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或る女 2日目
2026-08-22 16:30

或る女 2日目

0203 260822 林芙美子 或る女 2日目 朗読:下田文代
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サマリー

高子は夫の留守中に若い哲夫と不倫関係になるが、やがて哲夫の兄である笹博士に知られてしまう。哲夫からの手紙で関係が終わったことを告げられた高子は、夫の遠助も二人の関係を知っていたことを悟る。数年後、高子と遠助は哲夫と富子の結婚披露宴に出席するが、高子は複雑な思いを抱えながらも平静を装う。

雨の中のドライブ
おしゃべり本棚。 この時間は福岡のRKB毎日放送のアナウンサーによる朗読をお送りします。
林文子作 或る女
第2回 ねぇ
ドライブでもしませんか まあドライブいいわねー
雨の中のドライブなんて素敵だわ 高子は何度に入ると洋服を着ていくのだと言って
ねえちょっと哲夫さんいらしてよ この黄色いジャケットおかしいかしら
哲夫は苦笑いに似た表情で 何でもいいでしょう寒くさえなけりゃと言った
やがて二人は白い自動車に乗って 品の追い訳の方へ走っていった
野も樹木も人火も走っていく 電線も濡れて光って矢のように走り去る
川のような湿った匂いが高子の鼻をついて 高子は少女のようなはしゃぎようだった
ねえこのままどこかへ行ってしまいたいと思うわ 私が悪い男だったらこのまま奥さんをどこかへ連れて行くところですね
まあ悪い人じゃないのさっきからあなたを悪い人だと思っているのよ 僕が悪い人ですかね
これでも僕の友人たちは僕を良い人だと言ってくれますよ お友達にはいい人かもしれないけど
私にはとても悪い人だわ そんなことを言うとうんとスピードを出しますよ
いややん 不意に
哲夫の左腕を高子が両手でつかむようにすると 自動車はギーと音を立てて小道で止まってしまい
哲夫の熱い胸が 高子の肩の上かぶさってきた2人が目を寄せると雨の音と自動車のエンジンの
音だけが 部屋の中よりも静かに聞こえてくる
高子は胸悲しくなって涙が溢れていた 泣いたりしちゃいけない
帰りましょう 哲夫はちょっと高子の唇に小指を持っていっただけで
せっぷんもしなかった高子は黙りこくっていた 哲夫も黙ったままハンドルを握っている
別荘へ帰り着いた時はもう黄昏頃で 雨はますます酷くなっていた
別荘でのひととき
お手伝いは炉の火を焚いて一人で歌いながら クリアで川魚を焼いていたポーチのところで哲夫がさよならを言うと
高子は雨の中へ走り出て哲夫を追った ねえいらしてよこのままお帰りになるんじゃいやよ
今夜はもうよします 結城さんがお帰りになってからまた伺いますよ
ねえお話ししたいことがあるのちょっとでいいからいらしてちょうだい 大股に歩いていく哲夫を追って
高子は雨に濡れながら 哲夫のビラへ行った
自炊をしているので石油コンロがサロンの真ん中に置いてあり チーズやタバコの缶が板の床に転がっている
高子は散らかっている部屋へ 哲夫の後から負けない気持ちで入っていった
困る 哲夫が立ち止まって困ると言った
高子はスクリーンの上が消えてしまったような寂しさで窓辺に立っていた 10年近くも年の違うこの青年に
吹き上げるような恋情を寄せている自分を 痛々しく考えてみるのだった
何かの悪い隙間なのだと思ってみても高子は今さら 引っ込みのつかない気持ちだった
哲夫は哲夫で夫を持ち 何人も子供を産んでも
少女の気持ちと少しも変わらない高子夫人になんとなく惹かれるものを感じた 目が黒くつぶらで
皮膚が白くて 太い眉が熱情的で
唇は南国の花のように厚い肉をしている高子 どうして急にそんなによそよそしくなさるの
