1. ヒューストン兄弟 Season2
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2022-03-11 42:20

#14 ゲスト:古林侑樹さん(前編)〜美意識と教育〜

人気ポッドキャスト番組「新型オトナウィルス」のパーソナリティを樋口聖典さんと務める古林さんにゲストに来ていただきました。前編では、「美意識と教育」というテーマを直前に無茶振りし、子供たちの教育と照らし合わせながら、これからの美意識についてお話を伺いました。

古林侑樹さん(https://twitter.com/ITeensKOBA)

・子供プログラミング教室 ITeens Lab:(https://iteenslab.com/)

・ITキッズコンテスト EXA KIDS(https://exa-kids.org/)

・新型オトナウィルス(https://anchor.fm/otonavirus)

感想

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00:01
今日は久しぶりのヒューストン兄弟ということで、ちょっと一心情の都合により収録できてなかったんですけど、今日はスペシャルゲストをお招きしてということで、急遽、ヒューストン兄弟再会。
もう来ることないと思ってました。再会は。もう解散もしてない。消滅したのかと思ってました。
やっぱりこのスペシャルゲストをお呼びするときに、ちょっと私一人でお迎えして有意義な話ができる自信がなかったっていうところもあるんですけど。
できますよ。
じゃあ行きましょうか。
お願いします。
サイトー&
サイトーの
ヒューストン兄弟
超久しぶり。
っていうのをね、やって始まりましたね。
恥ずかしい。
懐かしい。
というわけで、今日はスペシャルゲストさんですね。ちょっと来ていただいてます。
早速ですが、お呼びしましょうか。
お願いします。
新型オトナウイルスというポッドキャストで、古典ラジオの樋口さんと一緒に出演されていて、
今アイティーンズラボとかを運営されている小林さんに来ていただいています。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
小林です。
ありがとうございます。
ゲストが豪華すぎるんですよ。
だから、これ。
ありがとうございます。
ヒューストン兄弟。
豪華扱いしていただいて。
まさかの。
まさかの新型オトナウイルス。
僕はね、古典ラジオ、去年、2021年、2020年末ぐらいからちょっと聞いてて、そっからも新型オトナウイルス聞いて、
ずっともう小林さんのすごいキレる話。
キレキレですね。
ありがとうございます。
すごいなと思ったんですけど、斎藤君はね、最近ちょっと。
最近聞き始めましたね。
ありがとうございます。
どうですか。
10話ぐらい聞いているんですけど、すごく初めて、ずっと聞けるポッドキャストだなって思ってます。自分の中では。
話の展開が早いし、新たな発見がたくさんある感じのイメージを持ってますね。
すいません、ありがとうございます。そんなふうに言っちゃっていただいて。
トピックも、これ知りたかったんだよとか、そういう勉強って必要なのとか、そういう知りたいトピックとかがあったり、
あとは無駄ができないとか、無駄のあることってできないよねみたいな。ちょっと面白かったり。
大変ね、面白く聞かせていただいてます。
確かにカジュアルですよね、僕ら。
そう、カジュアルだからすごい良いんですよね。カジュアルなんだけど中身がちゃんとあるっていう。
詰まってますよね。
ぎっしり詰まってる感じ。
03:00
よかった、ありがとうございます。本当に嬉しいです。
本当に最初、新型オトナウイルス最初の、僕も第一話から聞いてたときに、小林さんって誰だろうっていうところから。
誰だって言ってた話ですよね。
樋口さんの弟分みたいな、そんな感じで。でもその当時は僕、樋口さんすげえ、樋口さんすげえみたいな感じだったんで。
そこ、その時は最初、小林さんのすごさ、最初は分からなかったんだよね。樋口卿に入ってたってことだったんで。
徐々に徐々に小林さんの、小林さんなくしては成り立たない新型オトナウイルス。
マジっすか。
逆に何がそんなにすごいのか、ちょっと自分でよく分かんないですけど。
