じゃあ早速池早さんから。
最初は僕がこの分厚い本いきましょうか。
これは紹介を始めていきたいと思います。
これは働かないっていう。
Doing Nothingっていう何もしないっていうテーマの本になりましてですね。
もともとこれ2006年に古い版が出てて。
結構本自体古いんですよ。
これ2025年にまた新しい真相版かなが出てて。
内容自体は2006年なんでもうAIとかベーシックインカプラそういう議論とか一切ないっていう感じの。
もう20年ぐらい前の本になりますというところです。
でもこれはどんな本かというとですね。
まず結構冒頭が面白かったなというのがあってですね。
トム・ルッツさんって著者の人なんですよ。
いろんな本を書いてると。
大学生ぐらいの息子が家にいて。
家でカウチ。
ソファーでね。
ソファーで息子がずっとアニメとかずっと見てて。
どこも行かないでダラダラダラダラアニメばっかり見てて。
トム・ルッツはそれを見て苛立ちを覚えたらしいんですね。
なんだこいつ何もしねえじゃねえかみたいなことをお父さん怒った。
でもよく考えてみるとこのトム・ルッツも若い頃特に何もしなかったらしいんだよね。
別に自分がその勤勉に何かをしてるわけじゃなくて。
彼は彼の方でトム・ルッツ自身は若い頃もそんな偉そうに過ごしてたわけでもなく。
彼の頃はいわゆるヒッピーコミュニアムみたいなところで若い頃よく入り浸ってて。
みんな田舎で自給自足とかして。
ある意味働いてなかったんだよね。
特に何もしないで悪跡働いてるやつはある意味バクにしたような感じで若い頃過ごしてて。
そうやって大人になってトム・ルッツは親になって。
自分の息子がカウチに転がってダラダラアニメ見てて。
そこに苛立ちを覚えてしまって。
でもなんで俺はそこに苛立ちを覚えたんだろうってところからスタートラインして。
そういう海外のほんと結構多いなってよく思いますけど。
そっからトム・ルッツは何をしたかっていうと。
怠け者と呼ばれた人たちをひたすら文献を漁りまくっていって。
怠け者の百科事典みたいな感じになって。
そういう本なんですか。
後ろの方にこの本で紹介した人物とかのリストなんですけど。
150人くらい出てくるんですよ。
人物リスト。
これ全員が全員怠け者ってわけではないですけど。
怠け者にまつわる人々がもう世界中。
怠け者の話がひたすら詰まってるんですよ。
っていう本になっていて。
結論があるっていうよりはいろんな怠け者を紹介していきながら議論が進んでいくみたいな感じの本でね。
非常に面白いです。
まずこの本を紹介しようと思った理由で。
やっぱり怠け者いるじゃないですか。
怠け者がいるからさ。
怠け者はひとつ僕のテーマだったんですよ。
宗平氏って怠け者だよなみたいなのがあって。
まさに怠け者と呼ばれた人たちなんですよ。
これ結構本つばに紹介したら面白いんだろうなと思って。
読んだらやっぱり何かヒントがあるんですよ。
ちょっと若干攻撃性を感じますね。
いやでも怠け者は大事なんですよって話をしましょうか。
ということで3つぐらいポイントに絞ってきたんで1個ずつ解説しようかという話で進めていきたいと思います。
まずこの本は古今東西の様々な怠け者、働かない、
Doing nothing、何もしない人たちっていうのを本当にギリシャ時代からも含めて
いろんな人たちの例が出てきます。
後半の一番最後だと新宿のゴールデン街に行って
日本のフリーターの人たちに対する取材をしてるんですよ。
本当にギリシャから日本のゴールデン街に行ってすごい楽しいですよその話。
本当にそういう面白いエピソードがいっぱい入ってるって感じの本なんですよね。
一つだから分かることで言うと働かないっていう、何もしないっていう人たちがどの時代にもいた。
どんな時代にも働かない奴っていうのはいたよねっていうのが指摘できること。
そして大体嫌われ者なんですよ働かない奴っていうのは。
働けよ。働けよって大体。
疲れる要素がない。
だから大体社会からツマハジキになったりして
ヒッピーであいつらヒッピー込みで暮らしてやがってみたいな感じで
ツマハジキ感がある。
