秋晴れの朝
おしゃべり本棚。 この時間は福岡のRKB毎日放送のアナウンサーによる朗読をお送りします。
豊島よしおさく 秋の幻
あるところに母と子とが住んでいた。 そしてある年の秋
もう本当に天気が良くなったのでしょう。 そうね、母と子とはある朝そんな会話をした。
そして二人とも晴れ晴れした顔をあげて、青く澄んだ大空を見上げた。 大空を見上げる前、彼らの視線は広い野の上を、
野の向こうにそびえ立っている山の頂をかすめた。 そして今視線がさらにその上の青い大空の内に吸い込まれると、
彼らは何とはなしに微笑みをもらした。 その年は初秋の頃からほとんど毎日のように梅雨のような雨が降った。
村の人たちは鶏小屋の掃除や牛馬の世話に苦心した。 それよりもなお一層稲や蕎麦の見入りや大根や里芋の収穫に心痛めた。
けれどいつとなくその長雨が晴れると、小春のいい天気に帰った。 そして大地の上は見渡す限り活動と収穫との時期に帰った。
大根や里芋も黒い土の中にむくむくと根を張っているらしかった。 そして村の人々はみな田畑に出た。
収穫の喜びが彼らの日に焼けた顔の上にあった。 またぽつりぽつりと巡礼の旅に出かける人たちもあった。
彼らの前には広い野があった。 野の上には一面に紅葉した草木があり、木をくすんだ苔木があった。 朝には路傍の草場に梅雨がむすび、夕には西の空が赤く焼けた。
雨に封じられていた心が雨とともに晴れると、すべての人の前には急に深い秋が現れていた。 収穫の秋が、そして祈祷の秋が、また少数の人にとっては瞑想の秋が。
いつの間にか深くなった秋を驚いて見つめた地上の人々は、四五日の恒星の後には、もう自ら深い秋のうちに浸っていた。 それは自分の所有を取りまとむる季節であった。
空が高く澄み切って、紅葉した木の葉が静かに散った。 夜は青白い月の光があった。
村での暮らしと巡礼者
母は日当りのいい縁川に出て梁仕事をしていた。 野の仕事に忙しい人たちの労働の後、身にまとう着物を仕立てるのが彼女のわずかな仕事であった。 このことは彼と呼ぶことにする。
彼はそのそばに寝ころんだり、机に向ったりして書物を読んでいた。 来る年からは都に出かけようかと思っていた。 旅にでも出たいような天気ですね、と彼は言った。
本当にねえ。 母も針の手を休めてうっとりと空を見上げた。 長く雨が続いたから空気が大変にきれいになったようですね。 しばらくして母は言った。
お前、散歩にでも行ってはどう? 池垣の外からはよく村の人たちが彼に声をかけて行った。
こんにちは。 こんにちは。
今年は柵がよくできて結構でございますね。 へえ、天灯様はよくしたものでがせ。
去年は不柵で米が安かっただが、今年はその埋め合わせだちゅんで。
村で着ぬものや袴を仕立てることのできる唯一の女性として、 また学問のある唯一の青年として、村人は彼らの前にその傘を脱いで通った。
そして彼らの家の縁側にはよく巡礼の人たちが茶を飲んで行った。 額に皺のよった目の輝いた老女が、あるときやはり彼の家へ生じられて、
縁側で渋茶をすすりながら彼の顔をじっと見つめて、こんなことを言った。
あなたは虎年のお生れでございますな。
ああ、やっぱりそうでございますか。一目見ればわかります。
それでは、守本尊の虎空僧菩薩様を信じなさらねばいけません。
ありがたい菩薩様で、米を一粒人に恵んでやれば、 十粒にして返してくださると申します。
巡礼の人々が語って行く話は、遠い生まれぬ先に聞いたように思われる話ばかりだった。
彼女たちの鈴の音が、寒若な村の子達の間に消えて行くのを聞いていると、
彼は自分の母親の膝にすがりつきたいような気持になるのであった。
幼い頃春になると、よく彼はタコをあげた。
