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或る女 1日目
2026-08-15 16:51

或る女 1日目

0202 260815 林芙美子 或る女 1日目 朗読:下田文代
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サマリー

夫の帰宅を待つ鷹子は、夫の道助が突然現れたことに驚く。道助は鷹子に子供たちの将来について意味深な言葉を投げかける。その後、鷹子は軽井沢の別荘で、夫の留守中に若い青年・哲夫と過ごすうちに、夫への不満や孤独感を募らせていく。

夫の帰宅と不穏な会話
おしゃべり本棚 この時間は福岡のRKB毎日放送のアナウンサーによる朗読をお送りします。
林文子作 ある女
第1回 いつものように帰ってくると
足音を忍ばせて 梯子団や足探りで行ったが
梯子団の下の暗がりで夫の遠助が 屋庭に懐中電灯を灯した
鷹子はギクッとして小さい叫び声をあげた 何さまだあなた起きていらしたの
寝てればよかったのかい 嫌な方ねー
ちょっと遅くなるとこれなんですもの あなたのお時計今何時なんですの
そう言って鷹子は暗がりの中へ突っ立っている道助の方へ手を泳がせて 夫の腕時計のある手首をつかんだ
パパちょっとそれ照らしてちょうだい 道助は素直に懐中電灯をつけた
腕時計の針はちょうど12時に15分前を指している あら本当ねー
ずいぶん遅いはごめんなさい でもびっくりしたわパパそこへ立っていらして
俺が立っていたからってそんなに驚くことはないじゃないか 誰だと思ったからよ
ふーん ささのお化けとでも思ったかい
まあ嫌だそれ皮肉でおっしゃるの 皮肉じゃあないよ
道助はふふんと口の中で笑って 懐中電灯を照らしながらさっさと2階へ
上がっていった なんだってあの人は
懐中電灯などを持ち出したんだろう 高子はわざと荒々しく廊下のスイッチをひねった
周囲が震撼としているので通すけが書斎のカワイスを着しませて腰をかけているの まで
開花へ聞こえてくる 高子は化粧部屋へ入って着物を脱いだ
着物を脱ぎながら高子は 瞼に涙のたまるような暑いものを感じた
寝巻きに着替えて2階の寝室へ上がっていったが 通すけは書斎の火をつけて
いつまでも起きている様子だった パパ
お休みにならないの ああ
なぜ 何を起こっていらっしゃるの
高子は寝床から起き上がると夫の部屋へ入っていった 通すけは窓を開けて
星空を眺めながらタバコを吸っていた あらー
綺麗な星様だこと高子は太った体を 通すけの膝のところへ持っていったが
通すけは小さい声で 嫌だ
と言って窓口へ立っていった 何そんなに怖い顔して怒っていらっしゃるの
だって今日は遠藤さんの出版記念の会じゃありませんか 遅くなるの仕方ないわ
いつまでも通すけが黙っているので高子は頼りなさそうに 夫のそばへ行き
怒ってるんだったら勘認してちょうだい そんな怖い顔してるの嫌よ
もういいよ寝ておしまい怒ってなんかいないよ そう
でも 高子は夫の机の火を消すと久しぶりに通すけと向き合って窓口に腰を下ろした
星が飛んでいる 明日も天気なのだろう
寺院の天井のように高い星空で 秋の夜風が高子の髪を頬に吹き寄せている
ねえ おい
何ですの 駿介や康介のこと考えるかい
何言ってるの 駿介から何か言ってきましたの
何も言ってきやしないよだけどね多い 子供のことを考えると
夫婦別れもなかなか面倒だって言いたいのさ いや何パパの言うこと
別れるなんて何なの お前は子供のような顔をしていてずいぶん推しが太いよ
君には誰だって甘いとばかり思っちゃいけないよ わかるかい
パパは さささんのことをまだ攻めていらっしゃるの
攻めてはいないが気持ちは良くないね 結城高子はいわゆる名流夫人であった