今ですね、何がすごいかっていうと、今僕も斎藤君も、小林さんのすごさをいっぱい語りたいんだけど、全然うまく言語化できないっていう。
言語化めちゃくちゃうまいなと。
ジレンマがあるんだけど、小林さんと樋口さんもそうですけど、そうなんだよね、それそれっていうのをスパッと言語化して、しかもこうなんていうのかな。
決してそのいいところだけ喋るんじゃないし、普段だったらあんまりそこを言わない方がいいかなって思ってるようなこともちゃんと正直に触れつつも、
自分が本当にそれとどう向き合ったらいいかなっていうところの考え方を導いてくれるような、なんていうんですかね。
すいません、この表現力どうしよう、伝えられないんですけど。
芸術系の系というか、なのに言語化がめちゃくちゃすごいっていうのが、こと細かに言語化してくださる。
芸術系でもあるし、エンジニア系だったり、結構ね、エンジニアの人とかって言語化でうまくできない人とか多いよね、僕も前の会社とか働いてると。
ずっと仕様書ばっかり向き合ってたりとかすると、結局何が言いたいの?みたいなのよく言われるし、僕も。
そこがね、なんでこんなに言語化できるんだろうって。
言語化スキルですね、言語化。
言語化スキルだし、あと言語化できるってことは、違いをちゃんと認識できているというか。
これも僕、新型オトナウイルスって本当に目から鱗だったんですけど、感情の言語化みたいな話があったと思うんですよね。
その時に、僕も言語化できないなと思ってたけど、そもそも言語化する前に、ちゃんとその違いを感じれてるのかと。
言語化する以前のところでちゃんと分解できてるのかとか。
そこをあんまり考えたことなかったなーって言ったところに結構切れ込んでいたので、
その感じる力って大事だなーって思っていて。
06:01
感じる力、観察力もすごいんだろうなーって。
なるほどなるほど。
それはちょうどいい話があるんですけど、ポテトチップスあるじゃないですか。
はいはい。
ポテトチップスって2種類ありますよねっていう話って、なんとなくピンときます?
2種類ある。
カルビーの、いわゆる王道のポテトチップスと、チップスターみたいなやつら。
なるほど。
プリングルスとか。
確かにあれ違うなちょっと。
そうなんですよ。
あれなんか意外にみんな違いに気づいてなくて、要は芋をスライスして揚げたやつと、
芋を刻んで形を成形しているやつで、結構違うんですよ。
違うんですよね。
そうですよね。
っていうのを意外にみんな気づいてないっていう。
そういうの現代人はもう気づかないですよ、そういうところ。
しょうもない話ですみません。
麺の付けどころがね、素晴らしい。
フライドポテトもありますよね、そういうの。
フライドポテト。
スライスしてあげたなと。
もう何も考えずに言っちゃってますからね。
いやいやいや。
確かに。
仕事上一応感覚とか感性をね。
本当なんですよ。さっきの話なんかも、僕もうビビッと、もっとやらないとな。
っていうか自分が感じる人にならないとなって思いましたね。
知覚の研究とかしてるんで。
はいはいはい。
あとそうだな、ちょっと本日のテーマの前に少しちょっと話したかったのは、
僕、曲作ったりしてるんですね。
はいはいはい。
しゅうさんの番組のオープニングテーマをちょっと、
僕が昔ちょっと作った曲を尺八バージョンにしてですね。
敵竜山さんに吹いてもらったみたいな。
それを小林さんがこの前聴いていただいているのを見てすごく嬉しかったんですけど。
あと地味にサウンドクラウド一応フォローさせていただいてて。
本当ですか。
地味にですね。
いやーちょっとね、そうですね。
公開も結構プライベートにしちゃったんで、ほとんど公開されてないのかなって。
そうなんですね。
ちょっとね、徐々に公開していこうかなと思うんですけど。
あれで、小林さんが言ってた、すごいいいなと思ったっていう話をしていただいていて。
その理由が、なんかこうみんなで作ったそのコミュニティ感みたいな。
それがすごいいいなみたいな話を小林さんが秀さんにしてたんですよね。
それ聞いた時に僕ちょっと、あ、そうかって思って。
どういうことかっていうと、なんかずっとその曲作るの趣味でやったりするけど、
なんか結局プロが作ってるのと全然違うしなとか、全然納得いくやつできないなとか。
それで結構悶々としてたんですよね。今でもしてたりするんですけど。
