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IN YOU RADIO、小説や映画、ドラマや絵本など、日常で出会った言葉たち。
心に残った言葉に、その人だけの経験や、普段考えていることが透けて見えてくる。
引用する言葉から、あなたの中に湧き上がる何かが垣間見えたら。
メンバーたちが持ち寄った言葉を取り上げながら、社会や生活を考え、雑談するポッドキャストです。
はい。
第…
8回。
8回。
第8回ですね。
渡るです。
よい子です。
塚田です。
ヒカルです。
今日の担当はヒカルです。
はい。
8回。
2回言うってショートな思い。
ショート。
えっと、早速。
早速。
今日持ってきたのはですね。
はい。
これは単歌集なのかしら?
そうです。
ちくま文庫から出ている笹井ひろゆきさんの永遠とくちからという詩集です。
で、これもね、付箋めちゃくちゃ貼ってて、好きな歌が多すぎて選ぶの難しいなって思ったんですけど。
えっとね、4つほどを紹介したいなと思ってます。
ちなみに笹井さんの経歴書いてる?
笹井さんの経歴はですね、1982年佐賀県生まれ。
佐賀。
はい。
佐賀なんだね。
結構歌本の歌とか多いね。
うんうんうん。
で、2004年から作家を始めています。
で、いろいろ事象歴とかがあるんですが、2009年にも実は亡くなっていて、結構若くして亡くなっています。
で、この歌集は亡くなった後におそらくご家族が出したのかな?歌集になっています。
なんかこう病気がね、確か。
そうそう。
体の動きがあって寝たきり。
そう。
というか、結構伏せてる時は長かった。
うんうん。
病床でね、創作活動をしたり、楽曲の創作もしていたっていう方ですね。
で、今日読みたい歌は4つあって、まず1つ目が、
あるいは鳥になりたいのかもしれなくて、夜をはためくテーブルクロスっていうのと、
03:09
切らないで置いたたくあん、苦しそう。本来の姿じゃないものね、っていうのと、
あと、廃品になって初めて本当の空を映せるのだね、テレビは。
うん。
最後がですね、温かい連休を持つ。で、ここにカッコがついてて、光ってた、光ってました。カッコ閉じ。
分かっています。っていう歌なんですね。
うんうん。
で、これ、他にも好きな歌いっぱいあるんだけど、なんでこれいいのかなって思った時に、
なんか人間ではないテーブルクロスとか、たくあんとか、電球とかテレビとか、そういうものにも魂みたいなものがあって、
それがなんか人間と同じ価値を持ったものであるみたいな視点から歌っている歌がすごい多いというか、
それがなんか笹井さんの歌の特徴だなっていう風に感じてて、なんかそういう視点ってすごい日々生きてると忘れちゃう。
うん。
だけど、例えばなんか、自然に触れた時とかに結構思い出すんだよね。
で、ちょっと話がずれるんだけど、この間渡るがおすすめしてて、たくらむラジオで、
ヤマップの春山さんがゲストでいろいろ話をされていて、
で、その中でね、この回のタイトルが、私が山を歩くのか、山が私を歩くのかっていうタイトルで、
その中で山を歩いてると、自分が歩いてるんじゃなくて、山に抱かれているような感覚を覚えるとか、
山を歩いているときに花を見て、花が咲いているとか存在しているんじゃなくて、
存在が話しているみたいな、話しているかみたいなことを感じるんだみたいな話が出てきて、
人間が死体ではなくて、自然とか物に実は死体があるとか、そういうことを感じられる瞬間とか、
そういうことを思い出させてくれるものって、すごく触れていて癒される感覚がすごいあって、
で、なんかみんなそういうのってありますかって、最後なんだけど。
06:06
いかがでしたか?
そう、なんかね、うまくちょっとこれどういう話の広げ方しようか迷ったんだけど、
なんかそんな繋げ方を自分の中ではしてみました。
いや、面白いな。
よく聞いて思ったのは、動物とかでもないなっていう、植物でも出てくる生物というか、
たくあんは別に言えば生を受けているかもしれないけど、
ただ電球、テレビ、タンブラーなんか、テーブルクロス、鳥になりたくてはあったけど、
なんかそれが並んでいるのもちょっと面白いというか、
結構動物と人間が等価であるみたいな話とかあるじゃないですか、植物とか山とか。
意外と無機物に対してはアミニズム的な感覚ってそんなに持って語る人ってあんまりいないなっていう気がしていて、
そこがちょっと面白いなというふうに思いましたけど。
感じる?
