1. おしゃべり本棚
  2. 夜福 前編
夜福 前編
2024-04-20 16:28

夜福 前編

082 240420 林芙美子 夜福 前編 朗読:武田早絵
Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:03
この時間は福岡のRKB毎日放送のアナウンサーによる朗読をお送りします。
おばあちゃん、生辞のお茶、また茶柱が立っていますよ。
ゆきみしょうじから、薄い朝の火が差し込んでいる。
司祭はその湯飲み茶碗をそっと持って、お仏壇の棚へ備えた。
仏壇の中には、十年も前に亡くなった父やおばの遺杯が飾ってある。
その父とおばの遺杯の間に、去年戦死した一人息子の生辞の遺杯が祀ってあった。
父やおばの湯飲みは小さい白い焼物だったけれど、生辞のだけは、生前、生辞が好きで毎日使っていた九谷の湯飲み茶碗を使った。
司祭は仏壇の前にしばらく座って目をつぶっていた。
赤い毛糸で編んだ袖なしを着ている、今年八十二歳の司祭の母は、薄火の差している畳へ油紙を敷いて、おもとの鉢植えを並べて手入れをしていた。
司祭は手を合わせてじっと拝みながら、
お父さんがね、
あんたのお遺杯を拝みに来たいっておっしゃるのよ、と口のうちでそっとつぶやいている。
生辞は戦死したけれど、いつも私たちのそばにいてくれるだろうと、おばあさんは言うのである。
庭のこぶしには薄緑の芽が燃えていたし、何点もきらきら火に光っている。
十坪ばかりの狭い庭だったけれども、おばあさんが庭いじりが好きで、どこもここも丹精して、京都あたりの庭のように清潔できれいだった。
03:03
生辞もこのおばあさんの訓導を受けたせいか、非常に庭を作ることが好きで、
出生する前は、日曜日なんかは植木屋みたいに器用なハサミの使い方で、週日、枝落としや植え替えを楽しんでいたものである。
大学時代には、テニスも少しばかりやっていた。
おばあさん、この間から考えていたんですけど、この家を売らないかという人があるんですけどね。
おばあさんは巾着のようにすぼまった唇をもぐもぐさしている。
鼻が小さくて、いつも笑っているようなおばあさんの表情は、司祭にとっては、放年の稲穂を見ているように平和な気持ちだった。
買ってくれるお人があるのかね。
目も耳も達者で、若い時は浄瑠璃をやっていたせいか、声が澄んできれいであった。
宿や商売も楽じゃないし、この頃は柄が悪くなって、つくづくこの商売が嫌になりましたわ。
そりゃあねえ、お前さんだって楽じゃないと思いますけど、私はもうこんな年だし、本当は身も知らない家へ引っ越して、死にたくはないと思ってるんだけどね。
ええ、よくわかります。
でもねえ、何ですか、世間でよく言っている新体制ですか、それに順応していくという建前なら、私もどこへでも行きますよ。
政治の威拝をもって、どこへでも行きます。
風のない温かい陽気が二、三日続いた。
司祭は地下鉄で浅草まで行き、松屋のそばから馬道の方へ入って行った。
二天門から観音様の境内へ入って行くと、兵内様を拝んで、それからしばらく群れている鳩を眺めていた。
鳩は無心に司祭の足元に餌をついばみにやってくる。
豆売りの店を見ると、大豆はほんの数えるほど。
ブリキの小皿の中には雑穀がたくさん混じっている。
司祭は観音様へ来るたびに、豆売りから豆を買って鳩へ与えるのが習わしであった。
06:08
肩の上に白っぽい鳩が飛び降りてきた。
政治を連れてよくこの鳩を見に来たものだったがと。
今日、別れて久しい元夫に会うことが、司祭にはあんまりいい気持ではなかったのだ。
十二時半の約束までには、まだ四十分ばかりも時間があった。
司祭は肩から鳩を下ろして観音様のお堂へ上って行った。
朝のせいか人でも少ない。