でも最近樋口塾とかに入ってからですけど、
09:02
みんなでコミュニティで曲作って何かで発表してとか、
そこでみんなですごくいいねみたいに言ってもらうみたいな。
そういうコミュニティの中での曲作りって、
自分でそこで満足できるし、満足できるっていうか、
そもそも別にミリオンセラーになってお金儲けしたいって思ってない。
そんなスキル持ってるわけじゃないから。
そこの割り切りができたなって気がするんですよね、小林さんが言っていただいて。
だからこれから本当に今まで作った曲、ちゃんと形になってない曲とかも、
そういう誰かの何かのコミュニティの一場面のところでちょっと使ってもらうとか。
なんかそんな感じでやったら面白いなっていうのも思い始めてですね。
めっちゃいいじゃないですか。ぜひやってくださいよ。
そうなんですよ。
ちょっとそれは本当にありがとうございましたっていう。
いえいえ。なんかいいなと思いました、普通に。
じゃああれですかね。
今日はちょっと小林さんと話を、ひとつやっぱりテーマを少し決めて話をしたほうが。
小林さんが観察力だったり、洞察力だったり、言語化力で、
我々では見出せない境地に連れて行ってほしいなっていうところがあってですね。
ちょっと仕事から少し美って何なのっていう。
美しさ、ビューティーとか、美意識みたいな。
それをちょっと考えなきゃいけないかなって思ってるけど、なかなか考えられてなかったりとかするんですよね。
それをちょっと考えたいなって思っていて。
ただ、じゃあ美意識って何っていう話をしてもちょっと漠然としすぎてるんで。
小林さんがアイティーンズラボとかエクサキッズとか、いろいろ子ども向けの教育っていうところを携わってると思うんですよね。
はい。
だから教育っていう視点で、視点なのかな。
キーワードと美というか美意識というかっていうところで、
自由にどこに決着しなくてもいいけど、話できたらいいなと思っています。
なるほどですね。
僕そのテーマを軽く事前にいただいたときに、美意識について考えたことほとんどないかもってちょっと思って。
てかまず美意識って何やろうって思って調べてこようかなと思ったんですけど、
すみません、昨日落馬してしまった関係で全然予習できてません。
そうですね、いやいや、落馬してもう収録お願いしてるところが非常に申し訳ないんですけど。
いやいやいや、もうちょっと、今喋るぐらいしかやれることない。
左手も今ろくにタイピング打てないんで。
打てれば打てるんですけど、やっぱりちょっと痛いよね。
12:02
そこも触れたいところですけど、触れたいというか聞きたいところですが。
時間あったらぜひ。今一番新鮮なんで、その落馬の話ちょっとタイミングアップさせてください。僕も馬の話したいです。
今調べてみたら、美に関する意識、美に対する感覚、態度。
そうですね、ちょっとじゃあ僕が思う美意識みたいなところちょっと話をさせていただいていいですか。
はい、お願いします。
美意識って、ある判断をするときに、こっちの選択肢もあって、こっちの選択肢もあって、
その時に自分はやっぱりこっちを選ぶよねっていう、どっちとも利益とか利で考えたら選べないけど、
それはやっぱりこっちかなって最後は美意識で選ぶみたいなところがあるかなと思ってて。
だからその美意識を磨くっていうのは、その判断、どっちになるかっていう判断、自分の価値観というか価値軸というか、
それを磨いていった結果がその人の美意識になったりとかするのかなと思ってて。
だからそれって生きる上でのその人の道徳感みたいなところも結構近いと思うんですよね。
昔、自分とかが子供の頃って道徳の授業とか今でもあるんでしょうけど受けてて、
こういう時はこうしなきゃいけないとか、こういう時にどういうふうにしたらいいのみたいなところを学校でみんな教わるじゃないですか。教わるというか。
でも時代的にちょっとそれって違うんじゃないのっていう話もあるのかなとか思ってたり、
自分もやっぱり古典ラジオとか聞くようになってからやっぱり社会が変わってきてるから、
本当にどう動くのがどう生きるのが正しいのってところをみんなが考えなきゃいけない時代になってきてるから、
昔ながらの道徳みたいなのを教わっているとちょっと違うんじゃないかなと思うんですよね。
だから子供の時からどういう判断していけばいいのかっていうその道徳感を教えるっていうことが、
