1. おしゃべり本棚
  2. 三年目 その2
三年目 その2
2026-07-11 16:37

三年目 その2

0197 260711 山本周五郎 三年目 その2 朗読:坂田周大
Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

大工の友吉は3年ぶりに江戸に戻るが、預けていたお菊と弟分の角太郎の行方が分からず困惑する。結婚の約束をしていたお菊が角太郎と夫婦になったという噂を聞き、友吉は疑念と苦悩を深める。そんな中、偶然立ち寄った料理屋で昔の知り合いの女性と再会し、衝撃的な事実を知らされる。

友吉の帰郷と困惑
おしゃべり本棚。 この時間は福岡のRKB毎日放送のアナウンサーによる朗読をお送りします。
ここまでのあらすじです。 大工職人の友吉は3年ぶりに江戸へ帰ってきました。
言い名付けであるお菊とその身元を預かっている弟分の角太郎を訪ねますが、すでに引っ越していて居場所がわからず困惑します。
お菊は大工の親方である広田屋伊兵衛の一人娘で、親方は友吉に、お菊と夫婦になってもう一度広田屋を盛り返してくれと
言い言していたのです。 また結婚の条件として友吉が幕地を辞めることを約束していたのです。
友吉は幕地から足を洗い、悪い仲間とすっぱりと縁を切るため、3年間上方へ離れていたのです。
しかし、3年ぶりに帰ってみると、二人は夫婦になったという噂を聞きます。
山本修吾郎 3年目 第2回
久しく飲まなかったところへ深酒で、頭の芯が割れるように痛かった。 運ばれた飯には手をつける気もなく、窓からぼんやり、
今日も降り続く雨の街を見ていると、 やはり考えは一つことに落ちていった。
そんなはずはねえ。 いくら考えても信じられなかった。信じられない後から、しかし疑いはしつこく湧き上がってくる。
次から次へといろいろな場面が空想される。 それは全く身の震える空想だった。
いけねえ。 そんなことを一人で考えていたってしょうがねえ。
二人を探すのが先だ。 探し出して、確かめてから残った。
なあに、深川がどれほど広いもんか。 きっと探し出してやる。
雨と洪水、そして情報
友吉は迎え酒をあおってから宿を出た。 大川の水は茶色に濁って、ほとんど岸にあふれかかっていた。
新大橋には身の傘をつけた人々が大勢出て、 通行人の制限をやっていた。
橋が落ちそうだというのである。 実のところ、渡っていく友吉の足の下で、橋はぶるぶると
身ぶるいをしていた。 今夜の揚げ潮があぶねえぞ。
矢倉下から先は土前水がついているそうだ。 湖に来たらしい人々の間にそんな言葉が交わされていた。
降り続く雨で本庄深川一帯は、もう四五日前から 洪水の危険に迫られていたのである。
友吉はそんなことを聞きながら橋を渡った。 夕方の満潮が危ないと言われていたのに、
その夜はかえって水が低くなった。 こういう長雨の時には決して大水にはならねえものだ。
そう言って経験を語る老人もいた。 しかし新大橋はくれがたに通行を止められてしまった。
永大橋はまだ渡れたが、友吉はそのまま深川で宿をとった。 一日中歩き回って濡れて疲れて、
体はぼろぎれのようにクタクタだったが、 気持ちは逆に鋭くなるばかりで、
飲んで寝たにもかかわらず朝まで眠れなかった。 その翌日も一日無駄に終った。
大工建て場とか当領の家々を訪ね回ったが、 角太郎らしいものはどこでも探し当たらなかった。
雨に濡れ水のあふれた道をむなしく戻りながら、 友吉の心はますます棘を持ち始めた。
ふん、みじめなざまはどうだ。 自分で自分を罵った。
偶然の再会と過去
やりきれない気持ちだった。 昨日の宿へ帰ろうとして八万前まで来た時、
古料理の軒庵丼を見つけた友吉は、 誘われるようにその軒をくぐった。
水の不安で客もいないらしい。 ひっそりした奥から出てきた女が、
「いらっしゃいまし。」と言った途端に、
「あら、まあ珍しい。友さんじゃありませんか。」 薄化粧をした顔を驚きでいっぱいにした女。
友吉にはちょっと思い出せなかった。
「お忘れになったの?白状な人ね。 五郎兵衛町のお棚の裏にいたお嫁ですよ。」
