いやー、それで思い出したの、私なんか、2年、2、3年前に美しさとは、みたいなノートを一回書いたことがあった。
へー。
それをなんかね、奇妙な方が美しい、みたいなことを書いたんですよ。
はいはいはいはい。
なんかこう、平均、慣らされた美はグッとこなくて、
なんか、それこそ自然の中ってさ、なんか、ないじゃん、この。
綺麗に出来上がってるものって。
木とかもウネウネしてたり、左右対称とかってそんな、自然界ではあんまりないじゃん。
あれがいいのに、なんか、最近のはなんか妙にこう、かたどって、
均一化されたものが多いなっていう。
整いすぎてるものって、やっぱりちょっと美しくないというか、
少しのこう、不完全さというか、若干の欠けてるものとかがあると、
こう、愛しく思えたりとか、可愛いと思えたりとか、
セクシーだったりとか、するんでしょうかね。
そうだと思う。
それでいくと、なんかこのシマピーのさ、その、色気というかさ、
シマピー沼みたいなものが、どこの方よりがそうさせるんだろう。
これね、絶対みりちゃんの沼はどこがそうさせてるんだろうって、
同時に思ってる人もいるから、お互い探索してみたいですね、これ。
そうだね、そうだね。
共通点があるかもしれませんから。
確かに。
さっきのね、収録前に話してた話によると、
みりちゃんはそういう、よく飲食店とか行った時に、
危ういねと話しかけられることがあると。
ね、そうそう、ミシュラのおじさんからね。
君はなんか危ういよね、とか、なんかね、
そう、危うい確かにね、定期的に言われるんですよ。
定期なの?定期ワードなんだ。
危ういとか、
まあでも同じか、見えそうで見えないみたい。
見えそう、すごいチラリズムだね。
奥行きがありそうとか、なんか昔も話した気がする。
見えそうで見えないし、でも奥行き。
そして危うい。
なるほど。奥行きとかだったらミステリアスっていう言葉にもつながってきそうだけど、
見えそうで見えないと、危うい。
うん。
なんか安心ではないんだね。
あー、でもそうかもね、確かにね。
まあそうだよね、危ういの反対だもんね。
確かにそうかもしれない。何がそう思わせるんだろう。
それこそもう一個じゃあ僕の方で言うと、
沼っぽさを感じたわけですよね、みりちゃんも。
シナピーね。
沼っていうことは、つまり踏み入れたらズブズブっと沈んでいくってことだよね。
そうそう。でもなんかちょっと表現が沼と同じでもあるんだけど、
虫食べる花みたい。
あのなんか、いい香りいいと思った。
すごい美しい花びらだ、イメージね私のシナピー。
美しい花びらだ、どうしよう、なんかいいのかな、触れてみていいのかな。
えーいって思ったら、体が溶ける液体の中に帰りそうみたいに。
植中植物ってやつですかね。
そうそう、そういうイメージかも。
子供の頃憧れてたやつだわ。
憧れてましたか、それはなんか。
夏休みの、夏休み前に学校に渡されるカタログみたいなやつに、
よく見たなと思って、植中植物の。
そう、あれのイメージがちょっとあるかもって思っていて、
さっきね、この収録の前に、私たちって仕事一緒にしてて、
プライベートでは実は会ったことないよね、みたいな話。
なのになぜその沼みを感じるのかっていうのをね、話してたんですけど。
そうですね。
私ちょっと思ったのがシナピーの沼について。
なんかそのすごいこう、アーティストの、
なんて言うんだろう、何にも縛られてない、
表現の豊かさみたいな、
美しさみたいなところがありつつ、
なんかちょっとこう、それと同時になんか、
めちゃくちゃ緻密な計算式みたいな、
構造みたいなものが張り巡らされてるようにも感じるっていう、
なんかこの、愛入れないものが共存してる感じが、
なんか一種こう狂気っぽいし、狂う方の、
狂気っぽいし、魅力でもあるなって、ちょっと思ってた。
面白い。
うーん。
なるほど。
対極的なやつが同居して、そこに共存してる。
そう。
あー、なるほどね。
いやすごい。
確かにどっちの側面も、なんか自覚してると思う。
だしヒントがあったなと思ってて、この誘惑。
やっぱその、対極的なものがどっちもこう、
