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2026/08/06 暮らしの羅針盤(池田政子 #89)
2026-08-08 37:39

2026/08/06 暮らしの羅針盤(池田政子 #89)

山梨初の「高校生平和大使」として 小寺輪子さん(北杜市立甲陵高校2年)

感想

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サマリー

本放送では、山梨県初の高校生平和大使に選ばれた北杜市立甲陵高校2年生の小寺和子さんをゲストに迎え、平和と核兵器のない世界への思いについて語りました。小寺さんは、祖父の被爆体験や広島の原爆資料館訪問、そして高校生平和大使としての国連での活動を通して、戦争の悲惨さや平和の尊さを学びました。彼女は、核抑止論を「偽物の平和」と捉え、AIが戦争に関わる未来や、女性兵士、性暴力といった新たな課題にも言及。大人が受け継ぐべき平和への思いと、若い世代の行動の重要性を訴えました。

はじめに:平和への問題提起
FM八ヶ岳 Day in Life 暮らしの羅針盤の時間です。池田政子がお送りする第89回です。
このコーナーは、身近な暮らしの中にある男女共同参画やジェンダーの問題を取り上げてお話ししています。
81年前の今日、8月6日は広島に、そして9日は長崎に原子爆弾が投下されて、人類史上初めて核兵器が使われ、広島ではおよそ35万人、長崎ではおよそ24万人が被爆して、そのうちその年1945年末までに広島では約14万人、
長崎では約7万人の方が亡くなりました。これはあくまでも推計です。
2024年に日本原子爆被害者団体協議会、日本被弾協が核兵器のない世界の実現、再び被爆者を作らないための長年の証言活動が評価されて、ノーベル平和賞を受賞しました。
でも、戦争を直接体験した世代が高齢化していく中で、こういう活動をどう継承していくかは大きな課題となっています。
今日は、この番組にこれまでおいでいただいた中でも一番若いゲストをお招きしました。
高校生平和大使とは
昨年2025年の高校生平和大使に選ばれて、いろいろな活動をされた、北斗市立高齢高校2年生の小寺和子さんです。小寺さん、今日はいろいろ教えてくださいね。よろしくお願いします。
高校生平和大使というのは、1998年にインドとパキスタンが核実験を行ったことがきっかけになって、長崎市で平和運動の一環として高校生を国連に派遣したのが始まりということです。
高校生平和大使全国支援委員会という組織があって、山梨県教職員組合、三教祖などの団体が実行委員会をつくって、昨年2025年から派遣事業を始めたと伺っています。
今日は、三教祖教育文化部長の穂坂雄介先生にもつき添っていただいています。小寺さんは、高校生平和大使というのをどうして知ったのですか。
私には広島に友達がいて、その子から高校生平和大使というのがあるっていうことは聞いて知ってたんですが、山梨でも活動が始まるっていうことは、母が知人から聞いたのを私に教えてくれました。
それまで何か、平和や核のこと、戦争について特に関心を持ってらしたんですか。
自分にとって核や戦争っていうのはそんなに近いものではなかったんですけれど、小学生の頃に甲府の七夕空襲を経験した方が学校に来てくださって、直接お話を伺う機会もあって、怖いなっていう思いはありました。
あの終戦間際の7月7日、明け方の甲府への大規模な空襲ですよね。その時は怖いな、くらいの感じだったということですね。
ご家族とか親類の方々から戦争体験を聞いたことがありましたか。
私が生まれる前に亡くなってしまっているんですけれど、父方の祖父が長崎で被爆しているっていうことは聞いていて、私が高校生平和大使になったのを知って、おばがその話をしてくれました。
どんな話だったんですか。
私の祖父自身は大きな怪我はしなかったんですけれど、祖父の仲のいい友達がすごい火傷で変わり果ててしまった姿で、水をくださいって来たっていう話を聞きました。
で、祖父はその時14歳だったということなので、自分とすごく年齢も近くて、そういう経験を、その話を聞いた時に想像しやすかったです。
ご親族の中に被爆体験のある方がいらしたっていうことなんですよね。お母様はそれで平和大使に応募することを勧めてくださったんでしょうか。
それは分からないんですけど、母に応募してみたらって言われました。
