引用ラジオ
小説や映画、ドラマや絵本など、日常で出会った言葉たち。
心に残った言葉に、その人だけの経験や、普段考えていることが透けて見えてくる。
引用する言葉から、あなたの中に湧き上がる何かが垣間見えたら。
メンバーたちが持ち寄った言葉を取り上げながら、社会や生活を考え、雑談するポッドキャストです。
お願いします。
渡るです。
橋間です。
渡るです。
引き続き、3人でお届けします。
早速、私の引用を今回します。
実はこれ、この間フライング引用したんだよね。
しかもその後、光が担当するというフリっぽいのをしておきながら、出てこなかったんだけど。
あいだいちゃった。シャープ。
あれ、いくつだ。88か。
の塚田くん担当会で、ちょっとだけフライング引用させていただいた。
衆英社文庫から出ている、えくにかおりさんの「いくつもの週末」というエッセイを引用したいと思います。
えくにかおりさんは、小説とか童話とか詩とかエッセイとか、翻訳もやったりされてるんだけど。
有名な小説だと、キラキラ光るとか、東京タワーが有名な方で、結構恋愛の小説が多いんですけど。
このエッセイは、ご自身の夫婦関係について書かれているエッセイになっております。
2001年に最初の初版が出ているんですね。
2024年に27刷りしてる。
すごいね。すごくない?
すごいね。
すごいね。1ずり分で何部するんだろうね。
すごいね。相当売れている。
すげー。知らなかった。
25年前の作品なんだ。すごいな。
すごい、いいなーっていう文章めちゃくちゃあって、いっぱい付箋貼ってるんですけど。
今回引用したいのは、桜ドライブとお正月っていうタイトルのエッセイで。
序盤というか流れを説明すると、
友達の夫婦の話が最初にあって、
その夫婦はすごい夫婦喧嘩が多い夫婦なので。
で、この妻側と多分えくにさんがお友達なんだけど、
しょっちゅうもう別れるみたいなことを言ってるらしいんだけど、
その女性の妻の方がすごい江戸っ子らしくて、
お祭りの神田明神のお祭りの時期に、
毎年やっぱり私別れられないっていう連絡が来るんだって。
それはなぜかというと、
その夫のお祭りのハッピー姿が本当にかっこいい。
とてつもなくかっこよくて、
もう絶対別れられないって毎年電話がかかってくるんだみたいな話があって、
で、なんかそういう、こういうのって結構大事だよねみたいな話が書いてあって、
古典的なテレビドラマとかで、
結婚記念日を覚えてないみたいなのがその夫婦喧嘩の種になるように、
こういうなんか1年に1度ぐらい初心に立ち返りたくなるものだみたいな。
で、初心をこう無理やり引っ張り出すようなことが大事なんだみたいなことをまず書いてあって、
で、それがえくにさんのご夫婦の中でどういうものかっていうのが書いてあるところがすごい素敵で、
いい助走。
そこ引用したいなと思います。
ちょっと長いんだけど。
我が家ではそれは例えば春。
1年に1度夜会社から帰った夫に桜を見たいという。
普段お月見しようとか夜のドライブをしようとか、
散歩に行こうとか誘っても今度ねとあっさり断られてしまうのだけれど、
桜だけは特別。
次の日が風や雨だったらたちまち散ってしまうからだ。
夫は大抵いいよと言ってくれる。
近所に桜並木がたくさんある。
双子玉川に行く途中とか大きな教会の近くとか。
夫と私は車の屋根を開けて深夜その道を走ることになっている。
私は立ち上がって屋根から顔を出すので夫はゆっくりゆっくり走ってくれる。
そうでないと風が顔にぶつかって息ができないからだ。
住宅地なのであたりは本当に静か。
顔は寒いけれどあれは素敵なドライブだ。
街灯のあるところは特にきれいでつい口を開けてしまう。
月も見える。
もう一回とか別の道を通ってとか嬉しくてたまらない私は言う。
白い花びらを見上げながら来年もこの人と一緒に桜を見れるかしらと思う。
これは全く単純な疑問文として思うのだ。
一緒に見たいと思うのではない一緒に見るのかしらと思う。
それはなんだか不思議な感じでそう思うとき私は自分の人生をちょっと好きになる。
来年もこの人と一緒に桜を見る可能性がある。
そのことがとても希望に満ちたことに思えて嬉しい。
そしてそれはもちろん一緒に桜を見ない可能性もあるからこその嬉しさなのだ。
物語が幸福なのはいくつもの可能性の中から一つが選ばれていくからで
それは私を素晴らしくぞくぞくさせるという文章で
文章としてすごい好きだなと思うんですけど
前半のえっくにさん自身の無邪気さというか
式の中の移ろいの一つのイベントみたいなものをすごい大事にしていることとか
車の屋根を開けてそこから顔を出して桜を感じている姿の少女みたいな
アドキナさんみたいなところがすごい目に浮かぶというか
そういうところの素敵さと後半がすごいえっくにさんらしい文章だなと思って
なんかえっくにさんってえっくにさんの作品結構いろいろ読んでるんだけど
そこに出てくる主人公がすごい恋愛に没頭してたりとか相手の人のことがすごい好きだったりとか
そうじゃないこともあるんだけど
そうであったとしてもどこかに
どこまで行っても他人であったりとか交わりきれない分かりきれないみたいなことの孤独とか
近づききれない余白とか別れてしまう予感とかそういうものがどこかに漂ってるところが
すごい引き込まれる部分としてあって
一緒に見たいとかじゃなくて見れるのかしらって思うみたいなところとか
見ない可能性をこんなに桜を一緒に見ることを無邪気に楽しんでいながらも
見たいって思うんじゃなくて見ない可能性もどこかで感じてるみたいな
そういうところがすごい素敵だなと思って引用しました
これちょっとね今回問いないんですよ
どう思いましたこの文章なんか
いやー震えるね震える
震える文章?震えた?
