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イメージできることは何でも現実化できるというのなら
2026-10-27 30:14

イメージできることは何でも現実化できるというのなら

ディクロージャーディを見てきました。

もはや「懐かしい」レベルのストーリーを、そうと知りつつ見て、思い出したのは自分がもはや諦めて、望むことさえしなくなった昔の夢。

ものの本に書いてあるように、もしもこの現実が私の意識の投影で、望めばなんでも叶うというのなら、もちろん、なんのためらいもなく、私は地球外生命体がすでに地球に来ている現実を選択するし、そうでなかったとしても、別に何を望もうが私の勝手なのだから、その望みが現実になる世界を夢みて生きよう、と思ったのであります。


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サマリー

映画『ディスクロージャーデイ』をきっかけに、若い頃に抱いていた宇宙人やSF的な世界への夢を思い出した体験を語る。かつてはスピリチュアルや自己啓発に救いを求めたが、自営業で現実的な成果を得る中で、目に見えない力への期待から距離を置くようになった。肉離れを経験した頃には、他人や天からの助言を受け取るかどうかは最終的に自分が判断するものだと考えるようになったという。現在は、宇宙人がすでに地球に来ている世界や、それが公になる未来を、自分が望むなら選んでよいと考えている。また、ドラマや映画への強い依存についても触れ、物語を楽しむことが自分の人生を支える大きな要素だと話す。

『ディスクロージャーデイ』と宇宙人の物語
IKUKO Labo ワンダーランド
このポッドキャストは、私の音声日記です。 毎日の暮らしの中で気になったあれこれを、気ままにおしゃべりしています。
よかったら最後までお聞きください。
こんにちは、IKUKO LaboのKanada Ikkoです。
10月27日火曜日の午前9時12分13分に収録をしております。
また間隔が空きましたですね。前回ね10月9日だったぽいので、18日ぶり2週間以上空いたみたいな感じになっております。
多分前回話した時点では、IKUKO塾、今今年新しく始めたですね、IKUKO塾の講座とかの話をしていたかなと思うんですけれども、その後いろいろなことがありまして、
今日の時点で一番新鮮な話題はというと、映画のディスクロージャーデイを昨日見てきたという、それが一番ホットなトピックかな、自分の中で。
この映画は賛否両論というか、いわゆるコンタクト映画なんですね、宇宙人とのね。
すでに20年ぐらい前、もっと前からスピルバーグが何度も、スピルバーグ以外でも何度も取り上げられたテーマで、すでにそれは、
例えばね、SFにおけるワープ広報みたいな、これって全然本当の現実的な技術ではないんですけど、今や全てのSFの中で、
構成間移動する時にはワープするっていうのが、デフォルトになってて、いやいやっていう感じなんですけど、誰か一人が編み出したに違いないけど、でもどの辺で編み出されたのかな。
スタートレックとかその辺かな。とにかく常識になっている。と同じように異星人が地球にやってきてみたいな話も、あまりにもたくさん映画とかドラマの中で描かれたので、
すでにそういう話あるよねっていうか、そういうこともあったよねぐらいの懐かしさを感じる。古い友人にあったような気持ちっていうのが今回の今公開されているディスクロージャーデイを見た私の感想です。
当時ね、まだそういう話題が新鮮だった20年30年前には本当にこんな異星人がいたらと思ってドキドキしちゃったりワクワクしちゃったりだったんですけど、今になってみるともはや懐かしい。久しぶりに会った友人
みたいな感じですよ。そのお話自体がね。
なぜこれが今、2026年の秋に公開されるんだろうかっていうことに関して、多分皆さんがいろいろな意見をお持ちになられるとは思うんですけれども、それは私にはわかりません。
忘れていた夢と現実への埋没
わかりませんけれども、自分の中に持っている夢やロマンっていうものをいつの間にか忘れていたなという、それを思い出させてくれる映画ではありました。
若い頃あんなに夢中になっていたあのことをいつの間にかすっかり忘れてしまって、そんなのあるわけないじゃんとか、そんなのどうでもいいやとか言って、目先の現実に必死になって、いつしか私、現実の中に埋もれて