浅草もだんだん昔と変わってきたものだと、ガラガラを振ってお賽銭を投げた。
二十五六年も昔のことだけれども、大吉郎と恋をして、
二人でよく浅草参りをしたものだったけれど、
その頃は流行の白竹長をかけた島田にゆって、
ロシア系とで編んだ四角い肩掛けをしていたものだった。
大吉郎と一緒になってすぐ、聖児が生まれた。
聖児が十六のときに、被災の父親が亡くなり、
大吉郎は女を作って、他に別居してしまったのだ。
あれから十年の歳月が流れている。
たった一人息子の聖児はお国に差し上げてしまって、
今は被災の家族といえば、
八十二歳の母と自分きりの世帯になってしまっている。
大吉郎と別れた当時、五六千円の貯金を頼りに、
芝の露月町に京都風な小さい宿屋を開いた。
客を止める部屋は四部屋くらいしかなかったけれども、
ありがたいことには、次から次へと、
筋のいい紹介の客が絶えなかった。
この家で聖児は大学も出たし、会社勤めもしたのである。
被災はいつものように、おみくじを二つ引いて帯の間へしまうと、
また二天門の方へ帰って行った。
歩きながらも、
今さら御用でもあるまいと苦笑するのであった。
二、三日前から一度会いたいという電話が大吉郎からあった。
相変わらずのしゃがれ声で、出先からでもかけているような気楽なものの言い方である。
別れてからも二年に一度くらいは何かの偶然で会ってはいたけれども、
09:06
こうして自分から電話をくれるのは初めてであった。
亡くなった聖児がお化けになって、大吉郎を誘いに行ったのかもしれない。
お母さんも寂しいのですから、なんとか寄りを戻してください。
そんなふうに被災は電話の声から空想したものである。
いやなお化けだね。聖児さんのおせっかいめ。
被災はそんなことを考える自分を哀れに思い、
いっそその電話通り会いに行ってみようかとも考えるのである。
会いたいって、別に今さらあなたにお会いしたところで何も用事はないはずですし、
聖児が戦死したことだってあなたはかまったことじゃないでしょう。
あんな嫌な別れ方をしているんですし、
聖児だってあなたをしっかり恨んでいるはずです。
出生の時だってあなたのおかみさんが汚染滅を持ってこられたんじゃ何ともいいようがありませんしね。
まあ気の小さい言い方ですけど、今さら仏様もないでしょう。
そのまま向こうの返事も待たずにガチャリと大吉郎からの電話を被災は切ってしまったのだった。
その電話から二三日して、また昨夜の電話である。
何もかも謝るよ。男が頭を下げて頼むのだから。
いっぺん来てくれてもいいだろう。浅草の金田で待っている。
ぜひ話があるんだよ。
十二時半。これなら君の商売にも差し支えないだろう。
じゃあ先に行って待ってるから。
被災は歩きながら、昨夜の電話につられて億面もなく出てきた自分が後悔されたけれども、
また何事も別れていた夫に今さら会うのも死んだ生児の頼みなのだろうと、
自分でいろんな理屈をつけてみるのであった。
金田へ着いたのがちょうど十二時半。
大吉郎は奥まった部屋の空敷畳へあぐらを組んでいた。
漆喰の丸い窓から噴水だの池だの赤松だのが見える。
赤い襟の小女がお客様ですと被災を案内していくと、
12:01
大吉郎は肥えた体をむっくりとゆすぶった。
被災は小柄な女で茶と黒の大明島のお飯に、
くすんだナスコンの縫い物の羽織を着ていた。
忙しいんだろう。
昔からハンカチを使ったことのない大吉郎は、
きちんと折った新しい手ぬぐいで額を拭きながら被災を見上げた。
別に忙しくもないんですけど、この頃は人でもないもんで弱っています。
座るなり、被災は目をそらした。
アマゾンミュージック、ユーチューブミュージックで
×ラジオ隊と検索してフォローお願いします。
16:28

コメント

スクロール