私は割といろんなことに挑戦することが好きなんですけど、母もいろんなことを私に教えてくれて、その中の一つが高校生平和大使の活動でした。
小寺さんにとっては、お母様はいろんなことを教えてくださるそういう人なんですね。
はい。
平和への関心と原体験
その時はまだ高齢中学校の3年生だったわけですけど、その後広島の原爆資料館に一人で行かれたんですね。それはどうしてですか。
母に高校生平和大使の話をされて、自分もやりたいなって思ったんですけど、だけど自分ってまだ何も知らないなって思って、行かなきゃいけないなって思いました。
何も知らないから勉強しようと思って、広島の原爆資料館に行くってすごい行動力だと思いますけれど、実際に行ってみてどんなことを考えましたか。
私たちは唯一の戦争被爆国に住んでいるのに、悲惨な出来事について本当に知らないことだらけだってすごく愕然としました。
で、その広島に行った時に、広島のお友達にもまた会ったんですけれど、彼女は私の知らないことをたくさん知っていて、本当に自分は山梨で学んでこなかった、知らないことばっかりだったんだなってことを感じました。
はい。それで、高齢高校に進んで1年生になったばっかりの5月に、高校生平和大使に応募したんですよね。一番大きな動機はどんなことだったと思いますか。
選考と研修:全国の仲間との出会い
母から高校生平和大使の話を聞いた時に、戦争っていう大きなテーマに対して高校生でもできることがあるっていうことに衝撃を受けたからです。
高校生でもその戦争をなくすために何かできるかもしれないっていうふうに励まされたわけですよね。で、選考会がありました。面接でどんなことを聞かれましたか。
確か核抑止論についてどう思うかっていうのを聞かれたと思います。
難しいことを聞かれましたよね。どう答えたか覚えてますか。
あんまり覚えてないんですけど。
穂坂先生に伺ったら、核兵器をお互いに持ち合うことによって核兵器が使われないようにするという核抑止について、小寺さんはそれは偽物の平和ですというようなことをおっしゃったようですね。
そして19人の応募者の中から山梨で初めての高校生平和大使に選ばれたっていうことが分かった時、どう思われましたか。
すごくびっくりしたというか、使命感を感じましたし、やっぱりこれから自分も学んでいかなきゃいけないなっていうのを強く感じました。
それで全国で選ばれた高校生たちが集まって広島や長崎で研修会、それから決断式が行われたんですよね。
そういう同じ志を持つ高校生たちと一緒になって勉強もした。どんなことを感じましたか。
本当に全国の皆さんを見て、自分の無力さというか、皆さんの例えばスピーチ力だったり、知識もそうなんですけど、すごい圧倒されて刺激を受けて改めて頑張ろうという気持ちになりました。
話の中で、自分の祖父とか祖母が被爆したっていう方もいましたし、あとは福島の方が原発の話をしていたんですが、それは私とは違った核兵器との関わり方とか、私にはない視点だったので、すごく印象に残っています。
核兵器って言うけれど、原発はどうなんだ、そういえばというようなね、そういう感じでしょうかね。
それからウェブでの学習会も開かれたんですね。
被爆者や核兵器をめぐる情勢とか、核兵器禁止条約というようなテーマですよね。
初めて知ったっていうことも多かったのではないかと思いますけれども、どんなことが印象に残っていますか。
条約とか、知らないことがたくさんあったし、どこの国がどうして、どう核兵器を持っているのか、すごく衝撃を受けたものも多かったです。
AIと戦争の未来
それからこの間、次の代の高校生平和大使や一般の方も一緒に聞ける学習会があったのですが、
その中ですごく印象に残ったのは、今後の戦争ではAIが加わって、
AIがこの国にこういうふうに攻撃したらいいっていう指示を出すようになったりするっていうのが聞いて、すごく恐ろしいなって思いました。
そうですよね、AI本当に怖いですよね。
例えば、ガザ地区への攻撃では、ドローンが上空から情報を集めて、
AIが攻撃の目標を決めて攻撃する。
その炎が上がっている下に、それで焼かれて苦しんで死んでいる子どもがいるっていうこと、
よほど想像力を働かせないと実感できない。
パソコンで戦争ゲームをやっているような感じしかないかもしれない。
私も本当に怖いと思います。
核兵器禁止条約と日本の立場