いたなっていうことを感じるわけですけど、
若い頃、10代とか20代、30代、多感な時代っていうのは、もっとこの世の中には素敵なことがいっぱいあるに違いないと、想像を超えたようなすごいびっくりするような不思議なことがきっとあるに違いないと、
なんとなくそう思い込んで、期待して、それで、現実はそういうふうにはなっていなかったとしても、それでもどこかにそういうものがあって、自分もいつかは出会えると信じていたんですよね。
これはみんなそうだと思いますよ。
例えば若い女の子はいつか王子様みたいな彼氏ができて、結婚式をあげるんだみたいな夢を見ているけれども、実際に何か出会って結婚してみたいな、その後はただただ現実が続いていくみたいな、
なんか夢で思ってたこととちょっと違うくねって、よくある話ですよね。
同様に私はその結婚自体に抱いていた夢よりももっと遥かに大きい規模で、何かしらのそういうSFみたいなすごいこと、ハリーポッターみたいにすごいことでもいいや、
何しろこの現実の中で無理って思われているようなことが可能になる世界っていうのをいつの頃から本当に期待して生きていたなと。
当時だってそれはそれは現実ではないっていうことは認識していたけど、でもいつか現実の中で出会えるんじゃないかって無邪気に信じていたよねっていう、それを思い出す体験でしたね。
スピリチュアルへの依存から現実の仕事へ
何歳ぐらいからと言われれば40代後半ぐらいからかな。
自営業を始めて、最初のうちの泣かず飛ばずだった頃は救いを求めて、あらゆるスピリチュアルだったり、自己啓発だったり、コーチングとか、
あと何、何かそういう目に見えない世界に、ただ無邪気に憧れるっていうよりも、ものすごく反応を期待してというか解決を期待して、これをやったらこの状況が変わるんじゃないだろうかみたいな、
救いを求めて、いろんなものに手を出すっていう時期が私にもありました。
40代前半か、夫が引きこもって収入がゼロになってっていうところから這い上がっていく途中っていうところでは、まだまだ完全に依存っていうかね、誰かが助けてくれないかしらと。
人が助けてくれないんだったら、そういう天が、宇宙とか、不思議な力が、ハイアーセリフがなど、目に見えない何かが私を助けてくれるんじゃないかと、助けを求めてずっとさまよっていたんですけど、
いつしかね、40代の後半ぐらいから少しやっていた自営業的な中で、手応えが感じ始めた頃に、
実績っていうか、2010年だから、2007年、8年、9年、そのあたりからちょっと自分も何かしらの活動をした時に何かしらの結果が手に入るみたいなことが現実の中で起き始めてきた時に、楽しいやってなっちゃ
って、
その現実の中で頑張った方が、そんな雲を掴むような満月とか、見えないエネルギーを感じてとか、そういう絵空事みたいなことに期待して時間を使うのはもったいないと思うようになったんですよね。
気づかない間にそういう風になって、そこから10年、15年ぐらいずっと現実の中で結果を出していこうと、私にはできるまでは言わないけど、周りにそういうことをしている人がいっぱい出会えるようになってきたし、
私もやりたいと思ったし、
本当に自分の手で何かしらの事業を作り出して収入に変えていくっていうことがあるし面白くもあり、辛くもあったけれども、それが全てだと思って、もうそれくらいになってくると絵空事なことを言う人には耳を貸さなく
なっていましたね。
分かった、分かった、そういうのはあって。今もそうなんですけど、今そういうね、あなたのトラウマ王とかね、そういうことを言う人に本当にツーサイクルぐらい昔に戻るような感じがして、とてもじゃないけど退屈す
ぎて話が聞けないっていうことが実際問題あります。
そういうことの議論をするのも退屈、もういいからいいからみたいな、はいはいって、そういうのは話したい人で話しててっていうぐらい飽きているというわけですけれども、飽きるっていうのも違うんですけど、
世の中を動かしているのは何かって言った時に、当然そっち側、当然この現実がその結果であって、現実にまだなっていない、もう目に見えないレベルのところから、そこが発生源で現実ができているっていうことは間違い
ないとは思いますよ。
