
あの、
私その今付き合ってる彼氏とさ、
日記じゃないんだけど、
若干これ話すの恥ずかしい話なんだけど、
なんか付き合う前から、
なんかデートの議事録書いてて、
え?
一旦聞こう。
この話をするとみんなに
え?ってなるんだけど、
なんかその彼がもともと、
議事録ってそんな固いやつじゃない。
ほんと日記ぐらいの。
その日のハイライトみたいなことね。
を書く人で、
なんか別にデートに限らず、
友達と例えばキャンプに行った日とか、
なんかみんなお互いに
こう面白かったこととか
印象に残ってることを書き合って、
なんかシェアするみたいなのを
なんかもともと習慣としてやってる
らしくて、
でなんかそれを
なんかすごい
自然なことな感じで、
なんか初めて
ちゃんとデートした後に送られてきて、
その議事録が。
あ、共有もされるんだ。
そう、共有されるの。
で、え?面白ってなって、
で私も議事録返しして、
そこから続いててずっと。
ずっと議事録書いてるんだけど、
なんか
それ書いて
共有し合ってると、
なんかその、
一緒に見て、
あ、これなんかおもろいねとか、
まぁ大体言ったようなその日の
ハイライトみたいなことだから、
記憶に残ってることなはずなのに、
なんかすごいこぼれ落ちてる
ものってこんなにあるんだみたいな。
自分が覚えてなかったけど相手が覚えてくれてる
こととか、
なんかそういうことがすごい
こんなにもあるんだみたいなのを
すごい新鮮に
感じられてめっちゃ面白いんだよね。
面白い。
しかもなんかそれはすごい
なんか本当に
ワタルがさっき言ったみたいな
何も
気づきとかでもなくて、
なんか例えば
この間
夜行ですれ違った人が
なんかたまたま
俺ボンターメ好きなんだよねって
言ってたねとか、
なんかその全然
ほんと些細なことというか、
なんか
記憶に留めて
置く必要があるかと言ったら
そうじゃないかもしれないようなこと
とかも
書き綴っておくと結構面白いなとか
いや愛おしいんだよな
そういう
かけらが本当に愛おしいよね。
なんかやっぱ
今の聞くとさ、
俺ボンターメ好きなんだよね
という音すら
自分自身であったみたいな
それを経験して
あの空間にいた
その空みたいなことを
事実としてあるし、
そこにいたあの瞬間も
自分であるし
なんか
それを残しておくっていうのは
なんかすごい愛おしいよな
30:02
ね
あとさ
それで言うと議事録みたいなのを
残しておくことで
相手が
好きな人の誕生日に
なんかあげたいけど
やべえなんだっけな
この人欲しかったやつみたいな
毎回なっちゃう
あんま得意じゃなくて
相手が今欲しがってるものとか
的確に覚えておいて
ちゃんとあげるみたいなのが
すごい苦手なんだけど
そういうのも残せそうでいいよね
最近例えばアップルウォッチは
新しいの欲しがってるらしいみたいな
とかわかんないけど
財布が古くなってきた
みたいな
うんうん
そういうのやっぱさ
そこが繋がると嬉しいよね
そうだね
考えてくれてるんだみたいな
あと一個さごめん
喧嘩の話に戻るんだけど
なんか最近喧嘩の
ことについて触れてる本
どっかで読んだなと思って
めっちゃ4冊ぐらい
探してたんだけど
最近めっちゃ本読んでて
で
今日この後
紹介しようと思っている
えくにかおりさんの
いくつもの週末
っていうエッセイなんだけど
夫婦生活について書いてある
エッセイなんだけど
そこに仲直りについて
書いてある一文があって
芸術誌について
ちょっと引用すると
仲直りというのはつまり
世の中には解決などない
解決などというものは
ないのだと知ることで
それを受け入れることなのだ
それでもその人の
人生から出ていかない
その人を自分の人生から締め出さない
コースアウトしないこと
って書いてあって
これ夫婦だから
そういう風になるんだと思うんだけど
確かになと思って
仲直りとかもせずに
シャットアウトしてコースアウトしていくこととか
もうなんか
この人とはかからないようにしようみたいなことって
めっちゃあるけど
で仲直りってさ
その喧嘩の時に
言ってしまったひどいこととか
思ってしまったことって
なくなりはしないじゃん
でもその上で
一回手を
手を打つっていう
関係を続けていく
っていう前提のもと
手を打つっていう
そういうことなんだなって
すごい思った
分かり合えないし
いつ言ってしまったこととか
思ってしまったこと取り消せないし
解消とか
あの
完全な解消はありえない
関係性の中で
やっぱそれをちゃんと
ちゃんとそれを考えて
続けたいなと思う
33:00
なんかさ
それで引用
引用返し
チューヒチョルさんのさ
気になってた
共に生きる世界
バラバラな世界で共に生きる
リチャードローティの
研究をずっとしてるんだよね
チューさんは
すごい好きで色んな本読んでたんだけど
リチャードローティが書いてる
連体とは何かみたいな
話があって
連体のところから
私が定義する見方は
道徳的な進歩と称されること柄があること
しかもその進歩が
現実的により広範な
人間の連体へと向かっていることを
肯定するものである
しかしその連体は
あらゆる人間存在のうちにある事故の確信
事故の本質を承認することではない
むしろ連体とは
伝統的な際
種族
宗教
人種
その他の違いを
苦痛や恥ずかしめという点で
類似性と比較するならばさほど重要ではない
重要ではないと
次第に考えていく能力
私たちとは
かなり違った人々を我々の範囲の中に