夫婦のプロフィールと過去の出来事
どんな会にも顔を出していないということがない 駿介康介という2人の子供があったが
2人の子供は高子と友達のような大人で 駿介は熊本の高等学校にいたし
康介は中学の学生で2人とも寄宿舎生活をしていた 夫の結城堂介は日本画家であった
筆の立つところからよく方々の雑誌や新聞に随筆を載せて知られていた 高子には少しばかり歌が読めた
歌を作ると言っても乾いたバサバサしたもので歌は有名ではなかった それでも歌集は12冊
慈悲出版をしていて 高根会という若い女歌人の集まりの館場も務めていた
次男の康介がちょうど中学へ入った年の夏だった 高子と堂介は休みで帰っている子供たちを家へ残して
軽井沢へ秘書に行った 軽井沢と言っても靴掛けに近い方で
堂介の設計になる小さい別荘へ毎年二人きりで出かけていくのである 初め堂介が靴掛けへ別荘を持った頃には周囲は雑草の原で人家の遠い
ポツンとしたところだったが 近年堂介の別荘の近くには四五軒も
赤屋根の小さい別荘がいつしか立つようになった 西側の白樺林に囲まれては笹博士の和風荘と名付けた別荘がある
ここには小田区さんの笹一家が2、3年来やってくるのであったが その夏は笹博士の一家は鎌倉の方へ秘書に行ったとかで
笹博士の末の弟だという 哲夫という27、8の青年がダットさんを持って一人でポツンと遊びに来ていた
この青年と一番先に話すようになったのは鷹子である 鷹子は哲夫を知るとすぐ哲夫を夫に紹介して
ねえパパ うちの駿介が学校出たらちょうどあんなになるのね
外務省に勤めていらっしゃるんですって と
哲夫の無口さを長男の無口さに比べてこんなことを言ったりしていた 夏もそろそろ終わり頃になって
軽井沢での逢瀬
道助は思い立ったように2、3日山の斜西に行ってくると言って 戸隠れ山か黒姫山かに登ってくるのだと飛び立つようにして長野へ立ってしまった
後へ残された鷹子は朝から哲夫を呼びに行ったり 夜更けまで哲夫の部屋に遊んでいたりした
霧雨のような雨の降るある日だった
鷹子は東京から菓子を送ってきたと言って哲夫を自分の部屋へ呼んだ ねえ
あんまり寒いから炉を焚いてみたのよいいでしょ 哲夫は茶のセーターを着て
大きな野桜のパイプを口に加えている 鷹子は安楽椅子を進めると
ああ 主人がいない気持ちなんて漆黒から離れたような気がするわよ
とはすっぱなことも言った だって
ずいぶん仲のいいご夫婦でいつも奥さんは楽しそうじゃありませんか そう見えるのよ
ちっとも楽しくなんかないのよ 早くから子供を産んで年を取ったんですもの
つまらないわ いろんな草木の葉をならして
細かい雨が降り続いた そうしてうつうつと屈したような陰気な雨のくせに
遠くで 稲妻が光っている
まるで夏の初めみたいじゃありませんか そうですね
炉の火ははぜてパチパチ樹皮が燃え上がる 山で雇った若いお手伝いが熱い茶を入れて持ってきた
なかなか可愛い娘ですね あああの娘ですか
毎年雇うのが嫁に行ったのでその妹が来てるんですけど素直ですよ いくつですか
19ですって あんなのがお好き
何も知らないあんなのがいいじゃありませんか ふーん
哲夫さんも住みにおけない人ねー 2人は安楽椅子の話にも相手くると
雨だれの音を聞きながらむっつり 押し黙っていた
ねえ ドライブでもしませんか
まあドライブいいわねー 雨の中のドライブなんて素敵だわ
高子は何度に入ると洋服を着ていくのだと言って ねえちょっと哲夫さんいらしてよ
この黄色いジャケットおかしいかしら 哲夫は苦笑いに似た表情で
なんでもいいでしょ 寒くさえなけりゃと言った
やがて2人は白い自動車に乗って 品の追い訳の方へ走っていった
16:51

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