飯田和郎のBrushUp
2023-03-30 08:42

飯田和郎のBrushUp

元RKB解説委員長 飯田和郎

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毎週木曜日のこの時間は、 飯田和郎のBrushUpです。
さあ、飯田さん、今日は?
はい、私も今日開幕のプレ野球の話をしたいと思います。
今週のウィークリークローズアップもこの話題で、
各チームの戦略分析や見どころが 連日紹介されてますね。
この九州なんですが、今でこそファンは フォークスの応援一色なんですが、
かつてはこの博多には史上最強の球団と呼ばれた 西鉄ダイオンズがありました。
1956年、昭和31年から3年連続で日本一で 栄光に輝きましたね。
お二人に質問なんですけど、
キラ星ばかりのこの西鉄のスター軍団の中で、 ただ一人だけを選べといえば誰になりますかね?
それは、稲穂さんですね。
鉄腕稲穂さん。
神様。
仏様。
稲穂さん。
RKBテレビでもね、共感テレビでも。
私も稲穂さんなんですよ。
今日はその稲穂さんの陳記録にまつわる ある外国人選手の話をしたいと思います。
陳記録?珍しい記録。
昭和32年、1957年の7月6日。
場所は今は亡き平和大球場でした。
対戦は西鉄対阪急ブレイブス。
今のオディックスですよね。
この時稲穂さんは入団2年目、まだ20歳になったばかりでした。
稲穂さんは先発。
一階の表、阪急の先頭打者の外国人選手に いきなりホームランを打たれたんですよ。
ですけど、その後稲穂さんは、ただ一人のランナーも出さず 27人で試合を終えちゃったわけですよね。
つまり、関東して西鉄が2対1のさよなら勝ちしたんですけど、
その先頭打者ホームランがなければ、完全勝利だったわけですよ。
稲穂さんはあれだけの記録づくめだったんですけど、
後にご本人がおっしゃってますけど、
自分にはノーヒットノーランがなかったんだと。
ましてや、あの試合、ホームランの後がパーフェクトだったから、
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ぜひとも達成したかったなと悔やんでらっしゃるんですね。
で、そのホームランを打った選手は、
日本のプレーラー級で初めてキューバ出身の選手で、
名前はロベルト・バルボン。
実はこの方、今月12日に89歳で亡くなりました。
亡くなったのは母国じゃなくて兵庫県の西宮市なんですよ。
バルボンさんは21歳で来日して、実に68年間日本に住み続けました。
なぜなら、キューバに帰るに帰れなかったからです。
私の手元に昭和30年3月19日のマイン新聞のコピーがあります。
この記事はバルボンさんの来日を伝えています。
阪急ブレイブスに入団した黒人選手、ロベルト・バルボン・ナイヤシュは、
18日午後0時5分羽田着で来日した。
身長179センチ、体重71.2キロ。
右投げ右打ちの二類種で、カナダの黒人リーグで3割4の高打を放っていた。
はい。キューバから3日かかってやってきました。
来日後は戸惑いの連続ですよね。
食事、あと布団で寝ること、なかなか慣れていなかったですね。
そうして、だけど文化や習慣の違いを乗り越えて野球に打ち込んで、
阪急に入団した1年目はパリリーグ最多のヒット163本49投入を記録しました。
後に3年連続で投入よりもなっています。
早かったんですね。
中でも出場試合記録が1353試合。
これが2007年に更新されるまで外国人の最多記録でした。
問題はなぜ日本に居続けたかということなんですが、
キューバでは1959年に革命が起こり、1961年に社会主義に変わりました。
キューバとアメリカは国交断絶。
キューバに渡る飛行機、帰る飛行機はなくなってしまったんですよね。
本人は日本では数年プレーして国に帰るつもりだったって言うんですけど、帰るに帰れなかったってことですね。
その引退した後はですね、母国のスペイン語の通訳にもなりました。
阪急は関西のチームで、覚えたのは日本語っていうのは関西弁なわけですね、当然。
引退後は外国人選手がお立ち台に立った時のインタビューを関西弁で通訳したんですね。
このバルボンさんなんですが、現役時代を振り返って黄金時代の西鉄ダイオンズを語っています。やはり関西弁で語っています。
そりゃ強かったわ。中西さんの打球の速さすごかったわ。あんな選手、後にも先にも見たことない。
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他にも関口、豊田、高倉、大下さん勝て。現役のバリバリ屋で。西鉄になんか勝てるわけないわ。
はい、これは1997年の3月の朝日新聞のインタビューなんですよね。
後にバルボンさんは、インス戦を強いた後は子どもたちへの野球指導を日本で続けました。
阪神淡路大震災では自分の西宮の自宅が損壊したんですが、すぐにも野球教室を再開しました。
ご本人は上手くない子であれ褒める。それが指導方法だと。そういうのをおっしゃってますね。
時代はもう流れてきました。国際情勢も外国人選手の生活環境も変わりました。
今のキューバの選手も結構日本に来てますよね。
フォークスも馴染みありますね。
フォークスならピッチャーのモイネロ。昨年まで在籍したデスパイネやグラシャル。
一方で海を渡って新しい舞台に立つ日本人選手。例えば大谷やダルビッシュはそうですよね。
当時を見るとバルボンさんは次々とやってくるチームに関係なく来日したスペイン語圏のキューバもそうですし、メキシコでありドミニカでありですね。
そういう選手たちに親身になって相談役になったってことですね。
こう考えると野球は日々進化していくんですが、そこには必ず先駆者がいます。バルボンさんもその一人だと思います。
このWBCで世界一公式戦が開幕するこの時期にですね、人生そのものを国際政治に翻弄されたバルボンさんが亡くなったと。
このニュースに触れると私はもうつくづく先駆者が残した足跡の大きさを感じてしまいますね。
今日はぜひこの話をしたかったです。
そういう思いも受けてこの開幕を迎えるわけですからね。
先陣に感謝をしつつ、そして今の人たちが今度の更新に良いものを残していけるようなプレイを期待したいなと思います。
飯田和夫のブラッシュアップでした。さあ8時40分過ぎのキャッチアップでは。
中国で日本人の方がスパイ容疑で拘束されました。この話をしたいと思います。
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