生命的なとか。
いや、僕は多分一般的な、平均的な人よりは感じている方だろうなっていう自覚は結構あって。
そうね。
でもまあ日本人の感覚としてそういうことを思う人多いんじゃないかなと思うよね。
物に、その無機物にも魂がやわよろずの神じゃないけど、
これを簡単に捨てられないとか、
そのバチが当たるみたいな感覚とかもそういうのに近いかなと思うし、
なんかかわいそうみたいな。
雨晒しになっている自転車がかわいそう。
確かにね。
なんかね、陶営とも言えるかもしれないし、そこに何か見ようとしているのかもしれないし。
これはなんかもしかしたら単価論みたいになっちゃうから全然詳しくないしわからないけど、
なんか今話を聞いてて思ったのは、
雨晒しの自転車かわいそう。
例えば物を投げていたらその物が痛いとか、捨てたらちょっともったいないとか、
トイストーリーに感じるみたいな。
あれはとは実はこれはちょっと違う気がしていて、
この3つは願望だよね。
願望ないしはその無機物が仕事して空を映したかったかもしれないけど、
映せてなかった。
今映せてうれしいとか、
鳥になりたいのかもしれないとか、
たくあんが理想的な状態じゃないのかもしれないとか、
電球だったら自分の意思である意味光ってたり光ってなかったりするみたいな。
なんかそこの一方的じゃないところの陶営があってグッとなるのかもしれない。
かわいそうっていうのはさ、
たぶんその自転車がなんか受動的にそこに存在せざるをえなくて、
さらに選択肢もない。
願望もなんならない。
09:01
で、雨を受けるしかない中で、
それを救済してあげられるのは人間だけだみたいなさ。
屋根があるところに移動させてあげればかわいそうじゃないかなって。
全能感を持ってないじゃないですか。
なるほどね。
なんかその主客がそこに固着してる感じはある中で、
すごい面白いのはやっぱりその動きとか、
例えばテレビだったら映り込んでるその反射とか、
電気だったらその温かさみたいな。
確かに。
そのなんかなんちゅうの、
そのものの振る舞いみたいなものに寄り添っているのが素晴らしいなと思って。
確かに。
それを主体的なアクションとして捉えているっていうのは素晴らしいよね。
そうだね。
なんかその短歌って結構あるある大喜利と近い種類っていうのもある。
自分の気持ちとか自分の状況を読むときの短歌ってなんかあるあるこれあるよねっていう。
自由立派いくとかとも近くて。
そうだね。
を31時にするという面白さだなと思うんだけど、
なんかあるいは鳥になりたいのかもしれなくて、
夜をはためくテーブルクロスという歌を読んだときに、
めっちゃ情景が。
そうだね。
どういう、夜をはためくテーブルクロスだよ。
シーツとかでもいいのにテーブルクロスで、
まず夜。
テーブルクロスが夜をはためいている。
これめっちゃ難しくない?
どういうシーンのいつ。
どうも。
あるいは鳥に。
見たことないけど見たことあるような記憶をね。
ね。
はためく。
テーブルクロスがはためく。
惹かれていいや。
テーブルクロスは何色に見えましたか?
私、青、ブルー。
そういう気がしましたね。
鳥に引っ張られているのかもしれないけど。
俺の中ではね、
狭いワンルームのキッチンがすぐ横にあるテーブルで、
色はでも白っぽいかな。
誰もいなくて。
窓を背に見てるみたいな。自分。
暗い薄暗くて。
ストックルームみたいなことだけ電気がついてるみたいな。
当然だけど、みんな違うね。
違うよね。
あるいはっていうのから始まるものをまたいいなと思って。
可能性を残してるというか、
そうなのかもしれないみたいな、
距離を残してる感じがすごい。
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それこそ時系列がありますよね。
見てる瞬間。
たぶん、僕が思ったのは、
その部屋でシーンをずっと落としてた。
試作に吹けていたある展開があるいはから始まる。
歌にしてるけど、その前がきっと存在してたんだろう。
最近、村上隆さんの
限りなく遠目に近いブルーを読んだんですよ。初めて。
あんまり小説とか本を読んでこなかったから小中学校で。
初めて読んだんだけど、一行目が
その音は飛行機ではなかったみたいなところから始まるんだよ。
すごい面白いよなと思って。
前の文脈を前提として突如始まる音とかビジュアルって
すごい刺さるなと思って。
勝手に想像する余白とか、
上を仰いでたのかなとか、
飛行機の音があったとか、
上を仰いでたところに急にストーリーが始まるって。
前後が存在することを保証してくれるような気がして
安心する。物語のために作られた物語じゃないなって感じがする。
もちろん物語のために作られた物語なんだしね。
すごいね、それを寄せちゃうのはテレビ的というか
カメラを介在してる感じかもね。
つまり現実というか世界が流れてるところを
いかにどう抜けるかというか
そこがワクワクして始まるっていうのは
面白い感覚だなって。
確かに。今の話聞いててさ、
映画とかってそういう始まりするなと思って。
一番最初に何かのよくわからない部分の
すごいクローズアップとかあるよね。
じわじわ引いていったりとか。
エブエブとかそうだよね。
リビングだっけ?