結構その人の美意識を教えるみたいな美意識を養うということに近いのかなって思ってて。
だから子供たちに教育する上で、これはやっちゃいけないとかちょっと倫理観みたいなところもあるかもしれないですけど、
そういったところでちょっと美意識みたいなところが何かつながるところがあるかなとか。
はいはいはいはいはい。
イメージ的には美意識っていう今回テーマになってるのは、
見た目が美しいとかっていうよりも価値観的なこっちの方がかっこいいみたいな判断をするっていう、
倫理観に近いような感覚の美意識のところの話になるんですかね。
自分としてはこれからの美意識ってなんだろうって思った時には、
15:03
生き方、生きる上での判断する美意識みたいなことをちょっと考えたいなっていうのが自分は思ってたりするんですね。
なるほど。美意識っすね。
確かに、でもなんかそういう解像度で言ったらちゃんと自分とかやってる事業とかにも落とし込んでるかもしれない。
どうなんだろう。
例えば単純に見た目美しいみたいな話って、あれ多分土台のセオリーがまずありますよね。
例えば黄金比みたいなものとか、音楽で言ったら純正率みたいな、
人間の感覚上これが美しいとどうも捉えるような人間は、
というのが研究データから導かれてる、
割と普遍的に美しいと感じるもの、心地よいと感じるものっていうのはある程度統計として出てるっていうのはまたあるはずですよね、おそらく。
なんで見た目的な話で美意識とかっていくと、
まずそういうそもそものセオリーがある以上、それにのっとったものっていうのが美しいって話になっていくのかなと考えたんだけど、
価値観的なもので見ると、かなり相対的ですよね。
時代によっても変わるだろうし、生まれた場所とかによっても変わるだろうし。
それが現代からどう移り変わっていくのかみたいな話ってことですよね。
そうですね、今回テーマになっているのが。難しい話しますね、めちゃくちゃ。
やっぱり難しいですかね。
どうなんだろう、イメージあっぱれとか粋とかクールとかそういう話ですよね。
あいつの生き様あっぱれだね。
なんか最終金持ってるとか社会的地位とか高いとかではないけど、あいつあっぱれなやつだとか。
その判断得ではないけど行きだねとか、そういうことですよね。
そうですね。
やっぱあれじゃないですか、今例えで喋ってて思ったんですけど、
本当はこれがいいなと思ったんだけど、なかなかみんながそれを選択できないところをそいつが言ったみたいなところが、
周りから見た時にいいねっていう風に見えるかもしれないですよね。
要は100人いたら80人ぐらいは、本当はBを選択したいんだけど気持ちの上では。
現実と照らし合わせるとAを取るよね。Aの方が得だし。
みんなBを本当は取れた方がいいのは分かってるんだけど、って思ってる中、Bを取るやつを行きだっていう話にするのかもしれないなって思ったんですよね。
18:12
そうだってね。確かに。
だから、主観的な話を一旦置いておくと、人から共感してもらえるラインっていうのは前提としてあるのかもしれないですね。
さっきの黄金比みたいな話も、普遍的にみんなこの比率が気持ちいいわけでしょっていうBのラインが共通認識としてありますよと。
だから、それに合わせたものが美しいっていうふうに感じるのが普通だし、それに合わせていこうねっていうのがその場合シンプルなB式の発端じゃないですか。
だとすると、例えば人間社会において、本当はいじめられてる子を見たら助けてあげる方がいいのはみんな分かってる。
けど、自分がその現場に直面した時に、なかなかその一歩出ないよね。でもそこを行くから美しい。
もともとそこ行くべきだよねとかそうした方がいいよねっていう共通認識があるっていうのが結構肝なのかなって今ちょっと思ったんですね。
だから、例えば一匹狼みたいな、自分のB式はこれだみたいな感じで、自分の美学みたいな感じで突き進んで、でも誰もそれを良しと思ってないみたいなのはちょっとB式とは違うんじゃないかっていう。
そうですね。また別軸の話になってくるかもしれないんですけど、誰がそれ美しいって言うの?みたいな。自分が美しいって思ってるだけですもんね。
そいつ的には美しいって思ってても、周りは美しいとは言ってくれない。
なるほど。
