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夜福 後編
2024-04-27 15:58

夜福 後編

083 240427 林芙美子 夜福 後編 朗読:武田早絵
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おしゃべり本棚。この時間は福岡のRKB毎日放送のアナウンサーによる朗読をお送りします。
小さい茶舞台の横に白木の縁のついた七輪が来た。 鍋に割下をついで鳥を入れるのは珍しいことに大吉郎がこまめにしてくれている。
被災は、 へえ、この人も変わったものだと、
昔の茨城屋だった大吉郎と考え比べていた。 お母さん元気かい。
ええ、おかげさまで。 あの人は小食だから体も丈夫なんだね。
政治は何ヶ月になるかね。 もう3ヶ月ですよ。
異品のようなものは何か来たのかい。 ええ、
この2日に舞台の方から送ってきました。 鳥が白く煮えてきた。被災は生麩が嫌いだった。
大吉郎はそれをまだ覚えていたのか、 赤い生麩が来ているのに、その小皿は茶舞台の下へ置いたままだった。
実はね、 政治のことなんだけどね。
へえ。
お前さんには、 誠に言いづらいんだけど。
何ですの?
政治に、 子供があるんで、その話なんだがね。
もう。
いやそう、きっとびっくりすると思った。 政治のことは、お前さん一人が一生懸命骨を折っていたんで、
こんなことは言えたことじゃないんだが、 大学の頃からちょくちょく俺の方へ来てくれててね。
家のお園の親類に福という娘がいて、 まあ政治といい仲になったわけだ。
園というのは、大吉郎を被災から奪った女である。
被災は、色の白い園という女を、 一度大吉郎が連れて歩いていたのを見たことがあった。
ご冗談でしょ。
そんな、あの人は何だって私に相談していましたし、
03:04
それはまあ、あなたのところへ政治が遊びに行ったかもしれませんけれども、
でもそれはお園さんの言いがかりのようなんで、 お芝居じゃありませんか。
出世する時だって、あの人は毎日のことまで ちゃんと言い置いていったんですからね。
その時だって、あなたのことなんか一言も言わないんですし、
お園さんがお銭別持ってきてくださった時も、 ただ素直にもらっておいただけの話で、
そんな、そんな馬鹿なことを今頃になって。
被災は腹が立ってきて、指がブルブル震えている。
いや、そんなにあんたが怒るのも無理はないさ。
無理はないけれど、話は話だ。
政治と副ができたのを知ったのは園であったが、 園は大吉郎には長い間知らせなかった。
被災との問題さえなければ、 政治と副の間をうまくまとめてやりたいと思っていたのだった。
なんか、そんな証拠でもあるんですか?
うーん、たびたび政治から、 俺のとこだの副のところへ手紙が来ているんだよ。
政治も俺とお前さんのことをよく承知しているものだから、
一人で今日まで頑張ってきたお母さんへ、 こんなことを言うのはつらいのだったろうし、
と言って、副はどうしても女房にしたいから。
なんとか自然な方法でお母さんに話してくれないかと、 言ってきているんだよ。
戦死を聞いた時、私もね、 よっぽど子供と副を連れて行こうと思ったんだが、
そんな時に行けば、かえって取り込んでいる あんたの気持ちを怒らすようなもんだと、
黙ってこらえていたんだ。
それだのこれだの、 副は気を止んで2ヶ月ほど寝込んでしまうし、
まあ今日まで引き延ばしていたんだが、
なんでも露月帳じゃ家を売ってしまうというような話も出てるんだとかで、
この先はどんな風になるのか、俺も妙に心配だったし、
まあまあ一応会ってとっくりと相談して、
どうにでもお前さんの気の済むようにと、
今日はまあ厚かましい話を聞かせるんだがね。
本当ですかね、信じられませんね、そんなこと。
大吉郎は風呂敷の中から、 自分や副に着た政治の手紙を出して、
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被災の前に置いた。