鏡に映ってる誰かがいてどんどん引いていく。
いつもごちゃついてる。
素晴らしいやつなんだよね。
結構合う?
好きなんだよ。
引いてくって。
これなぜいいかっていうと
やっぱり人は具体的なところにある方が
興味を引きやすいわけよ。
これなんだろうみたいな。
バクとして東京の映画バーンってきちゃうと客観だから
東京とか街なんだ、昼間なんだみたいな
情報しか入ってこないんだけど
具体的なところからじわじわ情報量が増えていくと
多分没入しやすいんだと思う。
そうか。
客観から入った方がいいものもあるんだけど。
じゃあアレイアンはその引く。
そうだね。
映画の最初のシーンすごいちょっとフェチというか
注目しちゃうとの映画。
エブエブの面白いところはどんどん言っちゃうよ。
なんか物でこれはアジア人の家族なんだとか
知りはめされてるんだよ歩道具で。
引いていくことによってその情報が
ちゃんと新情報として入ってきて
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汚い机とか狭い家みたいなのが
声がね。
ちゃんと表現する。
本当にいいカットワンカットだなと思う。
西川みや監督の
素晴らしき世界
のファーストカットめちゃ良くて
雪が降る建物の外観なんだよ。
外観と思いきや実はそれ内側から
部屋の中から撮って
ギューって引いていくと
牢屋みたいな窓に
格子がある。
ギューって引いていくと
ここに役者小児さんと
向こう側に監視員みたいなのがいて
話したりとやりとりしてたけど
あ、牢屋の中なんだ
みたいなことが分かってくるみたいな
あの順序素晴らしいな。
何から始めるかみたいなのが
すごい大事。
あるいは。
あるいは。
あるいははそういう。
すごいよね。
テレビのとこなんていうの?
もう一回ちょっと。
配信になって。
初めての空を。
配信になって
初めての本当の空を映せるのだね。
テレビは。
この陶器もいいよね。
配信になって。
テレビは最後に出てくるんだもんね。
テレビは。
このオレンジの付箋のやつ。
オレンジ。
温かい電気を持つ。
こっちはでも自分が主語なんだ。
私が温かい電気を持つ。
光ってた。
光ってました。
分かっていますだけ。
分かっていますが自分か。
そうカッコが
台話?
台話の歌だよね。
道端に落ちてる物って結構好きで。
私も好き。
いろんな物が剥奪されたり
文脈も剥奪。
こっちから見たら文脈が剥奪されてるし。
リボンとか落ちてたら
何かについてたんだろうなって思う。
そうだね。
この間は家帰りの途中に
道に落ちてたのは
多分保育園か幼稚園で作られた
ティアラ。
折り紙で作ったティアラ。
バンドが付いてて
車に引かれて落ちてて
いろいろ考えちゃったね。
もしかしたらこれを作って
追って帰る途中に落としちゃったのかなとか。
子供は泣いてるかもなと。
あるいは地球にティアラをかけてあげたのかもしれない。
あるいはね。
あるいはね。
私も結構写真撮っちゃう。
落とし物見つつ。
落とし物っていうか違和感がある
風景写真撮っちゃう。
個人自己紹介とか言ってて
18:01
結構印象的だった。
この回これだね。
私その仕事
1年目の時に。
1年目の時に。
ちなみに宇多田ヒカルも
落とし物をめっちゃインスタグラムに
あげてたの。
共通点嬉しいわ。
結構ね。とんでもない物落ちてるんだよね。
つけ物とか。
意外とね。つけ物とか落ちてる。
どういう状態のつけ物?