条約といえば、核兵器禁止条約、それをなぜ日本は批准していないのか、
いろんなことを勉強した小寺さんから見ると、どんな理由が大きいと思いますか。
やっぱりアメリカの核の加算に守られているからっていうのが強い理由だと思います。
山梨県では、これまで10の市町村議会が、
核兵器禁止条約を批准してくださいっていうふうに、国に意見書を出しています。
高齢高校の地元の北都市議会も、2020年に出しました。
一番最初は市川みさと町で、2017年です。
最近では今年6月の議会で、山梨市議会が採択しました。
これは住民の方が署名を集めて、議会に提出した請願というものが採択されて、議会が国に意見書を出したんですね。
私が住んでいる甲府の市議会は、3年前、2023年の6月に、甲府の住民が署名を集めて、
意見書を国に出してくださいっていう請願を出して、それで可決されたんです。
私も書かれました。大人たちも少しは動いているよっていうことも知っておいていただけると嬉しいです。
国連訪問と署名活動
ではここで、小寺さんのリクエスト1曲目です。
私の大好きなラットインピスっていうグループの最大公約数です。
はい、お聴きください。
はい、そしていろんな準備をして、昨年の8月末から6日間ですね、ジュネーブにある国連本部を訪問しました。
どんな経験をしましたか?
いろんな国際機関を訪問して、私たちがスピーチをしたり、質問をしたりしました。
その中で一番の目的だったのは、高校生1万人署名っていう全国で集めた署名を国連に届ける、そこでスピーチをすることでした。
他にも軍宿の会議を傍聴したり、現地の方と交流したりしながら、戦争について話したりしました。
山梨では1408人分集まったというふうに伺っていますけど、どうやって集めたんですか?
駅などで署名をお願いする活動をしています。
また今年国連に持っていくための署名を月1回で集めているんですけど、次は8月29日に甲府駅の南口でやることになっています。
リスナーの皆さん、8月29日に甲府駅をお通りになる方は、ぜひ高校生1万人署名活動に協力してください。
昨年その署名を国連で提出したとき、小寺さんもスピーチをされたんですか?
甲府空襲と私の祖父の被爆の話を少しして、なのに自分は全然知らなかった。
身近な歴史を知らないのは、まさに歴史が風化していることの証で、私たちは知っていかなきゃいけないということを言いました。
それから軍宿会議を傍聴した。どんな感じでしたか?
もともとは30分程度って予定されていた会議だったんですけれども、
ちょうどその頃にアメリカがベネズエラの海に軍艦を展開した時期で、
それについていろんな国が批判や意見を述べるっていう会議になって、
すごく白熱して、1時間以上になって、本当に世界情勢の緊迫感を肌で感じました。
1時間経ってもまだ話にキリがついてなかったんですけれど、終わりですっていう感じで終わっていました。
それが本当にすごい時に傍聴させてもらいましたよね。
そういう経験って本当に誰もができるっていうことじゃないですもんね。
まさにリアルタイムで各国の代表の方がどういう理屈でそれを非難しているか、
あるいは非難じゃなくて肯定しているか、目の前である意味では喧嘩越しのスピーチが飛び交うわけですよね。
本当にそれはとても貴重な経験をされましたよね。
平和教育と世代間のギャップ
どう思いましたか?1時間聞いていて。
英語だったので全部聞き取ることはできなかったんですけれど、
なんというかすごく複雑さを感じましたし、本当にいつ戦争が起きるかわからない状況なんだなっていうことを身に染めて感じました。
そうですよね。そういう歴史的な場面に居合わせたっていうことですもんね。
現地のジュネーブでどんな方たちと交流をされたんですか?
高校生や国連職員の方と交流することが多かったです。
その中でスイスでの平和教育について伺ったんですけれど、
広島長崎については本当に歴史として少し触れる程度で、すごく衝撃を受けました。
でもそれと同時にスイスでは、ナチスの関係のことを日本よりもすごく深く学ぶっていうのを聞いて、
考えてみれば、私たちも日本でヨーロッパでの歴史を深く学んでいないんじゃないかなっていうことに気づかされました。
本当にいろんなことを学べてよかったですよね。
日本のいろんな地域からの24人の高校生たちが一緒に過ごしたわけですけれども、他の方からどんなことを感じましたか?