自分がいいって思うだけでは美しいっていうものにならないっていう。自分が思ってれば別にそれでいいかもしれないけど、世の中全般、社会全般で考えて、これからのB式って何?って考えたら、やっぱり周りの人たちも美しいねって思えるようなものじゃないと。
はいはいはい。美そのものが誰かがいて成り立つものなんじゃないかなと今聞いてて思いましたね。美しいっていうのは一人でいてもその美しさは何にもならないというか、誰か見てくれる人がいてその状態が美しいとか、
あとは見た目じゃない美しさって、僕がイメージするのはすごく人が触れ合ってる姿なんですけど、優しい社会というか、そういうのも一人だけじゃなくて複数人がいい感じの状態にあることがすごい美かなと思うんですけど、
やっぱ誰かがいるから美っていうのが存在してるから、それを意識するB式は絶対にみんなが思う美じゃないといけないみたいな。みんなが思う。みんながなのか、ある程度の人なのか。まあまあまあ、一人じゃないってことですよね。
21:14
一人よがりはB式になる。だからさっき私が言ったように、これからの生き方とか道徳観みたいに変わるようなB式って何かっていうふうな感じで考えた場合は、やっぱりこの社会で生きる上で、一人よがりなものはやっぱり美とは呼べない。
その人が個人単体でめっちゃ美しいって思ってみんなそうでもねえって思ってても、その人が美しいって思ってたら、その人にとってはB式ってことになるんですよね。
しかもその時にはその人しか美しいと思ってなくても、時代が変わったときにそれがすごく価値が出てきたりとかすることもあるじゃないですか。
そうですね。それこそ美っていうものに対して、あんまり根拠がないケースもそんなにないんじゃないかなってなんとなく思ったんですよね。
こうだから美しいというか。美しいって思う理由が何かあるんじゃないかなっていうやつですよね。
先天的に人間がどう思うかみたいな話を置いておけば、基本的には価値観というか、こういうのが好き嫌いみたいなのってある程度肯定的に出来上がっていくわけじゃないか。
だからその中で美しいって思うものを見つけたんだとしたら、あくまでその人が今まで見てきた中のものの判断になるんですもんね。
見てて感じてきたものから生まれるしかないですね。
全然違う環境で生まれ育った人たちの美意識は全然違うものになるんですかね。
もちろん環境にもよりますもんね。
最初に言ってたみたいに、先天的にどうも人間はこう感じるようだみたいなやつの軸もあるとは思うんですけど、めっちゃ難しい話やな。
これ本当にすいません、めっちゃ剥ぎれ悪いですけど。
そうなんですよ、美ってめちゃめちゃこの世の中で一番抽象度が高いんじゃないかぐらいな概念だと思っているので。
確かに。
でもあれとかありますよね。
人間がどういう顔を美しいと思うかっていうのって、結局左右対称かつ平均的な顔っていう話はありますよね。
24:05
そうですね。
極悪犯罪者とかの顔写真をいっぱい集めて、それらの顔を全部平均化したら、すごいこれぞ極悪人みたいな顔になるかと思いきや、すっごい美しい顔になったっていう、そんな話はありますもんね。
なんかありますよね。
もしかしたら平均への憧れみたいなところなんですかね。
その中央値をあくまで人間見てる必要があるのかもしれないですよね。
そうですね、そこにいた方が生存できるとか。
どうなんでしょうね。
生存戦略的には割とすごく外れたものが多い方が多様性があって、突然変みたいなものがいるから生存できるってのもあるけど、
でも大多数的にはやっぱりそういったところならずに平均的なところにいた方が生存できるっていうのがプログラミングされているのかもしれないし、
何か前テッドレイビーみたいなのは、美しい、たとえば石器時代とかの魔性石器とか惰性石器とかそういうのあるじゃないですか。
あれが惰性石器の形、要はすごく狩りがうまくできるような石器の形にしたら、それがものすごく美しい形。
たとえば今日からダイヤモンド、今のダイヤモンドの美しい形みたいなよく言われるような形になってたりとか、
生存するために必要だった形みたいなものを、実用的なものが美しいって言ってた気がするんですよね。
ちょっと違うかもしれないけど。
いいな、そうかもしれないですよね。
球ってあるじゃないですか、球とか円って。
あれって中心から全部距離が同じなんで、きれいに同じだから安定した状態なわけじゃないですか。