どっちかっていうと
ベパチカとかで売ってる
袋に入った
透明な袋に入った。
きゅうり
圧縮されてるやつ?
もっと大胆なやつあるじゃん。
圧縮されたっていうより
袋に入った。
意外とって。
意外とは未だに気にならない。
意外とつけ物とか落ちてるんだよね。
落ちてない前提だから。
基本的には。
あんまり落ちてないけど。
意外と。
意外かそれ。
意外じゃないのは
靴とかさ
衣類は
靴もちょっとやだな。
靴結構見る。
靴とかわかるけど
大きい靴はなかなかない。
ランキングにつけてすると
上位に上がってくるのは
靴でしょ。あと軍手。
あ、軍手。
軍手で袋系はよくある。
その辺は上位に。
私さ
前の前ぐらいにつけてた
メガネが
家出た時に必ず
カバンに入れたのに
絶対にカバンに入れてたのに
移動したら
なかったっていうことがあって
絶対にどっかで落としてんのよ。
メガネを。
脱出したの?
家にもなくて
完全に
消失してて
届け出したの?
すごく探したんだけど、街で。
自分の住んでる街で。
メガネ。
届け出したの。
探したんだけど
どうしてもなくて
辛いね。
誰かしらが見つけて
運んでるんだろうなと思ってくれたんだろうな
そうなんだよね
メガネパックる人いないだろうしね
テレビ落ちてるの撮ってたの
私も
結構いいテレビじゃん
道路沿いに落ちてる
国道っぽい
メガネだけターミネーターみたいに
落ちてて驚いたもん
この間ね
人参がパックに入って綺麗ににじまっちゃって
拾おうか迷ったね
これ3本入ってて
21:02
確かにそれを経験してる人は
漬物が意外と落ちてることで
引っかかるかもしれない
食パンが落ちてるとか
食パンね確かに
漫画的な
食パン食えて出るみたいな
食パン1枚が音じゃなくて
パッとして音
6枚切りの音
私1枚も見たことある
マジ?
ワラなんじゃない?
食パン食パン
そういうワンじゃない
その食パンを写真とかに
あげて
SNSが特定される
みたいな
そういうこと?
それほぼヒカルも特定する
怖いね
そういう癖がある人間にするしかない
でもあったよね
台湾の
台湾の風習で
赤い封筒みたいなものを
路上に落としておいて
それを拾ったら
その人とは婚約しないといけないみたいな
全然違う話
台湾の風習で
未亡人
旦那さんを亡くした女性の
身元を引き受けをしてもらうために
女性側の遺族が
赤い封筒みたいなのを
台湾で払って
上野で発見されたらしくて
上野で拾っちゃった男性が
SNS上げて
これ何これ
上げたら変な札とか
入ってるんだけど
これは台湾のここ
めちゃめちゃ怖いんで
どうにかしますみたいなのが
出てました
ちなみに
台湾行った時に
占いやったの
赤い封筒に占い入れられたんだけど
どういうことなの
もしかしたら台湾の封筒って
デフォが赤いのかな
そういうわけじゃないと思う
なんかあれだね
寝られたんじゃないの
ステレス呪い
ステレス手術
職場の先輩と3人で
3人泊めて行ったんだけど
みんな赤い封筒に入れられた
台湾赤い封筒
拾ってはいけない
写真
画像見て
確かに
でもこういう感じよ
いただいた
いただいたやつ
占いとかで調べた?
デフォが赤いんじゃないの
デフォがね
台湾の封筒は全部ダメってこと
っていうか
台湾で封筒を落とす
ってやつだったんだけど
赤い封筒って珍しいから
日本が勝手に台湾で赤い封筒
24:01
海外強調されたみたいな
わかんないけど
面白いね
都市伝説感すごい
これ事実というか
回避方法としては
5種類200件を渡して素敵な相手が見つかるように
と言えば拒否できるとの素晴らしい
それで思う?
それで一攫千金狙うんじゃない
落としまくってさ
一攫っていうか
100攫くらいしないと素敵な相手しないけど
気になってたのが
拓腕元の形って言おうが
切られた状態が
本来のオリジナルってこと?
私が
それで描いてるんだと思うんだけど
私もどっちが本来の姿?
