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この時間は日替わりコメンテーターが独自の切り口で多様な視点を提案するキャッチアップ。
月曜日は元RKB開設委員長で福岡女子大学副理事長の飯田和夫さんです。
飯田さん、おはようございます。
おはようございます。
いつもはこの時間、中国を中心にアジアの話題について解説してもらっておりますけども、
今日は亡くなった長島茂雄さんについてということですね。
この週末、長島さんの特集を組んだり、あるいは特別番組を放送したりということで、これまでの功績を振り返る時間が多かったわけですけども、
飯田さんはどうなんでしょう?大阪出身だからジャイアンツファンっていうよりは阪神ファンとかですか?
僕はもうアンチジャイアンツですね。
同じ関西でもハンキューブレイブスのファンでした。
今のオディックスバファローズですね。
子供の頃は当時のハンキューはパリーグでは敵なしだったんですよ。
だけど日本シリーズに進むと、いつもセリーグの覇者だった巨人の壁に跳ね返されてきた。そんな感じでしたね。
特に長島さんもいらっしゃった1965年から73年までの巨人のいわゆるV9、9年連続日本一、ONの本当に輝いた時代ですよね。
今日の話はですね、長島さんがもし別の選択をしていたらっていう話でして、
そうなるとプロ野球をめぐってここ、私たちが福岡の景色も変わってたんじゃないか。
もし英語でいう、IFの話をしたいと思ってます。
プロ野球をめぐって福岡の景色が変わっていたかもしれないってのはどういうことですか?
選手監督を通じて長島さんは巨人軍の長島茂雄でしたよね。
ですけどね、この新聞記事を紹介したいんですよ。
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今から68年前、1957年、昭和32年ですね。
12月7日の手元に浅井新聞の郵刊があるんですけど、
これにその日行われた長島さんと巨人との入団契約の記事が載ってるんですよ。
そこに長島さん自身のコメントも載ってます。
ストーブリーグでは色々心配をかけたが、巨人軍に正式入団できて嬉しい。
プロ野球人として恥ずかしくないよう努力する。
ストーブリーグって言うとシーズンオフですよね。
つまり暖房器具であるストーブが登場する冬の間の野球に関する話題のことを指します。
これやっぱり色々心配をかけたがっていうところが気になるところなんですけど、
これどういう心配かけたんですかね。
長島さんはご存知のように東京独大学野球の立教大学の花形選手でしたよね。
そして当時はまだプロ野球にはドラフト会議という制度がなくて、
自由に競争できる時代だったんですよ。
つまりは各球団が時にはマネーというか札束積んで有力選手の獲得を目指したってことですかね。
そうなんですよ。
当時パリーグの南海フォークスには長島さんの立教大学の先輩の大沢圭司さんという選手がいたんですよね。
大沢選手のルートで南海フォークスは長島さんの入団勧誘に最も熱心だったんですね。
大沢さんというとTBSのサンデーモーニングで声善アッパレとかカーツっていう大沢親分としておなじみの存在でしたよね。
大学の先輩からの勧誘もあって、長島さんは一旦は南海フォークス入りを決断し、南海球団にもその意思を伝えてました。
それだけじゃないんですよね。
長島さんは立教大学の同僚でエースだった杉浦忠さんにも、おい杉浦一緒に南海行こうって誘っていたんですよ。
後に杉浦さんといえばフォークスを代表するエースになりましたし、
しかも福岡にフォークスが移転したときの初代監督が杉浦さんでしたよね。
そうでした。
なるほど。でも結局は長島さんとしては本院して南海へ行かず、巨人に入団したっていうことですけど、
長島さんが一緒に行こうと勧めた杉浦さんだけが結局南海に入団したってことですかね。
はい。これは当時も結構大騒ぎになりまして、長島さんの身の振り方はですね。
ですから先ほど橋本さんに紹介してもらったように、長島さんが巨人と契約したときにストーブリーグではいろいろ心配をかけたっていうふうに詫びて、
しかも巨人入団が決まった以上はプレー野球陣として恥ずかしくないよう努力する。こんなことは誓ってんですよ。
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ここから今日のテーマのもし、ifなんですけど、巨人と南海に分かれた2人。
長島さんは入団1年目の1958年のセリーグの新人王ですよね。しかもホームランのタイトルと打点のタイトルを取ってます。