存在してるというか、同居してるっていうのがやっぱり魅力の一つだなって思ってて。
それ多分みりちゃんの場合もあって、
例えば、皆さんがみりちゃんという実証に立ち会った時に感じるのは予想ですけど、
みりちゃんの何故かどこからか出てくる、
なんかこう、あどけなさ、少女っぽさ。
うん。
と同時に真逆で、真逆のなんかこう、魔性っぽさというか。
どっちもある感じが、魅力を醸し出してる可能性もあるというか。
片方だけだとまたちょっと違ってくる。
もっとわかりやすくて、光と闇みたいな。
すごいこう、純真な、ランマンな感じでパーっていうのがあると思いきや、
いきなりブン、その両極。
確かに。
この両極、極っぽいものが同時に感じると、
人はなんかもっと知りたいとか、
誘惑されるのかもしれない。
それこそね、さっきの花もそうだよね。
美しさとこの命が奪われていく両方存在してるんで。
極、そうかもしれないですね。
面白いタイです。
好奇心は一つのキーワードになるね、この誘惑って。
知りたいと思わせるって言えばすごいと思う。
確かに。
ミステリアスってことはやっぱりね、
わからない。
その図書というか世界がパッと見じゃわからないから、
もっと奥に行きたくなるっていう。
そこをくすぐるっていうことなんだろうなーっていうのはまず改めて思ったかな。
確かに。
それともう一個、私が島沼について考えてたときに。
三王子みたいになっちゃったけど。
島沼さん。
島フェイ沼について考えてたときに、
カメラとかも撮ったりさ、絵を描くからすごい島Pって人のことをじっと見るイメージがあって。
はいはいはい。
なんかその時に、なんか見られてる。
なんか見られてるなー。
恥ずかしいな。
でももっと見られたい気もする。
こっち側にも、受け手側にも、
相入れない、
逆のものが存在するのかもっていうのもなんとなく思った。
もっと入ってみて、もっと触れてみたいけど、
触れるのは危ないのかな。
いやでも行ってみようかなみたいな。
なんかそういう、
自分自身にも曲が起こるみたいな。
ものもある気がした。
うんうんうん。
見られてる。
恥ずかしい。
ちょっとこれは遠ざけるような。
でも見られてみたいかもしれないっていうのは、
曲の動きだよねこれ。
うんうん。
あーなるほど。
うんうん。確かに。
面白いね。結果的に自分は写真を撮るっていうのはおっしゃる通りやってて、
やっぱ写真撮られるって基本的には、
恥ずかしいっていう人も一定数いる行為なんだよね。
でも確かに一定数ちゃんと見てもらえてるとか、
しっかり自分という存在を認識してもらえてるっていう、
やっぱりフィードバックをいただくこともあったりとかして。
うん。
なるほどなって聞いてた。
うーん。
これはすごく一定ありそうだな。
踏み込んでみたいけどいいのだろうか。
でも踏み込みたいみたいな。
うんうん。
話はありそう。
うんうんうん。
踏み込んでみたい。
うーん。
なんかさっきさ、収録始まる前に、
なんか私いろんな年代の人にさ、
もう少し年齢が違ったらヤバかったかもしれない、
行ってたかもしれないっすみたいな、
なんかニュアンスのことを、
本当にいろんな年代の人から言われるって話を収録の前にした。
それもなんか、
そういうセリフにも聞こえるなと思って、
年齢が違えば行く、行ってました。
いやでも行かないようにはしておきますみたいな。
そうだね。
なんかそういうなんか、
推し引きというか、
なんかそういう行く行かないっていうものが、
あのワードの中にはありそうだなっていうのも、
今なんか感じてる。
確かに。揺らぎが起きてるね。
揺らぎなのかな。
なんかこれは何の意味で言ってるんだろうっていつも思ってたんだけど、
聞いたことないけど。
あー。
そうだね。
うん。
たまにこういうことは聞くけど、
確かにこれ何なんだろうね。
これ何だろうね。
やばいと思ってるってことかな。
危険がある。
危険を感じている場所だね。
植中植物の方も基本的には食われてしまうじゃないですか。
近づくと。
エミリーちゃんの方も行きたいけどちょっと踏み留まるっていう。
危険に思われている?
