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夏の葬列 前編
2025-07-12 16:37

夏の葬列 前編

0144 250712 山川方夫 夏の葬列 前編 朗読:茅野正昌
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おしゃべり本棚。 この時間は福岡のRKB毎日放送のアナウンサーによる朗読をお送りします。
山川雅雄作 夏の葬列
前編 海岸の小さな町の駅に降りて
彼はしばらくはもの珍しげに辺りを眺めていた 駅前の風景はすっかり変わっていた
アーケードのついた明るいマーケット風の通りができ その道路も固く舗装されてしまっている
裸足のまま砂利の多いこの道をかけて通学させられた小学生の頃の自分を 急に生々しく彼は思い出した
あれは戦争の末期だった 彼はいわゆる疎開児童として
この町に丸3ヶ月ほど住んでいたのだった あれ以来
俺は一度もこの町を訪ねたことがない その自分が
今は大学を出 就職をし
一人前の出張帰りのサラリーマンの一人として この町に来ている
東京には明日までに帰ればよかった 2、3時間は十分にぶらぶらできる時間がある
彼は駅の売店でタバコを買い それに火をつけると
ゆっくりと歩き出した 夏の真昼だった
小さな町の家並みはすぐに尽きて 昔のままの踏切を越えると
線路に沿い 両側にやや起伏のある葉立が広がる
彼は目を細めながら歩いた 遠くにかすかに海の音がしていた
なだらかな小丘の裾 ひょろ長い一本の松に見覚えのある丘の裾を回りかけて
突然彼は化石したように足を止めた 真昼の重い光を浴び
03:05
青々とした葉を波打たせた広い芋畑の向こうに 一列になって
模幅を着た人々の小さな草列が動いている 一瞬彼は十数年の歳月が宙に消えて
自分が再びあの時の中にいる錯覚に捉えられた 呆然と口を開けて
彼はしばらくは呼吸をすることを忘れていた 小緑の葉を重ねた一面の広い芋畑の向こうに
一列になった小さな人影が動いていた 線路脇の道に立って
彼は真っ白なワンピースを着た 同じ疎開児童のひろこさんと並んでそれを見ていた
この海岸の町の当時は国民学校といった小学校では 東京から来た子供は彼とひろこさんの二人きりだった
二年上級の五年生で 勉強もよくでき大柄なひろこさんはいつも彼をかばってくれ
弱虫の彼を離れなかった よく晴れた昼近くでその日も二人きりで海岸で遊んできた帰りだった
行列はひどくノロノロとしていた 先頭の人は大昔の人のような白い着物に黒っぽい長い帽子をかぶり
顔の前で何かを振りながら歩いている 続いて竹筒のようなものを持った若い男
そして四角く細長い箱を担いだ四人の男たちと その横をうつむいたまま歩いてくる黒い和服の女
お葬式だわとひろこさんが言った 彼は口を尖らせて答えた
変なの 東京じゃあんなことしないよ
でもこっちじゃするのよ ひろこさんは姉さんぶって教えた
そしてね 子供が行くとおまんじゅうをくれるの
お母さんがそう言ったわ おまんじゅう
06:02
本当のあんこの そうよ
ものすごく甘いの そしてとっても大きくって
赤ちゃんの頭ぐらいあるんだって 彼は唾を飲んだねえ
僕らにもくれると思う そうね
ひろこさんは真面目な顔をして首をかしげた くれる
かもしれない 本当
行ってみようか じゃあ
よし と彼は叫んだ
競争だよ 芋畑は真っ青な波を重ねた海みたいだった
彼はその中に踊り込んだ 近道をしてやるつもりだった
ひろこさんはあぜ道を大回りしている 僕の方が早いに決まっている
もし早芋の順でひろこさんの分がなくなっちゃったら 半分分けてやってもいい
芋のつるが足に絡む柔らかい緑の海の中を 彼は手を振り回しながら夢中で駆け続けた
正面の丘の影から大きな石が飛び出したような気がしたのは
その途中でだった 石はこちらを向き急速な爆音と一緒に
ふいに何かを引き剥がすような激しい連続音が聞こえた 叫び声があがった
関西鬼だ とその声はどなった
関西鬼だ 彼は恐怖にのどがつまり
途端に芋畑の中に倒れ込んだ 炸裂音が空中にすさまじい響きを立てて頭上をすぎ
女の鳴きわめく声が聞こえた ひろこさんじゃない
と彼は思った あれはもっと大人の女の人の声だ
ニキだ かくれろ
またやってくるぞ 奇妙に間延びしたその声のあいだに
09:06
別の男の声が叫んだ おーい
引っ込んでろその女の子 だめ走っちゃだめ
白い服は絶好の目標になるんだ おーい白い服
ひろこさんだ きっとひろこさんは撃たれて死んじゃうんだ
その時第二撃が来た 男が絶叫した
彼は動くことができなかった ほっぺたを畑の土に押し付け
目をつぶって懸命に呼吸を殺していた 頭がしびれているみたいで
でも無意識のうちに体を覆おうとするみたいに 手で必死に芋の葉を引っ張り続けていた
あたりが急にしんとして 旋回する小型機の爆音だけが不気味に続いていた
突然視野に大きく白いものが入ってきて 柔らかい重いものが彼を押さえつけた
さあ早く逃げるの 一緒にさあ早く
大丈夫 目をつりあげ別人のような真っ青なひろこさんが
熱い呼吸で言った 彼は口がきけなかった
全身が硬直して 目にはひろこさんの服の白さだけが
鮮やかに映っていた 今のうちに逃げるの
何してるの さあ早く
ひろこさんは怒ったような怖い顔をしていた 僕はひろこさんと一緒に殺されちゃう
僕は死んじゃうんだと彼は思った 声の出たのはその途端だった
ふいに彼は大声で叫んだ
よせ 向こうへ行け
目立っちゃうじゃないかよ
助けに来たのよ ひろこさんも怒鳴った
早く 道の防空壕に
12:00
嫌だったら ひろこさんとなんて一緒に行くの嫌だよ
夢中で彼は全身の力で ひろこさんを突き飛ばした
向こうへ行け 悲鳴を彼は聞かなかった
その時強烈な衝撃と轟音が地べたを叩きつけて
芋の葉が空に舞い上がった
辺りに砂ぼこりのような膜が立って
彼は彼の手で仰向けに突き飛ばされたひろこさんが
まるでゴムマリのように弾んで空中に行くのを見た
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