ハズレ物みたいな感じの価値観がある。
でも一方で魅力的な存在ではあった。
怠け者っていうのは嫌われてるんだけど
なんかちょっと魅力があるような人として描かれがちらしい。
実際僕らの魅力を感じるっていうところがまず最初のポイントとしてずらーっと読んでいくと
怠け者ってやっぱなんかちょっと面白いなっていうような存在があることが分かってくる。
本当無限に例が出てくるんで
一つ超有名な怠け者でディオゲネスって
哲学者ご存知でしょうかね皆さんね。
ギリシャ時代の哲学者で
アレクサンドロス大王の時代の人ですよね。
ディオゲネスは樽に住んでたって言われていて
たぶん実際の人も樽。
要するにホームレスみたいな感じ。
自分の家持ってない。
家持ってなくて樽の中にこうやって隠れるみたいな。
本当だろうから。
柔軟性がね。
樽がでかいもん。
ひくろひげ危機一発感がある。
なんだったっけ。
エスパー伊藤さんとかも割とそういう系あったけどね。
そういう人かは分かんないけど、
ディオゲネスさんという最低限の生活しかしないっていう。
権力とか富とか一切興味ないっていうね。
ディオゲネスって人は実際にギリシャ時代にいて。
王様のアレクサンドロスが有名人だったし。
ちょっと一回会いたくて。
会いに行ったらディオゲネスを見つけて。
王様じゃなくてのしのしと来て、
ちょっと話をしようよって言ったら、
邪魔だからどいてみたいなことを言ったっていう話があって。
王様に対しても太陽の光を遮って、
陰になってるから邪魔だからどいてくんねえ。
ホームレスみたいな哲学者が言って。
その話はさ、
ディオゲネスは怠け者なわけです。
何もしない。働かないし。
何にも興味がないし。
まさにドゥイングナッシング。
王様にすら脳を突きつけて。
っていう話が残ってるんだよね。
我々はそこに対して非常に何か魅力を感じている。
でもディオゲネスと同時代に生きてたらさ、
いやあいつ何なんって感じじゃないですか。
何もしないで働けよみたいな感じで見てたんだよね。
でも今僕らはディオゲネスって言うと、
ちょっと面白みを感じるじゃないですか。
創作の世界とか実話の世界でも、
今はリアルで我々生きてる世界でも、
働かない人って基本的には邪魔者だし、
働けよみたいな感じじゃないですか。
でも何かそこに我々は魅力を感じてしまうっていうところがある。
それは本当様々な例がこの中に出てきて、
いろんな怠け者が、いろんな類型の怠け者がいる。
僕らのカルチャーの中だと、
でも結構ちゃんと働かないキャラクターって、
日本の漫画文化だったり、
あるいは映画の中では結構出てくる。
僕がそれをパッと見て思い出したら、
トラさん。
トラさん僕すごい好きで。
男扱いのトラさんって定食についてないんだよね。
だから実家に帰るたびに、
トラ働けよみたいな感じで言われる。
定食についてないで、
うろうろしやがってみたいなことを言われて、
それで怒るトラさんが。
定食についてない、働かない、
ある意味働かない人なんだ。
でもやっぱりトラさんって魅力的だし、
彼が一生懸命働いてるシーンとかほとんど出ないんだよ、
トラさんの映画。
常に働いてないんだ、あの人って。
働いてないで、
その中でいろんな人と関係性を紡いでいくっていう前提の舞台条件で。
決して別に優秀でもないし、
お金持ちでもないし、働かない。
でも僕らはトラさんってキャラクターをいまだに大好きだし、
ドラえもんだって伸びたらって働き者でもないじゃん。
まさにグダグダしてるだけらしいみたいな。
スナフキンも。
スナフキンも働かない。
旅人の設定みたいな感じなんですけど、
結局あの子もトラさんみたいな感じで、
ふらふらふらふら。
トラみたいではない。
トラさんは動物ではないんだよ。
トラさんってのは、タイガーではないトラさん。
風天のなんとかのトラさん。
風天のトラさんです。
風天のトラさんなんですけれども、
そのトラさんみたいな感じで、
ふらふらしながら、本当に自由に生きてるのがスナフキンで、
そういうキャラなんですよ。
でも、今でもすごく大人気のキャラクター。
今でもっていうか、リアルではないんだけど、