みなさんやっぱり平和への思いがすごく強くて、自分から質問する姿勢とか、
あとは基本的にずっと英語だったんですけれど、
英語でもその場で自分が感じたことを言葉にして質問する意見を言う姿、
あとは夜中まで次の日のためのプレゼントかスピーチの練習、質問の練習をしている姿を見て、
すごくお互いやる気が出てセンスあたくましました。
そういう貴重な経験をされて、そしてその後もいろいろなところで活動の報告をされていますよね。
ご自分の経験を言葉にして話すこと、それから聞いてくださる方の反応をもらうことで、
ご自分の考えが一層深まるっていうこともきっとあると思います。
そういう場面で印象に残っていることはありますか?
私が卒業した高根東小学校の6年生に出前授業をする機会をいただいたときに、
プレゼンをしながら、「こういう言葉を知っていますか?」っていうふうに問いかけるんですが、
小学生が核抑止っていうことについて知っている子がいて、
自分は小学生のときには全く知らなかった言葉なので、すごく衝撃を受けました。
その6年生は核抑止論についてどう思っていたんでしょう?
私がプレゼンの話の流れの中で、核抑止って本当の平和じゃないよねっていう話をしたら、
うんうんと頷いてくれていました。
今の世界は平和だと思いますかっていう質問をすると、
平和じゃないっていうふうに言う子が本当に多いです。
6年生の子はそうなんですね。
平和だっていう子は1人2人ぐらいいるんですが、
そういう子はみんなが優しいからとか、すごく身近な平和について考えていました。
でもやっぱり世界全体を見ると、ニュースを見ていたりすると、
アメリカ、イランとか戦争多いから平和じゃないっていう小学生がやはり多いです。
私7歳の孫がいるんですけどね、
彼女がお絵かきをして遊びながら、
日本で良かった、戦争なくてって言ったんです。
小学生の子供たちは、世界というレベルだと戦争があって平和じゃない、
でも日本は戦争がないから良かったと考えているっていうことですよね。
平和の定義と現状認識
もし小寺さんが、日本は平和だと思いますかって聞かれたらどう答えますか。
そうですね、今私たちの生活に大きな支障はないんですけれど、
今も世界中に核兵器とかいろんな兵器が存在していて、
それがいつ使われるかわからないし、
もしそれが使われたら本当に世界ごと終わってしまうようなものもあるから、
それに怯えながら生きているっていうのは本当に平和だと言い切れないんじゃないかなって私は思います。
小寺さんは学習もして経験もして、
怯えながら生きていると実感できて、
それをご自分の言葉にもできているわけですよね。
平和教育の現状と課題
そのことに関連しますけど、
昨年10月の山梨県教職員組合の教育研究集会で活動報告をされたときに、
長崎・広島の平和教育と他県の平和教育には差があるというふうに発言されています。
特にどんなことを指していますか。
広島の方からよく聞くのが、
ちゃんと授業の中で平和学習の時間が取られているっていうことです。
あとは広島では8月6日、長崎では8月9日に夏休み中だけど学校に行って平和集会をする。
私の学校ではそういうことは全くありません。
山梨県の私たちの世代にとって、8月6日や9日、何もせず過ごしている人が多いと思います。
あとは長崎の平和記念式典に参加したときに、長崎の小学生が平和の歌を歌うんですけれど、
そういうのを見ると、自分が小学生のときは何も知りもしなかったっていうのとすごく違うのをいろんなところで感じます。
平和の歌っていうのは一つじゃなくて、当時被爆したそれぞれの学校に代々伝わるような歌唱曲もあるようですよね。
もし小寺さんが学校の先生になったり、あるいは山梨県教育長でもいいです。
偉い人になったとして、山梨の平和教育って、例えばどんなことをしたらいいって思いますか。
