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おしゃべり本棚 この時間は福岡のRKB毎日放送のアナウンサーによる朗読をお送りします。
有島武雄作 僕の帽子のお話後編
僕は慌てて教室を飛び出しました。 広い野原に来ていました。
どっちを見ても短い草ばかり生えた広い野です。 真っ暗に曇った空に僕の帽子が
黒い月のように高くぶら下がっています。 とても手も何も届きはしません。
飛行機に乗って追いかけても、そこまでは行けそうにありません。 僕は声も出なくなって、恨めしくそれを見つめながら地段打を踏むばかりでした。
けれども、いくら地段打を踏んで睨みつけても、帽子の方は平気な顔をして、 そっぽを向いているばかりです。
こっちから何か言いかけても、返事もしてやらないぞ、というような意地悪な顔をしています。
お父さんに、帽子が逃げ出して天に昇って真っ黒なお月様になりました、と言ったところが、とても信じて下さりそうはありませんし、
明日からは帽子なしで学校にも通わなければならないのです。こんな馬鹿げたことがあるものでしょうか。
あれほど大事にかわいがってやっていたのに、帽子はどうして僕をこんなに困らせなければいられないのでしょう。
帽子はなおなお口惜しくなりました。
そしたら、また涙という厄介者が、両方の目からぽたぽたと流れ出してきました。野原はだんだん暗くなっていきます。
どちらを見ても人っ子一人いませんし、人の家らしい日の光も見えません。
どういうふうにして家に帰れるのか、それさえわからなくなってしまいました。
今までそれは考えてはいないことでした。ひょっとしたら狸が帽子に化けて、僕をいじめるのではないかしら。
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狸が化けるなんて大嘘だと思っていたのですが、その時ばかりはどうもそうらしい気がして仕方がなくなり始めました。
帽子を売っていた東京の店が、狸の巣でお父さんが化かされていたんだ。
そしたら、狸が僕を山の中に連れ込んでいくために、第一にお父さんを化かしたんだ。
そういえば、あの帽子はあんまり僕の気に入るようにできていました。
僕はだんだん気味が悪くなって、そっと帽子を見上げてみました。
そしたら、真っ黒なお月さまのような帽子が、小さく丸まった狸のようにも見えました。
そうかと思うと、やはり僕の大事な帽子でした。
その時、遠くの方で僕の名前を呼ぶ声が聞こえ始めました。
泣くような声もしました。
いよいよ狸の親方が来たのかなと思うと、僕は恐ろしさに背骨がぎゅっと縮み上がりました。
ふと、僕の目の前に、僕のお父さんとお母さんとが寝巻きのままで、目をなきはらしながら大騒ぎをして、僕の名を呼びながら探し物をしていらっしゃいます。
それを見ると、僕は悲しさと嬉しさとが一緒になって、いきなり飛びつこうとしましたが、やはりお父さんもお母さんも、狸の化けたのではないかとふと気がつくと、なんだか薄気味が悪くなって飛びつくのをやめました。
そしてよーく二人を見ていました。
お父さんもお母さんも、僕がついそばにいるのに少しも気がつかないらしく、お母さんは僕の名を呼び続けながら、タンスの引き出しを一生懸命に尋ねていらっしゃるし、
お父さんは涙で曇る眼鏡を拭きながら、本棚の本を片っ端から取り出して見ていらっしゃいます。
そうです、そこにはうちにある通りの本棚とタンストが来ていたのです。
僕はいくらそんなところを探したって、僕はいるものかと思いながら、しばらくは見つけられないのをいいことにして、黙って見ていました。
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どうもあれが、この本の中にいないはずはないのだがなあ、とやがてお父さんがお母さんにおっしゃいます。
いいえ、そんなところにはいません。また、このタンスの引き出しに隠れたなりで、いつの間にか寝込んだに違いありません。
月の光が暗いので、ちっとも見つかりはしない、とお母さんはイライラするように泣きながら、お父さんに返事をしていられます。
やはりそれは本当のお父さんとお母さんでした。それに違いありませんでした。
あんなに僕のことを思ってくれるお父さんやお母さんが他にあるはずはないのですもの。
僕は急に勇気が出て、顔じゅうがニコニコ笑いになりかけてきました。
わっ、と言って二人を驚かしてあげようと思って、いきなり大きな声を出して二人の方に走り寄りました。
ところがどうしたことでしょう。
僕の体は学校の鉄の扉を何の苦もなく通り抜けたように、お父さんとお母さんと空気のように通り抜けてしまいました。
ただ、僕は驚いて振り返ってみました。
お父さんとお母さんはそんなことがあったのは少しも知らないように、相変わらず本棚とタンス等をいじくっていらっしゃいました。
僕はもう一度二人の方に進み寄って、二人に手をかけてみました。
そうしたら、二人ばかりではなく本棚までもタンスまで空気と同じように触ることができません。
それを知ってか知らないでか、二人は前の通り一生懸命に泣きながらしきりと僕の名を呼んで僕を探していらっしゃいます。
僕も声を立てました。だんだん大きく声を立てました。
お父さん、お母さん、僕ここにいるんですよ。お父さん、お母さん、けれどもだめでした。
お父さんもお母さんも僕のそこにいることは少しも気づかないで夢中になって僕の居もしないところを探していらっしゃるんです。
僕は情けなくなって本当においおい声を出して泣いてやろうかと思うくらいでした。
そうしたら僕の心に偉い知恵が湧いてきました。
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あの狸帽子が天のところでいたずらをしているのでお父さんやお母さんは僕のいるのがお分かりにならないんだ。
そうだ、あの帽子に化けている狸親父を成敗するより他はない、そう思いました。
で、僕は空中にぶら下がっている帽子をめがけて飛びついてそれをいじめて白状させてやろうと思いました。
僕はたかとびの身構えをしました。
レディーオンデマーク、ゲットセット、ゴー!
力いっぱい跳ね上がったと思うと、僕の体はどこまでもどこまでも上の方へと登っていきます。
面白いように登っていきます。とうとう帽子のところまで来ました。
僕は力みかえって帽子をうんとつかみました。
帽子が痛いと言いました。
その表紙に帽子が天の釘から外れでもしたのか、僕は帽子をつかんだまま真っ逆さまに下の方へと落ち始めました。
どこまでもどこまでも。
もう草原に足がつきそうだと思うのにそんなこともなく、再現もなく落ちていきました。
だんだんそこいらが明るくなり、雷が鳴り、
しまいには目も開けていられないほど眩しい火の海の中に入り込んでいこうとするのです。
そこまで落ちたらやけしのほかはありません。
帽子が大きな声をたてて、
「助けてくれー!」とどなりました。
僕は恐ろしくてただうなりました。
僕は誰かに身をゆすぶられました。
びっくらして目をあいたら夢でした。
雨戸を半分開けかけたお母さんが僕のそばに来ていらっしゃいました。
あなたどうかおしかえ大変にうなされて、
おねぼけさんねもう学校に行く時間が来ますよとおっしゃいました。
そんなことはどうでもいい僕はいきなり枕元を見ました。
そうしたら僕はやはりご所を大事に日差しのピカピカ光る2円80銭の帽子を右手で握っていました。
僕はずいぶん嬉しくなってそれからにこにことお母さんの顔を見て笑いました。
12:18
バッテン少女隊の春野きいなと
青井リノアです。
RKBラジオでお送りしているガールズパンチ!
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