ん?
何だろう。
一線?
越えられない一線?
そうなってくると、
越えられない一線を、
越えようか越えないかっていう時を楽しむ人が多いのかな。
境界線上だよね。つまり。
うーん。
想像してみよう。島沼に入ってみる自分を想像してみよう。
はい。どういう光景なんだろうか。
ちょっとお花みたいなイメージで。
島Pという魅力的な花を目の前にして。
いやでもこれさ、目の前にしてる時に今改めて感じたのは、
これ単なる花と思ってないな。受け手が。
ほう。
なんかその、食虫のお花はむしろ虫たちは気づいてないわけじゃん。
その下に存在している、自分が溶けるかもしれない沼に存在気づいてなくて、飛び込んで死ぬっていう仕組みでしょあれ。
でもなんか島P沼はね、すでに見えてるの行く先がなんか。
私は沈む気がするみたいな。
なんか同時に見えてる気がする。
この花を一回触れるときっとこの沼に落ちちゃうんだろうけど、それでも触れるのかっていう問いの前に立ってる気がする。
それは大きな違いだね。
うーん。
未来がもう見えている。
ただこれがすごいただの綺麗な花だけだったらそんなにはまらないし、なんか誘われない気もする。
おー。
未知のある体験とも言えるのかもしれないけどさ。
ただの花だったら多分そこで花だって終わる気がするというか。
でもその先があって、なんかなんだろうこの筒はみたいな。
何かしらがやっぱりその先のなんか体験がある。
確かに体験もあるし、確かにあの植中植物。
もう異様に綺麗だったり異様に派手だったりするもんね。
そうだね。
なんかそういう異様さをちょっと感じるんだと。
へー。
異質さというか。
うん。
それがなんかでも偏りって意味なのかも。
他のこうなんか慣らされてる周りのよくある植物とは何か違う異質な感じがあるから、
もしかしたら危ないのかもしれないなって思うんだけど、
でもすごくなんか興味が、興味をそそられるみたいな感じかな。
うんうん。なるほど。
なんかそれを聞いて思うのは、
なんか人で言うとそれ服とかさ、
すごい派手な服とかが一番与えやすい例えだと思ってて、その植中植物と。
うん。
だから前はもっと自分すごい派手な服とか着てて、
その時がだからあからさまにあの人は何してる人なんだろうみたいな感じになってたのを思い出すんだけど、
でも逆にはめっちゃくちゃ無事とかさ、
シンプルな服を着てるんだが、
でも未だに植中感が出せないのかもしれないんだけど。
確かに。私もでもこれ今それをね、しまっぴーがちょうど言う時になんか、
あって思ったことがあって。
へー。
服っていう話で。
なんかそれこそなんか、
なんだろう、露出が高い服を着てる女の子って私あんまりグッとこなくて。
あー、はいはいはいはい。
これ私のあれですよ。
私の捉え方だっけこれ。
なんだけどなんかゆるっとしてる服を着てるんだけど、
なんかこの子は、
なんか良さそうな気がするみたいな方が、
なんとは、
なんかこう探求心をくすぐられない。
あー、なるほどね。
そう。
私の場合はなんか良い気がするみたいな。
なんか見えちゃってると、
見たままだんだろうなっていう気がして、
あんまりこう覗きに行こうみたいな気持ちがしないんだけど、
例えばしまっぴーもそのなんか、
この人はなんか他の人と違う雰囲気を感じるんだけど、
こうなんか普通の服を着ている。
が、かえってこのなんかギャップがあって、
なんかそこにこうなんか、
なんていうのかな。
何かそのそれこそ偏りを感じて、
気になっちゃう気がする。
あー。
いや確かに。
うん。
さっきのそれこそ祭りの話もさ、
手描きでたこ焼きとか描いててさ、
しかもなんかちょっとたこなのかな、
わかんないなぐらいのイラストとかが横にあったりするとさ、
なんかこうストーリーを感じるじゃん。
おーストーリー。
これってどんな人が描いたんだろうとか、
もしかしてなんかここにいるこのおじさんが、
なんか頑張ってたこ描こうと思ってこれを描いたのかなとか、
なんかそういうなんか、
こっちがこう妄想が働くというか。
あー。
想像力をかきたてられるみたい。
はいはいはい。
それがなんかいいのかもね。
ただAIが描いてるとなんかこう、
完結しちゃってる感じがするから、
なんか別になんか不穏ぐらいの、
完成されたものっていう感じがして、
うん。
あんまりこうグッとこない。
なるほど。
うん。
いやこれはヒントがたくさん。
おー。
やっぱ余白?