ただ、そのことについて議論したらそれが変わるのかっていうこともないし、そのことについて人に教えたいっていう人は世の中に本当に山ほどいますし、なんか本屋さんに行っていくつかそういう本を手に取って読んで
みたら、皆さんの切り口とか深さが違うけどだいたい同じことが書いてあるっていうぐらい、
もはや多くの人が知っているっていうにもかかわらず、そのことを延々と議論するってどういうことみたいな感じですかね。それよりは新しい現実をどんどん作っていきたいわって思ってしまうんですが、
そういうスピリチュアル自己啓発、悟りとか、なんて読んだらいいかわかんないけど精神世界みたいなやつがようやくここに来て、現実のビジネスのビジネスシーンの中でも普通に大ピラに語られるようになったな
っていうのは思います。
けど話が戻って、UFOですよ。宇宙人ですよ。私の最大の好きなジャンルである宇宙人。本当にETとかXファイルとか本当にそういうのが好きだったんで、その夢をもう一度というか。
本当にでも何でも想像できて、想像できるものは何でも実現可能だよってその手の本の中には書いてあるし、その手のチャネルリングとかそういう中でも言うじゃないですか。
私は宇宙人が有効的な宇宙人が当然やってくるよっていうことを想像できる。だったら現実化していけないわけがないよねっていう。
これ私だけじゃなくてみんな思うと思うんですけど、それで何でも自由にイメージできたものは叶うよって言いながら、でもUFOを見たらそんなものはあるはずないって言うじゃないですか。
この矛盾どうするよっていう。だからあなたたちのこと信用できないのよって私は思っちゃうわけなんですよ。何かしらのやっぱり人間である以上、ここから先は無理だよねっていう制限を個人個人が持ってるんですよね。
どんなに立派な悟ったとか、私は何かが見えるっていう人でもそれでもやっぱりそういう制限の枠は持っているし、持ってないとこの現実を生きていけないと思うので持っているのはいいんですけれども、わりとざっくりば
っさり人の描いている夢のことは切るよねっていう。
それがちょっとね、私が彼らを信用できない理由でもあります。そんな戯言に付き合って時間を無駄にするくらいなら、自分の人生自分で空想して自分の思うようにやっていこうっていうのが現在の私のスタンスで、いつ
頃から始まったかというとかなり前からそういうふうに思っているし、
自分の体験は自分で受け止める
どうだろう、60歳前後ではっきりエリクソン催眠とかを習ったり練習したりしていく中で、自分もある時期、肉離れとかで怪我をしてしまって、うまく座ったりできない、車の運転もできないっていう時期があったりした
中で、いろいろと感じることがあって、
結局のところ、何が起ころうと、自分に起きることっていうのは自分にしか体験できないんだって。どんなに立派な人がいて、どんなにすごいことを言って、私が言う通りにすればって言っても、でも肉離れが起きて椅子に
座れないっていう体験をするのは私であって。
同様に私じゃない他の人たちもそれぞれに何かしらできないこと、つらいことが起きた時に、それはこの人たちが受け止めるべきことであって、私は受け止めれない。
隣の人が突然つまづいて溝に落っこちて痛いって言っても、助けてあげることはできるかもしれないけど、その痛み、骨が折れちゃったとかいうのを共有することはできないじゃないですか。
してみると、私と私以外の人の境界線っていうのは、このボディ、体というところが最後の、もう超えられない一線であって、私のこの真の辛さ、真の喜びを100%共有できない他人から、
ああせいこうせい、これするな、あれするな、意見をいろいろ言われたとて、意見としては聞くけれども、それに従ったら同じ結果が出るわけないよねっていう認識がはっきりと自覚的になったのが、やっぱり60歳。
肉離れで半年動けなかったみたいな時期を境に、そうだよねって思ったっていう感じかな。その延長線上で今ここにこうして喋っているわけですけれども、そんな私、つまりこの世を生きていたら誰かまたは目に見えない
何かからのサポートが得られて助けてもらえるんじゃないか。
みたいな考えをもう諦めた。あとは自分が楽しいって思うことをやっていくだけだと。そこに他人とか、あとお告げとか、天から何かが降りてきたとか、そういうのも降りてきたと思っている自分がいるだけなんで、自分が
それが楽しいんだったらやったらいいし、楽しくないんだったらやらなければいいし、