もう一人の杉浦さんはパリーグの新人王なんですよ。杉浦さんに至っては入団たった4年間で116勝もしてるんです。
すごい記録ですよね。
もう今じゃ考えられませんよね。だからもし予定通り、長島杉浦の2人が南海に共に入っていたら、南海はどうなっていたか、パリーグはどうなっていたかってことなんですよね。
ただ南海のその後の歴史で言うと、球団経営に行き詰まって福岡大英に身売りしたってことになりましたよね。
遠田のスター2人が同じ南海フォークスに在籍していたら、当時大阪にあった本拠地の球場には連日多くのファンが押し寄せて収入につながったはずですよね。そうすると経営難に陥らずに済んだかもしれないってことですよね。
てことは、もしが本当になったとしたら、フォークスが福岡に移転することもなかったかもしれないと。
そういうことなんですよ。それだけじゃありませんよね。
長島さんほどのスターですから、パリーグのレギュラーシーズンの試合で、長島さんが南海の一員としてたびたび福岡に遠征していたらってことを想像してください。
当時の西鉄ライオンの対戦で、平和大球場も大いにお客さんで盛り上がった日がありませんよね。
さらにもしですけど、そうだったら西鉄が球団を入りすることもなかっただろうし、後のスポンサーになった太平洋クラブ、クラウンライター、こういう企業もライオンズから撤退することもなかったかもしれないわけですよ。
ライオンズの終末期、福岡に在籍した頃っていうのは平和大も結構カンコ鳥が鳴いていた状態だったっていう話は聞いたことがあります。
そのライオンズが埼玉に移って、西武ライオンズになったわけですもんね。
また子供の頃を思い出すんですけど、あの頃はパリーグはセリーグから人気で大きく水をあけられていました。
長島さんが現役時代、パリーグの観客動員数はセリーグの半分以下っていう年もあったんですよ。
パリーグファン、ハンキューブレイブスファンの私は子供ごっこにもすごく悔しかったんですよね。
現在ちょうどセリーグ、パリーグの交流戦が行われてますけど、当時はこれもなかったんですよね。
長島さんは国民的スターだったけど、リーグで人気に差が開いたのは、やっぱり長島さんがセリーグの球団、巨人の選手だったっていう存在が大きいんじゃないかと私は思ってしまうんですよ。
なるほど。もし長島さんが南海ホークスに入団してたら、南海球団も、そして福岡の西鉄ライオンズも消滅しなかったかもしれないと。
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となると、今我々の身近で応援している福岡ソフトバンクホークスもなかったかもしれないってことですかね。
歴史上ですね、過去のことで、もしっていうのは色々あるんですけど、長島さんは日本のプレー野球において歴史の一つのレジェンドですよね。
もしを考えると、私たちは今頃、この福岡に住む私たちは今頃、別の地元チームを応援していたかもしれないんですよ。
だから、私今日言ったように野球を取り巻く福岡の景色が変わっていたかもしれないってことを考えてしまうんですよね。
ただ、長島さんは、やっぱり巨人に入ったからこそスーパースターになったっていうふうに考えられませんかね。
確かにそうですよ。人気球団であった巨人で、王さんとの応援のコンビを形成したから、お互いを照らし合っていたんでしょう。
ですけどね、長島さんほどのプレーキャラクターなら、先ほどの杉浦さんとのコンビも含めて、どこにいても、たとえ一人でいても太陽のように輝いていたはずです。
だから、私はもうこの1週間、もしを考え続けてきたんですよ。
野村さんとのNNコンビになってたかもしれませんね。
今、セリーグ、パリーグの違いで人気の差ってありませんよね。
まだセリーグの方が若干入場者数が多いんですけど、その差はほんと少しですよね。
しかも、観客動員数はセパともにも伸びてます。
それこそ橋本さんなんかご存じないと思いますけど、今日のプレー野球の流星ぶりと昔を比べてしまうと、長島茂雄という存在の大きさを、私なんかはしみじみ考えてしまいますね。
そうですね。そもそも当時は六大学野球の方が人気だった。
その花形の選手であった長島茂雄さんがプロ野球に入って大活躍して、プロ野球の人気が盛り上がっていったっていう。
だからこそミスタープロ野球って言われる。
今日は長島さんのもしっていう話についてですね、井田さんに解説してもらいました。
井田さん、ありがとうございました。
はい、ありがとうございました。
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