そして妄想、妄想をかきたてる、想像させるっていうところは、
かなり重要な気がしております。
うんうん。
その誘惑っていう文脈において。
おー。
うん。
最近別なライブ配信でも話をしてたときにAIついて、
基本的にAIが作るビジュアルは、
指示にもよるかもしれないですけど、
余白がないと言ってる。
確かにないね。
全部書き足していっちゃう。
一枚のところに全部。
うん。
だから入り込むものがもうないというか、こちら側。
うんうん。
だからなんだろうな、
それだとやっぱり引き付けられないっていうのは、
あるんだろうねってまず思ったし。
やっぱさ、そのゆるっとしてる服とかさ、
さっき、あとすでに露出してるっていう話にもつながるけど、
若干隠れてる方がやっぱり想像は、
駆り立てられるよね。
うんうん、そうだと思う。
うん。
つまり、だからミリちゃん沼だったりシマビー沼っていうところで言うと、
何かが隠れてるというか、
もしかしたら、
さっき僕の場合は食虫システムが隠れてないらしいんだけど、
モロミエの透明な感じなんだろうけど。
うん。
何が隠れてるんだろう?
でもなんか、透明ではないイメージで、
このなんか、液が入ってるのかもしれない袋があるみたいな。
なんかそんな感じ。
そうそうそう、だからあれは、でも、
なんかあそこは怪しい袋な気がするけど、
でもそうじゃないのかもしれないし、
でもなんか危険な気もするみたいな。
あー、なるほどね。
つまり、ただの花ではなさそうだみたいな。
若干の悲鳴ごとというか、
悲鳴ごとだね。
クローズな部分。
うん。
あれか?クローズな部分が見えてるってことなのかな?
面白いね、それ。
面白いこと言ってると思うんだけど。
うん、面白いこと言ってるね。
そう、完全オープンでもなく、
透明なつつでもなく、
隠れているっていうことがもう明らかとなっていると、
人はすごく気味あるっていうか。
確かに面白い。
袋閉じじゃねーけどさ。
確かに。
面白いね。
明らかにここにあるじゃんっていうところまで、
悲鳴ごとが見えてしまっている。
危うい。
いやー、なるほどね。
今の状態は結構誘惑的だと思うんだけど、
秘められているものがとっても分かりやすく表示されているというか、
現れた。
そしたらもう、そそられるね。
一方で偏りっていうところに言うと、
確かに。
どうなってくるのかなっていうのはちょっと気になった。
偏りか。
食べ物とかだと、
私、自分のポッドキャストでも、
珍味が好きっていう話はしてたんですけど、
あれも究極に偏ってると思っていて、
味覚が独特で、
一歩間違えれば激しく臭い食べ物だったりするわけですよ。
確かに。
ゲームみたいなバロメーターで言うと、
ビコーンってはみ出してるみたいな。
めっちゃ偏ってる。
そこに僕は誘惑されちゃうっていう。
なので、日本のチーズとか、僕からすると面白くないんですよ。
日本のチーズ?
チーズ。
チーズね。びっくりした。
確かに。
チーズ愛好家じゃないから。
食べ物ですね。
どうしてもちょっとまろやかな、
慣らされた感じで、
現地の、例えばフランスとかのやつは、
本当に尖りを感じるというか、
抑える気ないな、お前ってツッコミたくなるぐらいの偏り。
そこにダイレクトアタック食らっちゃう。
確かに。
じゃあ、この偏りっていうのは、
一定ファンができるみたいなのがあるのかな?
