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おしゃべり本棚。この時間は福岡のRKB毎日放送のアナウンサーによる朗読をお送りします。
高田璐藩 賀町1回目
がらーり 格子の開く音がした
茶の間にいた西君は誰か知らんと思ったらしく つと立ち上がって物の隙からちょっと伺ったがそれがいつも今頃帰るはずの夫だったと
わかるとすぐとそのままに出て お帰りなさいまし
と存在に挨拶して迎えた 存在というと避難するように聞こえるがそうではない
しねくねと体に品をつけて御印に礼儀の潤いをもたせて 奥様らしく気取って挨拶するようなことはこの西君の代の増えてで褒めて言えば
新卒なのである それもその通りで夫は今でこそ若崎先生とか何とか言われているもののもとはいわば職人で
その職人だった頃には一通りではない貧苦と戦ってきた幾年の間を浮世とやり合って よく絡めてを守り覆させたいわゆるおかみさんであったのであるし
それに眼来が古風実定な立ちでみなり髪形もあまり気にせぬので まだそれほどの年ではないがもはや中婆さんに見えかかっているくらいである
あ 帰ったよ
と夫が優しく答えたことなどはいつの日にもないことではあったが それでも夫は神経がさとくて受け答えにまめで誰に向かっても自然と愛そよく
日々家へ帰ってくる時立ち向かえるとこちらでもあちらを見る あちらでもこちらを見るいや何も互いにわざと見るというのでもないが自然と
愛見るその時に夫の目の中に柔らかな心 お前も平安俺も平安お互いに幸せだなぁ
とそれほど立ち入った細かい筋道があるわけではないがなんとなく 我楽の満足を示すようなものが見える
その別に取り立てて言うほどの何があるでもない目を見て初めて夫が本当に帰って きたような気がしそしてまた自分がこの人の家内であり
半身であると無意識的に感じると同時に 我が身が夫の身の回りについて回って夫を扱い
衣類を着替えさせてやったり座を定めさせてやったり 何にかかにか自分の心を夫に沿わせて働くようになる
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それがこの数年の定石であったところが今日はどういうものであろう その一目が自分には全く与えられなかった
夫はまるで自分というもののいることを忘れ果てているよう 夫は夫私は私で別々の世界にいるもののように見えた
ものは失われてから真の値がわかる 今になって毎日毎日の何でもなかったその一目が
たっといものであったことが悟られた
というように何も明白に順序立てて自然に感じられるわけではないが何かしら もの苦しい寂しい不安なものが自分に迫ってくるのを妻は感じた
それはいつもの通りに古代の人のような帽子というよりは冠を脱ぎ 天神様のような服を着替えさせる間にもいかにも不機嫌のように真面目ではあるが
勇みのない沈んだ沈んでいきつつあるような夫の様子で妻はそう感じたのであった 長年連れ添う間にはどこでも夫婦の間に
青天和風ばかりはない 夫が妻に対してずいぶん強い不満を抱くこともあり
妻が夫に対して悔しい嫌な思いをすることもある その最もはなはだしい時に自分は悪い癖で女だてらに少しガサツなところのある
しょうぶんか知らぬがつい荒い物言いもするが夫はいよいよ怒るとなると 感高い声で人の胸に刺さるような口を聞くのもやめてしまって黙って何も言わなく
なり こちらに向かって目は開いていてもものを見ないかのようになる
それが今日の今のような調子合いだ 妙なところに夫は座り込んだ
細窪それは土間になっているところと今とが続いている その今の端一段低くなっている細窪を横にしてそっちを見ながら座ったのである
仕方がないそこへ茶を持って行った 暑いもぬるいも知らぬような風に飲んだ
顔色が冴えない 気が何かに粘っている
自分に対してはなはだしく憎悪でもしているかとちょっと感じたが自分には何も 心当たりもない
で どうかなさいましたか
と聞く 返事がない
気色が悪いのじゃなくて とまた聞くとうるさいと言わぬばかりに
なんともない
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月穂がないという返事の仕方だ 何ともないと言われてもどうも何かあるに違いない
うちの人の身分が良くなり光彩が上がってくるにつけ私が足らぬ釣り合い足らぬ と他の人たちに思われ言われはせぬかという女気の暗示がなくもないので自分の
ことか知らんとまたちょっと疑ったがどうもそうでもないらしい 決まって晩酌を取るというのでもなく