知ってもらえるように歴史を教えていくっていうのはもちろんなんですけれど、
それだけじゃなくて、8月6日になったら黙祷しようって思ってもらえるような、
そのことを意識しようって思ってもらえるような知識だけじゃなくて、
そういった思いの部分も教えるのが必要かなって思います。
さっきの怯えながら生きているという感覚に通じることですけど、すごく難しいことですよね。
交付は空襲を経験しているので、例えば県立図書館で当時の暮らしの様子とか空襲の様子、爆撃がどこから飛んできてどんな被害があったとか、
そういう展示を一応やってるんです。そういう事実をきちんと知ることは必要ですよね。
でも爆弾が降ってきた、その下で人間まどっている、
火傷をして川に入ろうとした人たちが結局生き絶えて次々に死体が積み重なっていく情景とか、
そういうことを想像できて初めて自分ごととして戦争の恐ろしさを感じられる、そういうことだろうと思いますけれども、
それが難しくなっているからこその高校生平和大使ということですよね。
戦争の恐ろしさと平和の大切さ
小寺さんにとって戦争はなぜ恐ろしいことなのか、どうして平和は大切なのか、改まって聞かれたらどういうふうに説明をされますか。
高校生平和大使の活動の中で、高校生同士でなんで戦争は良くないのかっていうことを話し合う機会もあったんですが、
みんなやっぱり言っていたのが、原点に戻って自分の大切な人に幸せに生きててほしいからとか、
自分も幸せでありたいからっていうのが共通していました。
そういうすごく純粋な気持ちから、戦争はダメだなと強く思います。
そういうお話が出たわけなんですね。
若者の平和意識と調査結果
日本財団というところが、17歳から19歳の若い人を対象にした調査をしているんですけれども、
今の日本を取り巻く状況を平和であるというふうに回答した人が、
全体の48%で、3年前の調査より16ポイントも減少している。
これ結構な減り幅ですよね。
平和であると答えた人のうち、その主な要因を挙げてもらうと、
比較三原則、核を持たず、作らず、持ち込ませずという、
比較三原則の存在という回答が、3年前も今年もトップでした。
もう一つ、日本世論調査会という地方の新聞社などが作っている団体があるんですけれども、
18歳以上の人を対象にした平和についての調査結果が、
今月2日の山梨日日新聞に載っていました。
比較三原則を堅持するべきだという回答は全体の76%、
日本は平和国家だと思うという回答は86%だったそうです。
ただ、回答が年齢数によってかなり違うものもありました。
例えば、日本が今後戦争する可能性について、
大いにある、ある程度あると回答した人は、
30代以下では43%、
それから、今後10年以内に世界のどこかで核兵器が使われる可能性があるという回答も、
30代以下では75%もあって、それより上の年齢数よりもとても高いです。
若い人ほど、戦争や核兵器の使用をより現実的なものとして感じているということですよね。
それから、男女別で見ると、核兵器の使用可能性については、
男性が59%、女性が67%で、女性の方が脅威を敏感に感じているということも指摘されています。
小寺さん自身は国連に行って、本当にリアルな国際間のいろんなやりとりを聞いてらしたわけですけれど、
若者の関心の低さと活動の必要性
周りの高校生の皆さんは、今、戦争とか核兵器ということをどう思っていると思いますか?
正直、友達とあまり核兵器とか戦争について話すことはないですし、
関心を持っている若者が多いとはあまり思えません。
例えば、街頭で、終戦記念日はいつですかっていうのをインタビューをしている動画がSNSで見たんですけれど、
答えられていない若者も多くて、あまりそういったことに関心を持っていない若者の方が多いんじゃないかなって私は思います。
小寺さんはご自分の活動経験を、高齢高校で報告はされましたか?