この偏りを分かっているのは私だけだみたいな。
物を生みやすいのかな?
そうだろうね。
思考品に近いというか、
確かに。
偏りが強いほどたぶん、熱狂的な信者は生まれそうだよね。
じゃあ、なぜ偏らないように生きるのかっていう問いも出てきちゃうね。
面白いね。
だって偏っている方が、偏愛かファンが生まれる。
つまり仕事だったりすると、そっちの方が良さそうな気もするけど、
人間関係もとても気が合う人が出会えそうな気もするけど、
あれ?あんまり私たち偏りにコミットしていないかもみたいな感じ?
なんでシマピに偏りを感じるんだろう?
その問いもおもろいね。
どういう時に感じるかっていうのも気になるし、
ミリちゃんの偏りを先に出すと、
ノートとか書いている文章とかは、やっぱり偏りが分かりやすいような気がするんだけど、
その人から出てくるもの、あとは言葉遣いとかも含めて、
まず一つあるよね。
あとはなんとなくだけど、これ違うかもしれないけど、
オンラインミーティング中にあんまりバナナ食べないんじゃないかなって思ってる。
普通の人はオンラインミーティング中にバナナ食べない気がする。
私食べてた?バナナ?
ミリちゃんはバナナ食べてました。
オンラインミーティング中に?
うん。モクモクと食べてました。
そういうちょっとした偏りを一瞬感じましたね。
あ、そう。
コーヒーとかお茶とかがあるけど、バナナ食してるのはその時初めて見たかもしれないです。
そっか。
今気づいたのは、自分にとっての差も当然で、
偏りすぎて気づかないのね。偏ってるって。
それはあるかも。
それで言うとシマピンのそのマイクもすごい偏りだと思う。
なんか最初びっくりした。歌番組のマイクみたいな人。
昔のお目、しかも歌番組のマイク持ってきた人いる?と思って。
確かにね。未だに僕、皆さんには見えないけど、手持ちで喋ってるって多分僕ぐらいでしょうね。
なんでアームマイクにしないのかって、机につけないと。
そうだよね。
しかも握り拳より大きいくらいのなんかホワホワじゃん。
マイクの底が、そうそう頭っていうのかな。
忘れてたけど当たり前になりすぎちゃってなんか。
そうね。
だからこれは多分もうめんどくさいからもうこれでいいや、みたいなのだったりとか、
自分がすでに持ってるマイクがあるからそれを使っちゃおうみたいなことだったりとか、
やっぱその人のちょっとしたそういう性質とか、
そういったものがこうナチュラルに偏りはやっぱり生んでるところは確かにあるし、
つい忘れちゃうというか。
なんかそれだとあれなのかもね、こう、
ミーティング中にバナナ食べない方がいいのかなって思わないところが偏りを生んでいる?
なんかいわゆるナチュラルって言ったけど、
自由気ままに自分の欲求を気づかないうちにやっていると偏りになるのかもなって思った。
あーそれはあるんじゃない?
ね。
もう少し多分引きで見ると、だから文化とか、
我々が暮らしているその国の宗教とか絶対その辺もナチュラルに偏りを多分生んでいる?
うんうん。
世界まで引けば日本っていう多分偏りはまずあるだろうし。
うんうん。
そこまで大きくできるところはあるなと思ったけど、話としては。
うん。
でもう一回こう具体的にぐーっと寄っていくと、
家族がどういう感じだったかっていうところで、
その偏りが多分継承されているところもある。
うん。
なってのはちょっと思ったりした。
なんかそれもあるし、
なんかむき出しの本能みたいなのもなんとなくある気がして。
はいはいはいはい。
なんかその人ならではのこう、
あれこれ不思議だね、でもさっきは袋閉じって言ってたのに、
むき出されてる感じも同時にするなって思った。
あー面白い。
うん。
あーじゃあだからあれか?