大人気だし、彼が言う言葉に魅力を感じる。
自由に生きてるからこそ。
そう、たぶんまさにそうなんだよね。
だから僕らが働き、
だってスナフキンが働き者だったら、
なんかちょっとメッセージが変わっちゃうじゃないですか。
めっちゃあいつが勤勉に働いてたら、
あいつの言ってることなんかちょっとイメージ変わっちゃいますよね。
労働っていう、我々がみんなやらなければいけないと思い込んでるものから、
自由になっているような人たちっていうのは、
僕らはある種の憧れを持ってるし、
そっから何か放射されて出てくるものに、
なんか悔しいけど、なんか確かに反射が効いちゃうし、
魅力的っていうところがきっとあるんですよね。
なので、でも僕らは働いてるじゃないですか。
働かなきゃいけないと思い込んでるし、
だから働いてないような人、
怠け者には基本的には嫌悪感を持つし、
でもやっぱ魅力がそこにあるっていう、
そういう歪というか何というか、
アンビバレントな感情っていうのを僕ら常に持っているっていうのが、
まずこの本とか読んでいくと、
働き者っていうのは常にバカにされてるようで、
でもやっぱりみんな魅力を感じてるし、
っていうのが伝わってくるような、
まずこれが1点目の話なんですね。
ということで、1つ目は働かない人っていうのは、
どの時代もどんな社会に向いて、
だいたい嫌われてるんだけど、
なんか魅力的っていうね。
なんかいいのが、なんか弁明はありますか?
滑られてるんだよね。
弁明は。
でもなんか、働かなくていい時代にだんだんなっているのを、
体感感じますよね。
なんかその、働くってなんか難しいですね。
嫌なことをしなくていい。
だんだん嫌なことをしなくていい率が上がってきてるのは、
すごく感じてて。
なんか寄ってきてないですか?社会全体が。
勤勉さの昭和的な時代よりかは、
なんかちょっと平成令和と、
どっちかというと好きなことやりたいことって、
昔の人からしたら、
そんなものは仕事じゃねえみたいな。
SNSとかもそうですよね。
あと最近あるのが、
お父さんの仕事は、
ソファーの上でスマホをだらだら触ってることが仕事だみたいな。
なんかそういう起業家界隈であって、
これを家族に仕事だって認めてもらうまでに、
結構逆があるみたいな。
確かにね。
でも結構あるじゃないですか。
僕らもそうですよね。
おばさんおばさんいじって、誰かスマホで見てて、
それで何してんの?
いやいや、別に仕事ですよ。
YouTube見るのもあるし、仕事になってたりとかするわけで。
そういう意味では、
だんだん勤勉じゃない方、
昔でいうと寄ってきてんのかなって。
クリエイターとか。
僕は働いてたくない。
まあ難しいね。
ずっと寝てたい。
そうだね。
じゃあ2つ目のポイント。
言いましょうか。
今の話とすごい繋がってきて、
働かなければいけないとか、
働くことイコル善。
良いことがあるっていうのは、
これ自体は結構歴史的に、
教育みたいなものを通して、
作られてきた価値観だよねってところも結構、
議論の中では通手してる部分なんですよね。
でも元々でも、
狩猟最終民族とかの時代を想像しても、
働かない奴は基本的にやっぱりやめてくれよみたいな感じじゃないですか。
そんなに歓迎されてなかったというのがスタートラインだけど、
そこからさらにいろんな文脈が乗ってきて、
まずやっぱり教会で、
キリスト教の文脈で、
プロテスタンティズムの、
資本主義の政治家のマックス・ウェーバーですね。
ウェーバーの議論なんかで、
やっぱりキリスト教の教徒たるものを働こうみたいな、
禁弁みたいなものがある種美徳になっていった。
逆に言うと禁弁じゃない奴は、
怠惰な奴っていうのは罪だと。
罪をもう帯びている。
実際に七つの怠惰って、
キリスト教の罪のリストがあります。
そこにちゃんと怠惰ってスロースっていう、
怠惰が入っているんですね。
怠惰な奴は罪人なんです。
怠惰は罪っていうのが、
キリスト教の文化でやっぱり広がっていって。
それがまたアメリカとかキリスト教の人たちが言って、
労働文化みたいなのが作られていった。
ていうのがあって、