まだしてないです。
しましょう。せっかくの体験ですからね。
戦争とジェンダー:少女兵士
はい、ではリクエストの2曲目です。
君と羊と和を。これも大好きなラットインピスの曲です。
はい、どうぞ。
高校生平和大使のスローガンが、微力だけど無力じゃないって言うんですよね。
とっても素敵だなと思いました。
卒業したメンバーの方がまたつながって、少しずつネットワークができるといいですよね。
こういう活動をして、いろいろな人と出会う中で、改めてご自分のことを考える機会にもなったのではないかなと思いますけれども、
小寺和子の一番好きなところはどんなところでしょう。
人から刺激を受けやすいっていうか、すごい人を見た時に自分も頑張ろうって思えるところが好きです。
なるほどね、お話ししていて納得です。
この番組はジェンダーの問題をテーマにしてきたんですけれども、平和大使の活動をしてきて、先ほどの調査にもありましたけれども、
女性と男性とで平和や戦争ということに関して感じ方が違うかもしれないなと思ったことがありますか。
感じ方が違うかどうかっていうのはあまり考えたことがないんですけど、
例えば少女兵士ピチャっていう本を書かれた加古佐徳さんっていう方のお話を伺ったことがあります。
女の子が武装して戦わされるっていう話なんですけど、
小さい頃は戦争で怖い思いをするのは男性の方が多いんじゃないかなって思ってたんですけど、
それは戦争に行って戦うのが男性の方だから、そういうイメージはあったんですけど、
そうじゃなくて女性もそうなんだっていうことをすごく強く感じました。
それも知らないことでした私にとって。
女性が直接戦場に駆り出されるっていうことですよね。
少女兵士ピチャっていうのはアフリカのガンダでの内戦の時に、
子供を兵士にするために男の子だけじゃなくて、
女の子も家から無理やり連れ去って武器を持たせて戦わせる、
そういう実体験をした女性の話を絵本にしたものですよね。
戦うだけではなくて、女の子は強制的に男性兵士と格好つきですけど、
結婚させられて妊娠しても子供が生まれても、
子供を連れて兵士として戦う、そういう様子も描かれています。
結婚どころではなく性暴力ですね。
AIが戦争を主導するようになって、
肉体と肉体の直接的な殺し合いの度合いが低くなれば、
女性も直接戦争に戦力として駆り出される、そういうリスクが高まるでしょうね。
戦争と性暴力というのは切り離せない現実がありますけれども、
沖縄戦の記憶と継承
例えば沖縄での基地と性暴力というようなことについては知っていることがありますか。
あっちゃんの沖縄線という山梨の方が書かれた本があって、
その中で出てきたのを読んだことがある程度はあります。
リスナーの皆さんにこの本のことをちょっと紹介します。
明治の終わりに甲府で小学校の校長をしていた山木太一という人が沖縄に行って女学校を作りました。
沖縄線の最中、そこの女学生も怪我をした日本軍兵士を看護する学徒隊として駆り出されて、
亡くなった方もたくさんいたわけですけど、主人公のあっちゃんはアメリカ軍の捕虜になって生き延びて、
この本を書いた高野豊さんに連絡してくる。
高野さんが100年という時を挟んで山木太一と同じ小学校の校長をしていたからです。
高野さんはこのあっちゃんの体験を聞き取って本にしたんですね。
こういう戦争についての本も関心を持って読んでいらっしゃるということですね。
読むようにしています。
沖縄といえば平和大使の活動の中で、小寺さんはザ・ブームというバンドの宮沢和文さんとも対談したんですよね。
宮沢さんは甲府市の出身で、島歌という琉球旋律の曲が大ヒットしたんですけれども、どんなお話をされたんですか。
沖縄戦は日本の陸上戦で、子どもも大人もみんな火炎放射器でガマの中に入りながら焼かれるとか、あとは自殺するしかない状況だったとか、そういう本当に残酷な話を聞きました。
高校生平和大使の活動の中で学ぶのが多いのは、やっぱり広島長崎のことなんですけど、沖縄戦にも注目しなきゃいけない、やっぱり学んでいかなきゃいけないなっていうのをすごく感じました。
沖縄戦のことは、その時初めて知ったんですか。
一応歴史の授業で勉強したことがある程度ですけど、高僚中学の1年生の時に、学年の発表会で担任の先生が提案して、沖縄戦の劇をやったことがありました。
私は決め売り学徒隊の女学生の役をしたんですけど、ガマの中でみんなで励ましあったりっていうような劇でした。
私の役はガマの中で食べ物もなくなって弱って死んでいってしまう役で、私が死んだ後にみんな火炎放射器で焼かれて死んでしまうっていう場面で終わりました。
それ、実際の劇の場面ではどういうふうに表現したんですか。