降りてこようが、沸いてこようが、人から言われようが、何かお告げが来ようが、どっから来ようが関係ない、最終的に受け取る時点で受け取るところである私が判断することだっていう明確な区切りみたいなやつがつ
いた。
宇宙人が来ている世界を選ぶ
ついて現在66歳ということですが、ここに来てまたUFOですかみたいな、宇宙人ですかみたいな、このディスクロージャーデイっていう映画めっちゃ面白いなと思いました。
そう、私はもうその10歯ひとからげに全部、全部もう期待しないって。いつかUFOがやってきて私を救い出してくれるみたいな、そういう感覚も若い頃本当にあったし、同じように感じている人をちょくちょく聞く
んですけれども、そんなこともたわごとだと、そんなものは気やしないと、そう思って暮らしてた方が楽じゃん。待たなくていいから。
ってなってる私にディスクロージャーデイというのがあるという風の噂が舞い込んできて、全く退屈だっていう人と、途中で突然泣けてきたっていう人と両極端いるらしいと。
中で迷ったんですけど、もうちょっと待ってたらネットフリックスに出るでしょって。まあまあ、映画館に行くタイミングがあったし、一回行ってみるかと。
昨日行ってきましたと。そしたら私が感じたのは、ただの懐かしさ。昔みたいに、これが本当に起きていつか私を救ってくれるっていうこととは若干違う。
でも起きたらいいなと思いますし、起きないこともないでしょうぐらいには思うんですけど、自分が選んでいいんだったら、当然そのコンタクトがある世界の方を選びますよ。躊躇なく。
なので、もしかしたらね、私はそういう世界をこれから生きるのかもしれませんし、今はそんなバカなっていうことが、10年も経つと当たり前でしょってなってるっていうことが、この私が生きてる時代の中でも何度
もあったじゃないですか。
そんなバカなって言われましたよ、私も。毎日営業なんかできるわけないだろうとか、インターネットばっかりやって、ネットオタクで、そんなことでいいと思ったのかって言われましたよ。
その言った本人が今や私が作っているホームページに依存して、私が世話をして作っているいろんなアカウント、YouTube、インスタ、それに依存して生きているわけですから。
誰がってどの面下げてですよね。あの時私に言った言葉を忘れてるのねと。そんなもんですよ、人って。
だから私が今日ここで、2026年の10月27日に、もし選べるんだったら、私はそのETが、宇宙人たちが既に地球に来ているっていうことがディスクロージャーされるっていう、そういう現実があったら本当にいいな
って思うし、
そういうのこそ生まれてきた甲斐があったっていうもんだと、この激動の時代にですよ。いろんな自由が与えられて、どんな個人でも意見が発表できる、こんな時代って本当になかったはずなので今まで、
太平洋戦争以前の全歴史を通しても、地位のある人たち、地位のある男の人たちは意見を言う機会が世間にあったかもしれないですけれど、今やその立場とか性別とか年齢とか関係なく発表ができるじゃないですか、意見
を。
そんなこと自体がとにかく有史以来初めてなわけなんで、この時代に生まれてきたその理由としてディスクロージャーされるようなことがある時代に生まれてきたんだっていうことになれば、私もなるほどねと、これだ
よねって、このために私生まれてきたよねって、
いうふうにすごい満足して、この人生を終えることができるだろうと思いますね。そうじゃなかったら、本当に来る日も来る日も生活するためだけに何かしらの仕事を考えてやって、
お金を稼いで生活して、そしてまた生活するためだけに何かをして、ぐるぐるぐるぐるそれを繰り返しているだけの人生って、何のためですかっていうの。
まあね、時々っていうかね、結構ね、頻繁にというかね、そのやっている、ぐるぐるやっていること自体が楽しいっていう時もありますよね。私でいうと新しい講座を考えているとか、そういうの好きなので、楽しい
ドラマと物語に支えられる人生
んです、いいんです。楽しい時は忘れていられるんですけど、ちょっと出来上がって飽きたりするとまた、ああ、退屈だなと。
何のために生まれてきているのかなと。何でこんなに人生が退屈なんだろう。もっと面白いことないかなと。で、何もないからじゃあ自分で面白いことを考えようみたいにして、何とかやり過ごしながら、なんか自分で考
えた面白いことっていうのもそんなめっちゃ、何て言うんですかね、自分程度でしかないので、