最後一冊何つってた?なんかすごい文章で終わったよね
最後もすごい好きなんだけど
物語が幸福なのはいくつもの可能性の中から一つが選ばれていくからで
それは私を素晴らしくぞくぞくさせるっていう
すごいよね
ハッピーエンドだったらいいってことじゃないってことだよね
自分が描いてた予定調和のハッピーエンドじゃなくて
あくまでもこの人と桜を見ない可能性見る可能性
そもそも桜が咲いていない可能性
桜が咲いているところに住んでいない可能性とか
いろいろある中でこれが今回は選ばれたっていうことが
嬉しいってことだもんね
いろんなこう自分が選べなかった選択肢とか選ばなかった選択肢がある中の
今自分が手にしているのはこれだということに幸福を感じるっていう
なんかそれってわかる
すごいなんか女優みたいなしゃべることになってんじゃん
それってわかるなって思って
なんかさ私ちょっとこれ違うかもしれないんだけど
なんかあの
なんていうのかな
昔付き合ってた人と話すのとか結構好きで
昔付き合ってた人と昔話をするの
昔話じゃなくてもいいんだけど
しかもそれなんかわざわざ会って話すとかじゃなくて
もうみんなでこう久しぶりに大人数で集まった時に
ふと同じ空間にその人がいて
でその時は別にわざわざ話に行ったりとかもしないんだけど
なんかこう何回か何時回かの時に席が近くなってとか
帰りの電車がたまたま一緒でとか
そういう時にふと話すのとかが結構好きで
それはなんか別になんか未練とかもちろんないし
そこからの発展とかを全く期待してないんだけど
なんかなんていうのかな
その一度はすごく親密な関係になった人で
でいろんな結末があり得た人じゃない
今も一緒にいたかもしれないし
別れてそこから絶縁
すごい嫌な別れ方しても口も聞かないみたいな
絶縁もあり得たかもしれないとか
いろんな可能性がある中で別に今
そんなにすごく親密でしょっちゅう会わせたりとか
するわけじゃないけど
ちょっとなんていうのか
自分が選んでいたかもしれない選択がちょっと
目の前をよぎるとかもそうだし
決して近い場所にいるわけではないんだけど
なんかこうなんていうのかな
お互いなんかなんていうのかな
通りを道を返して手を振り合うぐらいの距離感で
繋がったり会話を持つことはできるっていうことの
幸せとかそういうのを感じたりするのね
その感覚にこの書いてあることがちょっと近いなって思って
いろんなあり得たかもしれない可能性の中で
今その目の前にある一つの現在というものがすごい
確かにね
ちょっと輝いて見える瞬間みたいなのってあるなと思って
確かに
それは結構上手くいってる人間関係よりも
一度ある意味終わったというか
収束した関係がもう一回浮上した時とかの方が
より感じやすいのかもね
そうかもね
そう思うといかにかおりが全然
現在進行形のパートナーに対してそう思えてるのは
ストリーテラーならでは
確かにね
あんまり普段生きてて思わない可能性の束の一つだって
そうだよね
しかも特に結婚してる相手とかだったら
来年も一緒に桜を見ない可能性とかって
なかなか考えないよね
そうだね
でも
うまくいってない
ドロドロ不倫のドラマとか見ると
こういう可能性もあったのに
仲良くできててありがたいなみたいな
みたいなのも
突然夫に感謝とかしよう