人間も文明とともに直線とかを増やすわけじゃないですか、直線とか平面とか。
本来ぐにゃぐにゃでこぼこしてるの。
直線とか円とか平面とかが美しいって思ってる人が多いからこうなるんだよね、たぶん。
安定したものって結構美しく見えるかもしれないですよね。
安定してないけど美しいって思うものありますかね。
F分の1揺らぎじゃないですか。
F分の1揺らぎ、でもそういうF分の1揺らぎみたいな言葉で定義できるってことは。
安定してるもの。
安定してるような気がする。
そうですね、この世の仕組みですもんね。
カオスが美しいって思う人もいますけどね。
そうですよね、みたいな話になってきたりしますよね。
27:06
僕なんか子供たちにあんまり価値観とか道徳観みたいなのを教えることは正直あんまりなくて、
ただステレオタイプを取り除こうとはすごくします。
多面的に見るようにっていうことはするんですけど、
逆に言うとこっちから見ようぜみたいな話はあんまりしない。
これがいいよねみたいな話もあんまりしないかな。
これが好きなやつもいるよねっていう感じの話をいつもしてるんで、
本当に今回のテーマいただいたときに、
美意識は初めて考えたかもっていうぐらい。
あれどうなってるんだろうみたいな感じなんですよ。
今の子供たちにはステレオタイプを取り除くような話をするっていうのは、
それはプログラミングする上でそういう考え方が必要だとかっていうことなのか、
やっぱりこれからの生き方として、
いろんなことを多面的に見れるようなことが必要だよねっていうところが、
それを子供たちに伝えたいからっていう。
もしかしたらそれが僕の美意識かもしれないですね。
単純に僕は多面的に見れないことは愚かだと思っちゃってるかもしれないですね。
僕が多分そういう人生経験の中で過去振り返ったときに、
すごい例えば一方の都合しか知らないくせに偉そうなこと言ってたな俺。
今思うと恥ずかしいなって思ってることがあるから、
いろんな角度から物事を見なきゃダメだよね。
損するし無駄な争いを生むし。
だし、うーんかなーみたいに思ってるところがなんとなくあるからですかね。
そういう風な感じの話をよくする気がしますね。
そうですね。
めっちゃいいプログラミングプロセス。
やっぱり生き方、コバさんの学生時代の時の話とか聞いてても、
やっぱり僕なんかと全然違うし、
僕なんかはもう本当にとりあえず学校行って、
何も疑わず勉強してみたいな就職すればみたいなレールを歩んできた感じがあるので、
美意識なんか磨かれてないんですよね、全然。
と僕は思っちゃうんですよ。
なるほど。
美意識、それを美意識と定義すればですけど。
だからそういう意味ではコバさんみたいに、
これってなんでこれ必要なんだっけとか、
30:01
そういうことを常に子供の頃から考えている人って、
やっぱりセンスも磨かれてきて、
そうですよね。
やっぱりすごく美意識高いと思うんですよね。
生き方の美意識というか。
なるほどな。
今までちょっとピンときたかもしれない。
上質なことを知ってることってすごく大事だと僕は個人的に思ってるんですよ。
上質と上質じゃないものの違いがわかること。
例えば超うまい料理がめっちゃうまいって感じれないと、
美味しい料理多分作れないじゃないですか。
例えばめっちゃ美味しい料理食っても、めっちゃまずい料理食っても、
どっちもあんま変わらんねって言ってる人多分、
美味しい料理作れないんじゃないかと思うんですよ。
例えば音楽っていう時とかもそうなんですけど、
曲聴いた時にすごいちゃんとしてるなとか、
ここでコードをこういう風に展開させるんだとか、
聴いてどれくらいの解像度でものを見れるかによって、
自分のアウトプットの解像度も決まってくるじゃないですか。
何かを作り出す立場にいる人は、
その自分が曲作りたいんなら音楽の解像度が高けりゃ高い方がいいと僕は思ってるんですよね。
高すぎる弊害とかも多分あると思うんですけど、
基本的にはそれがセオリーだと個人的には思ってて、
自分の解像度が低いんじゃないかっていう、
メタな目線を持とうかとしたりとか、
自分がこれなんでこれが人気あんの、こんなつまんないのにって思った時に、
いや俺が分かってないだけなんじゃないかとか、
そういう目線を持つように頑張ってしてるんですよね。
それも人生生きてくる中でそうなってきたっていうことなんですけど、僕自身も。