一生をかけて楽しめるみたいな、そこまでのものではないんですよね。何にしてもですよ。確かに私は講座を作るのが好きだし、ゼロから何かプロジェクトみたいなのを始めていくのも大好きですけど、
突き詰めて言えば、お話作りの形態の一つであって、それが講座なのかプロジェクトなのかの違いであって、お話がそういうストーリーが作りづらい仕事に関しては本当に退屈でできませんということなんですけど、
これをいつまで続けなきゃいけないのかなって思ってるっていうのが本当のところで、昨日なんかYouTube見てたら、うつ、精神科医の先生たちが対談してるやつで、うつ病って今すごいメジャーな病気にな
ってるんですけど、
だんだん心が疲れてきて、疲れが抜けなくなっちゃって動けないのがうつ病だという。そこに至るまでのプロセスで、疲れとかをごまかすためにいろんなものに依存するという時期があると。
それはギャンブルだったり、お酒だったりもあるけど、ゲームだったり、あらゆる依存するっていうか、なんかあるじゃないですか。それをやってるつりもあるって言ってた。趣味とかも。
それをやっている間だけ嫌なことを忘れていられる。そういうのでやり過ごして疲れをやり過ごしているうちに、それさえもできなくなるぐらい疲れちゃうのがうつ病と言われてまして、それでいったら私って一生通じて
ドラマに依存してるし、
本の場合もあれば映画の場合もあればテレビドラマの場合もあるけど、映像だったり文章だったり、今は映像ばっかりですが依存してますよ。100%これがなかったら生きていけないですよ。
逆にこういうものを見るために生まれてきたとさえ思うぐらい、めちゃめちゃすごい時間をそこに使ってます。別に人に言う必要もないし、誰かに何か言われる筋合いもないので、そのことについて話したことがないかもし
れないけど、
私を分解したら多分8割ぐらいがドラマでできている。ドラマを楽しむっていうためにことに人生の8割を使っているというぐらいなドラマ依存なんですけど、
でもドラマ依存でそこから出てこれなくなるんだったらそれでいいっていうぐらいだし、結局私がドラマ依存を我慢して現実の中で頑張りますって言っている時期、そういう時期、学校の先生だった時期、
それから会社作った時期かな。社長っぽいことしなきゃみたいに真面目にしてた時期。こういう時期っていうのは本当に文章が書けなくなるんですよね。自分の個人ブログとか、今でいうとこのポッドキャストとかが喋
れてるっていうのは自分があるっていう状態なんで、
望む未来を選ぶ自由
これをやめ始めると喋れなくなるし書けなくなるんですが、結局何の話だったっけ。ドラマ依存の話なんですけど、もっと話を戻すと、今ここで今日この日この時間に私がディスクロージャーで出てきたような世界へ私は
行くって。
そっちを生きるって決めたらそういうふうになりますかっていう。なるかもしれないよ、51%ぐらいなるっていう可能性があるんじゃないかな。なぜならば思い描いて願ったことは必ず叶うっていうマーフィーの法則
ってあるじゃないですか。
あれが本当なんだとしたら、実際あの法則でいろんなものを叶えてる人が5万といるわけで、私がたまたま望むものがそういうディスクロージャーデイの世界だったというだけの話であって、貧乏な人が億万長者になること
は叶うのに、私が宇宙人が生きてる世界を望んだら叶わないって。
その違いは何ですかっていうことが私が言いたいことですね。違いなんかないじゃないですか。どんな現実でも自分で作れるって言ってんじゃん。多くの人が。本も山ほど出てんじゃん。動画だっていっぱいYouTube
にありますよ。
であるならば、私は選ぶ自由があるのであれば、もちろん宙じゃなくそっちの世界を選びます。そして10年後20年後にその世界が本当になってもう当たり前になっているっていう世界を生きていきたいなっていうのが私
が願う理想の未来像ですよね。
どんな未来を描いてもそれが個人の自由であるというならば、私はそういう未来を望むし、それに関して他人にとやかく言われる筋合いはないですけど、だからといって人に強要するわけでもないので、私はそれを選ぶって
言ってるだけですよっていう話が今日のお話でございました。はい、以上です。
ありがとうございました。
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