もともとはそこまではなかったけど、
いつの間にかキリスト教や宗教の影響で、
怠惰、もうサボること。
怠惰者はもう罪人だみたいな感じになっちゃう。
ていうところがまず中世ぐらいに来て。
そしてさらに近代になってくると、
ベンジャミン・フランクリンのお話が
すごいこの本たくさん出てくるんですけど、
フランクリンって自己啓発の、
ある意味父というか、
みんなちゃんと生きようぜみたいなことを
言った人なんですね、アメリカの。
時は金なりって、
タイム・イズ・マネーって言葉がありますけど、
あれを言ったのがフランクリンらしいんだよね。
天才だ。
フランクリンがそうやって時間は金だと、
しっかり無駄にするなってことを言ったら、
早起きは三本の得っていう、
あの言葉も一応日本語になる前のものはね、
このフランクリンが言ってるやつです。
なんてこと。
らしいですね。
セリセントとかになった。
英語で言うとね、いや違う面白いの。
これ多分やっぱり日本語になってるときに変わっちゃってるんですよ。
英語で言うとね、
Early to bed and early to rise。
早く寝て、early to rise。
早く起きること。
メイクサマン。
人をヘルシーにする。
ウェルシーにする。
and wise。
健康的にかつウェルシー豊かにするし、
賢くする。
これが多分三本なんだよね。
もともとに。
早寝早起きは人間を健康に裕福に賢くする。
これが三本の得ってことらしい。
逆にキャッチーにした人もすごいね。
三本の得って。
でも三本の得ってウェルシーの部分だけだからね。
早寝早起きは第一だってフランクリンとか言ったんですよ。
これはでも逆に言うと、
早寝早起き死ねやつはちょっと道徳的にどうなのみたいな。
ちょっと大丈夫なのかお前みたいなのが、
どんどん勤勉な人っていうのが人格的に優れてるよねみたいなのが出ていった。
中世のヨーロッパの方でキリスト教で、
働かない奴は罪だって言って、
そして近代になってくるとフランクリンみたいな人たちが、
ちゃんと勤勉に生きることっていうのは人間として良いことなんだよね。
圧力が出てくる。
それは結構ボトムアップ的なもので、
僕らも普通にそう考えたらどっちかっていうと、
あんまダラダラダラ昼間で寝てるよりも、
早寝早起きしたほうが人間としていい感じがする。
そういうのをフランクが言語化して、
それがある種当たり前の規範意識の中に僕らは生きてる。
さらにまた要因で言うと、
資本家がお金を持ってる資本家の人たちも、
それはだってサボって持ったら困るわけじゃないですか。
だから資本家の圧力で人々がちゃんとくじごじで働くようになって、
そうすると勤勉に働かざるを得ないじゃないですか。
くじごじが決まっていって、
みんながサボらずにちゃんと働くようにしないと会社が回っていかないから。
どんどん人間がサボるとか怠け者みたいなのが圧力がある。
宗教の圧力もあるし、
フランクみたいな自己啓発的な圧もあるし、
資本家の人たちがもっと働けって言っているので、
どんどん勤勉性っていうのが凝縮していって、
僕らはそういう価値観を持って、
でもこれは結構歴史的なものなので、
そういうふうに育てられてきて、
教育でそういう価値観が、
僕らはもう形成されちゃってるよねっていうところがあるんですよね。
っていうところが2つ目の論点です。
でもさっき言った話で、
たぶんそれがちょっと今逆転しつつあるというか、
本当にそうなんだっけみたいな話が繋がってくる。
でもこの本は2006年くらいの本なので、
今のタイミングでの議論は繋がってないですよね。
まだYouTuberみたいな仕事もない時代だしね。
その議論とか見たいよね。
スマホ以前の本。
スマホ以前の本なんで。
トム・ルッツまだ生きるかな。
他の本書いてほしいですね。
彼がここから先に行って、
そこからだから3つ目のポイントはもう完全にその先の話で、
この本の中に書いてない話だけど、
やっぱりでも思うことで言うと、
これからAIが今進化してて、
AIが来ると結局ベーシックインカムが、
たぶん合理性を帯びてくる。
今ちょうど先週ぐらいか、