そういうふうにして、目の前のものの解像度を上げれば上げるほど、
なぜこれがこうなってるのかっていうのがすごく詳しく見えてくるじゃないですか。
例えば、飲み物のパッケージ一つ取っても、
普通だよねって思う人もいれば、優秀なデザイナーさんだったら、
なるほどね、ここにこのフォント使ったのか、すげえなと思いながら見れるわけじゃないですか。
だから1個のパッケージ見るときにそれを美しいとどれだけ思えるかっていうのは、
そこの解像度がどれくらいあるかっていうことかもしれないなって今思ったんですよね。
それでいくと、確かに僕だったりヒグさんだったりっていうのは結構考え込み型なんで、
そういうふうに1個1個の解像度を上げてきたのかもしれないって今思ったんですよ。
もしかすると、それを取って美意識と言えるかもしれないなっていうのを今思いました。
33:01
素晴らしい。
なんかいいこと言いましたよね、僕。
昔の学校の教育だと、これはこういうもんだよみたいなのを教わるような感じだから、
あんまりそういう解像度を上げるっていうよりはもう決められたものをなぞっていくみたいなところがあるから、
なんか違うものを見たときの、これをどうやって見ればいいんだみたいな見方みたいなのが磨かれなくて、
たぶんコバさんとかはそういったところを、物の見方を別に教わったこととかじゃなくて、
やっぱり磨いていくっていうことをやってたからそういうことができると思うし、
これからの教育とかに関しても、セレオタイプとかじゃなくて、
多面的にやっぱり見ないといけないよねとか、
多面的に見ることでやっぱり思い込みがあったりとか、
こっちのほうがいい、本当はこっちのほうが良かったんだってその見方の解像度が上がってて、
それがこうなんか、美意識が高まってくる。
その子供の、みたいな風に僕はちょっと思ったんだけど。
そうですね。
感性が豊かみたいな。
そういう意識にもつながってくるかなって。
いやー、なるほど。
感性、感性って言うとまだ感性って何に対しても。
そうですよね。
けれど、僕決して、
例えばさっき斎藤さんが、特に疑いもなく勉強をして、
こういうレールで就職してみてっていう人生のことを話してくれたんだけど、
僕それができなかっただけの話だと思うんですよ。
それができなかった。
だから多分、なんでやって割となんくせつけて、
なんでだろうっていうのを考えていっただけだと思うんですよね。
そこすごい聞きたいんですけど。
そういう、いやなんでだって、
僕からすると、悪っていうか不良グループみたいなイメージ、
もう完全にテロタイプなんで、
ちゃんと言うこと聞くグループ、言うこと聞かないグループ、
言うことを聞かないグループイコール不良みたいな。
そんなふうに捉えたときに、
なんで不良の人たちって困らせるのかなみたいな。
そういったところあるけど、
でも僕今やっぱり思うのは、
そういう人たちって今の決められた社会に、
なんでそれをやらなきゃいけないのって、
ちゃんとクリティカルシンキングできている人たちが、
そういう不良っていうか悪のグループになっていて、
そうなってるんじゃないかって思って、
すごい人たちだなってだけ思ってるんですよ。
でもその人たちは、
本当にそういうクリティカルシンキングができるのか、
ただ単にやらって。
そうですね。
それどっちなのかなっていうのがすごく気になったりする。
やっぱりですね。
それこそさっき言ったように不良というか、
36:03
社会に反抗する人たちっていうのが、
意思を持って、
なぜだっていうポイントか、
理想的な社会ってこうじゃないんじゃないかとか、
不幸な人いるじゃないか、
もっとやり方を変えろっていう、
意思を持ってやってる人もいるとは思うんですけど、
単純に、
なぜ人を殴っちゃいけないのかあんま分かってないとか、
物を盗むのが犯罪だっていうのは、
捕まった時に、
そっか、そうだったってなったとか、
やっぱそういうタイプの人結構多いですよね。
なんていうか、
価値観の形成がそんな感じになってるっていう。
人も結構多いなと思います。
不良の度合いによると思うんですけどね。
そこもいろいろ、
僕が勝手に2つに分けた中でも、
いろいろいるだろうし、
そういった子供たちに向き合う教育、
大変だなって今聞いたんですけど、
いろんなお子さんいるだろうなとか。