隠れてるっていう植物で言うと隠されてる部位があって、
ただすごい色合い坂に花開いてるところはむき出しってこと?
何かな?
不思議。
不思議だね。
何なんだろうこの感じ。
じゃあみりちゃんも何かしらの本能がやっぱりむき出しになっている。
むき出しに見えますか?
うん。
時折?
でも若干の野生味とか?
思いつきで言うと。
でもなんかこうしゅむぴーの袋閉じの件ですけど、
なんかあの、何て言うのかな?
すごい中身が詰まった袋閉じそうだなみたいな。
ほうほうほう。
なんかむき出されてる気がする。
この袋閉じの中はみたいな感じがするのが。
おー。
あー。
もう少し聞いてみたいけど、
じゃあ例えばそのものすごいむき出しになった袋閉じを開くとどういうことになりそうなんだろう?
それを体感すると。
確かに。
なんか、あ、わかった。
うん。
ただ、実際袋閉じ開けても、なんか隠れてる気がする。
なんだけど、また開けたいなって思わせる。
いや、次はもしかしたら、なんかしゅむぴーの何かに触れる袋閉じなのかもしれないっていう、
なんかその、思い続けられる沼感がある。
はー。
ちょっと期待させてるのかな?なんだろうね。
あ、期待させる。
期待させている節があるのかもしれない。
うんうん。
しゅむぴーが。
やっぱこれはなんか誘惑の文脈になってくるね。
なってきたね、確かに。
んー?
むき出しのはず。むき出しのはずだ。開ける。
あ、今回は違う。でも次回は見れるかも。
確かに。
かといって、でもそれがむき出されたくない気持ちもある気がする。
開ける人にとって?
いつまでもなんか秘め物であってほしいみたいな。
はいはいはい。
欲求もある気がする。
見たいけど、見たくない?
んー。え、ちなみにすごいあの話変わっちゃうんですけど。
はいはい。
明るいところでお風呂とかパートナーと入る派ですか?
えー、そうですね。暗くは別にしない。
あ、でも僕は暗く入りたい派ですけどね、どっちかというと。
私もです。
はい。
なんかそういうなんか、オープンではあるけど開け広げにしたくないみたいな。
はいはいはい。
のはあるなーって今。
へー。
それを今急にふと思い出した。
これもだってあれですよね、きっと人それぞれ違いよねこれは。
え、うんそうだと思う。
なんだろう、これはなんていうのかな。
照明の好みというか。
あ、そういうこと?
いや、なんて言うんだろう。違うかもしれないけど。
本当にパーッとマジで部屋の空間全てを照らすような光とかかなり苦手というか。
明るい。
明るい、いい映画ね。
そう。でもそういう方がいいっていうのもやっぱり家族にもいるわけで。
あ、そうか。
マジかーってやっぱりそういう時思ったりとかして。
うん。
なんて言うんだろう。
え、落ち着かない?別の話かもしれないけど。
いや、でもなんか通じる気がする。
さっきあの光と影っていう言い方してくれたけど。
はいはいはい。
なんか影もすごく大事にしてる。
あー。
部分があるのかもね、お互いにね。
そうかもしれない。
うーん。
結構影好きだなー、そう考えると。
自分自身持ちますけど。
確かに。
やっぱり自分自身もそうだし、
その人、相手がどんな影をお持ちなのかとか、
そこへの好奇心はやっぱり結構あるからっていうのもあるのかな。
うーん。
うーん。
さっき言ってたこの平均的に慣らされているっていうのは、
確かに凹凸とかもなさそうだから、影がなさそうだもんね。
なるほどね。
うーん。
あはー、なるほど。
ん?
そうっすね、なんかエロくないんすよ。
わかる。
わかる?