時々は村の人たちに叱られながら畑の上にうずくまって、 自分のタコを向うの山の高さと競ったものだった。
その山は、しかし秋になると、妙に彼の心を引きつけた。
その山の頂がこの大地の境界で、その向うは底なき絶壁になっていて、
その向うに恐ろしいもの、地獄とか極楽とかいう、 覗いたら目が回りそうなものがあるような想像をしていた。
そしてそれは、ただ漠たる幼い幻想と、 また祖母の寝物語とから、いつの間にか出来上がったものらしかった。
その気持が、巡礼者たちの鈴の音が消えて行くのを聞きながら、
ぼんやり目を向うの山の頂にやっている今、 彼の心によみがえってきた。
彼は何の気もなしにそのことを母に話してみた。
すると母は何とも答えないで、彼の顔をじっと眺めた。
その眼は、いかにも彼を生んでくれた母の眼だった。
そんなことが本当にあったらねえ。
としばらくして母は言った。
そしてその言葉で、二人の心は一つに溶けて、 秋の高い大空のうちに吸い込まれて行った。
晩秋の訪れと内省
朝は早く起きた。
それでももう朝日の光は朝靄を通して、 梅雨の玉をはずえにきらきらと輝かしていた。
遠くから鶏の鳴く声がしたり、野に出る馬の犬鳴く声が聞こえたりした。
男たちは皆、稲の取り入れに出かけていた。
そして朝の用事をすまして、後から出かける女たちが、 彼の家の前を通って行った。
清らかな空気が野の上を渡ってきて、 村落の上になびいている朝もやと、
楓の煙灯を吹き流した。
父の死後、母は急に痩せてきた。
しかしそのために少しも骨立ちはしなかった。
彼女はいくら痩せても、まるくふっくらとしていた。
そしてそういう痩せ方をする体のうちには、 夢みるような魂があった。
彼も父の死後、そういう母の魂のうちに、 自分の心をいだかせる習慣を覚えてきた。
庭の樹木が紅葉して、 いつのまにかその葉が散るようになっていた。
蜘蛛の巣に落葉が一つ、 幾日もかかっていたりした。
木々の幹が硬くなり、物の影が淡くなって、 透き通った青みを帯びた明るみが、
黄色を帯びた地上に満ちると、 蛇は穴に入り、虫は草むらの中に隠れた。
すべてが自分自身の住処にこもるのである。
そしてすべてが、 自分のあらわな姿を恐れるのである。
過去が彼に帰り、彼の全部があらわになるとき、
彼は自分を産んだ母の懐のうちに帰らんことを思い、
自分を生じた大地の肌に 唇をつけんことを思った。
そしてそこには、 母の懐の中には自分のぬくみがあり、
黒い地面には青い野菜が育っていた。
そのとき、彼は存在することのうれしさを感じ、 また存在することのさびしさを感じた。
そして彼は、存在する事故と 存在した事故とを見た。
存在するであろう事故は、 彼の視野の外に逸していた。
それから彼は、 何者かに向って手をあわしたくなった。
ありがたい菩薩さまで、 米を一粒恵んでやれば、
十粒にして返して下さる。
と巡礼の老女の云った言葉を、 彼はそのとき、
何ら効率的な打算もなしに 思いうかべることができた。
地蔵村への旅立ち
お母さん、巡礼の旅に出かけませんか。
と彼は云った。
おまえさんもいっしょなら。
お父さんが亡くなられてから、
私も一度地蔵様にお参りしようと 思っていましたから。
母の答えはいかにも静かであった。
目をあげて見ると、遠い地平から、
山の頂から、また高い青空から、
帰り来たれと招くがような誘惑があった。
彼は母の方をまた振り返って見た。
本当の巡礼でなくていいから、
ただ地蔵様にお参りに出かけましょう。
と彼は母に答えた。
そしてある晴れた日の朝、
二人は二泊の予定で、
地蔵村参りの旅に出た。
どこかに帰り行くような心で。
そして二泊の徒歩の旅から帰って来た時、
田んぼの稲はほとんど枯られてしまっていて、
晩秋の木の梢に、
モズが泣いていた。