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刺繍 第一回
2024-05-18 16:20

刺繍 第一回

086 240518 島崎藤村 刺繍 第一回 :朗読本庄麻里子
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おしゃべり本棚。 この時間は福岡のRKB毎日放送のアナウンサーによる朗読をお送りします。
島崎東村作 刺繍第一回
ふと大塚さんは目が覚めた やがて夜が明ける頃だ
部屋に横たわりながら聞くと雨戸へ来る雨の音がする
いかにも春先の根岸あたりの空を通りすぎるような雨だ その音で大塚さんは起こされたのだ
寝床の上で一人耳をすまして 彼は柔らかな雨の音に聞き入った
長いこと布団や貝巻にくるまってかがんでいた彼の年老いた体が またのびのびしてきた
寝心地のいい時だ 手も足もだるかった
彼は寝床の上投げ出した足をさらに投げ出したかった 土の中にこもっていた虫と同じように
彼の命はまた眠りから這い出した 大塚さんは50を越していた
しかしこれから若くなっていくのかそれとも老朽に向かっているのか その差別のつかないような人で
希少の盛んなことは若者に劣らなかった 頼りになる子もなく財産を分けてやる楽しみもなく
こんな風にして死んでしまうのか そんなことを心細く考えやすい年頃でありながら
何ぞというと彼は癖のように まだそんな網絡はしないよと言ってみる方の人だった
あり余るほどの勢力を持った彼はこれまで散々いろいろなことを経営してきて 何かまだ新規に始めたいとすら思っていた
彼は寝床の上にじっとして書生や召使いの者が起き出すのを待っていられなかった でも早く目が覚めるようになっただけ
年を取ったか
03:00
そう思いながら雨の音のしなくなる頃には 彼はもう寝床を離れた
やがて彼は自分の部屋から雨上がりの後の静かな庭へ出てみた そして
柔らかい匂いの良い空気を 広い肺の底までも呼吸した
長く濃かった髪は灰色に変わってきて染めるに手数はかかったが よく手入れしていて
その額へ垂れ下がってくる奴をかき上げるたびに若い時と同じような快感を覚えた 硬い地を割って草の芽も青々とした頭を持ち上げる時だ
彼は自分の中の方からなんとなく心持ちの良い温かさが湧き上がってくることを感じた いつものように会社の見回りに行く時が来た
大塚さんは根岸にある自宅から京橋の方へ出かけてしばらく会社で時を移した 用達することがあって銀座の通りへ出た頃は
実に体がのびのびとした 腰の痛いことも忘れた
いかに自由でいかに手足の言うことを聞くような日がまた巡り巡ってきたろう 少しのぼせるほどの日の光を浴びながら
店々の飾り窓などの前を歩いて終わり町まで行った 広い街の片側には流行りの衣装をつけた女連若い夫婦
外国の婦人なぞが行ったり来たりしていたふと ある店先のところで買い物している丸曲げ姿の婦人を見かけた
大塚さんは心に叫ぼうとしたほどその婦人を見て驚いた 3年ほど前に別れた彼の妻だ
避ける隙もなかった 彼女は以前の夫の方を振り向いた
大塚さんはハッと思って見たような見ないようなフリをしながら そのまま急ぎ足に通り過ぎたが
全身電気にでも打たれたように感じた おせんさん
と 彼女の名を口の中で呼んでみて
半丁ほども言ってから振り返ってみた 明るい黄緑の花を垂れた柳並木を通して
06:08
電車通りの向こう側へ渡っていく二人の女連の姿が見えた その一人が彼女らしかった
彼女はまだ若く見えた そのはずだ
大塚さんと結婚した時が20で別れた時が25だったから 彼女がある医者の細工になっているということも
同じ東京の中に住んでいるということも大塚さんは耳にしていた しかし別れて3年ほどの間
よくもわからなかった彼女の消息が その時ひらめくように彼の頭の中へ入ってきた
流行りの薄い色の肩掛けなどをまといつけた彼女の姿を一目見たばかりで どういう人と暮らしているか
どういう家を持っているか そんなことが止めどもなく想像された
色々な色に塗られた銀座通りの高い建物の壁には 暖かな日があたっていた
用達のために歩き回る途中 時々彼は往来で足を止めて
汚染のことを考えた 彼女が別れ際に残していった
長い長い悲しみを考えた おそらく
彼女は今幸せらしい 無邪気な小鳥
彼女が行った後の日の消えたような過程 暗い寂しい日
それを考えたら なぜあんな可愛い小鳥を逃してしまったろう
なぜもっと彼女を大切にしなかったろう 大塚さんは他人の妻になっている彼女を目の当たりに見て
今更のようにそんなことを考え続けた 午後に会社へ戻るとシャフが車を持ってきて彼を待っていた
彼はそれに乗って方々を駆けずり回るには耐えられなくなってきた 銀行へ行くこともやめ
他の会社に人を訪ねることもやめ 八田市をそこそこに切り上げて
車はそのまま値岸の家の方へ走らせることにした 大塚さんが彼女と一緒になったについてはその当時
09:06
親戚や友人の間に激しい反対もあった それにかかわらず彼は自分よりずっと年の若い女を選んだ
楽しい結婚は何者にも変えられなかった そんな風にして始まった二人の結びつきから
不幸な別れに終わったまでのことが 3年前の悲しいも
8年前の嬉しいも ほとんど一緒になって車の上にある大塚さんの胸に浮かんだ
元より大塚さんが汚染と一緒になった時は初めて結婚する人ではなかった 年が何よりの証拠だ
しかし親戚や友人が止めたように8年前の彼は20になる汚染を妻にしてそう不 似合いな夫婦がそこへ出来上がるとも思っていなかった
活気と勢力と無限の欲望とは 未だに彼を若者のように思わせている
まして8年前 その証拠には汚染と並んで歩いていた頃でも
誰も夫婦らしくないといった目つきして二人を見て笑ったものもなかった 少なくとも大塚さんにはそう思われた
どうして汚染が地味な成りでもしていくらか彼の方へ歩び寄るどころか 彼女は今でもあの通りの派手作りだ
若く美しい妻を占有するということは しかし彼が想像したほどただ楽しいばかりのものでもなかった
結婚して60日経つか経たないにもう彼は疲れてしまった ダメダメもう少し男の心情が理解されそうなものだとか
もう少し人の目につかないようなみなりができそうなものだとか もう少しどうか言うシャンとした女になれそうなものだ
とか すぐる同棲の年月の間
一日として心に彼女を責めない日はなかった 3年ぶりで別れた妻に会ってみた大塚さんはこの普段信じていたことを
そうだよく彼女に向かって 誰それは女でもなかなかのしっかりものだなどと言って褒めて聞かせたことを
12:03
ねからそこからひっくり返されたような心持ちになった しっかりものだがなんだ
こう以前の自分とはあべこべなことを言って家へ戻ってきた 彼は自分の家の中に
いない予選を探した いくつかある部屋部屋へ行ってみた
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