もとより近直奸役の主人であり自分も夫に酒を飲まれるようなことは嫌いなのでは あるがそれでも少し飲むと賑やかに機嫌良くなって
罪もなく教じる主人である そこで
晩には何か取りまして久しぶりで一本あげましょうか といった
近来大いに進歩して細君はこの定義をしたのである ところが
なぜっさ と善良な夫は反問の限界に明らかにそんなことはせずと良いと否定してしまった
ぜひもない簡素な晩食はいつもの通りに済まされたが 主人の様子はいつもの通りではなかった
激しているのでもなく恐れているのでもないらしい が何かと談話をしてその糸口を引き出そうとしても夫はうるさがるばかりであった
さあ 誠の相交の妻たる夫思いの細君はついにこらえかねて真正面から
あなたは今日はどうかなさったの と迫って聞いた
どうもしない だって
私のこと なあに
それならお勤め先のこと まあそうさ
まあそうさなんて変なおっしゃるようね どういうこと
知識 と聞いたのは我が夫と中村という人とは他の教官たちとは全く出が違っていて肌合いの職人風のところが
引き繕わしてもどこかで出るそれは学校なんぞというものとは移りの悪いことである それを仲の良い2人が笑って話し合っていた折々のあるのを知っていたからである
なあに 面食
お里氏面食ってことがあるってね もしか面食なんて言うなら私は聞きやしない
あなたなんかやいや言われてもらわれた劣気とした片木のお嬢さんみたいなものでそれを 面食といえば無理利縁のようなものですからね
誰も面食とも何とも言ってはいないよお咲き走り うるさいねー
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そんならどうしたの誰か傲慢ちきな意地悪と喧嘩でもしたの いいや
そんならうるさいねーだってうるさい おや
剣道ですね人が一生懸命になって聞いているのに なんでそんなに沈んでいるのです
別に沈んじゃいないいいえ沈んでいます かわいそう
なんでそんなに かわいそうには良かったね
人をはぐらかすものじゃありませんよ 本気になっているもの
さあなんでそんなに なんでですよ
一人でにかなぁ まあ
何も隠さなくったっていいじゃありませんか どういう入り分けなんですか聞かせてください
実はこれこれとね 女だって私はあなたの中心じゃありませんか
中心という言葉は少しキーに用いられたがこの人にしてはごもっともであった 実際この主人の中心であるに疑いない
しかし主人の耳にも浄瑠璃難道に出る中心という語に連感して聞こえたか 話せって言ったって隠すのじゃないが女わらべの知ることならずさ
浄瑠璃の行われる西の人だったから主人は偶然に用いた語り物の言葉を用いたのだが同じく西の人でこれを知っていたところの親率で善良で忠誠な細君はかっとなって怒った
が時期にまた悲痛な顔になってこらえ涙を潤ませた 自分の軽視されたということよりも夫の胸の内にあるものが
真に女わらべの汁には余るものであろうと感じてなおさら心配に耐えなくなったのである 甲子戸は一つ甲子戸である
しかし開ける音は人々で異なる 夫の開けた音は細君の耳には必ず夫の開けた音と聞こえて
百に一つも間違うことはない それが今日は夫の開けた音とは聞こえず
果て誰が来たかというように聞こえた 今その甲子戸を開けるにつけて細君はまた今更にものを思いながら外へ出た
まだ暮れたばかりの初夏の夜中の風は上の続きだけに涼しく 心よかった
ごく好意でありまたごく近くである同じ夜中の夫の同僚の中村の家を問い その細君に立ち話をして中村に家へ遊びに来てもらうことをこうたのである
中村の細君は何あなたご心配になるようなことではござい ますまい
何でもかえってお喜びになるようなことが終わりのはずにちらっと受けたまりました しかしたくは必ず伺わせますよういたしましょう
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と受け合ってくれた 同じ立場にあるものは同じような感情を抱いて互いによく理解し合うものであるから
中村の細君が1も2もなく若崎の細君の言う通りになってくれたのでもあろうが 一つにはいつも同じような身分のでというところからごくごく両家が心やすくし合い
また一つには若崎が多くは常に中村の原型によってこれを入ることをする芸術上の 兄弟分のような関係から自然と離れがたきなかになっていたゆえもあったろう
若崎の細君はいそいそとして帰った 数学教師芸人の高田先生だよ
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