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サラダの謎
2025-01-11 15:24

サラダの謎

0119 250111 中谷宇吉郎 サラダの謎 朗読:橋本由紀
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おしゃべり本棚 この時間は福岡のRKB毎日放送のアナウンサーによる朗読をお送りします。
サラダの謎 中谷うきちろう
私はごく普通のフランス風のサラダが好きである レタスとトマトを酢とオリーブ油でドレスしただけの簡単なサラダのことである
養殖は一般に言ってあまり好かないがこのサラダだけは例外で 食卓に出ているとつい先に手が出る
物の好き嫌いなどというものは大抵子供の頃かせいぜい20代までの生活環境で決まるものらしい 私がこのサラダを好きになったのは
若い頃 もう30年も昔のことであるが
ロンドンに留学していた頃に下宿で毎晩非常にうまいサラダを食わされたのが 今日まで後を引いているようである
大学を出て3年間理研で寺田寅彦先生の助手を務めていたが 北海道大学に理学部ができることになって急に
文部省の留学生としてロンドンへ留学することになった ロンドン人は人付き合いが悪く世界で一番英語の通じないところはロンドンだと言われている
そこへ まだ30前の
しかも日本でも田舎育ちの若い者が突如として放り出されたのであるから ずいぶん心細い思いをした
しかし幸いなことに非常に運が良くて 思いがけなく良い下宿に巡り合い
それですっかり落ち着くことができた 家はロンドン郊外の住宅地にあって主人はオーチスエレベーター会社の議市長であった
そんな家は一般に行って東洋人などは家に入れてくれないのであるが そこの婦人がフランス人であった
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そして日本に好意を持っていたようで親身になって世話をしてくれた その婦人が料理自慢の人であって毎晩大変なご馳走を作ってくれた
英国のことであるから先祖代々伝わった多くの立派な食卓で毎晩家族一同がきちんと着物を着替えて晩餐の卓に着く
今から考えてみれば英国人へと継いだフランス婦人の気持ちがその影にあったのかもしれないが
当時はそんなことがわかるはずもなく毎晩大変なご馳走でびっくりしていた その中でも
特に印象に残ったのがサラダである レタスとトマト
あるいはレタスとセロリのサラダであってそのレタスが非常にうまかった 記憶が確かでないが1年中新鮮なレタスがあったような気がする
現在のように輸送農業が発達したアメリカならば別に不思議な話でもないが 当時のロンドンで年中新鮮なレタスがあったのはちょっと不思議な気もする
それはあるいは記憶違いだったかもしれないが とにかくこのサラダが非常にうまかったことは事実である
キングスカレッジの地下室で1日中真に応える 光振空の実験に気を張り詰め
クタクタになって帰ってくる そういう時には肉類よりもまずこのサラダに手が出るのであった
それと今一つは当時の日本の経済状態も一つの要因を成していた 正常野菜などは夢にも考えられなかった時代のことである
寄生虫の心配なしに生の野菜がバリバリ食べられるということで なんだか別の世界へ来たような気がしていた
実験の都合で稀には午後早く帰ることもあった そういう時に
ある日のこと 台所へちょっと顔を出したことがある
そしたらその婦人が晩餐のサラダをせっせと作っていた レタスは手でちぎらなければならないような
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料理学の処方をその時初めて知った それよりも不思議だったのはレタスを木鉢にいっぱい入れた後
何か石鹸のかけらみたいなようなものをパンの切れ端にこすりつけてそれを サラダの中に入れたことであった
そういえば毎晩の食卓でサラダ鉢の中にパンの切れ端が入っていたが これは皿にはつけないものであった
何かあのおまじないがサラダを美味しくするコツのように思われて仕方がなかった しかし男が料理のことなど聞くものではないと思っていたので
別に尋ねてもみなかった その後日本へ帰って北海道で家を持ってみたら毎日の食事が問題になってきた
北海道では料理の材料が我々子供の頃から育ってきた環境のものとは だいぶ違っていたからである
それで思い出したのがロンドンで毎日食べていた フランス風のサラダである
北海道の気候はああいう西洋風の野菜の栽培には適しているはずである しかし市場にあるものでは霜声を使ったかもしれないという心配が多いにある
それで庭の一部に小さい畑を作って そこで妻がレタスを作ることになった
レタスなど作ってみれば何でもないものでデパートから買ってきた種を巻き 油かすを入れておけば結構立派なレタスができた
当時の札幌は案外ハイカラな街であったらしく ビネガーもオリーブ油も簡単に手に入った
それで待望のサラダが作られたわけであるが 食べてみるとどうも昔の味がしない
材料は全部同じもので別に似た気するわけでもないのに 味がまるで違っている
ビネガーと油と塩とからしといろいろ分量を変えてみても やはりダメである
結局これはあの石鹸の欠片をパン切れにこすりつけるおまじないに何か特別の 意味があるらしいということになった
それで妻は同僚の婦人たちのうちで外国生活をした経験のある人たちにおりがあるごとに この石鹸の謎を聞いてみたらしいがその謎はついに解かれなかった
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その間30年かかったわけである ところで今年になってこの30年越しのサラダの謎がいとも簡単に解けてしまった
それは次女が欧州から帰ってきて パパの石鹸の謎がわかったわ
あれはニンニクだったのよといっぺんに片付けてくれたからである この娘は絵の勉強と称してパリとマドリッドとに2年間行っていたが
この夏アメリカへ帰ってきてグリーンランド帰りの親父の世話をもっかしているわけである パリで友達の家の娘さんがサラダを作るときにニンニクをパンの硬い切れ端でこすってそれを
入れているのを見て昔のパパの話を思い出したというのである なるほどニンニクならば
ヤスセッケンのかけらと同じような開白色をしている それから西洋にはわさびおろしのような便利な機械がないので干からびたパン切れを
わさびおろしの代わりに使っているわけである これで30年越しの謎が解けたのでヨーロッパへ2年間やっておいただけの値打ちはあった
と言ったら娘は大いに不服のようであった しかし気は優しいらしくその後思い直して毎日このサラダを作ってくれている
レタスの水切りをして手で適当にちぎって それを冷蔵庫の中に入れておく
夕食直前にそれを冷蔵庫から出しておまじないをして食卓に出してくれる 冷蔵庫の中で冷やされたレタスはパリパリと歯切れが良い
物質文明の進歩もまんざら捨てたものではないと 親父は満足している
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