桐見ちゃんみたいなことにしよう
そう
桐見ちゃんみたいなことね
拓腕は切られた形が
正しい形
あの女の子が窮屈な思いしてる
そういうことか
でも拓腕がどう思うか
わかんないよね
これに関してはそうだね
それはそうだよね
なんだろう
大根で会った時の方が
清々しい気持ちよさがあったのに
でも知らないよね
付け物って付けられてるからね
あれは
切らないでおいた拓腕って
紐とかでくくられてるのかな
だから苦しいってことか
そういうことか
でも
あるべき姿
本来の姿じゃないものね
本来の姿って言っても
切られてる姿だから
切られてない拓腕っていうのが
拓腕に慣れてなくて
苦しそう
そうだね
全くそれを思ったことないんだけど
子供の頃
家で買い拓腕って
出されるのは全部切られてたから
初めて切られてない拓腕見ちゃったら
結構びっくりした
こういう感じなの?
見ちゃいけないもの見ちゃったみたいな
結構びっくりした
しかも道の駅みたいなところで見たのよ
ありそう
道の駅に
あるべき一歩手前の拓腕
あるべき一歩手前というか
見て驚いたという
ところではなくて
拓腕側が拓腕に慣れてなくて
それが難しいとかじゃなくて
苦しそうという
言葉に落とし込むのが
面白い
大根
大根だよね
そうすると
切られてない状態が本来の姿だけど
拓腕っていうものになった時に
切られてないのは本来の姿じゃない
27:00
ちょっと寂しい
悲しい気持ちになるのは
あるべき姿というのが
想定されてて
本来の姿が
そうでないと
苦しいというのはちょっとやだなとは思ったけど
でも
私は
本来の姿じゃなくて
苦しいという
自分の思いを拓腕に
当ててるから
拓腕見て苦しそうだな
というよりは
どこかに
本来の姿である
自分と
その本来の姿を出せない自分がいて
それを拓腕を見て
拓腕も
今同じように
苦しいみたいな
そういう
拓腕が苦しそう
今の
ミニコーンの解釈を取ると
本当に言いたいことは
苦しさかもしれない
それを拓腕という
間抜けなというか
身近なモチーフにしているというところが
ちょっと
引っかかりが
あっていいかもしれない
それを
滝とか崖とか
苦しいとか
あの岩尖ってるよね
みたいな
拓腕だ
それって結構淡化
手法で
本当に言いたいことと
さっき言ったのとあれだけど
違いと
全く結びつかないような
逆みたいなものを
くっつける
そうだね
アクロバット
まさにアクロバティックだと思う
結構
象徴されている
目立つ歌
そうだね
これが病床で書かれていた
歌ということも
含めると
踏まえると
電球とかテレビも
生命とか役割を
負えている
ものを
読んでて
それに対する
なんていうのかな
そこに存在して
君は光を放ってたよね
みたいなことを
受け取っている歌だったり
とか
廃品になった
ことによって
なんだろう
できたことがあるよね
みたいな
歌になっている
その苦しさも
希望もあるような
そうだね
それを苦しいと言ってしまうのは
今は苦しいかもしれないけど
廃品のテレビの歌とか
希望が
廃品になってからのテレビって
あんまり
思いをさせることないし
映すが
30:00
仕事のテレビが
映せなくなってから
本当に映したり
映せなくなってるから
多分屋外に置いてあって
想像ではない
暗い画面に
空が映ってる
壊れてなかったら
屋外にいないし
言葉に反して明るい歌
そうだね
そうそう
バランスが
私はこの歌はすごい好き
テレビの歌も
鳥になりたいのもしかしたら
本人も
そうかもしれない
心どっかで思ってたことなのかもしれないし
軽やかさはあるよね
笹井さんの単価ってさ
バッグにあるものは
いろんな思いとか
使われなくなったとか
薬済みの
まだ
想像と認識されてないものを
対象としながら
そこに流れた
何かしらの投影をしながら
でも軽やかな
明るさと切なさとか
苦しさと
軽やかさが
両立してる
バランスがめちゃくちゃいい
うん
じゃあ最後に
どうしようかな
えー
今回紹介したのは
ちくま文庫の
笹井ひろゆきさんが
書いている
永遠と口から
で最後に読む
歌は
廃品になって
初めて本当の空を
見るのだねテレビは
でした
ありがとうございました