だよね。
美術とかアートの文脈にもなることがあると思うんだけど、
立体的っていうのは、その光と影がめっちゃ重要だから、
だから立体的の方がやっぱりエロい。
主観も入ってるかもしれないですけど、確かそうなんですね。
そうだと思う。
彫刻とかさ。
いやそうだよね、凹凸がね、あってね。
そうそうそう、陰影があって。
うーん。
あ、そうね。
写真とかも自分はやっぱり結構陰影があったりとか、
どっちも混ざってるポートレートとかやっぱ好きだなって思うな。
うーん。
うーん、確かに。
そうかじゃあ、そうだよね。
本来は両方あるはずじゃん。
立体に存在しているものであれば。
なのに、影がまるでないように取り憑かれているものっていうのはグッとこないね。
余白もないし。
うんうん。
つまり誘惑は影が見えてることなのか。
面白いですね。
やっぱり一体だからね、光と影って。
強烈な光があるからやっぱり強烈な影が落ちるからさ。
だから強烈にこの人は輝いてる、すごい気になる、魅力的だ。
だがみんな感じ取っている強烈な影があるということを。
そのコントラストぶり、コントラストの強さがもしかすると
あやぐさだったりっていうか
ちょっと光と影が強弱がすごすぎる。
もう少し光と影、まろやかでもいいかもみたいな。
基本的に写真とかで言うと、コントラストが強いとドラマチックになっていくから、印象としては。
コントラストを弱めると優しい写真になっていくから。
面白いね、写真。
ドラマチックよりの方なのかもしれません。
面白いね。
それをどっちも出ないように調整しているのかもしれないね。
基本的に人間社会において。
ドラマチックになりすぎないように、優しくあるように光も出さないように、影も出さないように
ちょうどいい塩梅で慣らしていくっていうことを
わりと無意識のうちにしている人が多いのかもしれない。
かもしれない。
なぜなら、途端にドラマチックな光があると目立つからだね。
そうね。
あそこだけ世界観が違くなるからね。
絶対になっちゃうもんね。
そしてみんななんとなく分かっているので、光を出すってことは自分の影も出てくるから
両方と向き合うんだっていうことをなんとなく感じているのかもしれないね。
そう考えると、誘惑っていうのはある意味、勇気も必要な気がする。
目立っちゃう。
要は自然界だよね。
めっちゃいい声、おで、泣くとか、派手な飾りだが、保証される可能性を増す。
リスクをはらんでいるっていう。
確かに。
そのリスクをありながらも、それを表現するのかっていう問いでもある。
そうですね。生き様を感じますね、そこに。
なんかじゃあちょっと出してみると、
自分を表現したいっていうのは、人間の欲求だと思ってるんです、私。
だから今言ったこの光を出すとか、それに付随する影をも含んで光を表現していくっていうのは、
ある種、人間の本来のニーズみたいなのを表現していることだから、
本当はみんなが持っている欲求であるっていうのはすごい思ってて。
ここまで話して、じゃあシノピーがここまで自分を表現をし続けているっていうところには、
何があって何がそうさせてるんだろうっていう、なんか好奇心が湧きました。
はー、なるほどね。
確かに。しかし、いいことを考えてたけど、
そういう欲求と同時に、影で言うと、あるいは目立ってしまうっていう感情で言うと、
多分恐れとかが多分発生してしまって、
恐れで止まることも多分いろんな人は感じる経験だと思うんだけど、
じゃあそれを感じてもやるっていうことは何かっていうのを自分でも今思ったけど、
衝動的?というかやっぱり借り立てられる?
せざる…なんだ?しないといられない?
表現をしたいっていう欲求がやっぱり上回っちゃう?
なんかそこがさっきのむき出しみたいなものにもつながりそうだよね。
出てくるままに衝動とか情動とかなんかそういう借り立てられるものを、
むき出しにしてこう表現してる。
それをなんか閉じとく方が恐れな気がする。
あー、なるほどね。
これに気づいているのに、この衝撃というかインパクトというか、
月を動かされる何かに気づいているのに、それを気づかずないように生きるとか、
そっちの方が私は怖いかな。
たぶんそういうことなんかな。
やっぱりそういうことをしている時の方が生きている感じがするっていう。
まさに。
そういうことかもしれない。
動物っぽいなって思う。
動物もそういうことをしない方が死なない可能性はあるけど、
するのはたぶんもうそういう種というか、
そういう種族、そういう生き方というか、
それの人間版みたいな感じで、
そしてそれもたぶんみりちゃんバージョンもあるっていう。