マジョリティの人たち、
今まで言うことを聞いてた人たちを、
ちゃんとこれはなぜなんだっていうふうに、
本質を考えて動くような人たちに、
育てていく教育っていうのが必要なんですかね。
それ僕ですね。
多分それイエスって言う人多いと思うんですけど、
僕はすごい微妙なところだなって思うんですよ。
僕の目からどう見えてるかっていうと、
働き鉢と怠け鉢みたいな話あるじゃないですか。
事実そういうもんだと僕は思ってるんですよね。
要はルールに疑問を持ってルールをブラッシュアップするタイプの人と、
ルールを堅実に守るタイプの人、
運用する人とか、
そういうのが割といろいろタイプがそもそもあるというか、
集団がいるとそういうバランスにならざるを得なかったりとか、
ということもあると思うんですよね。
全員が全員、なぜだっていうのを考える必要はそんなにないんじゃないかなと、
個人的には思ってます。
人によってはいるんですよね。
別に自分の夢とかどうでもいいし、
生きてる意味とか価値とかどうでもいいと、
平々凡々にやってけりゃいいんだっていう人もいるわけじゃないですか。
それが悪いとも全然思わないですし、
逆に言うとそういう人いてくんないと回んないんじゃないかなって思うんですよね。
だから、みんなもっと考えようぜっていうタイプの人が、
全然考えないタイプの人を見たときに、
もっと考えろよって思う気持ちはわかるんですけど、
実際に考えない人がいて、考える人がいて、
お前もっと考えろよって、なんでって言ってるこの関係、
39:03
この関係自体が真だと思うんですよね。
その役割を誰が担うかとか、
全体のバランスとかは変化はあってもいいのかもしれないですけど、
例えばどっちかだけに極端に、
9割が考える人で1割だけ考えない人みたいなバランスって、
多分あんま良くないんじゃないかなっていう気がしてるんですよ。
個人的にはそんな感じですね。
僕は割とアイテムトラボとかではそういうふうにやってます。
コミジュアルな子もいれば言われたことしかできない人もいるし、
絶対にやりたくない人もいるし、
それぞれその道を歩んでもらってOKですっていう環境を
僕は作っていて、
どっちのタイプを増やそうみたいのは個人的には
そうですよね。
そういう人たちが自分のタイプをちゃんと認識して、
適した道へ進めるようになるっていうのがいいですよね。
そうですよね。
あるじゃないですか。
本領発揮みたいな時って。
例えば僕らが子供たち見てて、
この子あんまりできないねって思ってるとするじゃないですか。
でもある環境に置いたときにドーンって行っちゃう。
っていうときに違ったなってなるわけ。
こいつなんとなくできない役だと思ったけど、
置かれてる環境が良くなかったんだって思ったら、
じゃあこいつに合った環境でやらせてあげたいね。
でも本当シンプルにそれでやってるっていうだけなんですけど、
その中でそういうやつもいるしこういうやつもいるしっていう
お互い認識し合うことが大事かなって。
そうですね。
この子の才能はこっちが合ってるからこっちにしようとかっていうのは
子供の教育の時点でそういうことができたらすごくいいなと思ってて、
会社でこいつはこうだからこっちにした方がいいんじゃないかっていうのは
ちょっと会社的には難しいかなと。
今適材適所っていうよりはジョブ型みたいな
こういう仕事があるからこの人みたいなところに変わってきてる。
個人的にはもうちょっとその才能を生かすような
マネジメントっていうかしてほしいな。
そういう方がいいかなと思うけど、
会社はちょっとそれは難しいので、
やっぱり教育というか子供のうちに
この子はこういうタイプでこっちのほうが向いてるなっていうのを見極めたりとか
っていうところがすごく大事だなって思ったんで。
エクサキット、アイテムドラボ
そういったところでプログラミングと一緒に
子供たちが生き生きとできる社会を作っていっていただけるといいですね。
頑張ります。
いいですね。
ちょっと時間がもう7時半なんで
42:03
もし乗馬の話があったら我々としてはもうちょっと15分ぐらいは
いいんですか。
馬の話、僕が落馬した話だけズバッとしていいですか。
聞きてはこれ嬉しいな。
42:20

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