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三年目 その3
2026-07-18 16:02

三年目 その3

0198 260718 山本周五郎 三年目 その3 朗読:坂田周大
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サマリー

友吉は3年間懸命に貯めた30両を騙し取られ、故郷へ戻る。町は水害に見舞われており、彼は古道具屋で酒を買い、水が迫る中、かつて騙された相手であるお菊の家へ向かう。そこで再会したお菊と、彼女の新しい恋人である角太郎に対し、友吉は怒りをぶつける。

友吉の帰郷と水害
おしゃべり本棚この時間は福岡の rkb 毎日放送のアナウンサーによる朗読をお送りします 角太郎は友吉より一つ上の23だった
腕も達者というほどではなく男ぶりもパッとしない ただ愚直で間違いのない仕事をするだけが取り柄であった
どんなことがあっても大切に預かっている そういった時の
いかにも実意のありそうな泣き笑いが 友吉には今帰って長老するように思い出されてきた
畜生 あの顔で騙しやがったか
雨の街へ出た時 友吉の心はもうずたずたになっていた
そして四五軒行った街並みに古道具屋があるのを見つけると ふらふらと店へ入って
相口を一本買った 仲川の水門が壊れたそうだぜもういけねえ
洲崎の波よけも崩れて入船町あたりは水が床へついたそうだ 道を行く人の声はさっきから物々しくざわついていた
その付近も低いところには水が来ていた クレガタの鈍い光を映してどこからどう押してくるとも知れず
じりじりと目に見えぬ速度で次第に盛り上がっていく水の姿は まるで生き物のような根強い力を持っていた
荷車へ火災道具を積んで逃げる者が幾組も通った 大きな包みを背負って女房子をせきたてて行く者もあった
また一方では 大丈夫だ
安永の水の時もここはつからなかったんだ 今は揚げ塩だからこんなだが見ていねえ
もう一時もすれば引いちまうに決まってるから そう言って木早に逃げ出すのを笑っている人々もある
古くから住んでいる人たちは皆その組だった 友吉は水を踏んで行った
教えられた大井町のところで右へ入る路地がある 懐から手ぬぐいを出してほうかむりをした
はしょった裾をきっちり帯へ挟んで 相口はいつでも抜けるように左の手元へ入れた
路地の中はくるぶしを浸す水でもう土分板が浮いている 逃げ自宅をしている家もあり畳をあげている家もあった
友吉はその騒ぎを遠い国のことのように聞きながら 半ば夢中で二階屋の前まで来ていた
お菊との再会
障子に明かりがさしていた 声は聞こえないが何か片付けているらしい物音がする
荷物を運び上げてでもいるのか時々二階の窓の障子へ人影がさし 階段を上り下りする気配がした
友吉は 格子戸を開けた
ごめんください ごめんください
格さんはお宅ですか はいという返事が2階でして足早に降りてきたものがある
友吉は明かりを避けるようにしてじっと見ていた 降りてきたのは
大きくだったあの時が18 だからもう21のすっかり成熟した女になっている
きっちりと帯に締められた腰の首れも 浴衣の胸の弾力のある膨らみも
助けをかけてあらわになった二の腕の白さも 女の盛りの魅力が匂うようである
友吉の目は鋭く 大きくの髪が丸まげなのを凝視していた
どなた 船沙田さんからですか
うちはまだ帰ってきませんが何か と覗く花へ
友吉は濡れ足のままずいと上がって頬かむりを取った 大きくは不審そうに友吉を見た
そして 誰だかということがわかり相手の目のたけだけしい光を見ると
あお前は 愕然と叫びながらたじたじと後ろへよろめいた
友吉は襲いかかるように飛び込んで女の右手をグイッとつかみながら 友吉だ
驚いたか と
歯の間から絞り出すように言った 友さん何をするの女は本能的に危険を感じた
