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この時間は日替わりコメンテーターが独自の切り口で、
多様な視点を提案するキャッチアップ。
月曜日は元RKB開設委員長で、福岡女子大学副理事長の井田和夫さんです。
井田さん、おはようございます。
はい、おはようございます。
さて、今日は毎年8月に広島長崎で開かれる原爆期に関するお話だそうですね。
はい、6月に入りましたね。
80年前のこの6月は、まず福岡大空襲、19日から20日にかけて、
死者いくえ不明者が1000人以上になりました。
また、沖縄戦の犠牲者を追悼する遺霊の日、これが23日ですよね。
主戦の日の8月15日に向けて、メディアは様々な報道を展開すると思います。
今年は戦後80年の節目でもあります。
そんな中、この原爆期に関して目につくニュースがありました。
広島市は8月6日に市主催で開く平和記念式典について、台湾に案内文を発送すると発表しました。
広島市はこれまで各国の要人や駐日大使らを招待する形式を取り、
日本政府が国家として認めていない台湾を招待していませんでした。
しかし今年は招待状を送る形式から、
外交ルートのある国・地域全てに案内文を発送するスタイルに変更することを決めていました。
今紹介していただきました。
広島市は昨年までは各国代表を式典に招待する形式を取っていました。
それを今年は式典を開催しますよという通知する案内状を送る形に変えて、
出席するか欠席するかの判断は、それぞれ先方に委ねる形にしたわけです。
外国の出席者に対し、広島が招待から案内に変更したので、
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初めて台湾が出席できるようになったということですけど、
これを台湾側はどのように受け止めているんですかね。
早速反応してまして、台湾の外交部、外務省ですね。
スポークスマンは前向きな姿勢を示し、参列する意向のようです。
今ありましたように、正式な外交関係がない台湾は、
日本には大使館じゃなくて、代表書という名目の機関を東京に置いています。
西日本地区、広島を含め西日本地区は大阪の事務所が、
その代表書の事務所が管轄しておりまして、
この大阪事務所が窓口にして、台湾から誰を派遣するのかを検討していくことになります。
広島市が平和記念式典に初めて台湾の代表を招くということになりますけども、
そこで気になるのは同じ被爆地でもあるもう一つの長崎市ですよね。
長崎市の鈴木志郎市長は先日、台湾の参加について問われて、
こういうふうに説明しています。
該当しないので対象にはならない。
これ、該当しないっていうのは、何に該当しないってことなんでしょう。
長崎市の基準ですね。
長崎市は日本に大使館などを置く国や地域すべてに式典への招待状、招待状を置く。
一方で日本に大使館がないものの国連に代表部がある国々には、
式典の開催を通知する案内状を出すんですよ。
この2つの基準いずれにも台湾は当たらない、該当しない。
だから台湾には招待状も案内状も送らないという判断だと思います。
台湾の外交部は、外務省はこの決定を遺憾だというふうに言ってますね。
なるほど。
共に今年原爆10日から80年を迎える被爆地である広島市と長崎市で、
台湾を巡って対応が割れたということになるわけですね。
それぞれの市が催す行事です。
それぞれの判断があるんでしょう。
ただですね、ご存知のように長崎の場合は中華街がありますよね。
そうですね。
中国と長崎は縁が深く。
このこともあって中国の総領事館が長崎市内にあるんですよ。
長崎総領事館。
この平和記念式典を開く平和公園のすぐ近くにあります。
そういう事実が事実として存在することは確かですね。
ということは長崎市は中国に配慮したんでしょうかね。
私にはそう断定できる材料はありません。申し訳ありません。
とはいえ、被爆した台湾出身者の方もいらっしゃるんじゃないですかね。
そうなんですよ。
もちろん台湾出身者に限らず外国から来た人はいっぱいいたんですけど、
戦前や戦中に台湾から仕事や勉強のため広島や長崎に渡って、
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それぞれ昭和20年の8月6日そして9日を迎えた外国出身の方は少なくないんですよ。
お二人ご記憶ありますよね。
昨年12月に被弾協4原水爆被爆者団体協議会がノーベル平和賞を受賞しましたよね。
その際に私が覚えている記事なんですけど、
毎日新聞の台北特派員の林徹平さんが台湾に住む被爆者の遺族を取材した記事が毎日新聞に載ってたんですよ。
この林徹平さんというのは毎週金曜日のこの時間に放送の立川翔治さんの金サイトにも出演している方です。
その林さんの記事を紹介したいと思います。
台湾南部、嘉義出身の医師、大文喜さんは爆心地から700メートルの長崎医科大院附属病院で診察中に被爆した。
長崎医科大学は現在の長崎大学医学部です。
大さんは日本統治時代の台湾に生まれて長崎に留学してたんですよ。
医学の勉強をした。
爆風で飛ばされた何かが顔や胸などに当たって重傷を負って、同僚たちに助けられたということです。
この大さんは戦後台湾に戻って内科のお医者さんになったと。
2015年、今から10年前に96歳で亡くなりましたけど、この大さんは戦前被爆当時を振り返っていました。
記事を続けたいと思います。
同じ場所におった方々が全滅。私が生き残ったのは奇跡です。
大さんが記した被爆者健康手帳の申請書類には日本語でそう書き残されている。
この記事によると、長崎医科大学では同窓生だの調査によって台湾出身の医療従事者18人が被爆して亡くなっているんですよ。
一命を取り留めた大さんの長男が林記者にこう語っています。
8月9日が来る度、父は家族にあの日の出来事を語っていました。
大さんのように戦前広島や長崎に行って被爆して、戦後それぞれの国に帰った方々を在外被爆者、在外被爆者って言うんですよね。
在外被爆者は長らく援護の対象から外れていたんですけど、日本政府は国籍を問わず被爆者健康手帳を現在交付しています。
行動書によると在外被爆者は昨年3月時点で2388人。
林記者の記事によると、まだ命の残っていらっしゃる、存命中の台湾の在外被爆者は一桁だって言うんですよね。
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原爆10日から今年で80年を迎えますけれども、やっぱりこの当事者の方々もすでに亡くなっていたりとか、
あるいは存命でも高齢化が進んで、その悲惨な歴史を知っている人っていうのはどんどん減って限られていくっていう現実がありますよね。
そうなんですよね。台湾だけではありません。在外被爆者で最も多いのは朝鮮半島の出身者です。
戦後被爆した後、アメリカ大陸、南米アメリカに自住した被爆者も多数いるんですよね。
話を8月に広島長崎で開かれる式典に戻したいと思います。
今日は台湾からの代表の式典出席をめぐり、広島市と長崎市で対応が分かれたという話をしてきました。
台湾代表の参列を現時点では認めていない長崎市には長崎市の判断があるんだと思います。
ただ原爆投下によって台湾の代表が犠牲になった同じ台湾の先人を痛みたいという思いはあると思います。
また被爆したことが台湾出身者のその後の人生に大きな影響を及んだことも考えてみたいと思います。
そして今日世界各地で戦争紛争が続く今こそ改めて平和の大切さはみんなでかみしめる。
こういう慰霊の日にそんな機会があっても良いと考えるのは私一人じゃなくみんな同じじゃないかなってことを今回の長崎広島のデーから考えました。
おっしゃる通りですね。
この時間はキャッチアップ元RKB開設委員長で福岡女子大学副理事長の飯田和夫さんに解説してもらいました。
飯田さんありがとうございました。
ありがとうございました。
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