照明で火炎放射器を表現するために赤くしたり、あとは音もすごい大きな音を出したり、みんながあーって苦しみながら死んでいってしまうっていうふうにしました。
そういう劇も経験したんですね。
話が変わりますけれども、小寺さん自身はこれまで何か女の子らしさを求められているなーとか、直接女の子だからなんとかと言われたことがありますか。
将来の目標と国連への思い
親から言われたことはありませんし、学校でもそういった経験はありません。
そう言い切れるのは素晴らしいというか、小寺さんのおばあさまと同じくらいの世代の私としては羨ましいですね。
海外での生活経験が終わりでしたっけ。
3歳から7歳までドイツに4年間住んでいました。
お話を伺っていると、小寺さんのこれまで16年の人生の中で、いろいろ準備されていったそういうことがつながって、高校生平和大使として国連の軍縮会議の本当にリアルな状況の傍聴まで経験した、そういう出来事に結びついたんだなーということを感じました。
これからどんなことを学んで、どういうお仕事をしたい、どういう目標がありますか。
やっぱり世界情勢とか言語とか、いろんなことを含めて世界のことを学びたいですし、あとは発信することが好きだし得意だと思うので、自分が学んだことを発信していくっていうようなことをしていきたいです。
国連のお仕事をしたいって思ったことありますか。
そうですね。国連を見に行った時とか、かっこいいなーってもちろん思いましたし、いろんな国の方が一つの目標に向かっていったり、いろんな視点から話し合っているのを見て、もし自分もその中に入れたらかっこいいし素敵だなーっていうふうには思いました。
もう国連がこれ以上弱くなっちゃ困りますから、ぜひそういうお仕事もね、選択肢に入れていただけたらと思います。
大人へのメッセージと平和への願い
で、最後に大人のリスナーの皆さんに言いたいこと、考えてほしいことがあればメッセージをお願いします。
はい。戦後今、今年で81年、被爆者の方の平均年齢が86歳を超えていて、もう生の声を直接聞くことができる年月は限られています。
だからそれを聞く機会を設けなきゃいけないと思うんですけど、それだけじゃなくて、じゃあ被爆者の方がいなくなってしまって、生の声が聞けなくなってしまっても核の恐ろしさを伝えていけるような、その恐ろしさが薄れていってしまわないような環境を作って、核の恐ろしさをみんなが当たり前に知っている、そういう世界にしていかなきゃいけないなって私は思います。
はい。今日は、山梨県で初めての高校生平和大使として、いろんな活動をされてきた、高齢高校2年生の小寺和子さんにお話を伺いました。リスナーの皆さんは、16歳の声をどういうふうに受け止めてくださったでしょうか。
まとめと今後の活動
穂坂先生、お付き添いをありがとうございました。改めて小寺さんの話を聞いて、どう思われましたか。
はい。山梨県では、初代にあたる高校生平和大使である小寺さんは、私たちの希望です。核抑止を偽物の平和と捉え、核兵器が存在する今の世界を怯えながら生きていると語る、16歳の当心大の言葉に、改めて深く考えさせられました。
高校生平和大使のスローガンは、微力だけど無力じゃない。この言葉の通り、自ら歴史を学び、核兵器のない世界を作ろうと発信し続ける、小寺さんの姿に胸が熱くなりました。微力でも決して無力ではない、彼女の思いと行動を、私たち大人が心からの敬意を持って応援していきたいと思います。
小坂先生、今年も2代目の高校生平和大使が派遣されるわけですよね。
はい、既に6月に広島で研修が行われて、8月の7、8、9も長崎で研修が行われます。そして8月の末に、スイスのジュネーブの国連本部に、今年も高校生1万人署名をお届けできます。
そうですか、ありがとうございます。
小寺さん、周りの方々の期待は、とても大きいと思いますけれども、でもそれに縛られないで、どうぞご自分の感性を大事にして、やりたいことをやっていってくださいね。いろんなお話、どうもありがとうございました。
ありがとうございました。
リスナーへの呼びかけと次回の予告
次回の暮らしの羅針盤は、2024年8月に放送した沖縄の姫百合学徒隊を取り上げた回を再放送します。どうぞお聴きください。
FM八ヶ岳、池田真則がお送りする暮らしの羅針盤、今日も聞いてくださってありがとうございました。
微力でも無力ではなし原爆機
微力でも無力ではなし原爆機
まさこ
私たち大人は、これまで何をしてこなかったのか、若い人々の思いに応えて、今何ができるのか考えたいと思います。
ではまた。
37:39

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