「ああ、あのお嫁ちゃん。ようやく思い出したのね。 まあ、とにかくどうぞ。
お二階にしましょうね。 ゆっくりしてらしていいんでしょう。」
珍しいのと不思議の立て続けで、 あまりいい好みではない二階の小座敷へ案内した女は、
酒魚を運ぶまも惜しそうに話しかける。 広田屋の裏長屋にいた船八百屋の娘で、
ちょっと気量がよかったのと、誰とでも気軽に冗談を言う明るい立ちから、
いっときは、界隈の若者たちにずいぶん騒がれたこともあった。
「あたしにもいただかしてよ。」 女は催促するように杯を差し出した。
この五六日水騒ぎでお客はばったりなの。 すっかり腐ってたところだわ。
お馴染みがいに、今夜は酔わせてもらってもいいでしょう。 「別に借はしねえから、勝手にやってくんな。」
ご挨拶だこと。 でも、
友さんは昔からそうだったわ。 人がやきもきしているのに、いつだってそっぽを向いて、
どこを風が吹くかという顔だったわね。 今考えても憎らしいわ。
「なんだ、へんなところでうれしがらせを言うぜ。 あの自分は、おいらなんざ見向きもしなかったくせに。
嘘にもそんなこと言わないでちょうだい。 あたしが友さんをどんなに思っていたか、
ちゃんと知ってたはずじゃありませんか。 ええ、そいつは初耳だなあ。
とぼけたってだめよ。 いつか、
きね屋さんの土蔵の裏であたしを泣かせたこと、 忘れたの?」
四五杯立て続けの酒で、女はもう少し酔った様子だった。 言われてみれば、そんなこともあった。
こっちは天でそんな気持はなかったので、 そぶりや目まぜで心をかよわせようとする娘を、
ただうるさいとばかり思っていたが、 いつか町内のきね屋という七屋の土蔵裏で、
お嫁が恋文を渡そうとしたとき、 一本木からてきびしくたしなめたことがある。
「いいわ。」 そのときお嫁は泣きながら言った。
「友さんにきらわれたらおしまいよ。 あたしもうだめな女になってやるわ。」
あのときあたし、ほんとうに狂わえでも身を 打ちまおうかと思ったのよ。
ませていたのね。 あのときあたしは十六だった。
友さんが十八ね。 二つ違いは縁がないって言うけれど、
ほんとだったわ。 あれから間もなく引っ越したようだったが、
衝撃の事実
ここにはいつごろから来ていたんだ。 この家へ来たのはつい先月よ。
お、ずいぶん苦労をしたわ。 お父さんもおっ母さんも死んだし。
いまではかんがらすの一輪きりで気楽だけれど、 そのかわり何の張り合いもありやしない。
このごろは昔のことばかり考えているのよ。 あら、しゃべっていてすっかりお尺を忘れてた。
ごめんなさい。 そいつはもうからだぜ。
おやほんとこんなのってあるかしら。 お嫁は笑いながら立って行ったが、
戻って来るといきなり、 自分の話で夢中だったけど友さんと大きな目をして行った。
あなたのほうは一体どうしたの。 あたしは友さんがお菊さんと目おとになって
ひろたやさんのあとをとるんだって聞いていたのに。 あれは噂だったのかい。
どうしてそんなことを聞くんだ。 だって
お菊さんが角太郎さんとご夫婦になっているんだもの。 あたしびっくりさせられたわよ。
おめえ。 友吉はぐっと自分をおさえながら。
あの二人が目おとになったのを知ってるのか。 あたしはこんな家業をしているので恥ずかしいからまだ口は聞かないけれど、
二人で八幡様の裏に書体を持っていますよ。 八幡様の裏って言うと、
この先を左へ曲がって行けばすぐの大きなイチョウの木があって、 その路地の奥。
狭いけれど二階づくりでちょっと生きない家だわ。 友吉は酔いがさめてきた。
それで煽るように飲んだ。 もうお嫁の話も耳に入らず飛び出したい気持ちをおさえるのが精一杯であった。
やはり本当だったんだ。 ザマー見ろという声が頭の芯で何度も聞こえた。
三年前の春が思い出される。 髪型へ立つ友吉をサメ妻で送ってきた角太郎は、
いよいよ別れるという時になると、 愚直な顔に涙を浮かべて、
兄貴! お菊さんは確かに預かった。
どんなことがあっても兄貴の帰るまでは大切に預かっている。 どうか安心して行ってくんな。
そう言って泣き笑いをした。
RKBオンラインのポッドキャストまとめサイトもチェック!
16:37

コメント

スクロール