高子がそっと 哲夫のそばへ寄ってきた
誇り臭い暗い部屋の中に二人はしばらく対立して立っていたが 高子は少女のように哲夫の胸に飛びついていくと
まるで蝶々が狂うように髪の毛を哲夫の胸を押し付けていた 気ぐらいの高い肉の厚い女が野生になってくるのを見て哲夫は
いたわるように高子を長い椅子へ連れて行くと 雨で冷たくなった自分の方を
高子の油の浮いた額へ じっと押し当てるのであったその日から二人は一目をしのぶ中になっていた
関係の終わりと夫の知悉
東京へ帰ってからも高子は口実を作っては 哲夫に会い続けていた
初頭になって遠助が朝鮮へ車制旅行に出かけていくと 高子は哲夫を誘い出して伊豆巡りなどをしていたが
いつしか高子と哲夫の関係は哲夫の兄の笹博士に知られてしまっていた ごめんなさい
もうこれだけの思い出として 二人のことは名刺にともに消えてしまいたいと思います
無参差してしまってください やがて何かの折に
僕の気持ちをお答えする折もあるでしょう お体を大切に祈りあげます
そんなぼんやりした手紙が哲夫から来たきり 高子は哲夫にふっつり会う機会がなかった
泣いては怒り 怒っては考え深く思ってみたりしたが
名刺にともに消えてしまったということは 高子の年齢にとって一番胸にしみる言葉であった
夫の遠助は高子と哲夫の仲をちゃんと知っていた 知って知らないフリをしていたのだ
いつの間に二人の関係ができ いつの間に二人が別れたのかさえも
第6巻でちゃんと知っていた 息子の高助が3年に進級して寄宿生活をやめて
結婚披露宴
家から学校へ行くようになった年の10月 高子は友人の久賀男爵家から
令嬢の結婚披露の通知書をもらった 久賀男爵の夫人とは女学校時代からの友達で
令嬢の富子には遠助が絵を教えていた そんな関係からか二人とも富子には何か
娘のような親しさを持っていた だがこの結婚披露の通知書を読んで
高子も遠助もギクッとした文字が目を走っていった 何度も読み返してみたが
花向子の名前には 笹哲夫という文字がはっきり印刷されてある
軽井沢であったあの男だろう ええ
そうねー 不思議なもんだねー
a 少しは胸に応えるかね
何 何って
昔の恋人のことさ まあ何を言ってらっしゃるの
あんな子供みたいな男のこと
ふーん まさかそうでもあるまい
あの当時のことを考えてみるがいいさ 考えてみるがいいと言われると何か腹立たしい気持ちだった
名刺にともに消えてしまって 無参差してくれと言ったのはこんなことだったのかと
高子は 剥ぎしりするような侘しさだった
久賀夫人が娘の結婚を こんなにギリギリになってから通知してくれたのも
鉄王の心あってのことじゃないかと高子はキリキリした お前結婚式に出られるかい
と道助が意味ありげに尋ねた 高子はわざとびっくりした顔を見せて
2人に招待が来てるじゃありませんか 行きますよ行かないじゃ悪いでしょ
高子は平気ですよ何でもないんですものといった強気を見せていた 道助と高子は2人とも
紋服姿で披露宴のある東京会館へ自動車を走らせたが 道助の後から自動車を降り立った高子は
激しい動気と吐き気がしてきて気持ちが座らなかった 花嫁の富子は
血につきそうな振袖姿で 高島田の髪もういういしい
帯は白七の竜の模様で 富子の柔らかそうな体を何か守っているような高雅さに見せていた
集まっているものは誰も彼も美しい夫婦だと褒めている 哲夫も紋服姿で深い影のある目がしばらく見ないうちにますます
艶を増しているように思えた 道助は臆せずに会場の入り口に立っている花婿
花嫁の前へ進んで行っていやおめでとうと言った 道助の後ろにいた高子も小さい声で
おめでとうございます と言った
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