包含されていくものと考えていく
能力である
ありくどいんだけど
例えば人と人が連体する
っていうのは
その人の本質を
全部受け入れます
その人そのものを全部受け入れます
ってことじゃなくて
いろんな違いもあるし
その違いが
何か息づらさとか
苦痛とかいろんなものともなっている
その点では共通している
とかを考えながら
包含していく
みたいなことを言っていて
すごい良い考えだな
今のヒカルが話してくれたことも
そういうことに近いというか
人間そのものを受け入れると
気にならないところもいっぱいあるけど
それはそうなんだと
いろんな差異があって
その差異は良いところもあるし
悪いところもある
悪いという理由で
苦痛を感じたりとか
例えば仕事ができないみたいなことを
勝手に言われるようなところも
もちろんみんなそれぞれあるじゃんと
その差異と
それぞれが感じる苦痛みたいなものを
前提としながら
内包していくみたいな
ことなんじゃないの
みたいなことを書いていて
それを思い出していたので
なんかそうだよね
今の話もそうだけど
ヒカルの話とかも
言っていて
僕が仲直りに
惹かれているというか
他者に対して
実はすごくピュアに
仲良くなりたいとか
関係を続けたいって言える
意外と数少ない態度なのかなって
思って
36:01
既に仲良い人に対して
もっと仲良くなろうってあんまストレートに
言わないじゃん
いろんなことの中でそれを感じ取ることも
伝えることもできると思うけど
仲直りって
あなたと仲良くしたいんですって
なんかその
単純に関係に対して
100%答えてくる
それは違いとか恥ずかしいとか
いろんな違いとか
コースアウトしちゃったものだけどやるって
実は告白とかに
近いことなんだな
俺思った
仲直りとはね
チューしようってことだと思った
もう既に
関係はあるけど
チューしませんかみたいなさ
うん
確かに
だってさ恋人同士でさ
チューしても別に変わらないじゃん
何も
でもチューするわけじゃん人は
やっぱそこにはさ
もっと仲良くなろう
みたいなのがあるんだろうねきっとね
もっと
もっとなんか
なんか仲良いけど
みたいな
なんかある気がしたな
なんか
でもそれって結構やっぱ
前より無くなってる感じがする
無くても生きていける感じもするから
うん
チューが無くても
確かにねだしなんかもうその人に対して
怒ったりとか感情をぶつける
みたいなことがさすごいこう
あまり良いものとされて
ないみたいなその
怒りを真似締めとするものであるみたいなさ
そういう
風潮もあるからやっぱなんか
喧嘩っていうか
なんか話し合いとかなんか議論
みたいなその
問題解決みたいな方向に
なんか向かってしまうことが
結構多い気がしてんだよね
うん
でまぁそれが必要なときもあると思うんだけど
なんかこう
ピュアな感情の発散とかって
ある意味すごい相手の信頼がないと
できないことだから
なんか
より尊いよね
喧嘩とか仲直りって
うん
でも多分ここで
喧嘩したら僕は仲直りしたい
と思う気がする
それ思わないって言われたらちょっと
ちょっと辛いわ
でも思わないっていうのも逆にすごいよ
なんか態度の表現として
確かにね明確で
逆に気持ちいいけどね
なんかそう言われたいかもしれない
無理な人に対しては
なんか無理してさ
ちょっと気まずく一緒にいられるよりさ
もう仲直りも
もうしたくないですみたいな
の方がなんか明確で
すっきりするかもしれない
うん
私もこのメンバーで喧嘩したら仲直りしたい
なんか
2対2とかで喧嘩したら面白いよね
渡る派と光る派で別れて
39:00
どっちにつくかみたいな
どっちがどっちに来るか
天下分けの戦いだ
寝返りとかやだな
寝返りしたやつが一番株落としそうだよ
そうだね
寝返りって
そっか寝返りあるな
仕事上であるな寝返り
えー
直前日まで
これでいきましょうみたいな会議で
こういう風にいきましょうって言って
2人とか
なんとなく合意してたのに
会議で
僕が発表したら
ダメ出ししてくる先輩がいて
あれーみたいな
はしご外すみたいな
そうそう
えーみたいな
あるかも
スケープゴートみたいにされた
急に
それで恨んだりは全然しないんだけど
その発表した空気とかを見て
違うかもなと思ったんだろうなとか
色々あるじゃん
他の関係者もいる中で
改めて聞いてみて
これじゃないなみたいな
だからいいんだけど
いやーなんかそうね
今別に自分が最近喧嘩したとか
仲直りしたとかってだけじゃないんですけど
そうちょっとこの感覚を
共有できてすごい嬉しかった
なんか仲直りの認識が変わった
変わったね
仲直りとはチューしたいって
チューなのである
仲直りの告白である
なんか気持ちいい
なんかいいないい感じになった今
そうねしかも全体見物とも
3人が引用を重ねる
確かにね
3人が
重ねた
改めて最後に
もう一回読みますか
ちょっとご紹介しますが
2月17日金曜日ですね
ここしばらく
同社か新調者とは
自分の瀬戸際外交的な態度がゆえんで
決別寸前の状態になっていたが
この席をもって
一応の分かり成立
自分も日を上る
日本日の予定が早いため
自分は10時半に駐車
11時過ぎに帰宅し
入浴して就寝
というところで西村健太さんの
私小説書きの
日常でございました
いやーよかった
すごい
久々の塚田会
いやいやいや
場外ホームラン出ました
満塁場外ホームラン
まじか
でもね
いっぺらでもネタはあるから
また楽しみ
また聞きたいですね