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おしゃべり本棚。 この時間は福岡のRKB毎日放送のアナウンサーによる朗読をお送りします。
山川雅雄作 夏の葬列後編
葬列は 芋畑の間を縫って進んでいた。
それは あまりにも記憶の中のあの日の光景に似ていた。
これはただの偶然なのだろうか。真夏の太陽が直に首筋に照りつけ、 目前に似たものを覚えながら、
彼はふと自分には夏以外の季節がなかったような気がしていた。 それも助けに来てくれた少女を
わざわざ銃撃の下に突き飛ばしたあの夏。 殺人を犯した。
戦時中のあのただ一つの夏の季節だけが、 未だに自分を取り巻き続けているような気がしていた。
彼女は重傷だった。 下半身を真っ赤に染めたひろこさんは、
もはや意識がなく、 男たちが即席の短暇で、
彼女の家へ運んだ。 そして彼は、
彼女のその後を聞かずに、この町を去った。 あの翌日、
戦争は終わったのだ。芋の葉を、 白く裏返して風が渡っていく。
送列は彼の方に向かって来た。 中央に写真の置かれている粗末な棺がある。
写真の顔は女だ。 それもまだ若い女のように見える。
ふいに、 ある予感が彼をとらえた。
彼は歩き始めた。 彼は片足をあぜ道の土に乗せて立ち止まった。
あまり人数の多くはない葬式の人の列が、 ゆっくりと、その彼の前を過ぎる。
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彼は少し頭を下げ、 しかし目は熱心に、
棺の上の写真を見つめていた。 もし、あの時死んでいなかったら、
彼女は確か二十八か九だ。 突然彼は、
奇妙な喜びで胸が絞られるような気がした。
その写真にはありありと昔の彼女の面影が残っている。 それは三十歳近くになったヒロコさんの写真だった。
間違いはなかった。 彼は、
自分が叫び出さなかったのがむしろ不思議なくらいだった。 俺は、
人殺しではなかったのだ。 彼は胸に沸き上がるものを懸命に冷静に抑えつけながら思った。
たとえ何で死んだにせよ、 とにかくこの十数年間を生き続けたのなら、
もはや彼女の死は俺の責任とは言えない。 少なくとも、俺に直接の責任がないのは確かなのだ。
この人を、 足が不自由だった?
彼は群れながら列の後に続く子供たちの一人に尋ねた。 あの時彼女は太ももをやられたのだ。
と思い返しながら、 うん、そんなことはない。
体は全然大丈夫だったよ。 一人が首を振って答えた。
では治ったのだ。 俺は全くの無罪なのだ。
彼は長い呼吸を吐いた。 苦笑が頬に昇ってきた。
俺の殺人は幻影に過ぎなかった。 あれからの年月。
重苦しく俺を取り巻き続けていた一つの夏の記憶。 それは俺の妄想、
俺の悪夢でしかなかったのだ。 送列は確実に一人の人間の死を意味していた。
それを前に、いささか彼は不謹慎だったかもしれない。 しかし十数年間もの悪夢から解き放たれ、
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彼は青空のような一つの幸福に化してしまっていた。 もしかしたらその不謹慎さが、
彼にそんな余計な質問を口に出させたのかもしれない。 何の病気で死んだの、この人を。
うきうきした、むしろ軽薄な口調で彼は尋ねた。 このおばさんねえ、
ショックを受けていたんだよ。
ませた目をした男の子が答えた。 おとといねえ、
川に飛び込んで、 自殺しちゃったのさ。
えー、失恋でもしたの? 馬鹿だなあ、おじさん。
運動靴の子供たちは、口々にさもおかしそうに笑った。 だってさあ、このおばさん、もうおばあさんだったんだよ。
おばあさん? どうして?
あの写真だったら、 せいぜい三十くらいじゃないか。
ああ、あの写真か。
あれねえ、うんと昔のしかなかったんだってよ。 鼻をたらした子が後を行った。
だってさ、あのおばさん、何しろ戦争でね、 一人きりの女の子が、この畑で機銃で撃たれて死んじゃってね。
それからずっと気持が落ち込んでたんだもんさ。
送烈は松の木の立つ丘へと上り始めていた。 遠くなったその送烈との距離を縮めようというのか。
子供たちは芋畑の中に踊り込むと、 歓声をあげながらかけ始めた。
立ち止まったまま、彼は写真を乗せた棺が軽く左右に揺れ、 彼女の母の送烈が丘を上って行くのを見ていた。
一つの夏と一緒に、その棺の抱きしめている沈黙。 彼は、今はその二つになった沈黙、二つの死が。
もはや、自分の中で永遠に続くだろうこと、 永遠に続くほかはないことがわかっていた。
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彼は送烈の跡は追わなかった。追う必要がなかった。 この二つの死は、結局俺の中に埋葬されるほかはないのだ。
でも何という皮肉だろう、と彼は口の中で言った。 あれから俺はこの傷に触りたくない一心で、
海岸のこの町を避け続けてきたというのに。 そうして今日、せっかく十数年後のこの町、
現在のあの芋畑を眺めて、 はっきりと廃線の夏のあの記憶を自分の現在から追放し、
過去の中に封印してしまって、 自分の身を軽くするためにだけ、
俺はこの町に降りてみたというのに。 何という偶然の皮肉だろう。
やがて彼は、ゆっくりと駅の方角に足を向けた。 風が騒ぎ、芋の葉の匂いがする。
よく晴れた空が青く、 太陽は相変わらず眩しかった。
海の音が耳に戻ってくる。汽車が単調な車輪の響きを立て、 線路を走って行く。
彼はふと、今とは違う時間、 多分未来の中の別な夏に、
自分はまた今と同じ風景を眺め、 今と同じ音を聞くのだろうという気がした。
そして時を隔て、 俺はきっと自分の中の夏のいくつかの瞬間を、
ひとつの痛みとしてよみがえらすのだろう、 思いながら、
彼はアーケードの下の道を歩いていた。 もはや逃げ場所はないのだという意識が、
彼の足取りをひどく確実なものにしていた。
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