この配信撮ってる先週ぐらいに、
サムアルトマンがロボット税とかを入れようみたいな話をしたんですよね。
これからもう人間が働かなくなっていくとか、
AIとロボットのほうが生産性が高いので、
経営者の人たちが人間を雇わなくなる。
それはもう畑を耕すのに今トラクターでやってて、
牛とか馬とか使わないじゃないですか、今更ね、
っていうような感じで、
たぶん合理的に反対で、
AIのほうがいいよねってなってくると、
人間を雇わなくなってしまう。
そうすると人間が仕事でお金を稼げなくなるから、
AIとかロボットが稼いだ分をベーシックインカムとして配っていくような、
社会契約が必要じゃないかみたいなことを、
サムアルトマンがちょうど先週ですね、
ブローカーなんか確か書いてたんですね。
ってなってくるとさ、
でもこれは僕もそうなると思います。
本当にそうなりそうってなるでしょう。
実際だって僕も会社やってる側だけど、
正直言うと今で言うと、
AI使えない人は一緒に仕事したくないもんね。
無理ですって感じですもんね。
ってなってくると、
やっぱり人間の仕事がどんどん減っていくし、
これからどんどんロボットが入ってくるし、
人間が働かないで、
ロボット税とかAI税のところから、
人間がベーシックインカムって形で、
毎月20万とかもらって生きていく。
ていうとさ、
でもこれ働かなくなっていくわけですよね。
働かないということが逆に当たり前になってくって、
価値転換がこれから起こってくる。
たぶんこれまさにグラデーション的になってる。
今までは9時5時で会社に出社して、
スーツ着て、
くたくたになって帰ってくるみたいなのが、
働くっていうものがさ、
今僕らだと普通にスマホで、
確かにそうなんだね。
僕もだから家でスマホでやってて、
お父さん何してんの?
仕事なんだよみたいな。
なかなか伝わんないですよ。
マジで仕事だからこれみたいな。
しかもゲームとかやるのも仕事だからさ。
ロブロックスでゲームやってて、
お父さんロブロックスやってて、
いやこれ仕事だからみたいな。
伝わんないなかなか。
遊んでんじゃん、確かに。
どっちもだよねみたいな。
そういう徐々に今までの仕事感がやっぱりまさに
覆りつつあって、
そしてさらに、
よりもっとドラスティックな変化として、
もうそもそも人間は働かなくてよくなる。
人間さんは働かないでくださいと。
なぜなら生産性が低いので、
ロボットの方が生産性が高いし、
AIの方が生産性が高いからので、
あなたたちは働かないでくださいって言ったときに、
働かないのが当たり前の社会になる。
労働が義務でもないし、
美徳でもなくなるし。
なんで働くんですかってことになる。
そうなると働かない、
怠惰な人、
怠け者みたいな人たちが、
その人たちが普通になる。
働かなくても別に昼まで寝て何が悪いんですかみたいな。
だって働く必要ないんだったら関係ねえじゃんってなってくる。
だからもしかしたら、
今まで怠け者って言われた人っていうのは、
社会の遭害されてた端っこの人たちだったけど、
それが完全に逆転して、
みんなそっち側になってくる。
っていうような未来があるかもしれない。
怠け者があることっていうのは、
美徳になってくる。
むしろ怠けられるなんて本当にすごいですね。
昼までよく眠れますねみたいな。
それは時代を先導した生き方ですね。
昼まで眠れるなんて。
せんくしゃ。
気持ちが良くなってきたよ。
最初怒られるのかと思ってた。
でも本当にそういう未来があるのかなみたいな。
この本はそこまでしたって2006年の本だから、
含んでないんだけど。
でも今のこのタイミングで言うと、
ちょうどAIのベーシックインカムみたいな議論が、
まさに出てる時だから、
働かないとか怠け者みたいなのは、
たぶん価値観が本当に、
これから10年で結構変わってくるはずなんだよね。
っていうのは、
ちょうどこれ別に結論全くないんですけど、
読んでて、
どうなんだ、
習平氏みたいな昼まで眠れって逆にすげえのかなと、
本当に結構真面目に考えながら運転してたので。
っていうのが3つ目の話でございました。