被災はそれを手に取って一つ一つ中身を抜いて読んでいった。
正真正銘の息子の字なので、
被災は胸の中が熱くなってきている。
あなたの血を引いているから。
そうも目の前の人に心で怒ってみたりしたけれども、
これほどまでに自分に遠慮していたのかと、
政治の気持ちが何とも意地らしくて仕方がない。
あくる朝、大吉郎との約束通り、
副という女が赤ん坊を子守におぶわして被災を訪ねてきた。
被災のように小柄で、美人ではなかったけれども、
人好きのするにうわな顔立ちをしていた。
二十三だそうだけれども、十八九にしか見えない。
さあ、こっちへいらっしゃい。
おばあさん、この人がおふくさんですよ。
昨夜、年寄りには何もかも話してある。
年寄りは早くその男の子を見たいと言った。
何もかも過ぎてしまったことだし、
政治が自分たちに子供を片身に残してくれたことは、
ありがたいことだと年寄りは喜ぶのであった。
昨夜、被災は話しながら涙をこぼしていた。
自分に対しては、まるで腫れ者にでも触るような扱い方をしてくれていた
政治の思いやりに、被災はいやいやと頭を振り動かしている。
昨夜はまんじりともしなかったけれども、
とにかく一晩経ったということは、
ふくへ対しての怒りを程よくさますのに十分であった。
今、目の前に見るふくという女は、被災にはきれいに見えた。
赤ん坊もよく太って、政治に息移しである。
富士山のように盛り上がった小さい唇に、
カニのように椿をためながら、青くすんだ目を被災へぼんやり向けた。
被災が思わず手を出すと、赤ん坊は思いがけないあどけさで、
両の手を被災の方へ伸ばしてくるのである。
ふくは仏壇の前へ行きたくて仕方がないような赤い顔をして、
富士山のそばへきちんとかしこまっていた。
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被災は両手を出している赤ん坊をそのまますくいあげるように抱きあげて、
まあ、ちょっと仏様、おがんでください。
今日は甘いものをあげようと思ったんだけど。
そう言って、床沼のところに座っている赤いちゃんちゃん子のおばあさんのところへ、
赤ん坊を抱いて行って見せるのであった。
ふくは静かに仏壇の前へ行ってお線香に火をつけている。
ふくはしばらく畳に額をつけておがんでいた。
昨夜もね、政治の学生の頃の日記を出してみたら、
あんたのことが書いてあったのよ。
十二月のところなんか毎晩のように、
夜ふく、夜ふく、って書いてあるんだけど。
あの頃なんだか毎晩用事があって、
十二時近くでなきゃ戻ってこなかったんだけど。
あの人らしいと思って、
夜ふくさんのところへ行ったって意味なんだろうね。
被災はふくを笑わせるつもりだったが、
ふくは黙って畳に額をすりつけたまま、
静かに泣いていた。
赤ん坊は乳臭くて可愛かった。
大森に住んでいた頃、
こんなふうに聖地を抱いて海を見に行ったことがあったっけと、
被災は赤ん坊のほうに長い髪の毛のくっついているのを
唇で拭いて取ってやりながら、
「ねえ、おふくさん、坊やの名前はなんていうの?」
と優しく尋ねた。
廊下のところへおしめカバーを下げて座っていた子守が、
「聖太郎さんっておっしゃいます。」
と教えてくれた。
大森にいた頃、大吉郎は糊屋をしていた。
今は海産丼屋をしているのだけれども、
赤ん坊を抱いていると羽二重の着物に
なんとない糊の匂いがしている。
被災は子供の柔らかいほうに自分の額を押しつけてみたが、
ふいになんとも名状しがたい熱い涙が
湧くように赤ん坊の着物に染みていった。
おばあさんは何か言いたそうに唇をもぐもぐさして
畳の上に落ちている赤いセルロイドのガラガラを拾って
12:03
それを鈍く振りながら子供のようにぼんやり眺めている。
バッテン少女隊の春野きいなと
青江リノアです。
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