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三年目 その4
2026-07-25 14:40

三年目 その4

0199 260725 山本周五郎 三年目 その4 朗読:坂田周大
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サマリー

友吉は、角太郎が妹のお菊を女賭博師にしようとした真相を知り、洪水の中へ飛び込んでお菊を救出する。角太郎も駆けつけ、三人は和解する。お菊も意識を取り戻し、三人の絆が再確認される。

対立と誤解
おしゃべり本棚 この時間は福岡のRKB毎日放送のアナウンサーによる朗読をお送りします。
山本周五郎 3年目
最終回 風呂敷包みにした荷物が3つ4つ
安頓の光に侘しく照らされている 一真っきりの2階には求める女の姿はなかった
お菊さん 埋めくように叫ぶ後ろから追ってきた友吉がダッと体当たりをくれた
あ兄貴待ってくれ音を上げるな 話が話があるんだ
角太郎は友吉より力があった 話せばわかってもらえるんだ
こうするより他にしょうがなかったんだ待ってくれ まだ言い上がるかちくしょう
ともすれば反対にねじ伏せられそうになる 友吉はギラッと相口を抜いた
あぶねー 角太郎は飛びのく表紙に包みへ足をかけてダッとのけさまに倒れる
友吉はそいつへ体ごと組みついた 角太郎は視力を出して友吉の右手をつかみ相口を自分の体の下へ押し込んだ
そしてほとんど畳を噛むようにして 兄貴おめえと悲しげに叫んだ
おめえ3年前 覚めずでおいらの言ったことを忘れたのか
今さら何を言い上がる あの時の約束を忘れたのか兄貴
俺は覚えてるぜ おめえは忘れたかもしれねえが言った俺は覚えてるぜ
ふりあおいだ目からは涙があふれていた あの時の目だった あの時と同じ愚直な顔だった
とんちも言えずしゃれを聞いてもわからない 愚直一方の角太郎の顔だった
どんな弁解も信じられなくなっていた友吉だったが その目とその言葉には
思わず水を浴びたようにハッとした 俺は言ったはずだ
たとえどんなことがあってもお菊さんは大切に預かっているって 兄貴
俺は人間が野郎だからヘマをやらねえとは言わねえ けれども兄貴とした約束だけは守ってきたぜ
そんならお菊となぜ目音になった 頼りもしねえでなぜ家を引っ越した
お菊に丸まげを言わせて なぜおいらを世間の笑い者にしたんだ
そりゃみんな堀の若当領のためなんだ なんだ
堀の二太郎がどうしたと
若当領がお菊さんを女賭けにしようとしたんだ 兄貴は立った後で知らなかろうが
亡くなった親方は堀に借金があった その金を稼ぎ
洪水の救出劇
どうでもお菊さんを女賭けに出せと言うんだ 友吉は
殴りつけられたように思った 兄貴が帰ってきて広田屋を盛り返すためには堀一家と喧嘩はできねえ
しょうがねえからお菊さんと相談の上 二人が目音になったと見せることにしたんだ
俺は野郎だからそれより他に知恵がなかった 兄貴さえ帰ってくりゃどうにかなるそう思ってたんだ
引っ越したのを知らせなかったのもおめえに心配をかけたくねえからだ オイラもお菊さんも賭け膳を据えて待ってたんだぜ
友吉は低くうめきながら起き上がった そうか
あの二太郎が元か 持っていた合口を投げ出すといきなり友吉は階段へ飛んでいった
いつそんなに出たものか水はもう階段を六分形浸していた 友吉はくるくると裸になってその水の中へ飛び込んだ
畳が浮きタンスが浮いていた友吉は夢中で戸棚の剣刀を探した 狭い家の中なのに水で浸かるとまるで剣刀が狂う
2度まで息をつきに水面へ浮かんだが3度目にやっと襖へ手がかかった
生きていてくれ大きく 友吉は水の中で襖を蹴破った
それから手を伸ばして大きくの腕と思えるところをつかんだ けれどももう息が詰まって胸が引き裂けそうだった脳が喰らんできた
大きく大きく ダメだ
友吉は息を吐くためにもう一度水面へ浮いた そしてすでに水が天井とすれすれまで上がっているのを知った
兄貴兄貴 角太郎の狂気のような声を聞きながら4度潜った
神の加護か 侵入する水の力で大きくの体が戸棚から押し出されていた
友吉は夢中で抱え込むと流れるゾウサの間をかき分けながら 階段口の方へ泳いでいった
和解と再生
角!兄貴!手を貸せ!大きくさんだ! 角太郎の手大きくを渡すと気の緩みで友吉はずぶりと水の中へ沈んだ
しかしすぐに階段へ捕まって肩で息を吐きながら2階へ這い上がった
角太郎は合口を拾って大きくの縄目を切り離した 友吉はすり寄って大きくの肌へ手を差し入れた
ぬくみがあった 角太郎が手早く包みを解いて散りめん浴衣を一枚取り出した
友吉は目をつむって大きくの濡れた着物を取り替えた それから包み一つを引き寄せその上に大きくをうつむけに寝かせて
力いっぱい背中を叩きながら 大きくー!大きくー!
大きくー!と懸命に呼び続けた 角太郎はその間に屋根へと飛び出して
兄貴!おいら船を持ってくるぜ!表の胃腸へつないでおいてんだ もしあれが流されていたらすまねえが俺たちや
すまねえのは俺だ!見てきてくれ!
じゃあ わかってくれたんだね兄貴!
角太郎は振り返って泣き笑いをした
おらぁノロな生まれつきだ 兄貴にとんだ心配をかけちまってすまねえ
勘弁してくんな! 角!
生きるも死ぬも三人一緒だ! おいらの馬鹿を笑ってくれ!
おらぁ 泣き笑いを残したまま
角太郎は屋根伝いに飛んでいった その時
お菊が水を吐いた しめた
ぐいぐいと水落ちのところを手で揉むようにしながら なおも背中を叩くうちに二度三度とおびただしく吐いたが
やがて低くうめき声をあげながら起き上がろうとする様子を見せた
お菊! 気がついたか!
友吉だ!
わかるか! おいら友吉だ!
友吉だぜ! 抱き起こす手へお菊は力の抜けた自分の手をそっと重ねた
濡れて髪のように白い顔へにっと ほほえみが浮かんだ
友さん! 何もかもわかった!
お菊! おいらが馬鹿だった!
堪忍してくれ! お菊の手が弱々しく友吉の指を握った
大きく見開いた目からほろっと涙が落ちて
むせびあげるような声で言った
友さんったら 私をあんなところへ入れたまま忘れたりして
だめよ!
お菊! 怖かったわ!
半分は泣き声だった そして懸命に笑おうとしたがたまりかねて
いきなり友吉にすがりつきながら叫ぶように言った
待ってたのよ! 友さん!
わっと泣くお菊の手を 無言の謝罪を込めて友吉は握りしめた
すり寄せた頬と頬 二人の涙の温かさが
二人の間にあった三年の月日をいっぺんに取り戻した
窓の外へ 角太郎の漕ぐ船のロートが近づいてきた
天明元年7月22日の夜のことであった
14:40

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