待っておくれこれには理由があるのよ どれに理由があるんだ
この丸まげにか あれ誰か
女のあげる悲鳴が友吉をけしかけたうるせー ジタバタしても追いつかねぇぞ
力任せに引き据えると手に当たった腰紐で女を後ろ手に縛り 手ぬぐいでがっちりと猿靴はをかませた
女は大きく見開いた目で祈るように友吉の目を見上げていた よくも
よくもおいらを騙しやがった こんなこととは知らねえから
おいら神方で3年一口の酒も飲まずに稼いでたぞ 広田屋の名を盛り立てるにも二人で正体を持つにも先立つものは金だ
お城井の匂いも嗅がず食べてものも我慢して3年の間貯めた金が30両 腕一本で稼ぐには血の滲むような努力をしてきたんだ
それを 帰ってみりゃこのザマだ
てめえたちは二人でさぞこの俺を笑い草にしていただろう おいらも自分で自分がおかしいやおかしくってたまらねえや
友吉は引きつったように笑い出した てめえたちが目音になったと聞いても
ここへ来るまでは信用ができなかった それを
家はまだ帰れねえ 抜け抜けと言いやがったな
これ見よがしの丸まげを目の前さらしやがったな それでやっと騙されたことに気がついたほど
おいら間抜けの金看板だ
古いセリフだが 重ねておいて4つにするんだ
死んだ親方もこいつは勘弁してくださるだろう 二人一緒にするのを慈悲だと思え
友吉はそれだけ言うとお菊を抱え上げて次の前行き 空いている戸棚の中へ押し込んで襖を閉めた
お菊はされるままになっていた 路地には急に人声が高くなった
怒りと酒
ああいけねえ下駄が浮き出したぜ 陣兵衛さんおめ逃げねえのか
こいつは並大抵の水じゃなさそうだぜ 方来橋が渡れたってさお前さん早くその荷物を持って出ておいでよ
そういう声に入り混じって ザブザブと水の中を歩く音が聞こえた
どうやら膝あたりまで使ってきたらしい 鋭い赤子の鳴き声が起こりどこかで犬が悲しげに吠えた
友吉は台所へ行ってみた 酔いが冷めそうで何とも言いようのない
酸っぱい悲しさと怒りと悔しさが胸を締め付ける 隅の方に一生とっくりがあるのを見つけた
振ってみると半分形残っていた それを下げて六畳へ戻るといきなりとっくりへ口をつけて煽った
角さん角さん 2、3弦先から誰かが呼んだ
いねえのかい 角さん おかみさん
もうだめだぜ今のうちに逃げねえと手遅れになるぜ おかしいなぁ
いねえのかな 角さんお菊さんったら
女の声も聞こえた 友吉はひょいと冷笑した
それからまた酒を煽りつけた 味も何もわからない
ただ喉をごくごくと冷たく落ちていくのが心地よかった 路地内の騒ぎはいつか遠のいていた
ただどこかで人の呼び交わす切迫した声だけが コクコクに近づきつつある大きな危険を感じさせた
とっくりがほとんど空になりかかったとき 友吉はひょいと利き耳を立てた
角太郎の登場
ザブザブと 水音が近づいてくる
お菊ー お菊ー
と呼ぶ声が聞こえる 友吉はとっくりを投げ出して片手を左の手元へ入れながら片膝を立てた
格子が開いて水音をさせながら誰かどまへ入ってきた お菊ーどうしたいねえのか
いるから上がってこい友吉が叫んだ 誰だ
船定の吉さんか そう言いながら上がってきたのは
濡れネズミのようになった角太郎であった 彼は人違いをした様子で
吉さん落ち着いてちゃいけねえ 船はそこまで引いてきてあるんだお菊は
言いかけてぷっと口をつぐんだが 角太郎は聞こえるほど息を引きながら
あ、おめ、兄貴 兄貴か
俺だ友吉だよ い、いつ、いつ帰ってきた
んなことはどうでもいいや オイラの顔を見たからにゃ、てめえ
覚悟はいいだろうな 兄貴、うるせえ、てめえのような畜生に兄貴と呼ばれる覚えはねえ
待った、待ってくれ兄貴 おめ
まさか お菊さんを
言いかけて角太郎はダッとのように 2階へ駆け上った
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